ただの挟撃なら、跳ね返す自信があった。だが要塞を犠牲にしての土砂崩れに未知の新型というのは、予想のはるか上を行っていた。
今回の戦いは、戦略でも戦術でも負けたのだ。
「……いつ以来かな」
普段と変わらぬ口調でコーネリアが問う。この状況でむしろ落ち着いているというのが、逆にかつてない危機だという事を現していた。
敵から『ブリタニアの魔女』と恐れられたコーネリアが、ここまで追い詰められた例はない。まだ駆け出しのころ、ダールトンと模擬戦をやって完膚なきまでに打ち破られて以来かもしれない。
純血派の部隊が壊滅し、退路が絶たれた。東は土砂で越えられない。敵は上下から迫ってくる。まさしく、窮地と言う他にない。
残るは西に逃げる道だが、ここは崖が大きくせり出しており狭い谷間になっている場所を通らないとかなりの回り道になる。迂回していては、山頂と麓の二方向から来る敵から逃げ切れない。
「……仕方あるまいよ、ギルフォード」
谷間を通る、とコーネリアは決断した。少しでも頭が回る指揮官なら、そこは必ず抑えるべき場所だと理解するだろう。まず間違いなく、先回りされている。
だがそれでも、ここで迎撃して取り囲まれるよりはましだった。
「半数を付けます。何としても、友軍と合流を」
十機の親衛隊を、三・三・四の三部隊に分けた。。先頭の指揮はエドガー。第二陣がバート。二人とも『グラストンナイツ』と言われるダールトンの養子である。
それに、近くにいた部隊からサザーランドを三機ずつを付ける。はっきり言ってしまえば、この二部隊は第三陣のコーネリアを無事通すための生け贄だ。
残る十機はギルフォードが指揮し、麓から来る敵に当たる。補佐をするのはこれもグラストンナイツの一人のクラウディオ。
こちらはこちらで、命を捨ててでも敵の追撃を止めねばならない。麓の敵は『蒼』で、しかも新型に乗り換えていたという報告がある。
単純に考えれば、グロースターより強い機体だから乗り換えたのだろう。
将軍に何と詫びたらよいものか、と思いながら、彼らにプライベートチャンネルで話しかける。
「…すまない。君たちはここで私と死んでくれ」
「姫様のためとあれば、本望ですよ」
その声は、親衛隊員すべての心情を代弁していた。誰もが、この状況で無事に済むとは思ってない。が、コーネリアだけは何としても生かしてみせる、と。
「ギルフォード、死ぬなよ。これは命令だ。他の者も、何としても生き延びよ」
その思いを見越して、コーネリアは全員に告げた。
「………」
予想通り、と言っていい。コーネリアは谷間に向かい、黒の騎士団は一部が解放戦線と協力してブリタニア軍に当たっているが、主力の反応が消えている。
(皮肉な話だが、ここは彼女を信じるしかないか)
間違いなく、ゼロは谷間に向かっている。実のところ、コーネリアがその包囲網に飛び込んでくれるのは都合がいいが、彼女がゼロに討たれるのは困るのである。
谷間の手前で、敵が二つに分かれた。動きを止めた後ろの部隊は、当然反転してこちらを迎撃するだろう。だが紅蓮と月下を先頭に突っ込めば、破れない相手ではない。
ゼロとしては、そうして欲しいところだろう。
(だが…、全てが君の思う通りに行くと思ったら、大きな間違いだ)
ゼロに対しては、信用するなと勘が告げていた。そういう相手には、時に悪辣さも必要になる。
「下山する。そして、敵本陣から出てきた増援を叩く」
「ちょ、ちょっと…、コーネリアは?」
ゼロに任せて放っておけばいいというライの言葉に、合流を果たしたカレンが唖然とする。いや、カレンだけでなく、数人を除いて誰もがそう思っただろう。
「増援を放置しますと、手間取った場合こちらが挟撃されます。コーネリアの旗下部隊ですし、そうたやすく片づけられるはずもありません」
それより解放戦線の索敵が、本陣を固めていた親衛隊が出撃したと探知した。数は十五機と多くなるが、まさか敵がコーネリアを放置して向かってくるとは思うまい。
これを殲滅する方が容易く、十五機もの親衛隊の損失はコーネリアにとって大打撃であろう。
「まだまだ戦いは続きます。重要なのは無理をしてコーネリアを討つことではなく、可能な限り損失を抑えて勝つことなのですから」
ゼロがコーネリアを討ちたがっているのなら、そうさせてやればいい。ルーミリアは、ライの考えを正確に理解していた。
常にこちらの十倍の損害をブリタニアに与えたとしても、いつかすり潰されるのはこちらである。無尽蔵の回復力を持つ敵と戦う際に絶対にやってはならないことは、損失を顧みない消耗戦だ。
そしてもう一つが、土砂を越えてくる反応が二つあること。このスピードからして、一機は間違いなくランスロットだろう。
「白い騎士様のお出でだ。見つかる前に、盗賊団は逃げ出すとしよう」
その冗談はあまり受けなかった。ゼロに通信文だけ送り、ライは麓に向かう。その文には「健闘を祈る」としか書かなかった。
谷間には、予想通り敵が待ち構えていた。その手前で部隊を反転させたギルフォードだが、当然あると思っていた敵の追撃がない。
(『蒼』め…、何を考えている…)
谷間にはゼロと黒の騎士団が陣取っていたという。コーネリアがそれを突破する前に蒼が背後を扼せば、まさに袋の鼠となる。
なのに、レーダーに映らないよう識別信号を切って消えてしまった。油断を誘う作戦かとも思ったが、いくら待っても敵の銃弾一つ飛んでこず、代わって見えたのは味方のナイトメア。
「あれは特派の…。それに後ろにいるのは、やはりエニアグラム卿だな」
二機とも特徴的なのですぐわかる。識別信号もそう告げていたが、視認した機体は間違いなくランスロットとヨーヴィルだった。
「ユーフェミア副総督より総督救援の許可をいただきました。ギルフォード卿、コーネリア総督は?」
残してきた参謀たちでは絶対に許可しなかっただろう。最近のユフィの成長は、目を見張るものがある。
今回の作戦は、ここまでの窮地になるとは思ってなかったにしろ、激戦を予想していた。だからコーネリアは軍人以外の、足手まといになりかねない存在は連れてきていない。
例外が、ユフィである。トウキョウ租界の留守居役だったのだが、「戦場も知らないような者は、統治者として失格ではありませんか」とコーネリアを言い負かしたのだ。
それは溺愛する妹だったから聞き入れられたという面はあるにせよ、コーネリアは理がない言葉では動かされない。確かに統治者として、軍事経験は必須であろう。
そしてそのユフィが果断を下したことに、ギルフォードは満足ともいえる喜びを感じた。
「この先で黒の騎士団と交戦中だ。しかし、君たちが『蒼』を排除したのであれば、やけに早いが…」
到着が早すぎるのは疑問だが、それなら安心できる。だがスザクはそれに対し、明確に「否」と答えた。
「いえ、ここまで何の障害もなくたどり着きました。『蒼』の行方は、わかりません」
『蒼』は何を狙っているのか。誰がどう考えても、敵が狙うのはコーネリアのはずだ。その疑問が消えたのは、スザクが次の報告をした時である。
「アレックス将軍率いる親衛隊十五機もこちらに向かっております」
『蒼』が消えたならこの谷間をわざわざ通る必要はない。麓に向かって駆け下り、アレックス将軍と合流すればいい…、と思ったところで、ギルフォードは状況を理解した。
「いかん!『蒼』の狙いはアレックス将軍だ!!!」
報告を聞き、コーネリアも血相を変えた。決死の覚悟をした自分たちが、とんでもない間抜けにされたのだ。
「撤退だ!」
黒の騎士団など、もうかまっている場合ではない。アレックス将軍の親衛隊が壊滅すれば、がら空きの本陣はすぐそこになる。最小限の数は残してきたというが、蒼からすれば鎧袖一触だろう。
「全機、谷間から脱出!特派の機体とエニアグラム卿はすぐアレックスの救援を、残りは敵の追撃を迎え撃ったのち、本陣に向かうぞ!」
もはや、イレギュラーだという事にかまっていられる状況ではなかった。アレックス隊を救うには、ランスロットのヨーヴィルのスピードに賭けるしかない。
「逃がすわけにはいかないな、コーネリア」
歯噛みしたい内心を押し隠し、ルルーシュは言う。独力で正面からコーネリアとぶつかれば、大損害は免れない。だがここまで追い詰めた獲物を容易く手放す決断もできなかった。
(あの男め…)
忌々しいのは、コーネリアという獲物に思うところがなければ、合理的だと認めざるを得ないことである。そこまで見越せなかったどころか、こちらがコーネリアに執着することを見通された。
谷間から抜け出す前なら、まだ勝機はある。入り口を崩して塞いだが、その岩が排除されるまでにコーネリアが討てるかが勝負である。
だが、コーネリアの親衛隊と白兵戦となれば、並の騎士団員では歯が立たない。この状況では、ルルーシュの作戦の妙も何の役にも立たなかった。力押ししかないのである。
相手の装備が大型ランスだけならこの閉じ込めも大いに効果を発揮しただろうが、ミサイルランチャーを装備していたグラストンナイツ機があったのが誤算だった。
岩が吹き飛ばされ、道が開ける。そして同じく外側から道を作ろうとしていたギルフォードの部隊と合流。
「これ以上は無理だ。損害を増すだけだぞ」
いつものふてぶてしい態度を取り戻したC.C.に言われたが、ルルーシュとてそんなことは分かっている。ちなみに、C.C.の服はちゃんと着替えさせた。
「全部隊…、退却だ」
無念と憎悪を押し殺し、騎士団に告げる。そしてアレックス将軍の部隊は、この時壊滅していた。
「『蒼』…」
遅かった。ダールトンに次ぐ将軍だったアレックスも、コーネリア救援しか頭になかったのだろう。
そこを、『蒼』は急襲した。純血派同様一撃で中核を粉砕したのだ。紅蓮の輻射波動腕に掴まれたアレックスのグロースターは、主の身を乗せたまま爆散した。
あとは、掃討戦でしかなかった。さすがにコーネリア親衛隊にわれ先と逃げ出す者はいなかったが、この場合はそれが仇になった。
十五機中、残りは四機。秩序ある後退は、獲物が自らまとまってくれただけでしかなかった。むしろ逃げ散れば、もっと助かったかもしれない。
残る四機が撃破されるのも、もはや時間の問題となっていた。逃げようにも逃げられず、戦っても勝ち目はない。
ランスロットとヨーヴィルが到着したのは、その時だった。
「間に合ったとは…、言えないな」
「でも、まだ反応があります。友軍を見捨てるわけにはいきません!!!」
それはそうなのだが、真っ正直に飛び込む必要はないだろう。もう少し頭を使うべきだと思うが、窮地の味方以外何も見えてないスザクに引きずられる形で、ノネットも戦わざるをえなくなった。
しかし、敵はこちらの反応を見ただけであっさり包囲網を解き、撤退に移ったのである。そして殿は『紅』と『蒼』の新型二機が受け持っていた。
『……シンジュク以来だな、ランスロット』
「あの時とは違う。今、間違っているのは、君たちだ」
確信があるわけではない。笑い飛ばされることも覚悟していた。だが、相手は一つ息をついて、諦めたように言っただけだった。
『…それが君の正義なのであれば、そうなのだろう』
剣は握ったままだが、仕掛ける気配はない。目的は時間稼ぎでしかないからだ。部下が安全圏まで逃げ果せれば、二人も撤退に移る。
「主将自ら殿とは、ずいぶん剛毅な奴だな。だが、そういう奴は好きだぞ」
ノネットが一歩を踏み出す。それに対し、『蒼』をかばうように赤のナイトメアが応える。
「私は『ナイトオブナイン』ノネット・エニアグラム。いざ―」
空気が張り詰める一呼吸の後―。
「勝負!!!」
ヨーヴィルが、紅蓮に向け突進した。
サブタイトルは、「コーネリアもルルーシュも気付かなかった落とし穴」という意味です。
そしてアレックス将軍に合掌…。結局名前だけの存在になってしまった…。
スザクとライはナイトメア越しにまた会話してますが、どちらも確信するほどではないと言う状況です。
(ライは学園と『蒼』で雰囲気が変わるので。スザクは「名誉ブリタニア人であるから」という思い込みで)