コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 37 情勢分析・日本

実のところ、カレンが検査のために病院にいたというマリーカの予測は全くのはずれで、患者は彼女ではなく付き添いだと思った日本人の方だった。

「さ、行こ、お母さん」

リフレインの後遺症による、重度の幻覚症状。それがふとした間に治っていたという事例は、医師を呆然とさせるものだった。

考え付く限りの検査をしてみたが、理由は一切不明。『奇跡』の一言で片づけるしかないという諦念からの結論となり、めでたく退院となったのである。

 

ライが何をしたのか、カレンは教えてもらってない。教わりたいとも思わない。母と再び心を通わせることが望みで、それができたのだから何でもいい。

ただ、リフレインの所持と使用は明らかで、罪に問われるのは避けられなかった。判決は、懲役二年六ヶ月の執行猶予五年。これまでの判例から見ると非常に軽いが、これは症状が消えた以外にも理由がある。

 

第一が、ユーフェミア。これまでのように一方的な略式裁判で量刑が確定するのを、彼女が嫌ったためである。この意向が各所に伝わり、ちゃんと裁判が開かれた。

もう一つが、シュタットフェルトの名だ。カレンにとって意外だったことに、裁判費用や入院費は全て父親が出してくれた。そのため、裁判官も名門貴族の名に遠慮したのかもしれない。

父親の行動が、愛情が残っていたためなのか、一人娘の歓心を買いたいだけだったのかはわからない。とにかく、少しだけにしてもカレンが初めて父に感謝したのは事実である。

ちなみに、他の人も懲役十年を超える判決はなかったという。

 

カレンとその母親が向かったのは、当然シュタットフェルト家ではない。もうカレンにあの家に留まる気はなく、ならば母も残していけるはずがない。

そこも、父親が取り計らってくれた。アッシュフォード家に頼んで、娘の世話係として住み込む許可をもらったのである。何か見返りは要求されたのだろうが、カレンは何も聞いていない。

「ここが私たちの新しい家。ま、居候の身だけどね…。そしてお兄ちゃんはもういないけど、私たち、やり直せるよね……」

「大丈夫。私もそう願うから、決して間に合わないことはないわ。それより…」

つかつかと歩き、収納の戸に手をかける。慌てて止めようとしたカレンだったが、開け放たれた戸からは物が雪崩のように落ちてきた。

部屋に散乱していたものを、無理矢理押し込んでおいたのである。それを、完全に見抜かれていたようだ。

「……あなたにはまず、掃除の仕方から教えてあげるわね」

カレンには、赤面して頷くしか道はなかった。

 

 

「ナリタでの活躍、お見事でした。そしてご無事で何より…」

ただ一つ、コーネリアを討ち漏らしたことについて解放戦線から文句が来ているらしい。それについてライはあの状況での不利とユーフェミアとの関係を、義妹には包み隠さず説明した。

「私はそういうことだと理解しておりました。ですが、そういう声があるのも事実で…」

コーネリアを討つ千載一遇のチャンスだったと、納得できない人が出るのも当然であろう。だがそのために多大な犠牲を出すとなれば、損得が釣り合わない。

「部下を無駄死にさせるようなら、組織の長は務まらない」

ライの説明を受けた神楽耶は席を立ち、五分後に怒った様子で戻ってきた。

 

「まったく、片瀬も物分りの悪い…。あれではゼロと組んだとて、いい様に利用されて終わるでしょう」

不機嫌を隠さず、神楽耶が言う。今回は、片瀬もなかなか折れなかったようだ。

「やはり藤堂達は引く抜いておくべきでしたわ…。黄金と真鍮を見間違えるような片瀬の下に、藤堂達は勿体なさすぎます」

神楽耶の愚痴に、ライは苦笑いを浮かべる。ここで頷くと、神楽耶の勢いはもう止まらなくなるだろう。

(だが、解放戦線は理解せず、か…)

騎士団との溝は、元からあったのが顕在化しただけだ。陰で桐原達と結んで動いている以上、手を組みたいとは思わない。

(その騎士団と組むと片瀬が言うのなら、解放戦線とも付かず離れずの位置でいた方が良い)

現状、天叢雲の保持する戦力は無視できるものではないから、一切の関係を絶つ、という選択肢はあり得ない筈だ。

 

他勢力との関係は、ひとまずそれでいい。次の問題は敵のことである。

「……神楽耶、例の件だけど」

申し訳なさそうに神楽耶は首を振る。ランスロットのデータやパイロット、開発部署など探らせていたのだが、いまだに偶然掴めた機体名以外わからないと言う。

「軍部をできる限り深くまで探りましたが、無駄足でした。よほどの機密扱いなのでしょう」

当然のことだろう、とライも頷く。最新鋭のナイトメア開発部署が最重要機密でなくて何なのか、と考えるのは誰であっても当たり前のことだ。

それが、実際は冷遇されて隔離に近い状況で、研究所も大学の一室を借りているなどとは思い至るはずもなく、そんなところを探る指示など出していなかったのである。

 

「あれについては、諦めた方がよろしいかもしれませんわ…。ナイトメアの補充ルートを探る方を優先いたします」

親衛隊に大損害を負ったコーネリアは、当然グロースターを補充しようとする。予備も多めに確保したいと思うだろう。

それを、横から掻っ攫う。卑劣ではあっても、せっかく与えた痛手なのだ。それを癒そうとするのを看過できるはずがない。

奪ったものがサザーランドであっても、駐屯軍の補充が遅れれば各地のレジスタンスが有利になる。それは望ましい展開だ。

「…ただ、各地のレジスタンスに配備するナイトメアが足らないのです」

無頼でさえ、元となる機体が不足しているという。当然無頼改の生産が追いつくはずもなく、月下はようやく汎用型の設計がキョウトに届いた状況で、量産はこれからだ。

「中には独自のルートで、中華連邦からガン・ルゥを輸入しようというところも…。まあ、戦力の増強は嬉しいことなのですが…」

政治的にはあまり嬉しくない。軍部の横流し品を密輸入するのであればいいが、本気で中華連邦と結ぶような動きがあると、ライとしては非常に困る。

 

「最後にユーフェミアの動きです。シンジュクゲットー再開発…。それは、NACが全面的に請け負いましたわ」

NACはブリタニアに協力する経済団体なので、不自然さは全くない。無論ユフィを騙すわけでもなく、日本側も関わることによってブリタニアが一方的に恩恵を『押し付ける』印象を薄れさせたいのだ。

「ブリタニアとはうまく付き合う必要がある…。それはわかっておりますが、お義兄様、本当に日本は勝てないのでしょうか?」

「……勝てると思うなら、いつでも僕を切り捨ててくれてかまわない」

自分の方針を強制するつもりはない。だが勝てると思うなら、こちらの力を当てにしてもらっては困る。方針を違えた相手まで護る余裕はないし、護ってくれると勝手に思われるのは虫が良すぎる。

「つまらないことを聞いてしまいました。忘れてくださいませ」

 

一礼した神楽耶は、政略には関係のないさらにつまらないことですがと前置きして、ただし興味深々という内心を隠しきれないという態度で話を追加した。

「あと…、その…、お義兄様のクラスメートに枢木スザクという人がいると思いますが…。彼の様子はどうでしょうか?」

危うく失笑しそうになったライである。神楽耶とスザクは従兄妹の関係になり、婚約者でもあった。彼がアッシュフォード学園に入学したことで、七年ぶりにかつての許婚の消息を知ったのである。

それがブリタニア軍に所属していて皇家の当主として許すことのできない相手でも、やはり気になるらしい。

(それこそ諜報員を張り付ければいいものを…)

それは公私混同だ、というのが神楽耶なりの当主としての在り方なのだろう。仕方なく、ライは神楽耶が望むままにスザクのことを語った。

 

 

神楽耶との会談を終えて学園に戻って来たライは、校門のあたりでつい先ほど話題になったスザクの姿を見つけた。向こうもこちらの姿を認めたらしく、走り寄ってくる。

「珍しいね、君が一人で出歩くなんて」

いつもカレンかルーミリア、あるいは二人とも連れている、というのがスザクの印象なのだろう。決して間違いであるとは言えないが、ライとしては返事に困る言葉である。

一方、スザクはもう夜だというのに、どこかに出かけるようだった。それも、そこまで買い物に出るという感じではない。ボストンバッグを抱えた姿は、小旅行にでも出かけるようである。

「…ああ、これ?仕事が泊まり込みになっちゃって、着替えとか必要なものを取りに来たところなんだ。ちょっと長引きそうで、数日は帰ってこられないと思うけど…」

 

ナリタでの戦闘が終わった後、スザクはひたすら土砂崩れに巻き込まれた人の救助を行ってきた。ナイトメアや装甲車の中にいて運よく生き長らえた人の一人でも助けられれば、と思ったのである。

だがそれも、時間が過ぎれば過ぎるほど可能性は無くなっていく。だから夜を徹しても救助活動を行いたいのであるが照明の設営が間に合わず時間が空いてしまい、当座の荷物だけ取りに来たというわけだ。

無論スザクは、その事情を全て語ったわけではない。学園の皆は、ナリタに参戦したという事実も知らないはずだ。

それは望んだことだった。戦死したら、軍務で転校したことにしてほしいとユフィには言ってある。

 

学園には、軍事に関わることは持ち込みたくない。だが、この友人にだけは少々突っ込んだ話もできるのではないか。そう思ったスザクは、いい機会かもしれないので聞いてみることにした。

「…あのさ、ライ。ちょっと聞きたいんだけど、テロ行為って、間違ってると思うよね?」

「………?」

内容に、一瞬ライは動揺した。『蒼』だと知ってるのかと思ったのだ。

「あ、ごめん。突拍子過ぎたよね。……その、『蒼』にせよゼロにせよ解放戦線にせよ、何で抵抗を続けるんだろう、って。ユフィと政治向きのことも話してる君なら、何か思うところがあるんじゃないかな、と…」

 

スザクとて、何も考えてないわけではない。七年前の戦争で、日本は負けたのだ。彼らはどうしてそれを認めようとしないのか。敗北を認め、占領側も認めるやり方で日本を取り戻すのが正しい方法ではないのか。

「それを彼らに言わないのは、どうしてだ?」

「聞いてくれないからだよ。…誰に言っても、戯言としか捉えてもらえなかった」

七年前の、敗戦後である。スザクは桐原や片瀬など枢木家と縁のある人に対してそう言ったのだ。結果は言った通り、子供扱いされただけである。

そして、スザクは一人でもその道を進むと決めた。六家から絶縁されようとも、日本人全てから裏切者と罵られようとも。

 

「……僕だってブリタニアという国が全面的に正しい、と思ってるわけじゃない。でも、この国を戦火に巻き込まずに済むなら、その方がいいのは明らかじゃないか」

「……その方法は『ある』というだけで、実現できそうにないからだろうね」

それでもその道を進むという考えが、間違いであるとはだれにも言えない。ただ、ライには賛同できないだけだ。

「力のない相手がいくら叫んだからって、聞く耳などない。ブリタニアとは、そういう国だ」

そして聞く耳がない相手に、聞くまで叫び続けるのがスザクである。それも、まず間違いなく徒労に終わることを理解しながら、だ。

 

「でも、僕が駄目でも次の人、そのまた次の人と続けば、いつかきっと…」

「それはただの言い訳だろう。それも、自分自身が『無理だ』と思ってるからそんな言葉になる。やると決めたなら、自分で何とかしろ。その覚悟ができないなら、不満を抱えたまま卑屈に生きろ」

いきなり声を荒げたライに、スザクは豆鉄砲を食った鳩のようにきょとんとした。『覚悟ができない人』のために『蒼』は必要なのだ。そのライからしてみれば、スザクの言ってることは甘すぎる。

「………そうか、そうだよね。これは、僕がやらなきゃ駄目なことなんだ」

そう言ったスザクは、吹っ切れたような表情で去っていった。

 

「……………?」

事情は分からない。だが何か、言うべきではないことを言ってしまった気がする。言った内容に後悔はないが、スザクにはふさわしくなかったのかもしれない。

スザクの表情が晴れたのが、逆に不安になる。

(『否定されなかった』ことを喜んだだけならいいが…)

『占領側も認めるやり方』かつ『テロ行為は正しくない』となると、ブリタニアの国政を担うような立場を目指すのは理解できた。

軍に入り出世する、というのは、その方針からすれば間違いではない。傍目からは裏切者と見えても、信念に基づいた行動である。その信念そのものを、ライは否定しない。

ただ、それが彼の頑なな部分を、さらに押し固めてしまったような気がするのである。

「………」

これを掘り下げると、確実にスザクの抱える『闇』に手を突っ込むことになる。それは、彼を余計に頑なにさせるだけだ。おそらく自分には、その闇を晴らすことはできないだろうから。

そう思ったライは、心のどこかに留め置くだけにした。

 

「…あ、出かけてたのね。ちょ、丁度よかったわ…」

ひとまずクラブハウスに戻ったライはスザクに次いでミレイとばったり出くわした。それはいいが、彼女もいつもの快活な笑顔が失せていた。

ライの姿を見てギクッとしたりと、何か言いにくいことがあるという感じだ。

 

「その…、驚かないで聞いてほしいんだけど、あなたの血液検査の結果が出たから…」

 




今回は日本側の状況になります。

特派とスザクは「何故彼らの存在が諜報網に引っかからなかったのか」を考えていってこうなりました。かなり強引ですが…。

そしてこの話ではロスカラでもなかった、ライの血統がどちらも判明するという√になります。

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