コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 28 回想録

「……まさか、二人と再会できるなんて思ってもいませんでしたから」

「私もです。もうお姉様とこうして話をすることなど、ないと思っていたので…」

喜び合う妹が二人。それはいい。それはいいのだが、どうしてこうなった、という思いが消えないルルーシュであった。

いきなりの皇女殿下入学からしばらくして、学内の騒ぎはミレイが「あまり騒ぎすぎると退学!!!」と放送したこともあり幾分おさまってきた。あの会長なら本当にやるということは、誰もが知っている。

そしてようやく、ルルーシュたちとゆっくり話せる暇を見つけたのである。

 

「…どうしたの、ルルーシュ?あまり嬉しそうじゃないみたいだけど…」

「い、いや、そんなことはない。もちろん嬉しいさ。俺だって、ユフィと直に会えることなどあるはずがないと思ってたからな」

お前は余計な気を回すな、と親友に思ったルルーシュであった。マリーカという従卒を連れてきたユフィだったが、学内では専らスザクが護衛役を受け持っている。

別に命じられたわけではない。ただ、ユフィがどこに行くにもスザクを連れて行くというだけだ。初めての学食でどうするのか教えてもらっている姿は、まさに箱入り娘と一般人のカップルであったという。

 

(これで俺がゼロでなかったら…)

本当に、心の底から笑いあえただろう。だが、だからと言って今更この戦いから降りるという選択肢はない。自分とナナリーを捨てた皇帝には、相応の報いをくれてやる。

その過程で、当然兄弟姉妹と戦うことになる。その中でルルーシュが唯一戦いたくない相手が、このユフィなのだ。

「ところでルルーシュ、やはりお姉様にも生きていると伝えてはいけないのですか?」

「……君には悪いが、俺はコーネリアを完全に信用することはできない」

母マリアンヌが暗殺された日、その宮殿の警備責任者はコーネリアだった。『防げ』なかったのではなく、『防が』なかったのではないか。その思いが、ルルーシュの心境に影を落としている。

だから、ユフィが転入してきて、何とか二人きりになって真っ先に言った言葉が「誰にも、コーネリアにも言わないでくれ」だった。

「お兄様!!!」

ナナリーに批難されても、こればかりは譲れない。ユフィは敬愛する姉を疑いたくないが、ルルーシュの気持ちも理解できるのでそれ以上は言わなかった。

 

「……俺からも言いたいことがある。ユフィ、先日のリフレインの件は見事だったけど、やはりこのエリア11は危険だ。君の優しさはもっと安定したエリアでこそ光ると思うのだが…」

リフレイン密売に絡むイレヴンの待遇改善で、『お飾りの皇女』と呼ばれていた副総督に対する見方は一変した。ブリタニア内で守旧派は眉をひそめたが、イレヴンの人気が沸騰するのは当然のことだ。

「『エリア11』ではありません!『日本』です!ルルーシュもそう呼ぶようにしてください!」

 

身を乗り出して言ってきたユフィの勢いに押され、ついルルーシュは頷いてしまった。一体どうしたのかと聞いてみたら、ライのおかげだという。

ホテルでライに言われたことをきっかけに、ユフィはこれまでの『常識』を考え直した。

「ブリタニアはこれまで征服した人たちのことなど、何も考えてきませんでした。もう、そのやり方にも限界が来ているとわたくしは思ったのです」

だから日本に残って、副総督の名でできることから始めようと思う。しかし、それは国是と真っ向から対立することも辞さないものである。

 

「『王』の意思と対決する…。並大抵のことではないぞ」

ブリタニアを根本から作り変えることになるだろう。だが、そのためにはまだユフィの持つ力はあまりにも小さい。

『日本』という呼び方も公式の場で使ったら大問題になり、副総督の地位も失うかもしれない。使っても許される場は、いまだ心の中とこの学園ぐらいしかなかった。

「『王』と言えばルーミリアだよね。彼女、『王』の重臣の末裔って言ってたから。頼めばいろいろ教えてくれるんじゃないかな?」

スザクとしては、ただ思い付きを口にしただけだった。彼女なら歴史書にも載ってないようなエピソードも知っていておかしくない。そう思っただけである。

まさか、この一言が歴史の分岐点となるなど、夢にも思っていなかった。

 

 

「『王』について、ですか…」

スザクに言われたユフィは、さっそくルーミリアの部屋を訪れた。しかし、相手はいまいち乗り気ではなさそうだ。

世間一般で知られているような内容を聞きたいのなら、図書館に行ってほしい。にべもなくそう言われても、ユフィは引き下がらなかった。

「ですから、知られてないようなエピソードなどを聞きたいのです」

「本当にそれが望みなら、まあ…。人生観が変わってしまうかもしれませんけど、それは承知してください」

物騒なことを言いながらルーミリアが取り出したのは、一冊の本だった。

「エリス様の回想録です。さすがに原本ではなく、私が書き写したものですけど」

そんなものがあったのか、とユフィは驚いた。『王』の最も身近にいたエリス嬢の回想録となれば『王』のことを知る一級資料で、普通なら博物館にでも飾っておくべきものである。

「……本当に、覚悟してくださいね」

最後のつぶやきは、本を読み進めるまでどういう意味か分からなかった。

 

 

「はふう…」

恋した人の写真を見ながら、緩みきった顔で妄想に耽る。二十年後なら恥ずかしくて憤死するような妄想も、恋する十代乙女にとってはなんてこともない。

その妄想の中で、自分は銀髪の少年の隣にいた。赤も紫も押しのけて、彼は自分を選んでくれた。そしてそれから…。

「マリーカ、いますかー?」

しかしその妄想は、いきなり部屋に入ってきた主によって遮られた。

「ユユユユユーフェミア様!?」

「…どうしたのですか?慌てて何かを隠して…」

「にゃ、にゃんでもありません!!!」

慌てすぎて呂律が回ってない部下に対し、ユフィは首を傾げたもののそれ以上の追及はしないことにした。

「それよりルーミリアから興味深いものを借りてきました。あなたにも関係あることなのですが…」

 

「ルーミリアさんですか…」

どうにもあの人は苦手だ、とマリーカは思う。家の問題だけではなく、自分の上位互換を相手にしているように感じてしまう。ライと組んだとして、あれほど能率よく仕事をこなす自信はない。

もう一人、どうしても勝てないと思うのがカレンである。ライと何をするにしても息がぴったりで、傍から見ると恋人としか思えないのにまだ付き合っていないらしい。

そして二人とも、このクラブハウスに住み込んでいるという。同じ建物に住んでいるアドバンテージがあると思ってたら、敵はほとんど同棲とはるか先を行っていた。

理性では、もうここまで深い関係の二人を押しのけることなどできないとわかっている。しかし理性では測れないのが慕情というものだ。

(かっこよかったからなあ…、あの戦う姿…)

一応軍属なのにあっけにとられて動けなかった自分と比較すれば、雲泥の差だ。軍人を目指した以上、ああなりたいと思うのは当然のことだった。

 

「マリーカ…、本当にどうかしましたか?」

「い、いえ何も!失礼したしました!!!」

思考がライのことに飛び、フリーズしていた。普通ならこの体たらくでは従卒解任である。仕える相手がコーネリアだったら、少なくとも「脆弱者!!!」と怒号が飛んだはずだ。

「それで、エリス嬢の回想録を貸していただきました。『王』について、知られてないようなことがいっぱい載っているはずですから」

エリス嬢が回想録を書き残していたのは、マリーカも初耳だった。ちなみにアイザック将軍は何も残さなかった。しばらく大帝に仕えたものの、『王』について語ることもなく俗世間との縁を切って隠棲したという。

だからマリーカも、エリス嬢から見た『王』の姿には興味がある。最も近くにいた人の生の声が聴けるのだから。

しかし、『エリスの回想録』は、そんな生易しいものではなかった。

 

 

「……………」

「……………」

本自体は、そこまで厚いものではないので読みやすい。エリス嬢と『王』の邂逅は、二人がともに12歳の時。いくら詳細に書いても、元が5年分しかないのでは分量も限られる。

だが読み進めるうちに、ユフィの表情はどんどん険しくなった。それをいぶかしんだマリーカもまた、渡された本を読んでいくうちに表情が固まった。

「………これが本当なら、ブリタニアを揺るがすような事件になりますね」

マリーカも頷く。ルーミリアが何故あそこまで『王』に傾斜し、それでいてブリタニアを軽蔑するのか、はっきりと理解できた。

ただ、問題は、この本に書かれていることは本当に本当なのか、ということである。

「マリーカ、貴方は何か知らないのですか?」

「い、いえ…。私の家に伝わっている『王』の伝承と言うと、世間で知られているような姿ばかりで…」

 

『王』イコール国是。ブリタニア人ならば、それは常識と言っていい。だがエリス嬢の書き残した『王』の姿は、国是からかけ離れたものだった。

護るために戦い、弱者にも優しく、敗者を差別しない―。国是の象徴とされた人物が、国是と真逆のことを行っていたのだ。

例えば『名誉ブリタニア人制度』だ。『王』がアイルランドを統合した際に作られたのがこの制度である。だが、『王』の考えた『名誉』とは、『正式』の前段階に過ぎない。

刑法上の扱いは同等で、公共福祉も公平に受けられる。『名誉税』というべき税が追加されていたものの、現状のブリタニアで生活する『名誉』の人たちからすればうらやましい限りであろう。

そして最大の違いは、提唱者である『王』の死によって果たされなかったが、望むものは『名誉』の称号を得て数年で正式なブリタニア人に成れたことである。

 

『リカルド・ヴァン・ブリタニアは、甥の遺産を強奪して革命を成し遂げるだろう』

回想録の最後の一文である。『王』の死後、わずか二年。それでもエリス嬢には今のブリタニアの姿が見えていたのだろう。

(もしかすると、アイザック将軍も…)

畏敬したかつての主が捻じ曲げられていく様子に絶望したからこそ、隠遁してしまったのではないか。さらには息子は大帝リカルドの寵臣の一人となり、その捻じ曲げられた思想に染まってしまった。

この回想録を信じるなら、そう考えられる。

 

「……とりあえず、これは口外を禁じます。今のブリタニアでこのことを口にするのは、あまりに危険ですから」

頷いたマリーカであったが、兄の後を追って軍に入り純血派に属するというこれまでの『当然』が、大きく揺らいだのも感じていた。

この件に関して、兄は頼りにできない。能力の問題ではなく、認識が自分と同じなのだ。つまり自分と同じ反応をするということは目に見えている。

ならば、と考えたマリーカは、一人の人物に連絡を取ってみようと考えた。

 

 

「ところでマリーカ。マリアンヌ皇妃殺害事件のことを知っている人に、当てはないでしょうか?」

いきなり話を変えたユフィに、言われた方はどうしてそんなことを言われたのか分からなかった。コーネリアに聞けば誰よりも詳しい情報が手に入るだろう。

「…お姉様では駄目なのです。その、お姉様がどういう様子であったかとか、そういうことも知っている人がいいんですけど…」

ルルーシュとナナリーが皇族ということは、マリーカは聞いていない。しかし、『ルルーシュ』と『ナナリー』という名前に加えてユフィの態度やアッシュフォード家のことを考えれば、思うところはある。

主が秘密にしている以上、従者の分際で口出しするのを控えているというだけだ。

 

(となると、口の堅い人でないと…)

適役がいた。一時左遷されたが、今はちょうど租界に戻ってきていたはずだ。

「ジェレミア卿はいかかでしょうか?」

リフレイン事件で軍内の将校からも逮捕者が出て、その穴埋めで戻されたのである。失った信用を回復しきれたわけではないが、本人は大いに喜んでいた。

そして彼が「初めての任務がアリエス宮の警護だった」と言い、マリアンヌ皇妃を護れなかった自分を恥じていたと、酔った際にこぼしたことを兄から聞いていた。

 

「では、機を見て話してみることにします」

ユフィに頓着はない。オレンジ疑惑も、証拠が何も出なかった以上気にすることではなかった。

ただ、世間の目というものがある。政庁で呼び出すより、学園で会った方がいいかもしれない。ここなら、マリーカに兄の友人が様子を見に訪れたとすればよい。

 

ちょっと話を聞きたいだけ―。

これも、些細な一事に過ぎないはずだった。それが一人の人間の命運を大きく左右させることになるなど、誰も思っていなかったのである。

 




明日は用事が出来てしまったので今日投稿。
……ですが、現在Stage 31を執筆中。ストック量大丈夫かな…という状況です。

ちなみに名誉ブリタニア人のくだりは古代ローマの「ローマ市民権」と「ラテン市民権」の関係を土台にしています。

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