「だいたい、貴様がすべての元凶なのだ。この『オレンジ』め!!!」
「な!!!オレンジオレンジと調べても何も出なかったことをまだ言うか!…当然のことだ。このジェレミア・ゴッドバルト、不正などとは無縁なのだからな」
『純血派』の領袖が言い合う。ツルガシマではこれが毎日のことであったが、トウキョウ租界に戻ってきても変わらずか、とヴィレッタ・ヌゥは二人にわからないところでため息をついた。
純血派と言えば「選民意識で凝り固まっている石頭」という批判もあるが、美点もある。出世目的の加入者はともかく、本気で思想に賛同する者は国家及びその象徴である皇室に対して、人一倍忠誠心が強いのだ。
ゆえに、不正を憎む心も人一倍強い。出世目的だった連中は皆抜けてしまったことも幸いして、リフレイン事件での綱紀粛正にも足をすくわれることがなかった。
それがコーネリアに評価され、どん底にあった純血派にも少し陽が差してきたというのがこのところの状況なのである。
…ただ、それがキューエルには不満らしい。オレンジ事件さえなければもっと評価されていたはずだというのはもっともな言い分であって、さすがのジェレミアも分が悪い。
もう一つの純血派にとっての陽光は、キューエルの妹のマリーカがユーフェミアの従卒になったことだ。キューエル自慢の妹であり、うまくいけば皇女殿下の騎士になれるかもしれない。
そして、そこで無理強いしないところも純血派の美点であった。決して、皇女殿下に意志を押し付けるような真似はしない。簡単に言えば、滅私奉公が純血派の忠義なのである。
例えば今回のことなら、マリーカが皇女殿下の騎士に「なってくれればいい」とは思うが、皇女殿下の意思が違うところにあるとなれば、黙ってそれを受け入れる。
「まだ未熟とはいえ、マリーカの素質は本物だ。驕ることなく志尚を忘れなければ、ラウンズにもなれるかもしれん。……『王』以来ブリタニアに忠誠を尽くしてきた、わが家の誇りとなるだろう」
畏れ多くも『王』の妹である『マリーシャ』に似せて名付けられた以上、そうなってもらわねば困るのだ。今のところ、士官学校の成績はトップクラスの優秀さなので、家族の期待には十分応えてきた。
このまま行けば陸戦操機科の首席も夢ではなく、なのにその士官学校を捨てアッシュフォード学園に転校することになったのは残念であったものの、家族は批難しなかった。
実技関係の単位は充分だったので、あとの単位は一般学校で取っても士官学校卒と同等に扱われる。なにより、皇女殿下のためである。むしろ誇るべき自己犠牲というものだ。
……まさか、皇女殿下に対する忠誠が全くなかったとは言わないが、惚れた男に対する追っかけというのが転校を決めた大きな理由などとは、家族は夢にも思ってない。
その妹から、つい先ほど重大な連絡があったのである。
「ユーフェミア皇女殿下がジェレミア卿と内々に会いたいと仰られました」
こう言われて、キューエルは言葉を失った。何故ジェレミアなのか。それについて妹の答えは「殿下のご意向ですから」とそっけないものだった。
兄は不満だろうとマリーカも思ったが、事が皇室に関わることなので明言できない。とにかく目立たぬよう、内密にアッシュフォード学園を訪れてほしいことは伝えた。
それを聞いたジェレミアは号泣するほど喜び、そこに不満不服なキューエルがつっかかり、結果ヴィレッタがため息をつく、という状況になったのである。
ブリタニアという国は、専制君主国でありながらある程度報道の自由が認められている。しかし、それはあくまでも権力者から許可された範囲における『ある程度』だ。
皇女から「取材、質問は政庁を通すように」と言われて、マスコミ関係者は一斉に退散した。下手をすれば首が飛ぶことになりかねないからだ。しかも、「職を失う」の比喩ではなく、である。
それゆえ、アッシュフォード学園の周りにマスコミの姿は見えず、普段と変わらない。学園に迷惑をかけたくないという配慮であることはもちろんだが、ルルーシュとナナリーの姿を隠すためでもある。
とはいっても、軍人、しかも落ち目にあった純血派が皇女殿下の元に参るとなれば、目立たない筈はない。友人の妹に会いに来たと言っても、それは名目に過ぎないと誰もが思うだろう。
思い悩んだジェレミアは、もう一つ理由を加えることにした。
「………」
ドアの前で、大きく深呼吸する。これは恥ではない。貴族としての、騎士としての誇りのため、どうしても必要な行為なのだと自分に言い聞かせ、ドアノブに手をかけようとした瞬間…。
「あれ~?こんなところで何をしているんですか、ジェレミア卿」
驚いた猫が全身の毛を逆立てたかのごとく、ジェレミアが体を震わせる。
「ロ、ロイド!?い、いや、やましいことなど何もないぞ!ただ、少々、枢木准尉に用があってだな…」
それを聞いたロイドが、いつもの人の悪い笑みを浮かべて「ああ~」と頷いた。
何にせよ、クロヴィス暗殺の一件でスザクは誤認逮捕されたことは間違いない。そしてその主導者はジェレミアであったのも動かぬ事実である。
間違いは謝罪する。誇りある者として、当然のことだ。だが相手が『イレヴン』であることに葛藤しているうちにオレンジ疑惑で逮捕されてしまい、ようやく許されたと思ったら今度はツルガシマに出向だ。
今更という感はあるが、だからと言って何もせず済ましてしまうわけにもいかない。
「それでスザク君を…。でもざ~んねん。彼、今日はまだ学校なんですよ」
「そ、そうか!では学校の方に行くとしよう…」
ジェレミアにとって、より良い状況になった。このついでにマリーカの様子を見に寄ると称して校内に入るつもりだったのが、正当な理由ができたのだ。
謝りに来たというのにやけに喜色にあふれた声を聞いて、ロイドは「はて…?」と首をかしげた。
「謝罪の言葉、お受けしました。もはや、小官に意趣などございません」
行為そのものは、あっけなく終わった。学園を訪れる名目に使ったのは事実で、こんなことがなければ踏ん切りがつかなかったのも間違いないが、言葉に込められた心は真実である。
ちなみにジェレミアは三階級降格で一ナイトメアパイロットからやり直すことになったものの、それはスザクに何ら責があるものではない。
(むしろ策謀を弄した自分に罰が当たったと言うべきだろう。やはり私は、正々堂々と戦うのが性に合っている。そして憎むべきは、ゼロ!!!!!)
そして、運命のいたずらというのはこういうことを言うのだろう。そこに、スザクを探していたルルーシュがやってきたのである。力仕事で彼の手が必要になったのだ。
「スザク、こんなところにいたのか…。会長が呼んで…」
友人が話していたのが純血派の軍人、しかも自分が嵌めた男だと気づいて、ルルーシュが固まった。そして、彼の姿を見たジェレミアも固まったのである。
「似ている…」
呆然と、ジェレミアがつぶやく。何がどうなっているのか理解できないがとにかくまずいと思い踵を返そうとしたルルーシュであったが、それより素早く動かれ、がっちりと肩を掴まれた。
「貴公、名は?名は何と申される?」
「名前?…いや、…その、しがない一庶民でして、辺境伯たる御方に名乗るような名は…」
興奮を隠さないジェレミアに、ルルーシュは目を合わせようとすらしない。そして彼らしくない謙遜に、ついスザクは口を出してしまった。
「何下手にへりくだってるのさ、ルルーシュ…」
「ば、馬鹿!!!」
叫んだルルーシュであったが、もう遅い。『ルルーシュ』という名を聞いたジェレミアは、肩を震わせて言った。
「やはり…、マリアンヌ様の御遺児の、ルルーシュ殿下…?」
「…えーとですね、…どこから説明したらよろしいですか?」
皇女殿下相手に不敬とは思いながら、ジェレミアとしては問い質さずにはいられない。逆にルルーシュは何でこんな面倒な奴を呼んだんだと仏頂面を崩さず、無言でユフィを咎めていた。
その二人と、困惑するユフィとを交互に見て、口を滑らせたスザクは立場を小さくしていた。それに加えてナナリーとマリーカの二人もこの場に呼ばれたが、何も言いだせる雰囲気ではなかったのでただ黙っている。
とりあえずあの戦争の後からのルルーシュとナナリーの境遇をかいつまんで説明し、皇族として復帰したくないという思いも伝える。
その不信の原因がマリアンヌ皇妃の殺害事件にあるというので、今度はジェレミアが話す番となった。
「……私は軍人として初めての任務で、アリエス宮の警護に当たっていました。そしてあの日、あの夜に限って上からの指示で警備は最低限の人数にせよ、と申しつけられていたのです」
その人数では、とても何かあった場合に対応しきれない。そう思ったジェレミアは果敢に責任者であるコーネリアに具申したが、聞き入れられなかったのだという。
「……なら、コーネリアはやはり怪しいということになる」
「お兄様!!!」
姉への不信を言い切ったルルーシュをナナリーが咎めるが、これだけは彼も譲らない。
「いえ、コーネリア様も苦渋の表情でした。私の具申に対し、『わかっているが、マリアンヌ様が望まれないのでは仕方あるまい』とおっしゃられましたから」
それに対しジェレミアは、コーネリアの黒幕説をきっぱりと否定する。その様子が演技だったとは、彼は微塵も考えていなかった。
「……となると、その晩マリアンヌ様は人払いをしたい理由があった、ということですね」
何かをしたかったのか、あるいは誰かと会いたかったのか。とにかく人に知られたくない事があり、その最中に賊に襲われた。コーネリアが黒幕でないとすれば、そうなる。
「ではどうして賊はその日を狙ってきた?あまりにタイミングが良すぎる…」
賊は全員が逃げ果せ、容疑者すら浮かんでこない。目立たぬように少数で忍び込んだのだろう。アリエス宮の構造や警備状況を把握していなければ、そんな無謀はできるはずがない。
考えられることは、内通者がいたということだ。庶民から騎士候になり、そして皇妃にまで上り詰めたマリアンヌに対する風当たりは強かった。
「それは私にもわかりません。ただ、コーネリア様を始め、あの場にいた者の誰一人として、マリアンヌ様に害意を抱くような者はおりませんでした」
手薄にしなくてはならないということで、コーネリアは徹底的に有能かつ信用できる者だけを集めたのだ。だから、その中には責務を果たせなかった無念の余り自死を考えた者もいる。
ジェレミアも、その一人だった。しかしルルーシュとナナリーという二人の子供がいた。何としても二人を守り抜くことこそ本当の忠義と考え、思いとどまったのだ。
だがその思いも二人が人質として日本に送られてしまい、その上戦火に巻き込まれて死亡という報告を受け、絶望の底に叩き落された。
「…その情報が信じられなかった、いや、信じたくなかった私はなおもずるずると生き恥を晒してきたわけですが…」
辺境伯という高位の爵位を持つ貴族。世間一般からはうらやましがられるだけであろう人生を、ジェレミアは『生き恥』と切って捨てた。それだけ彼はマリアンヌ皇妃に心酔していたのだ。
「生きていてよかった……。今は、心の底からそう思います」
ついにジェレミアは泣き崩れる。その場に、彼の忠誠を疑うものは誰もいなかった。
「………」
「どうした?やけに真剣な顔だな」
C.C.の言葉をわずらわしく思ったルルーシュであったが、放っておいた。そんなことより、心の中を整理するほうが優先されたからだ。
ジェレミアの言葉を信じるなら、コーネリアは母の殺害に無関係ということになる。その点を問い質したいから彼女を狙っていたのに、これでは撃とうと思った瞬間に的を移されたような気分だ。
ただ、ジェレミアがうまく騙されたという可能性も捨てきれない。やはりコーネリアには相対し、ギアスを使ってでも真実を聞き出すしかないだろう。
(…それに、俺が本当に戦うべき相手はコーネリアではない)
撃つべき相手は、父親だ。あの男が存在する限り、ゼロの仮面は必要だった。
このオレンジは完全にR2産です。それにしても悪役→ネタキャラ→忠臣と変化していったこの人はいい方向に予想外でした。
そしてマリーカがラウンズ級の力を秘めた原石と少々強化されすぎのような感じですけど、流れでそうなってしまいました。本当にラヴェインが彼女の専用機になるかもしれません。
ルルーシュは相変わらず…。まあ母親を殺され父親には見捨てられたという心の傷が深かったというのは理解できるにしても、ごく一部を除いて他人を信用しないというのが彼の悪い癖です。