(いったい何が耳に入ったんだろう…)
コーネリアから直々に呼び出され、びくつきながらマリーカは演習場に向かう。従卒としての仕事は、まあ無難にこなしている。コーネリアの基準からは少々馴れ馴れしすぎるだろうが、それは主人の意向だ。
だが、コーネリアの耳に入ったら大目玉を食らいそうなことならある。例えばユフィが料理を教えてほしいと言ってきたことがあり、断りきれず教えたことがある。
それは、コーネリアには容認しがたいことだ。彼女にとって『料理をする』という行為は料理人の仕事であって、皇女の仕事ではない。
しかもそれが隣の男に対する差し入れだったと知ったら、激怒などというレベルで済むかも怪しかった。
ちなみに内容はサンドイッチとコーヒーという簡単なものであったが、相手は泣きそうなほど喜んでくれたらしい。
「一体何だろう?僕たち二人を呼び出すなんて…」
その隣の男が言う。名誉ブリタニア人でありながら、最新鋭のナイトメアを駆る存在。マリーカが受けた指示とは、スザクと一緒に演習場に来いというものだった。
「でも珍しいです。お姉様がスザクを名指しで呼び立てるなんて」
そして何故ユーフェミア様までいる、とマリーカはツッコみたくなった。現在、特派のトレーラーで演習場に向かっているのだが、あまりにも自然に、誰にも疑問を持たれることなく乗り込んでいたのである。
改めて考えてみれば、奇妙な光景であった。
ブリタニアの皇女と名誉ブリタニア人が仲良く話していて、それを純血派のはずだった自分が全く奇異に思わない。ごくごく自然に、この空気に溶け込んでしまっていた。
(最近、ショックなことが多かったから…)
軍人になるという目標は変わってないが、純血派に参加するという意識が薄れている。『エリスの回想録』とユフィの天真爛漫さに中てられた、と言っていいだろう。
「よお、やっと来たな」
コーネリアの隣にいる人を見て、マリーカはこの状況がどういうことなのか理解した。しかし、先日連絡を取ったばかりなのにもうここにいるというのは、いくらなんでも行動が軽すぎる。
「お久しぶりです…、エニアグラム卿…」
本当は、「エリア11にまで来ちゃったんですか?」と言いたいところだ。しかしこちらは見習いの軍人、相手は雲の上の人とあっては、ため息も呑みこまざるを得ない。
それが、相手には不満だったらしい。
「マリーカ、なに固くなってるんだ?『ノネット姉さん』と呼んでいた頃のかわいいお前はどこいった?」
ヘッドロックをかけられた上頭をグリグリやられ痛がるマリーカに、この人は「姉さんと呼ぶまでやめてやらん」とさらに力を込める。
「……オホン、もういいですか、エニアグラム卿」
コーネリアにしては、珍しく弱腰な態度だった。咳払いで流れを断ち切る、などという配慮をすること自体、スザクには考えられないことである。
「……まったく、殿下もお堅いことで。私の『妹』たちはどうにも真面目すぎますね」
スザクには、全く話が見えない。コーネリアさえも『妹』と言うこの人が何者なのか知らないスザクは、ただきょとんとしているしかなかった。
「卿がこのエリア11に来るとは聞いていませんでした。『ナイトオブナイン』ノネット・エニアグラム卿」
「これはユーフェミア様。久しくお目にかからぬうちに、ご立派になられまして…」
背格好のことだけではない。先のリフレイン事件でのユフィの対応は、賛否両論あるにせよ大きな話題になった。そしてノネットは、どちらかと言えば賛成派であった。
意外なことである。『弱肉強食』を標榜するブリタニア皇帝直属の騎士であるラウンズが、弱者救済を考えたユフィに好意を持っている、というのだから。
「…まあ、ラウンズは奔放だからな。それに殿下の妹君だ。よい結果に終わってほしいと思うのは、当然のことだろう?」
話を聞けば、コーネリアは士官学校の後輩なのだという。卒業後も個人的な付き合いがあり、だからユフィとも面識があった。
「それで、ラウンズがこの地に来たとなると、やはり皇帝陛下の勅命で…」
エリア11で、コーネリアが意外に苦戦している。本国にいて報告だけで状況を判断している人なら、そう思うのも無理はない。
その声が皇帝に届きラウンズの派遣に繋がったとなれば、コーネリアが解任されることも十分あり得る。それがユフィの心配だったが、相手は拍子抜けするほどあっさり言う。
「違いますよ。私の方から許可をいただいて来たのですから」
皇帝の、コーネリアに対する信頼は全く揺らいでないらしい。であれば、どうしてラウンズの派遣という大事に繋がったのか。その疑問に対しても、この人はあっさり答えた。
「なあに、特派で開発中の機体、…ランスロットだったか?それがすごい性能だと言うので、これは一度手合せしなくてはと思ってな」
そしてその思いを、皇帝に率直に言ったという。専用機まで伴ってのラウンズ派遣にしては、あまりにも軽い理由だった。
「スザク君、準備はいい?」
「…はい」
若干乗り気ではないスザクに対し、特派の皆は大乗り気だった。理由はノネットの機体である。ラウンズ専用機とランスロットの戦闘データが取れるというので、ロイドなどは子供のようにはしゃいでいる。
「いっや~、まさか稼働しているところを見れるなんてね。第六世代ナイトメア『ヨーヴィル』!」
ナイトメアの開発において、第六世代は「不在の世代」と言われる。第五世代が一つの完成形としてあり、それを越えようと試行錯誤を繰り返したが成果は挙がらず、設計や実験機の段階で終わったのだ。
この『ヨーヴィル』も、その一機である。グロースター以上の近接戦闘力だけを追求し、遠隔攻撃能力は皆無に近い。しかも機体を軽くすることで機動力を確保したため、装甲が非常に薄い。
他のすべてを捨てて攻撃に特化させたという、とにかく扱いがピーキーな機体である。汎用機としては完全に落第だ。
『だからと言って甘く見るなよ。幾度も共に戦場を駆けた、私の愛馬なんだからな』
実験機でしかなかった、逆に言えば実験機だからこそそんな無茶なコンセプトで設計された『ヨーヴィル』だったが、それをノネットは買ったのだ。
『さあ、行くぞ!!!』
ヨーヴィルの主武装は、両手に持った二本のランス。それはグロースターで使われている大型ランスを細身にしただけであり、別段驚くものではない。
スザクと特派の研究者たちを驚かせたのは、ヨーヴィルの異常な加速力だった。そのスピードは、ランスロットと比較しても遜色ない。
(速い!!!)
二本の槍に対し、スザクも二刀流で迎え撃つ。相手が得意とする近接戦での真っ向勝負を選んだのだ。
それは、騎士道とか武士道によるものではない。単純にスザクが不器用極まりないやり方しか選べないという性格なだけである。
『蒼』ならば、相手の得意とする近接戦は避けただろう。ゼロなら、そもそも一騎討ちという状況を作らないに違いない。
目的を『勝つ』という一点に絞れば、明らかにそちらの方が効率的だ。だがスザクとしては、何よりも正々堂々と戦いたい。その上での勝利こそ、本当の価値があると思っている。
二本の槍と二本の剣が、切り結ぶ。二刀流のメリットは何と言っても手数の多さだ。片手で攻撃する動作が、次のもう一方の手による攻撃の準備となる。
(さすが、ナイトオブラウンズ…)
帝国最強の騎士と言うだけのことはある。しかし戦えない相手ではなかった。小手調べは全て防いだのだ。
『お前、やるな。噂のランスロットの性能を差し引いても、私と討ち合えるほど腕のたつ奴などそうはいないのだからな』
ラウンズの番号は、強さの順ではない。さすがに『ナイトオブワン』だけは別格であるものの、それ以外は単純に好きな番号をいただいただけである。
そしてノネットは現ラウンズの中でナイトオブワンに次ぐ古株であり、その実力は他ラウンズからも一目置かれている。
『謙遜しなくていいぞ。ヴァインベルグの四男坊やアールストレイムのお嬢をラウンズにという話があったが、私はお前を推挙したくなってきたぞ』
「それは光栄です…ね!!!」
今度はスザクが仕掛ける。ランスと剣。懐に潜り込めれば、勝機はある。
『甘いぞ!!!』
とはいえ、簡単にそれを許すような相手ではない。片手の隙を、もう一方の手と足捌きで絶妙にカバーしていた。
一度引く。しかしそこに追撃が来る。だがそれはスザクの予想通りで、狙い澄ましたMVSが右手のランスを弾き飛ばした。
「なっ!?」
だが、次に驚愕したのはスザクの方であった。ノネットは間合いを離すどころか、逆に左手のランスまで捨ててランスロットに密着してきたのだから。
膝蹴りをまともに受け、ランスロットが揺さぶられる。体勢を立て直しながら、後退。そこにヨーヴィルは腰の剣を抜き、斬りこむ。
その斬撃をかわす。スザクの脳裏に、あの時の光景が横切った。相手にしていたのは、グロースター。この太刀筋は、ここから―。
『もらったぁ!!!!』
ノータイムで突きが派生する。それに対しスザクは無理矢理機体を旋回させ、倒れこみながらぎりぎりで回避した。と同時に、めくらめっぽうにMVSを振り上げる。
「戦闘終了。勝者、ランスロット」
模擬戦終了のアラームと、セシルの声が響く。MVSは、ヨーヴィルのコクピットにぶつかっていた。
「むむむ…。私が負けるとは…」
「実戦なら僕の負けです」
ヨーヴィルの各所には格闘戦用の隠しナイフが搭載されている。あの膝蹴りの際にそれを展開していたら、ランスロットもスザクも無事では済まなかっただろう。
「それはお前だって同じじゃないか。剣の振動機構をOFFにしたまま戦っていたのだから」
MVSの高周波振動とまともに撃ちあえる武器はない。いくら受け流そうが、刃に触れれば削り取られる。実戦だったら、ヨーヴィルの槍はぼろぼろになっていただろう。
「ええい、負けた負けたー!!!」
全てを振り払うように、ノネットが叫ぶ。しかし、最後の機動は相手に感嘆すると同時に無念だったのか、それについでだけは未練がましく言われた。
「あれを初見で避ける奴なんて初めてだぞ。ビスマルクの旦那から初めて一本取った、私の切り札だったのに…」
「いえ、二度目でしたけど…?」
初見では、避けきれなかった。『蒼』と戦った記憶があの瞬間に蘇ったから、何とか避けられたのだ。
スザクはただありのままを、何となく言ったに過ぎない。しかしそれを聞いたノネットは、恐ろしく真剣な表情で考え込んだ。
「『蒼』が、あれを使った…?……………。まあ、考えられないことではないが…」
『剣』という武器の括りがある以上、同じような技を思いつくという可能性はある。ただ、ノネットの動きは『蒼』そっくりだった。
同じ剣術を学んだ、と考えるべきだろう。ラウンズとレジスタンスという二人であるが、立ち会ったスザクはそれほど不自然だとは感じていなかった。
「何故なら、エニアグラム卿も日本剣術を学んでますよね?」
西洋剣術は、多くが剣と盾を左右に持つ。それに対し日本剣術は一刀を両手持ちだ。当然の結果として、足さばきなどの動きに違いが出る。
ノネットのナイトメア操縦にも日本剣術独特の動きが取り入れられていたことを、スザクは感じ取っていたのである。
「……あー、うん、私の剣術は、先祖が書き残してくれたものを学んだだけでな」
それを基本に、ランスの二刀流(二槍流?)はある人へのあこがれがきっかけで取り入れたという。その人は日本剣術とは関係ないので、あるとしたらそれは先祖の方になる。
その先祖は、兄とその親友が工夫を重ねた剣術を記録した。問題は、その兄と親友が誰だったか、ということである。
「その兄の名は、ユーイン・エニアグラム。『王』の騎士であり、無二の友だった男だよ」
そこまでは、コーネリアやユフィ、マリーカなどは知っている。しかしそれが日本剣術とどうつながるか、ということは、エリスの回想録を知っている二人以外にはわからない。
「その兄に『王』から下賜されたものが、日本刀だったからな…」
「は…?」
ノネットの爆弾発言に、スザク以上にコーネリアやロイドたちが驚いた。国是の象徴と日本に繋がりがあるなど、普通のブリタニア人には考えられない。しかも、当時の日本は鎖国中だ。
「何かのきっかけで手に入れたという事は?例えば、オランダ経由で…」
当時のオランダは、日本と国交のある唯一の西洋諸国だった。そしてナポレオンに占領されていた時期とも重なる。
ロイドの言う通り、亡命した人が『王』に日本の品や知識を伝えたというのも、考えられないことではない。
「まあ、な…」
そう言ってノネットはマリーカをちらりと見る。それを自ら確かめることが、ノネットがわざわざこの地までやってきた理由の一つである。
「…さて、次はマリーカだな」
『王』についてはここまで、と言外に言い、ノネットがマリーカに声をかける。だが、かけられた方は何をすればいいのか、まったくわからない。
「…あのー、それで、私は何のために呼ばれたのですか?」
最悪、コーネリアに手ずから成敗されるかもしれないと思っていたマリーカだが、どうやらそれはなさそうだった。単純に、ノネットがコーネリアを通して呼び出したのだろう。
だが『王』についてのことなら、わざわざ演習場まで呼び出す意義はない。そのマリーカの疑問に対し、ノネットはこともなげに答えた。
「ん、何を言っている?ナイトメアの腕は陸戦操機科で評判だと聞いたので、なら久しぶりに見てやろうと思ったのだが…」
「は?」
「……親衛隊からグロースターを一機貸そう。お前はそれに乗り、模擬戦を行え」
その後、マリーカがボコボコにされたことは言うまでもない。
ついにノネットさん登場。そして『王』に関わる人はひとまず出そろいました。
もう一点がオリジナル第六世代ナイトメア『ヨーヴィル』。
これについては、「ランスロットが世界初の第七世代機ならこの時点ならラウンズでも第六世代以前」と考えました。
さらに言えば「ギャラハッドもトリスタンもブラックリベリオン後の1年間にロイドが作った」と考えているので、小説版の「ラウンズがそれぞれの研究機関を持っている」という設定は認めてません。
ちなみにノネットさんの本当の専用機は「ベディヴィエール」です。