「準備は良いな?この作戦は、君が要なのだからな」
「はい、はい」
ゼロの呼びかけに、カレンはぞんざいに返す。選択肢がそれしかなかったから納得はしたものの、当然やる気につながらない。
「カレン…。いくら『蒼』と一緒じゃないからって、少しはしゃんとしてもらわないと…。私たちの命がかかってるんだからね」
二番隊に所属した井上からたしなめられる。それはわかっているのだが、『蒼』の刃となって先を駆けるのが『緋龍』であり、その先頭に立つのが自分の役目のはずだったのだ。
「はぁ…。彼のことしか頭になくなっちゃって…。ここまで恋愛脳に育てた覚えはないんだけど…」
恋する乙女は厄介だ、と井上は思う。そう言う彼女も同じような経験はしたはずだが、本人に言わせれば「ここまで酷くはなかった」らしい。
「しかし、兄貴がいなくなっても大丈夫そうで安心した。あいつからは、事あるごとに妹の愚痴を聞かされたからな」
それはつい先日までのカレンを知らないからそう言えるのだ、と井上は思う。朝倉は、ライが現れてからのカレンの姿しか知らない。
『蒼龍』と『緋龍』。ライとカレンが率いる天叢雲の最精鋭部隊である。赤と青の龍、という名前はテンプレートっぽくはあるが、カレンは気に入っていた。
何より、ライが親衛隊と対になる部隊の隊長に、自分を任命してくれたというのが嬉しい。それに専用にカスタムされていたとはいえ、紅蓮弐式という専用機も真っ先に渡してくれたのだ。
やはり、戦場で彼と並び立てるのは自分しかいない。そう思ったのに、その専用機が仇になるとは思ってもいなかった。
地面に埋められたパイルバンカー。これで輻射波動を地下水に伝え、沸騰させようというのだ。
沸騰した水は水蒸気となり、体積は一気に膨張する。それが地層を破壊し、あとは斜面に沿って流れ落ちる。人工的に土砂崩れを発生させようというのである。
しかし、それを実現させるには輻射波動を持つ紅蓮か月下が必要になる。ライは天叢雲全軍を指揮しなくてはならないので、カレンの紅蓮がやるしかない。
「……始まったな。……逸るなよ。私が指示を出すまで待て」
麓から、全軍の展開を終えたブリタニア軍の攻撃が始まる。ついにコーネリアと激突する時が訪れたのだ。
「言っときますけど、私は仕方なくあんたに従ってやってるの。私に命令していいのは、この世界で『蒼』だけなんだからね」
しかしその緊迫した状況にも関わらず、カレンはそう言ってしまった。
「始まったな」
「……私としては、ライさんが決戦に応じるというのが予想外でしたけど」
ライのつぶやきに、ルーミリアが反応する。天叢雲主力は地下道を通り、ナリタ連山を囲むブリタニアの包囲網の外に出た。土砂崩れによる混乱に乗じて、背後から襲う構えだ。
残ったのが、カレン率いる『緋龍』と朝倉率いる二番隊である。ルーミリアからすると、『合流するまで撤退しない』と同義である。
(まったく、カレンさんにだけ甘いんですから…)
自分にも、その十分の一でいいから関心を向けて欲しい。しかしそう言うと、おそらくルーミリアにも専用機を用意しようと考えるのがこの人だ。
どうしてそっち方面にばかり考えるのか。『副官』としては至上の存在であると認められていると思うが、『女』としての認識は皆無だ。
(いつか、振り向かせて見せますから)
ちなみにルーミリアの乗機は、遠距離狙撃用にカスタムしたサザーランドである。専用機はあればいいとは思うが、ライのフォローを考えて狙撃というスタイルを選んだ以上、紅蓮を貰っても意味がない。
朝比奈に任せた北部は一進一退。東部の千葉は押されていた。
「やむを得ん。千葉には後退させろ」
全体を俯瞰しながら、藤堂は指示を下す。後退させたところには部隊を埋伏させてあるが、この時点で使うのは予定よりかなり早い。
だが、東部の先鋒はコーネリア親衛隊の分隊だという。それを考えると、潰走に至らないのは千葉の力によると言えた。
(東に五、南に十五、本陣に十五、旗下が二十…)
斥候と監視装置が確認した、コーネリア親衛隊のグロースターの数である。本陣の防衛に十五も割くというのは藤堂からすると遊兵と思えるが、おかげで助かっているのだから文句はない。
そして藤堂が受け持っているのは、南側のブリタニア軍主力である。コーネリアの腹心中の腹心であるダールトン将軍が、通常軍も率いて攻め込んできていた。
(ダールトン将軍相手なら、相手にとって不足はない)
ダールトンは七年前の日本占領時にも軍を率いて参戦しており、戦った経験がある。その際に彼の手腕がどれだけすぐれているのか理解した。
軍人としての性であろう。難敵に会うと、逆に高揚するのだ。
片瀬は前線の指揮を藤堂と四聖剣に一任し、自身は司令部から後方支援に徹するという。その決断も意外であったが、おかげで何の足枷もなく敵と向かい合える。
(今回は勝たせてもらうぞ、ダールトン)
敵を誘い込み、かつ土砂崩れに巻き込まれないように避難ルートを考え撤退する。今のところ、それは上手く行っていた。
「さて…、相手は『奇跡の藤堂』だろうが、何を考えているのやら…」
じりじりと押していく。一見優勢であるが、敵が防衛線を一点に向けて収束させるように動いているのに気付かぬほど、ダールトンもセラフィーナも馬鹿ではない。
「やはり引き込んで伏兵と罠で叩く…、それしかないと思いますが」
「そうなのだが、何か引っかかる」
セラフィーナは愚鈍ではない。が、その発想は常識を超えるものではない。その壁を越えられれば、とダールトンは思っていた。
むしろ、マーガレットの発想の方が飛躍する。ただ、彼女は彼女で軽率なところがあり、今も一気に押し込んでいたところを伏兵にあって後退を余儀なくされていた。
(二人合わせれば、ギルフォードにも劣らぬのだが…)
ダールトンは知っている。実はこの二人にコーネリアが嘱目しているのは、どちらかをユフィの騎士にしたいからだ。男の親衛隊員を選ばなかったところに、コーネリアの心境が透けて見える。
ちなみに二人に嘱目しているのはコーネリアだけではない。ダールトンは、養子たちの誰かの嫁になってくれれば、と別な意味で期待していた。
(戦災孤児を引き取って育て立派な軍人にしたまでは良かったが、あいつらには青春というものを教えられなかったからな…)
勝手な思いながら、ダールトンも二人は戦死させたくないのである。
「……考えているだけではらちが明かぬな。進むしかないだろう」
黒の騎士団および天叢雲全軍がナリタに入ったという情報は手に入れている。それなのに、どの戦線でも相手にしているのは解放戦線の部隊だけだ。
あのゼロと蒼が、ただの伏兵で収まるような策を考えているはずがない。もっと何か、想像もできないことを考えているはずだ。
しかし、どう考えても自軍に隙はない。サイタマゲットーと違い、本陣はがちがちに固めた。何しろユーフェミアがいる。親衛隊から十五も割いたのは、そのためだ。
親衛隊以外の部隊も、駐屯軍から選抜した兵士で固めてある。どこに奇襲をかけてこようとも、跳ね返す自信があった。
伏兵を破り、防衛兵器を破壊して、なおもじりじり進む。戦力は圧倒的にこちらが上なのだ。網を手繰るように追い込んでいけば、負けるはずがない。
やがて、一件の山荘にたどり着く。偽装だと睨んでいた建物だ。ここから要塞内に突入し、一気に片づける。注意すべきは敵により、内外で分断されることだけだろう。
だが、この嫌な予感は何なのか。それがダールトンの心に、相変わらず引っかかっていた。
「…粘るな」
本隊の西の端。そこから攻め込むと決めたコーネリアだが、敵が最も重厚な防衛線を敷いていたところに当たったらしい。
しかし、それはそう予測したうえでこの道を選んだのであって、読み通りのことだ。外したのは、自身と親衛隊の中核なら突破できると思っていたことである。
ちなみにこの道を守る指揮官は、四聖剣の仙波だった。長年の戦場経験を活かし粘りに粘るその戦い方は、コーネリアが旗下に欲しいと思うほどのものである。
「…ダールトンはもう目標地点にまで達しているな。少々、侮りすぎたか…」
ここだけではないが、『無頼』ではない新型の姿も見える。それもコーネリアの予想の外にあった。グロースターでも、侮れない性能を持っている。
だがこれで、上を取ったダールトンと挟撃できる。敵がどう防ごうが、それには耐えきれまい。
あとは、ゼロと蒼の二人がどう介入してくるか。それさえ凌げば、この戦は勝ちだ。
……凌げれば、の話であった。
「よし、全ての準備は整った!これより我が部隊は、山頂より奇襲を敢行する。一気に駆け下りろ!!!」
「輻射波動、鎧袖伝達!!!」
ゼロの檄に合わせ、出番を待ちわびていたカレンの精神が一気に高揚する。だが同時に、軍議の後ライから受けていた極秘の指示も反芻していた。
「失敗した場合、紅蓮を先頭にして包囲網を破り、逃げろ」
いくら調査が正確でシミュレートの成功率が高かろうが、実際にやってみない事にはわからない。だから、もし失敗したら「ゼロなど見捨てろ」と言ったのだ。
二人の間にある不協和音を感じながら、紅蓮の右手から弾けた閃光は地中に達し、やがて山を揺るがせた。
例え数百機のナイトメアが現れようとも、ここまで驚くことはなかった。ブリタニア軍を襲ったものは、それよりはるかに原始的で、はるかに恐ろしいものだった。
「なっ!?」
ダールトンの部隊が、見る間に麓まで押し流されていく。いくらナイトメアフレームでも、膨大な土砂を相手にして踏みとどまれるはずもない。
幸いなことに、ダールトンとセラフィーナは間一髪で難を逃れた。だが情報が錯綜し、コーネリアにまで伝わらない。当然、敵のジャミングも行われているだろう。
「くそ!麓から回り込むぞ」
コーネリアがいるのは、土砂崩れの反対側である。専用の装備がなければ、これは越えられない。敵の狙い通りコーネリア隊が孤立した。見事すぎて、忌々しいほどだ。
そして彼らに続いていた通常軍は、文字通りの壊滅だった。
「全軍、総力を挙げて撃って出よ!!!」
片瀬の指示に、これまで隠されていたナリタ要塞の全武装および解放戦線の全兵力がブリタニア軍に襲いかかる。何が起きたかわからない上の猛攻が、ブリタニア軍の混乱に拍車をかけた。
だが、主力軍が潰えたのは大きいと言っても、損害を出したのは南だけだ。北と東は、動揺が収まるまでが勝負である。
(いた!!!)
千葉はコーネリア親衛隊のグロースターの中で、指揮官の乗る機体をあやまたず狙う。それさえ倒せば、あとは勢いで押し切れるのだ。
「…なめないで、欲しいなっと!」
マーガレットのバルディッシュが、千葉の廻転刃刀と火花を散らす。一騎打ちなどしている場合ではないのだが、襲われた以上受けるしかない。
「あー、もう!姫様とおやっさんとセラちゃんが危ないってのに!!!」
面倒な奴に当たった。そう思い舌打ちしたマーガレットだったが、敵の勢いは止めたのだ。
「…………!!!……どちらか知らぬが、やってくれたな!」
噛み締めた唇から、血の味がする。人為的に土砂崩れを引き起こすなどということは、いくらコーネリアでも想定の中にない。
「全軍を後退させろ!!!体勢を立て直す」
ギルフォードが素早く旗下の部隊を集合させる。これで終わるはずがない。ゼロにせよ蒼にせよ、狙うのは自分の首だけのはずだ。
「山頂付近に敵部隊発見!カリウス隊が迎撃に向かいました」
次の報告は、敵が黒の騎士団であるというもの。だがコーネリアは安堵していた。ゼロがこの斜面をまっすぐ自分に向かって下ってくるという事は、ここの滑落はない。
(となると問題は、蒼の方だ)
ユフィのいる本陣はアレックスに任せたから、この混乱の中襲われても耐えきるはずだ。東もマーガレットが何とかしてくれるだろう。
最も危ういのが、通常部隊だけの北の戦線である。挟撃されたら持ちこたえられないであろう。そして、敵はその通りに動いていた。
どこに潜んでいたのか、ブリタニア軍の背後に敵の反応が現れた。卜部、村上、小笠原、小野寺のナイトメア部隊に解放戦線の増援を加えた部隊である。
楽屋裏
ルル:「ついに!ついに俺の時代が来たぞー!!!」
作者:「ナリタ戦は見事だったからね。ぶっちゃけ、ここが君の黄金時代だった…」
ルル:「何とでも言うがいい。今回は、俺が中心で進まざるを得ないのだからな」
ネジュ:(……ヤルダバオトを出せば何もかもぶち壊しにできるわよ。そうしない、作者?)
作者:(いや、あれは反則だから。それに、本当にそれだけで終わるはずないでしょ?)
ネジュ:(ふーん。何か陥穽を用意してるってわけね)
ルル:「フハハハハー!!!!」