コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 40 岐路

「扇さん、どうして引き受けなかったんですか?このままでいいと思ってますか?」

「そうは言うがなぁ…」

真田の詰問に、扇は返すことができない。第一、真田がこう言ってくるというのが扇には予想外だった。ライの操縦技術を学び取るなど、扇グループ時代から彼を認めていたはずではなかったのか。

「確かに能力は破格ですよ。でも、ブリタニアの皇族だと知って、信用できるはずないでしょう。記憶喪失っていうのも、嘘かもしれませんし…」

扇には肯定するほどライに対する不信がなく、否定するほどの勇気もなかった。ただ困惑するだけである。その様子が不満だったのか、真田は「とにかく俺は認めませんからね」と言い捨て、行ってしまった。

 

「………」

どうしたものか、と頭を抱える。これまでにもライがブリタニア人とのハーフだということを問題視する声がなかったわけではない。しかし『皇家』の名は、それを打ち消して余りあるものだった。

だが、今回ばかりは相手が悪い。日本人にとって『皇家』が+に作用する最良の要素なら、『ブリタニア皇室』は-に作用する最悪の要素だ。

突き詰めると、結局はこれまで通りライを信じるかどうか、ということでしかない。真田はそこで『ブリタニア皇室』という点を重視して信じない方へと舵を切ったのだろう。

問題が変えようのない血筋についてでは、説得は難しい。

 

「悩み過ぎだ。馬鹿の考え休むに似たり、と言うぞ」

「朝倉…?」

真田について思い悩む扇に、話しかけてきたのは朝倉だった。1年前、扇がリーダーになってからは疎遠だったが、共通の友人を持つ仲だ。

だから扇が頭を抱えるところに話しかけてくるのは当然なのだが、彼の方は全く悩んでいる様子がない。

「ああ、俺は迷わない。俺はこのまま、『天叢雲』に留まる。例え片瀬少将から帰還しろと言われてもな」

そう断言する朝倉の表情は晴れ晴れとしていて、迷った末の妥協ではないことを示していた。

 

それもまた、扇には意外である。朝倉はつい先日、こちらに来たばかりだ。それが何故、ここまできっぱりライに付いて行くと決められるのか。

「あいつに頼まれたんだよ…。『俺に何かあったら、お前にも妹の事を任せていいか?』って。……あいつが行方不明になって、お前がリーダーを継いだと聞いたのはそれからしばらくしてだった」

思えば、その時すぐ駆けつけるべきだったのかもしれない。だが簡単にはできなかった。解放戦線で部隊長に抜擢されたばかりで、部下を見捨てて身一つで出奔する踏ん切りがつかなかったのだ。

そして何より、あいつには敵わない、自分にはあいつの代わりはできないと心のどこかで思っていたからかもしれなかった。

 

「……だから、まあ、こういう動機は不純かもしれんが、あいつの志を継いで、あいつの妹を幸せにできる奴なら俺は従う。素性は二の次だ」

友人との約束を果たせずいた朝倉にとって、扇グループから発展した『天叢雲』が部隊長を探しているというのはまさに渡りに船だった。

新リーダーが紅月ナオトの志を継ぐに足る男なら、解放戦線を捨ててもいい。そう考え、自分から志願したのだ。

 

「そうか、ナオトの志か…」

扇も思い出す。自分は何故、彼にリーダーの座を譲ったのか。自分には重荷が過ぎたというのもある。日本のためを考えたためでもあった。そして、親友だった男の妹のため―。

「わかった、確かにカレンを幸せにできるのはあいつだけだ」

あの少年は、間違いなくカレンを救った。それは、自分にはどうすることもできなかったことだ。それだけでも認めるべきではないか。

「……となると問題は、何人残ってくれるかだが」

後方勤務は自分の所管だ。各人とのコネは誰よりも強い。扇はそれをフル活用し、一人でも多く留まるように説得することを考えた。

 

「おおー、扇もナオツーもいいこと言うじゃん。安心して、あたしと井上も残るから」

「………………小笠原、『ナオツー』はやめてくれ」

そんな二人に、いつから聞いていた、とツッコみたくなるようなタイミングで割って入ってきたのは小笠原だった。

ちなみに『ナオツー』とは『二人目のナオト』という意味で小笠原が着けた綽名なのだが、本人にはとても不評である。

「だってさー、片瀬のジイさんや胡散臭いゼロに従うくらいなら、あの可愛らしいライ君の方が100倍マシだって」

小笠原が残ると決めた理由は真面目に話していた二人を嘆息させた。だがそれでも、昔なじみの二人が残ってくれるのはありがたい。

 

「まあ、半分は冗談だって。それより真田は…、無理っぽいね」

となると半分は本気なのか。そう思った扇と朝倉であったが、話題が真田のことに移ったので雰囲気は一気に暗くなった。

「決意は固いようだ。仕方あるまい」

朝倉はすでに真田の離反を決したものとして考えていた。そして部隊長が出ていくとなれば、同調する兵も出てくるだろう。ライの血筋については、もう噂が駆け巡っているはずだ。

「小野寺君はさっき会ってきた。『皇家の血を引くのも事実でしょう』だって」

小野寺は元々六家の私兵だったため、皇家に対する忠誠心は人一倍厚い。真田とは逆に『皇家』の方を重視したのと、それ以上に神楽耶が見限らなかったのが大きいのだろう。

「あとは卜部さんと村上さんか…」

この二人は、藤堂がどう思うかが決め手になるだろう。そして卜部は、丁度この時藤堂と会話中だったのである。

 

 

「………………成程」

電話が切れたのかと思うほど長い沈黙の末、藤堂が口にしたのは一語だけだった。

「……中佐の指示を仰ぎたいと思います」

さすがの卜部も、判断がつかなかった。四聖剣の一人として、仰いだ主は藤堂だという思いがある。それは天叢雲に出向しても、変わることはない。

だからライがいかに有能だとしても、藤堂が認めないのであれば認めない。そしてブリタニア皇族という告白は推量でどうこうなるものではなく直接聞いたのだが、それに対する答えはもらえなかった。

「……お前がどうしたいか、で決めろ」

そして、卜部が何と答えたらいいか迷っているうちに、電話は切られた。

 

「藤堂さん、いいんですか?俺は、卜部を戻すいい機会だと思います」

卜部がいないと、やはり四聖剣の連携も厚みが欠ける。そう思う朝比奈としては、血筋云々より卜部がどちらにつくかが問題なのだろう。

それは藤堂も分かっているし、覚悟の上のことだった。卜部が戻ってくるとなれば、嬉しいのは同じだ。

 

「……だが朝比奈。仙波と千葉もだが…、今後の解放戦線を、どう思う?」

ナリタで、片瀬は要塞を潰して勝利を得るという果断を見せた。それは戦術的には正解だったであろう。だが結果、解放戦線の立場は騎士団の居候となってしまった。

「それに片瀬少将は、『今後はゼロと歩調を合わせ、攻勢に出る』と言う。このままでは、解放戦線が取り込まれかねない」

藤堂達も、これまで通りでよかったとは思わない。ただ、薄気味悪い何かを感じているのだ。何故、あの腰の重い片瀬がこうも果断になったのか。それはゼロの影響と言うだけで、流していいものなのか。

 

「だから、『蒼』とのつながりを残しておきたいという事ですか」

『蒼』とて素性の見えぬ怪しさはある。だが、『ゼロ』に持ち金全てを賭けるような行為は危険極まりない。紐の一本くらいは、あった方がいい。

しかし、無理強いて残らせたのでは卜部にとってもライにとっても不幸であろう。それが、卜部の判断を尊重するという方針に繋がった。

(………本当は、こんなことを思い煩いたくはなかったのだが)

軍人として軍令を遵守し、武人として任務を全力でこなす。それが藤堂が考える理想の在り方であったが、状況はそれを許さないようだ。

藤堂は、誰にもわからぬよう小さく息をついた。

 

 

三日後、人の多さにまず驚いたのは、誰よりもライ本人であったであろう。

「俺たちはこれまで通り、君に従う。君がリーダーだ。俺たちを、導いてほしい」

扇の宣言に、皆が頷く。それを見て、ライは思わず涙してしまった。

「……まったく、何泣いてやがるんだよ。ほら、もっとしゃんとしろって!」

そう言って頭を小突いたのは玉城である。しかしブリタニア嫌いの急先鋒と言っていい彼が残るとは、ライは全く予想していなかった。

「…ああ。だから、確認するぜ。…お前は今後もブリタニアと戦って、そして講和を目指すって言うんだな」

方針を変える気はない。だからその問いには、迷うことなく頷いた。それを見た玉城はふっと微笑んで、痛いほど強くライの肩を叩いた。

 

「よっし、それでこそだ。…ここで俺たちに媚って変えるようなら、俺は見限っていた」

玉城の言葉は誰もが意外に思った。誰よりも『講和』という方針に反対していたのは彼だったからだ。そう指摘されると、彼はさも心外だと言いたそうに答えた。

「……あのな、俺だって馬鹿じゃねえぞ。さんざん考えて、そういう認めたくない現実まで考えてる奴だって思ったから認めたんだ」

伊達に官僚目指してたわけじゃあないからな、と決めた玉城だったが、何とも言えない空気が場を支配する。

「………………んー。言ってることはもっともなんだけど、玉城が言うとね…………」

皆の思いを果敢に言葉にしてくれたのは、ネージュだった。「なんじゃそりゃー!!!」と食って掛かる玉城に誰かが耐えきれなくなって吹き出すと、あとは爆笑が巻き起こった。

 

それでも、立ち去った者は多い。

「真田は…、本当にいなくなっちゃったね…」

諦めようと思ってはいたものの、実際にいなくなると寂寥感がある。真田は副隊長の吉田を始め賛同する部下を引き連れて離脱した。

他では『緋龍』の副隊長だった木下、ライが次の部隊長と目していた和田など、『ライと直接関係しない者』の離脱は多かった。一般兵となると、三割ほど減っている。

「離脱したものは解放戦線に引き取ってもらうことで話を付けました。なお、お義兄様の血筋に関しては厳っ重っな口止めをしておきましたから、ご安心くださいませ」

いつも通りの笑顔で語る神楽耶に、内心引いた者は多い。神楽耶は「漏らした場合は利敵行為と見做し、相応の対処をする」と言ったのである。……おそらく、『度の過ぎた対処』になるだろうが。

 

逆に残ると決めたものの中には、他より頭一つ抜けた長身といつも通りの無愛想な表情を崩さない軍人の姿があった。

「卜部さんと村上さんも、残ってくれたのですか」

「……ああ。君がそれでも日本のため戦うというのなら、見限る理由はないからな」

卜部の言葉に、村上も無言で頷く。無論、扇や朝倉たちの説得もあった。しかしそれ以上に、ライの態度が大きかった。

自分たちを利用するだけ利用して捨てる気なら、黙っていればいい。それをあえて告げた覚悟に、二人は信頼で返すことにしたのである。

 

「では、最後にもう一度だけ聞きます。ここに残った者は皆、お義兄様を認めるという事でよろしいでしょうか?」

幹部たちは頷き、兵士の間からも反対の声は上がらなかった。それを見た神楽耶は再び誓紙を差し交すことを提案したが、その必要はないとライが止めた。

「皆、ここにいてくれる。それだけで充分だと思わないかい、神楽耶?」

そしてライは、リーダー就任の際出された誓紙を皆の前で焼き捨てた。状況が変わった以上、これを突き付けて相手を責める必要はない。

離脱した真田たちを恨む気持ちは、全くなかった。

 

 

「それとお義兄様…。皆に伝えねばならぬことが、もう一つありますわよね?…特に扇には」

神楽耶が小悪魔のような笑みを浮かべる。明らかに、ここからの状況は楽しみだと思っている表情だった。

「俺?……あー、いや、何かあったか?物資は足りていたと思うが…」

『特に』と念押しされた扇が、いぶかしながら問いかける。自分の仕事を反芻してみて、そこまでの問題はないと思っている。

離脱に関して人は仕方ないにしても、物資には一切手を付けさせなかった。特に月下に乗り換える前ライが乗っていたグロースターは真田の乗機になっていたため、真っ先に確保させている。

「そういう事ではありませんから。えと…、その…ですね…、僕とカレンは、恋人として付き合うことになりました」

井上と小笠原はニヤリと笑い、朝倉は感心したように「ほう」と小さく声を上げる。皆がどう言葉をかけるべきか躊躇った一瞬に、迷いなく動いたのはこの男だった。

 

「……まったく、ようやくかよ。遅すぎだってーの!……………で、具合はどう―、ゴベァ!!!」

玉城の言葉が終わる前に、カレンの鉄拳が頭蓋骨を粉砕する勢いで振り下ろされていた。まともに食らいぴくりとも動かず倒れ伏す玉城を全く気遣うことなく、井上が言う。

「はぁ、まったくデリカシーの欠片もない奴よね…。誰かー、このゴミ外に捨ててきてー」

とは言っても、そのあたりに興味津々なのは彼女とて同じである。時と場所を選ばねばこうなるということをわきまえていただけだ。

 

「……………」

そして誰よりも大騒ぎするだろうと思っていた扇はというと、固まったまま静止していた。隣にいた杉山の観測によると、「息をしている気配すらなかった」らしい。

「……あ、ああ。うん。ナ、ナオトの奴も喜んでくれるだろう。めでたいぞ」

そうなるだろうと予想はしていたが、いざ実際にとなるとやはり衝撃は大きかったようである。扇はもつれる舌で、何とか二人への祝福を口にした。

 




結果はこのぐらいが自然だと思いました。原作のルルーシュと違い、『信じられる点』が色々残ってますので。

ちなみに朝倉さんはこんな役割を果たしてもらうとは全然考えてませんでした。実はこの人もルーミリアと同じく別の話でのライの部下の一人で、「ゼロを信じられなかった日本人」という立場。
それが「ぱっと思いついた名前がカレンの兄と同じだった」がために扇グループとの関係が生まれ、こんな役割を果たすことに…。

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