コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 35 表と裏

ランスの攻撃を、十手のような形をした呂号乙型特斬刀で弾き飛ばす。紅蓮が、防戦一方だった。

(反撃の、隙がない…)

二本の槍を自在に操る敵は、これまでの相手とはまるで違う。強引に輻射波動で破壊しようとすると出した腕をもう一本のランスで狙われ、慌てて引っ込めるしかなかった。

「ナイトオブナインか…。嫌な奴」

ブリタニア最強の騎士の一角。ルーミリアの言ったことは正しかった。グロースターなら、あっという間に撃破されていただろう。精神論で何とかなる相手ではない。

 

『はっはっは、楽しいぞ。ラウンズと戦える奴が、こんなにいるとは思わなかった。…どうだ?いっそ、お前らもラウンズに加わらないか?推挙なら私がしてやるぞ』

「ふっざけんなー!!!!!」

外部スピーカーのスイッチは入れなかったが、それでも聞こえるのではないかという大声で返してしまった。普段のお嬢様としての顔しか知らない相手なら、別人が叫んだのだと思っただろう。

『はっはっは、いや、そうだろうな。まあ、そういう奴と轡を並べて戦うのは楽しいが、敵として命のやり取りをするのも心躍る』

紅蓮が構えたのを見て、ヨーヴィルも構え直す。

 

相手の動きで特にいやらしいのが、紅蓮の左へ左へと回り込んでくることである。輻射波動機構である右腕を警戒しているのは明らかなのだが、こんな単純な方法で紅蓮の戦闘力が減衰するなど思ってもいなかった。

旋回の分、どうしても動作が遅れる。つかめると思ったタイミングでも、ぎりぎりのところでかわされてしまうのだ。

輻射波動腕はリーチが伸びる仕組みになっているのだが、それも読まれていた。歴戦の戦士の、戦場における『勘』の凄みを、改めて認識させられる。

 

ランスを大きくかわして一度距離を取る。追撃のハーケンを輻射波動で破壊し、急加速。突進しながらの一閃を急後退で回避した相手に、小刀を投げつけた。

『おっと!!!』

当たるとは思ってない。だがやむなく回避したヨーヴィルの足が、わずかに止まる。そこを狙っていた者には、それで充分だった。

ドォンと、ヨーヴィルの右肩が火を噴く。誰よりも嫌いな、誰よりも頼りにしている相手からの援護射撃。大きく体勢を崩した機体を、ついに紅蓮の輻射波動腕が掴んだ。

「弾けろブリタニアアアァァァッ!!!!!!」

輻射波動の高周波がヨーヴィルを変形させ、限界を超えた機体が爆裂する。しかし搭乗者は、掴んでから輻射波動照射までの一瞬に脱出していた。

 

「エニアグラム卿!!!」

本人は何とか脱出したようだが、ヨーヴィルは失われた。これで状況は一対二…、いや、一対三である。どこかから、狙撃兵が狙っている。

「…くっ、汚いぞ。部下に加勢させるなど…」

どう罵ろうが、状況は変わらない。ランスロットと『蒼』の新型は、まったくの互角。似たフォルムの赤い方も、同等の性能と見ていいだろう。

ならば、勝負の行方は自明である。スザクも、この状況で勝てるとうぬぼれるほど馬鹿ではない。

 

『また会おう、裏切りの騎士よ』

しかし、それだけ言い残して敵は去った。スモークが焚かれ、視界が遮られる。黒の騎士団の追撃を退けたコーネリアたちが迫っていたからであることは、すぐわかった。

いつもながら、未練なく『見切る』敵である。粘りが足りない、諦めが早すぎる、と罵ることはできるが、レジスタンス活動は正規軍とは違う。とにかく『負けない』ことが優先されるのである。

 

(裏切りの騎士、か…)

おそらく、『蒼』はランスロットのこと念頭にそう言ったのだろう。それが搭乗者にも当てはまるとは、思ってないに違いない。

「かまわないさ、そう罵られようとも。それが、僕の選んだ道だ。……間違った方法は、悪い結果しかもたらさない。俺は、俺は―」

自嘲を含んだ言葉でしか、言う事が出来なかった。あの時、ああするしかないと思った。その結果が、今である。

それを見て誓ったのだ。もう二度と、ルールから外れるような行動はしない、と。

「親父を殺したんだから―」

その呟きを聞いた者は、誰もいなかった。

 

 

「くそっ!あの男め…」

目論見通りであれば、黒の騎士団に損害はほぼなく、天叢雲と解放戦線が犠牲になるだけでコーネリアを討てたのだ。

それが、最後の最後で見事にひっくり返された。

追撃でコーネリア親衛隊の三機を討ち取ったが、相手は親衛隊十一機に加えてナイトオブナイン専用機。引き立て役になったのは、こっちである。

「お前の見込みが甘すぎたのだから、仕方ないだろう。そもそもお前は、『すべてが目論見通り』の場合ばかり考えて作戦を立てる癖があるからな」

C.C.からはそう言われた。通信のモニター越しに見る彼女の表情は、どこか楽しんでいるようにも見える。

 

「………お前、ライのことを知っているだろう。何者なのか、教えろ」

「………」

返ってきた返事は無言だったが、何となく予想はつく。以前言った『初恋の男』というのが『ライそっくりな奴』なのだろう。C.C.の言ったことを信じるならば、であるが。

「……一つだけ言っておくぞ。あいつは、絶対に敵に回すな。特にあいつに寄り添う女には何があっても手を出すな。怒らせたらとんでもないことになるからな」

待っている運命は破滅だ、と言うC.C.の迫力に、よくわからないながらルルーシュは頷く。

 

C.C.は知っている。『王』は当初ワーテルローに向かうつもりはなかったのだ。ナポレオンの遠征軍を撃破した時点で、講和を結んでもいいと思っていた。

それが破談になったのは、フランス側が出した条件の一つが逆鱗に触れたためである。

「妹君をフランスの皇太子妃に―」

この一言で、ナポレオン帝国の滅亡は決定した。騎士団に対してそれが再現されないとは、誰にも言い切れない。

 

その時、先を行く酒井の部隊から、男が一人倒れているとの情報が入る。近くには異様な変形をしたナイトメアのコクピットがあり、何とか脱出したもののここで力尽きたと思われた。

「まだ息はあります。犠牲になった日本人の鎮魂のために、磔にしてやりたいところですが…」

酒井の意見は過激ではあったが、理解できないことはなかった。なにしろナンバーズ迫害の急先鋒であった純血派の領袖を捕虜としたのである。報復を考えて、当然だった。

「……そういう蛮行はやめにせよ。ただ捕虜として、拘束すればいい。必要なら手当もしてやれ」

それを押しとどめたゼロの言葉は、一同にとって意外だった。ルルーシュとて、つい先日までなら考えもしなかったであろう。

ジェレミア・ゴッドバルト。彼のマリアンヌへの敬慕を知らなければ。

 

 

「よし、積み込む荷はそれで終わりだな。早々に立ち去るぞ」

思いついた時は名案だと思ったし、実際その目論見は当たった。テロリストの本拠地のすぐ近くに極秘研究の施設を作れば、監察の目も届きにくいと思ったのだ。

だが、クロヴィスを失って以後、彼に安息の場所は無くなった。クロヴィスを守れなかった無能と袖にされ、バトレーの今は置物となんら変わらない。

だが、極秘に研究してきたcode関係のことが知られれば、ただでは済まない。研究結果が評価されれば裏取引の材料にも使えるが、そうでなければ絞首刑になるかもしれなかった。

 

コーネリアが解放戦線討伐に向かうと聞いたのが、昨日の公式発表で。それまで誰もバトレーに知らせてくれる人がいなかったというのが、彼がどれだけ疎外されているかの証明であろう。

そこから人を集めて、とにかく資料をトラックに詰め込んだ。あとは走り去れば、今回は何とか乗り切ったということだ。

(やれやれ、ほっとした…)

目を閉じ、大きく息をついた。だがその瞬間、急ブレーキで前につんのめる。それでも止まらず、ドンという音と衝撃。何かに正面から激突したのだろう。

「な、なんだ!?」

つんのめった体を起こしたバトレーが見た物は、竜のような異形の機体。何が起きたのか理解するより先に、閃光に包まれた。

 

「う…、こ、ここは…?」

間違いなく消し飛んだと思った体は、しっかりある。だが景色はナリタ山から一転し、まるで死後の世界と言うのがふさわしいものへと変わっていた。

バトレーは、この場所を知っていた。クロヴィスに仕えていた時代、研究のために遺跡の調査をしていて偶然迷い込んだのだ。そして見つけたのが―。

「大丈夫だよ、君たちは死んでないから」

姿を現したのは、奇妙な格好の少年。その顔を、バトレーは驚愕の思いで眺めた。現皇帝シャルルが少年まで若返ったのだとしたら、まさしくその姿であったのだから。

「僕はV.V.。シャルルとは…、まあちょっと縁がある存在でね」

V.V.と名乗った少年の説明によると、バトレーたちをこの『黄昏の間』に瞬間移動させたらしい。原理は説明されても理解できないが、とにかく助けてくれたことは間違いない。

「無論、ただの善意というわけじゃない。君たちが研究していた『CODE-G』、ナイトギガフォートレスが欲しいんだ」

 

「それで私に対抗しようと言うのかしら、V.V.?」

いきなり、頭上から声がした。見上げると、先ほどの竜のような機体と、V.V.と同じくらい年恰好の少女が下りてきた。

スカートの裾をつまんで一礼する少女に、V.V.は憎悪の視線を向ける。

「ネージュ・ファン・シャレット。そしてこれは私の専用機『ヤルダバオト』。…わかってると思うけど、あなたたちを殺そうとしたのは私ね」

あっさり宣言する少女にバトレーたちは全く理解が追い付かず、しゃべろうとしても言葉が出ない。口をぱくぱく動かすのが精一杯だった。

「まあ、一応理由は説明しておいてあげる。あなたたちのせいで、私の予定が変わっちゃったの。本当ならもう少し眠らせておく予定だった『彼』を、あなたたちが見つけちゃったから…」

 

ネージュ本人も休眠中で、もう少し先まで動き出す予定はなかった。『彼』が奪われたことを知ったのは、たまたま「ちょっと様子を見てみよう」と思っただけである。

「この私が仰天したわ。あと少しで、私の仕込みをすべてパアにしてくれるところだったんだから」

だから殺そうとした。理屈は通っているかもしれないが、殺される側としてはたまったものではない。

「……でも、今回は見逃してあげてもいいかな。これはこれで、面白くなってきたし」

自分たちを一瞥したネージュの目に、バトレーは心底から恐怖した。少女の外見はまやかしに過ぎない。中身は、人外の化け物だ。

 

「……覚えておいてね。僕とシャルルは、必ず君を殺す。殺してみせる。そのために、僕はコードを引き継いだ」

「期待しないで待ってるわ。…あ、でも、彼を怒らせないほうがいいわよ。彼のことは、C.C.から聞いてるんでしょ?ブリタニアが、どれほど嘘にまみれた国かってことも―」

そう言われて渋い顔になったV.V.に冷笑を投げつけ、ネージュはおもむろに振り向く。

「あなたもね。止まるなら、まだ間に合うから」

どこへとなく語りかけ、ネージュは姿を消した。

 

「………」

ネージュが立ち去った後、皇帝シャルルは黄昏の間に姿を現した。その表情は、いつもと変わらない。一切の感情を消した、皇帝としての厳粛さを現した顔だ。

「シャルル、僕たちはもう止まれないんだ。いくら相手が『王』とその契約者だって、『ラグナレクの接続』は完遂させる。それが僕たち兄弟の誓いなのだから」

V.V.の言葉にも、シャルルは何の反応も見せなかった。それについて感じた不安を、V.V.は押し込めた。

謀略と裏切りが蔓延する世界―。その中で、双子の兄弟である自分たちだけは信じ合うと決めた。決して嘘をつかないと誓い合った。

それに不安を感じ始めたのは、C.C.やマリアンヌと知り合ってからだ。『王』の真実、マリアンヌとの絆というものが、シャルルにどんな影響を与えたのかはわからない。

(けど、この世界から嘘をなくす。その誓いは絶対のはずだ。でなければ、僕は何のために、不死の運命を受け入れたんだ―)

その思いを込めたまなざしにも、シャルルの表情は変化しなかった。

 

居眠りから覚めたように、グロースターの中で目を覚ます。この体を保ったまま意識を飛ばし、しかもヤルダバオトまで出現させたのだ。半分寝ているような状態になるのは、仕方ない。

(V.V.が出張ってきたのは予想外だったけど、まあいいわ)

バトレーごとき、その気にさえなればいつでも殺せる。ジェレミアは黒の騎士団に捕らえられ、彼の運命は大きく変わった。なら、バトレーにもう意義ないと踏んだのだ。

とはいえ鬱憤晴らしでしかないのだし、V.V.が欲しいのならくれてやってもいい。ジークフリードでヤルダバオトに対抗するつもりなのだろうが、愚かしい限りだ。

 

それにしても、V.V.は自分を集合無意識そのものとでも思っているのだろうか。だとしたらとんだ勘違いで、ネージュからすれば失笑ものである。

(私は、人の願いから生まれた存在―)

神のような、人を超越した存在。それを願うさまざまな世界の人の意識が集合無意識を通じてさらに深い場所に積り、やがて人格を得るほどになった。

意識だけの存在―。それが、彼女の本質である。今の体は、この世界で活動するために作り上げたものに過ぎない。何故、ベースが幼女の姿なのかはわからないが。

 

だからこの世界の集合無意識を壊しても、もう一人立ちしているネージュには何の影響もない。逆に、やる気になれば、手間はかかるにせよ元に戻すことだって不可能ではない。

つまり、V.V.の行動は彼女の気分次第で何とでもできてしまう、無駄な努力に過ぎないのである。

(それで、どこまで私に迫れるか、期待しないで待っててあげるから)

勘違いだろうが喧嘩を売ってきた以上、それは買う。自分の行動がどれだけ愚かなことか知らしめるために、徹底的に叩きつぶしてやろう。

久しぶりに『敵』という存在を意識したネージュの浮かべた笑みは、見た人がいたなら凍りつくほどの恐怖を与えるものだった。

 




ナリタ戦、戦闘終了。

ヨーヴィル終了です。「あっさりやられ過ぎ」と言われても、なかなか迫力のある戦闘描写を書けないので勘弁してください。

そして表で日本とブリタニアが激突している裏でのネージュの暗躍。簡単に言うと「実体化させた体にはグロースターを自動操縦させ、メインの意識はヤルダバオトとV.V.の対峙に使用」という感じです。
これまで彼女がいきなり現れていたのも、元が意識体だったからです。

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