コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 38 告白

(ライ、遅いな…)

ナリタ戦後、ライは神楽耶に会いに行った。富士山まで行ったのではなく神楽耶が近くまで来てくれたのだが、それでも気になる時間になっていた。

食卓の上には、すでに腕を振るった料理が並べられている。

「カレンさんがお母さんと一緒に作った料理ですからね。冷めないうちに帰ってきてもらわないと…」

そしてこの女は、いつの間にかその輪に入っていた。母と料理談議に花を咲かせる姿は、むしろ彼女の方が本当の娘に見えたほどである。

「カレンもいい友達見つけたわね。…ルーミリアさん、見ての通りの娘ですが、どうか末永く仲良くしてやってください」

その言葉に、ルーミリアは恭しく頭を下げる。

 

(ルーミリアの本性を知らないから、お母さんはそんなことを言えるのよ…)

その礼儀正しさの裏に、とんでもない腹黒さを隠しているのがこの女である。特にライに対しては、隙あらば貞操を窺う野獣のような存在だ。

と思うカレンであったが、実は傍目からは「喧嘩するほど仲がいいという言葉の見本そのもの」と思われている。本当に嫌い合ってるなら、とっくに流血沙汰になってるだろう、と。

ちなみに二人にの間にいるライについてだが、優柔不断と批難される声は少なかった。それより、「本当に気付いてないのよ、あれは…」という声が圧倒的だったからだ。

 

「ごめん!ライ戻ってない!?」

そこに、息切れしたミレイが駆け込んできた。何が起きたのか説明する前に水を求められ、差し出されたそれを一気に喉に流し込んでようやく落ち着いたようだ。

「はあ…、ごめんね。あの、ライの事なんだけど、よほどショックだったのか…。他人が言うべきじゃないってことはわかってるけど、あなたたちには伝えておかないと…」

いつもはきはきと、明朗な言葉で無茶なことを言う彼女が、明らかに狼狽していた。そしてようやく決心して言葉にしたことは、カレンを青ざめさせるに充分な威力を持っていた。

 

「ライが、ブリタニアの…、皇族…?」

あり得ない。カレンの脳細胞の全てが、差し出された科学的根拠を拒否していた。

(だってライは皇家の血族で、私たち日本人の仲間で―)

それが、最も憎むべきブリタニアの皇族の血を引くという。検査の間違いではないか。それを一縷の希望にして次のミレイの言葉を待ったが、その希望は儚く消え去った。

「私も驚いたから驚く気持ちはわかるけど…。検査機関の方も何かの冗談じゃないかって、相当調べたらしいわ」

結果は、覆らなかった。この血は『ブリタニア皇族とイレヴンのハーフ』という、あり得ない筈の物。それ以外に読み取れる余地はなかった。

 

「ま、まあ、きっと傍系の、それも端の端くらいで皇族と認知されてないような家なんじゃないかな~。そう考えれば、ハーフというのもありえないことじゃないと…」

重くなった空気を何とか軽くしようとミレイが思い付きを口にするが、カレンもルーミリアも頷かずさらに空気が重くなる。

カレンとルーミリアは、日本側の血統も知っている。皇家の、しかも直系にかなり近い人である、という分析結果まであるのだ。

そんな端の端との相手との結婚が、許されるはずはない。

 

「それで…、ライさんがいまだ戻ってきてないということは…」

「うん、ショックが大きすぎたのか、うろたえてどこかに行っちゃって…。ごめん、まず本人に伝えておくべきだと思ったんだけど、間違えたわ。変な気を起こしてなければいいけど…」

もちろんミレイは走って追いかけたが、見失ってしまった。探そうにも当てなどなく、もはやこの二人に告げるしかないと思って全力で引き返してきたのだ。

「それを早く言ってください!!!」

カレンが勢いよく立ち上がる。当然、ライを探しに行くつもりだ。だが同じ反応をすると思っていたルーミリアは、席に座ったままだった。

 

「あなた、行かないの?」

「私が行っても、たぶん無駄…、いえ、むしろ有害ですから」

当たり前のカレンの疑問に、ルーミリアは当たり前のように返す。だがカレンにしてみれば、その態度に腹が立つ。

誰よりも、おそらく自分より彼の事を理解しているくせに、どうして行こうとしないのか。そのカレンのいらだちにも、彼女は当たり前のことのように言う。

「……理解しているからですよ。私相手なら、逃げる必要がありませんから」

会うのが怖いから、否定されるのが怖いから逃げ出したのである。そしてルーミリアは、ライがブリタニア皇族だろうが異星人だろうがどうでもいい。怖れる必要は、全くない。

「だから私が何を言っても、彼の心には届かないんです。…ここはカレンさんに任せるしかない、と」

「…わけわからないわよ。とにかく、あなたは当てにできないってことでいいかしら」

「二つほど。カレンさんがもう二度と会いたくないと思ってるにしても、その気持ちをそのまま伝えることです。嘘偽りで説得できることではありませんから。それと、自力で探すことをお勧めします」

その言葉を背に受けながら、ドアを叩きつけるような勢いで閉めてカレンは出て行った。

 

「……それにしても、あなたってこれ以上ないほど不毛な道を選んだわよね。わかってたんでしょ、『勝てない』って」

「私は『付き従う者』で、『支え合う者』ではありませんでしたから」

ミレイの言葉にも、ルーミリアは淡々と返す。最初から、勝負にすらなっていなかった。それを誰よりもわかりながら、彼女はそれでもその道を行くと割り切ったのだ。

「……ライさんの意思がそうであれば、私はそれでいいと受け止める。それが私の愛の形ですから。…とりあえず、今はあの二人がどう決着するのかを見守りますよ」

表情一つ変えず、ルーミリアは部屋に戻る。ただ、ミレイは帰り際にドンと壁を叩く音を、一度だけ聞いた。

 

 

(ライ…、どこ…?)

当ては全くない。むやみに租界中を走り回ったとて見つかる可能性など皆無に等しいのはわかってる。だが、それでも走っていた。

それっぽい後姿を見つけ、見知らぬ人の肩を掴むこと五度。さすがの彼女も息切れしてきた。

「ねえ彼女、そんなに急いでどうしたの?それより俺たちと―」

「あんたらなんかお呼びじゃないのよ!!!二度と私に関わらないで!!!」

話しかけてきた軟派な男たちを一蹴し、カレンは再び走り出す。こんな馬鹿どもと、彼は絶対違う。彼は初めて会ったあのシンジュクの時から―。

(…シンジュク?)

もしかしたら、彼が自分と離れたいと思ってないとしたら、あの場所にいるかもしれない。藁にもすがる思いでその可能性に賭けたカレンは、深夜のシンジュクゲットーに踏み込んだ。

 

不夜城のごとく照明に照らされた租界から一歩ゲットーに入れば、そこを照らす物は月しかない。それでもカレンは慣れた足取りで、瓦礫の散乱するゲットーを進んでいく。

廃墟も、ブリタニアの官憲の目も怖くない。外見がブリタニア人であるカレンの場合ゲットーの住民にも襲われかねないが、それも今はどうでもいい。

(ライを見つけて、それから―)

目的の建物の前に立つ。この廃墟はあのシンジュクの戦闘後、ライを介抱した場所。自分と彼の縁が始まった場所として、カレンが思いついたのがここだった。

だが、仮に彼がここにいたとしても、何を言えばいいのか。怖いのは、彼に自分の思いが届かない事。そしてその感情を見通したように、この少女は現れた。

 

「……こんばんは、カレン。いい月夜ね」

「ネージュ…」

唖然とした。絶対に日本人と思われない外見の幼女がここにいれば、襲ってくれと言っているようなものだ。しかしそんなカレンの感情にはお構いなしに、ネージュは続ける。

「自信を持っていいわ。あなたにとって、どうして彼が必要なのか。それに本当の意味で向き合えるのであれば」

「……ここにライがいるのね。……それと、ありがとう、ネージュ」

ネージュの言葉に、カレンは迷いを捨てた。日本も、『蒼』の存在もない。伝えたいことは、ただ一つ。

「……まったく、弱めにしておいたとはいえ『強制退去』のギアスを展開しておいたのに。やっぱり、あの時会ったことで運命は決まっちゃったのかな」

建物の中に入っていく背に向けたネージュのつぶやきを、カレンは知らない。

 

人の気配に、ビクッと顔を上げる。そこには『蒼』としての威厳はなく、傷つくことに怯えた少年がいるだけだった。

「ライ、その…」

その姿を見て、カレンは思う。この人は、超人でもなんでもない。弱さも抱えた、ただの人だ。そして自分たちは彼の強いところだけを見て、弱いところを見てこなかったのではないか。

「………聞いたんだろ、ミレイさんから」

その言葉に、カレンは頷き返す。今の彼に届くのは、どんな不都合なことであっても真実しかない。

「……皇家の血族だとわかって、僕は嬉しかった。日本人として戦う理由ができたと思った。……だけど、ブリタニアの皇族?……わからない。僕は一体、何者なんだ?」

 

「あなたはあなた。それでいいじゃない」

「いいはずがない!僕は君たちの敵だったかもしれないんだぞ。君の憎むブリタニアの皇族で、日本を迫害する一人で―」

カレンもライがブリタニア皇族の血を引くと知って、頭の中が真っ白になるほど驚いたのは事実である。だが、彼を憎もうとする気は全く起こらなかった。

「…私は信じるわ。あなたは決して、そんな人じゃないって。それに、あなたが誰であれ、私はあなたに傍にいて欲しいの」

「それは『蒼』としての力が必要だから―」

それは名目に過ぎなかった。今なら、はっきり言える。『蒼』としての力以上に、自分は彼の存在そのものが欲しかった。

 

怯える彼を、しっかりと抱き留める。そして戸惑う彼の唇に、自分の唇を重ね合わせた。

「……これが私の気持ち。『蒼』とかそんな立場は関係ないわ。……私は、あなたのことが好き」

呆然としたライの瞳から、涙が零れ落ちる。そんな彼を、カレンはまるで泣きじゃくる子供をあやす様に抱きしめた。

「…………僕は、君と一緒にいていいのか?」

「例え世界が認めなくても、私が認めるわ。だから、あなたはいていいの」

胸のあたりで、嗚咽が漏れる。服が汚れようが構わない。

「…僕も、僕も君のことが好きだった。この世界の誰よりも」

泣きながら言う彼をしばらく抱きしめ、落ち着いたところでカレンは言う。

「帰ろう、私たちの家に」

 

 

二人がアッシュフォード学園まで帰り着いたときには、とっくに日付が変わっていた。電車もバスももう便がなかったこともあるが、何より今は二人だけでいたかったのだ。

手をつなぎ、だが何も話さずひたすら歩くだけ。それなのに、何故か楽しかった。学園近くまで来ると夢の終わりが近づくようで、物寂しかったほどだ。

 

クラブハウスのライの部屋に入り、一息つく。そういえば何も食べてなかったことを思い出しキッチンを漁ると、二人分の夕飯はしっかり残されていた。

(お母さんとルーミリアも、ありがとう)

今更ながらではあったが、温め直した料理で胃が膨れるとほっとした。あとはもう寝ないと明日が辛い。

「……それじゃ、私、部屋に戻るから」

未練を断ち切るように言ったカレンの袖を、ライの手が掴む。彼自身何でそんな行動に出たのか説明できなかったが、袖を掴む力が弱まることはない。

 

「……わかったわ。今夜は、一緒にいてあげるから」

今のこの人には支えが必要なのだ。自分ができることは気休め程度のことでしかないかもしれない。だが、できる限りのことはしよう、とカレンは思った。

 




どうなったかは次回にて!

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