コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 36 情勢分析・ブリタニア

現場でやるべきことを成し終え、トウキョウ租界、エリア11政庁まで帰り着いたコーネリアが真っ先に向かったのは、屋上の庭園だった。騎士であるギルフォードすら傍に寄せず、行儀など構わず仰向けに寝転がった。

「負けた…な…」

雲を見ながら呟く。呆けたわけではない。だが、彼女と言えど、心中を整理する時間は必要だった。

 

ナリタ攻防戦、とのちに呼ばれるようになるこの戦いで、ブリタニア軍の戦死行方不明者は六千を超えた。ナイトメアは通常軍から動員した三百機の内、帰還が百八十六。およそ四割を失ったのである。

コーネリアの親衛隊も、消失十九機、戦死者十一名。その中には、当然アレックス将軍も含まれる。

一方の日本側は、人的損失五百六十名、ナイトメアの損失は三十二機。そこまで正確な数字を彼女が知るはずもないが、こちら側よりはるかに少ないというのは確実である。

さらに言えば、日本側の損失のほぼ全ては解放戦線である。つまり、あの土砂崩れ以降は一方的に負けたということだ。

「遺族には、可能な限り報いてやらねばな…。それで許されるものではないが」

 

失われた人命を悼惜し終えた彼女の精神は、次の段階に飛ぶ。すなわちこの敗戦の、戦後処理である。

冷徹に、戦力という数値だけで考えれば、通常軍の補充は容易い。六千の人命、百機を越えるナイトメアとて、ブリタニア全軍から見れば欠片の一つに過ぎない。

親衛隊の補充は、ゆっくりやっていくしかないだろう。人を選ばねばならず、かといって優秀な人材をそこかしこから引き抜けば他の戦力が落ちるのは当然である。

 

次は、敵の動きだ。

黒の騎士団と解放戦線は合流して、南に向かったという。本拠地は房総半島の山地であることは間違いない。

(そこに籠るだけなら、恐れることは何もないが…)

どんな堅固な要塞でも、単独であれば落とす自信はある。だが、相手はゼロだ。防御のための拠点というのは最後の使い道であって、出撃のための拠点と考えた方がいい。

となれば、第一の狙いはキサラヅだ。キサラヅ基地を落とし、房総半島を制圧したうえでトウキョウ租界に向けて進軍する。それがゼロの狙いだろう。

 

それでも、ナリタ同様房総だけに全力を投入できれば勝てない相手ではない。だが雨後の竹の子のように、各地でレジスタンス活動が活発化するのは当然である。

遠方の駐屯軍から軍を動員する余裕は期待できないと想定した方がいい。むしろこちらから援軍を送らねばならないだろう。

ただ、安心して送り出せる指揮官がいなかった。ギルフォードとダールトンは手元から離せない。セラフィーナやマーガレット、グラストンナイツは小隊の指揮なら見事にこなすが、一軍を任せる立場ではない。

(アレックスがいてくれたら…)

つい、そう思ってしまった。彼がいれば、別働隊の指揮など全て任せておいても不安はなかったのだ。

 

そして問題は、『紅』と『蒼』の新型だろう。グロースターをも上回る性能を持つこの二機に対抗できるのは、現状特派のランスロットしかない。

親衛隊を派遣するにしても、これをなんとかしない限り各個撃破の標的にされる。対抗するために一部隊の機体数を増やせば、手が足らなくなる。

技術部にはグロースターの強化を命じたが、改修には時間が必要だろう。

 

「おのれ……」

その怨嗟は、自分にも向けられていた。

解放戦線を叩き潰す。そうなれば、ゼロと蒼も黙っているまい。まとめて二人にも大打撃を与えれば、この地の平定は一気に進むはずだったのだ。

その予測は甘すぎた。『ブリタニアの魔女』などと敵から恐れられ、どこか傲慢になっていたに違いない。

今はとにかく、これ以上の事態の悪化を食い止めるより他はなかった。

 

そのコーネリアの視界の端に、ドレスの裾が割り込んできた。誰かは確認するまでもない。

「……お姉様」

妹の声は、暗く沈んでいた。アレックス隊の壊滅は、自分のせいだと思っているのだろう。

「ユフィ、人の死を悼むのは正しいことだ。だが、いつまでも気に病むな。アレックスとて、いつかその時が訪れる覚悟はしていたのだから」

頷かれたが、表情を晴らすことまではできなかった。最後は自分がどう思うかの問題なので、それはどうしようもない。

 

しかし、ユフィの判断を軽率と責めるのは酷だろう。参謀たちも、アレックス将軍も、ゼロすらもコーネリアしか見ていなかった。『蒼』だけが、その呪縛から逃れていたのだ。

「お前はお前の務めを果たすことだ。…シンジュクゲットー再開発の予算は、据え置きとする」

リフレイン事件での待遇改善に続き、ユフィが出してきた案はゲットーの再開発である。インフラを整えて職を斡旋し、イレヴンをブリタニアの支配に組み込もうと言うのである。

探らせてみたところ、提案者がユフィという事もあって、イレヴンの反応は賛成三に反対七というところだった。

 

表面上だけを見るなら反対というより不信が七割を占めたが、提案者がユフィ以外なら賛成は一あったかどうかだろう。

ブリタニアとしても、人口の増加は望ましい。名誉ブリタニア人は何とか把握しているもののイレヴンの戸籍など滅茶苦茶で、実情は誰にもわからない。

それを整理して税を課せば増収が見込めるし、職が保障されれば給与を得ることになり、消費の活性化にもつながる。

イレヴンとしても、今の廃墟のようなゲットーで今日の飯の当てにも困る生活をしたいと言う物好きはまずいない。「ブリタニアには従えない」という意見は当然あるだろうが、平穏を望むものだって必ずいる。

ユフィはこれまで弾圧しか考えてこなかったブリタニアに、『慰撫』という新しい概念を加えようというのである。

 

「誰かいるな」

唐突に、コーネリアが言った。ユフィには何のことかわからない。誰かが立ち聞きしているのかと、きょろきょろと周囲を眺めてしまった。

「そうではない。最近のお前は、あまりにも出来過ぎだ。誰か、恐ろしく頭の切れる参謀が裏にいる、ということに気付かぬほど愚鈍ではないぞ」

「…そういうことですか。はい、その通りです。なにしろ、二人もいますから」

得心したユフィは、あっさり言ってのけた。一人はクラスメートの少年であり、もう一人は『王』だ。エリスの回想録で見た『王』の国を、ユフィは自分の理想と重ね合わせるようになっていた。

 

エリスの回想録を、コーネリアにも読ませることはやめておいた。

(お姉様の場合、あれを突きつけられたら人格変わっちゃうかもしれませんから…)

真面目すぎるのがコーネリアの性格である。国是は、彼女の中で絶対のはずだ。それが大嘘の塊だったと知った時、一体どうなるか。

回想録を全否定してこれまでにしがみつくか、全肯定してこれまでから一転するか、とにかく極端な結果が出るだろう。

 

「……一人はあの銀髪の少年か。いろいろ話しているという情報は、マリーカから入っているぞ」

そう言うコーネリアの口調は、どこか荒んでいた。

河口湖のホテルで、テロリストを斬り殺した男。その剣の冴えはセラフィーナやマーガレットも認めるほどで、興味を持ったコーネリアは直々に取り調べた。

その際に親衛隊に参加する気がないか誘いをかけてみたのだが、にべもなく振られたのである。

「貴方の元では、僕が護りたいものは護れない」

それが理由だった。当然詳しい事情までは話してもらえず、断られていい気分になれないのはもちろんだが、それに対して権力を使って復讐するほど彼女は狭量ではない。

ただ、それがあっさり妹には協力しているとなると、どこか釈然としないものを感じる。彼女にしては非常に珍しく、「不貞腐れて」いるのである。

 

ライの才覚を知ればそれも無理なからぬことと、ユフィは苦く笑うしかない。そしてもう一つのことでも、ユフィは安堵していた。

(ルルーシュとナナリーのこと、話してないのですね)

ユフィの学園生活について逐一報告させていたというのに、コーネリアが二人のことを知っている様子はまるでない。マリーカは、主であるユフィの意を汲んでくれていたのだ。

そのマリーカは、この時病院に駆け込んだところだった。

 

 

「兄さん!!!!!」

ノックもせず、病室に駆け込む。しかしベッドからゆっくり上半身を起こした兄の姿を見て、安堵したマリーカはへなへなと崩れ落ちた。

「…静かにしろ。傷に響く」

しっかりした兄の声に、マリーカは大きく息をつく。ナリタで重傷を負ったと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったのだ。

 

敵は『蒼』だった。あの新型に、攻撃する間すらなく負けた。サザーランドを貫いた刀の切っ先を、わずかに逸らすことしかできなかったのだ。

そのため、足にかかる布団の盛り上がり方が左右で違う。左は爪先まであるのに、右は膝から下のふくらみが消えていた。

(命があっただけ、ましと考えねばな…)

失った、感覚だけならまだそこにありそうな片足を見てそう思う。『蒼』の刀は、キューエルの右足の膝上あたりを吹き飛ばしたのである。

サザーランドはその一撃で機能停止。運よく機体が爆発せず、敵には捨て置かれたので助かった。止血処置をして救援ビーコンのスイッチを入れたらしいが、そのあたりの記憶はあいまいだ。

生き延びようとする本能がそうさせたのだろう。はっきり気付いた時には、病院のベッドに寝かされていた。

 

だが、命を拾ったのはいいとしても、片足切断は軍人、特にナイトメアパイロットとしては致命傷である。

いくら性能のいい義足であっても、自分の感覚が行き渡った足と同じ働きを期待することはできない。現場復帰は、よほどの訓練を積まない限り無理だろう。

(退役か…)

心残りは多い。マリーカはまだまだ雛鳥に過ぎず、純血派は今回の敗北で再び傾いた。どちらも託すことができたジェレミアは行方不明だ。

「まったく、あのオレンジはどこで野垂れ死んだ。いなければいないで、面倒な奴だよ…」

散々悪罵を投げつけてきたが、自分がこうなると誰よりも頼りになる相手だった。

 

暗い気持ちで病室を辞したマリーカは、そこで見知った人と出会った。

「…あれ、カレンさん?」

「あら、マリーカ?」

カレンは明らかに日本人と分かる女性を連れていた。それは意外でも、表向き『病弱なお嬢様』である彼女が病院にいるのは不自然ではなかった。

(定期的な検査か何かかな?見たところ、元気そうだし)

 

逆にそちらは何をしているのか聞かれたマリーカは、別に隠すこともないと思って兄のことを伝える。

「…………そう。それは、お気の毒でした」

それに対するカレンの反応は非常に短く、機械的だった。まあ変に慰めの言葉をかけてもらうより、こういう方が気分がいい。

それでは行きたいところがあるので、とその場を辞したマリーカは、アッシュフォード学園に戻る。

 

だが、マリーカが向かったのは自分が属する中等部でも主であるユフィのいる高等部でもなかった。向かった先は、高等部の向かいにある、大学部。

「おや…、君は…。僕に何か用?」

「お願いがあります。ロイド伯爵、私を特派で雇ってください」

その懇願にロイドは一瞬呆けたように停止し、理解が追い付くと「やったーー!!!」と子供のように飛び跳ねた。元々、優秀なデヴァイサー候補として目をつけていたのだ。

(…『蒼』を討つ。兄さんの無念は、私が晴らす)

不安はある。マリーカの実戦経験は、河口湖のホテルで震えていただけしかないのだ。あの時、訓練のように動けなかった自分が、いきなり実戦に出て『蒼』を討とうと考えるなど無謀もいいところだろう。

それでも、やるしかない。そしてやるからには、最も確率の高い方法を選ぶのは当然のことだ。

特別派遣嚮導技術部。あのランスロット以外に、兄を倒した『蒼』に勝つ術はない。少なくとも、サザーランドでは絶対に勝てないのは明らかである。

 

マリーカは知らない。兄の負傷は、誰によるものなのか。

 




今回と次回は説明ばかりです。が、次回分のStage 37は今書いてるところ…。
つまり、ストックがなくなりました。最低ラインとして月一投稿でやりくりできないかと思ってますが…。

内容の方は、コーネリア苦悩中。そしてマリーカが予定になかった戦場へ。ラヴェインをどんな機体にしようかな、というところですが…。

ちなみにコーネリア専用機はある程度ネタが固まっており、名前は最有力候補が『ブリュンヒルデ』。登場予定は今のところありませんが。

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