「こいつの威力は、お前たちがよく知ってるだろっ!?」
いっそのこと、と『毒ガス』を使うことを提案した永田を一喝し、再びグラスゴーに乗り込んだカレンはスラッシュハーケンで二機の軍用機を撃破した。
が、そこに増援が現れ、カレンの表情が引きつる。
『お前たちは下がれ。私が相手をする』
ナイトメア空輸機。地上兵器のナイトメアを迅速に輸送するためのものだ。
カレンたちの襲撃は一応成功。目標の『毒ガス』と思われるカプセルは奪取した。が、またしても玉城が作戦通り動かなかったので、警察の航空機に追われることになった。
途中、前をゆっくり走るバイクが邪魔で事故を起こしたものの、今に至るまでは何とか逃げ延びた。
だが、ブリタニアは本格的に動き出した。ナイトメア部隊を投入してきたのだ。
ということは、このカプセルがどれほど重要なものかを証明するようなものだ。偽物なら空輸機まで使ってナイトメアを投入するようなことはしないだろう。
それは同時に、絶体絶命、ということでもあった。
『どこから流れたのかは知らんが、旧型のグラスゴーではこのサザーランドは止められぬ。ましてや、皇帝陛下の情愛を理解できぬイレヴン風情にはな』
カレンの放ったハーケンを自分のハーケンで撃墜し、サザーランドが降り立つ。
そして降り立つと同時にグレネード弾による攻撃。サザーランドを見て態勢を整えようとしたグラスゴーに直撃するが、カレンは左腕を犠牲にすることでなんとか防いだ。
(くっ、また…)
カレンの脳裏に研究所での光景がよみがえる。あの時、このグラスゴーでサザーランドの相手をするのがどれほど無茶なことか、骨身にしみるほど思い知らされた。
『カレン、別行動だ!共倒れはまずい。お前は逃げろ!!!』
「でも―」
永田の提案を退けようとしたカレンだったが、トレーラーの前方に別のサザーランドが回りこみ、有無を言わさずそれしかない状況に追い込まれた。
トレーラーは狙撃され、ちょうどそこにあった脇道に道を変えることで捕まえることだけは避けられた。
カレンは何とかして目の前のサザーランドを倒そうと左のスラッシュハーケンを放とうとする、が、何度トリガーを引いても発射されない。
「なんで!?」
整備不良だ。よりにもよってこんなときに、と機体と貧乏所帯の内情と運の悪さを罵り、迫るサザーランドに対しては左腕をパージして弾丸代わりにぶつけ、爆煙に紛れて何とか逃げ出した。
「ほう、思い切りがいいな」
旧型のグラスゴーであれだけの動きをする相手を褒め、サザーランドのパイロットは不適に笑う。
『ジェレミア卿、追わないのですか?バトレー将軍からなんとしてもトレーラーは止めろと…』
トレーラーの前に回りこんだもう一機のサザーランドから通信が入る。
「ヴィレッタ、考えてもみよ。何故このゴッドバルト家の血を引く私が、あんな戦の役に立たぬ臆病者に顎で使われねばならんのだ」
ジェレミア・ゴッドバルトというのがこの男の姓名である。爵位は辺境伯。ブリタニアの貴族中でも相当な名門といえる。
「そもそも、今回はバトレーが行っていた研究が盗まれたのだ。移送計画も奴の発案。あいつの進退まで面倒を見る義理はない。第一、『毒ガス』など我ら純血派がいれば必要のない兵器ではないか」
『しかし―』
ヴィレッタと呼ばれた女がなお食い下がろうとするが、ジェレミアはレーダーを見てさらに追撃しない考えを固めた。
「クロヴィス殿下の親衛隊のご到着だ。我らは援護に回るとしよう」
レーダーに反応があった方向を見たジェレミアの視線の先には、サザーランドとは違うナイトメアの姿があった。
ナイトメアフレーム『グロースター』。現在のブリタニア軍最新鋭量産機で、このエリア11ではクロヴィスの親衛隊に数えるほどしか配備されてない。
(ふん…。殿下に取り入るしか能のない連中には過ぎた玩具だ)
グロースターの姿を見たジェレミアが内心で悪態をつく。本来、それに乗るべき存在は自分のはずだ、と思いながら。
「バトレー、状況はどうなっている」
「はっ…、その…、純血派の部隊が追跡しましたが、『魔女』を積んだトレーラーは旧地下鉄網に逃げ込んだと」
純血派の役立たずめ、と内心で罵りながら、恐る恐るバトレーが報告する。だがクロヴィスはそれほど気分を害したようでもなかった。
「…ならば、親衛隊の網の中に追い込んだ、ということだな」
「はっ、ではイレヴンどもを地下鉄の捜索に当たらせます」
考えてみれば、純血派にも『魔女』のことは知らせずに済んだのだ。秘密を知る可能性があるのは少ないほどいい。警察に至っては、ただの医療機器としか説明していない。
バトレーは『イレヴン』という言葉を使ったが、正しくは『名誉ブリタニア人』である。だがクロヴィスもそんなところを指摘したりはしない。
「…口封じは念入りにな。わずかでも知った可能性のあるものは、全て抹殺しろ」
心得ております、とバトレーが頷く。どちらも使い捨ての道具としか思ってないのだろう。
「…『王』に続き『魔女』まで失ったら私は破滅だ。わかっているのだろうな、バトレー」
旧日本、エリア11にクロヴィスが総督として赴任したのは3年前の事だ。その時点で抵抗が激しく治めがたい地だと知られていたが、それはクロヴィスの予想をはるかに超えていた。
元々彼に野心は無く、この地を選んだのも「弟と妹の眠る地を静かにしてやりたい」という理由だった。人質になっていたのが7年前の侵攻で犠牲になったのだ。遺体も見つかってない。
だが彼は思い知ることになる。現実は非情だった。テロ行為は止まず、成した政策は期待を裏切り、部下の派閥対立は深刻になる一方で、彼のきれいな思いから発した願いはかなうことが無かった。
苦悩する日々の中で見つけたのが『魔女』であり『王』だった。この二つはクロヴィスの苦悩を吹き飛ばす魔法の道具だったのだ。
先の襲撃で『王』を失った今、『魔女』まで失うことは絶対にできない。クロヴィスも内心では必死だった。
だがその期待は、見事に裏切られた。
「逃げられただと!?それでも親衛隊か!?」
1人のイレヴンが目標を発見、その場に急行したが、捕獲しようと近づいた瞬間にトレーラーが爆発したのである。テロリストが自決用に仕掛けていたらしい。
爆破の衝撃は上方に拡散したため人的損害は無いが天井の岩盤が崩れ捜索不能、という報告にバトレーが激昂する。
「た、探索を続行します」
当たり前だ、と思いながら通信を切る。何のために貴様らにだけは教えたのだと思うと、怒りは収まらない。
「……作戦は次の段階だな」
そんなバトレーの様子を見ながらクロヴィスが冷静を装って言う。『次の段階』、それが何を意味するか知っているバトレーは少々あわてる。
「あれが外に知られたら、私は廃嫡だよ。本国には演習を兼ねた区画整理と伝えよう」
廃嫡、と言われてはバトレーも黙るしかなかった。彼の忠誠心は国家より個人に向く。まずはクロヴィスありき、なのだ。
「第三皇子クロヴィスとして命じる。シンジュクゲットーを壊滅せよ!!!」
虐殺が始まった。
ブリタニア軍は包囲網を敷き、一斉に中央に向かって進む。その包囲網の中では、民間人もレジスタンスも関係なく殺されていく。
(くそっ、ブリタニアめ!)
天井から伝わる衝撃に内心の後悔を噛み殺し、カレンはグラスゴーを発進させた。サザーランドから逃げた後、地下街に身をひそめていたのだ。
「おい、カレン!無茶だ!一機で何ができる!?」
「だからと言って知らぬ存ぜぬで隠れてろって!?ふざけないでよ!!!」
扇からの通信を乱暴に切ったカレンは地上に躍り出るが、それは確かに扇の言った通り無謀でしかなかった。
『さあ、狩りの再開だ』
先のサザーランドに見つかったカレンは、逃げるしかなかったのだから。
(……死んでる、皆)
何故自分が廃墟の中にいるのか、少年にはわからなかった。
埃でくすんだ銀色の髪、色白の肌は垢じみ、身なりも粗末なものだが、整った顔立ちにはどこか気品がある。
わかるのは、この光景に対しては憎悪を伴った嫌悪がある、ということだ。
サザーランドが姿を現す。熱源反応からこの場所に人間がいると判断したのだろう。
「ん?君はイレヴンではなさそうだが…」
銀色の髪を見てブリタニア軍の兵士は引き金を引くのをためらったのか、銃をかまえた状態でサザーランドが停止した。
抵抗する様子も逃げる様子も無い少年を見て、サザーランドから降りて様子を見に近寄ってきた。
「酷い有様だな、テロリストに人質にでもされたのか?……ともかく、ブリタニア人なら保護しよう。ここにいれば殲滅戦に巻き込まれるからな」
「……殲滅?皆殺しか」
少年の顔にあからさまな嫌悪が浮かぶ。さらにその眼光の鋭さに歴戦の兵士がたじろいだ。
「……気分は良くないが、命令だしな」
「……そうか。貴様は殺さないでおいてやる。サザーランドというのが不満だが、まあいい。私によこせ」
「ああ、起動コードは―」
言われるままキーを差し出し、起動コードを口にする兵士。ありえない行動を当然と受け止め、少年はサザーランドに乗り込んだ。
サザーランドを手に入れた少年は、慣れた手つきでコンソールを操作し始めた。目的は、ブリタニア軍の配置図。
(やはり、か)
この作戦に投入されているブリタニア軍の戦力は、ナイトメアだけに限っても五十機は下らない。これをサザーランド一機で退けるのは不可能だ。
「ん…」
ではどうするか考える中、すぐ近くに他とは違う識別信号の小隊があることに気づいた。識別信号から機体を割り出す。
「グロースターか。ちょうどいい」
少年はとりあえずの目標を見つけ、笑みを浮かべる。端整な顔がそれを一層酷烈に見せる、狂気を宿した笑みだった。
3機のナイトメアによる小隊が、廃墟といっていいほど荒れ果てた街を進む。
(何で俺たちまで…)
隊長は内心の不満を押し殺して突き進む。相手は旧型のグラスゴーがただ一機という。大騒ぎして親衛隊まで投入するなど正気の沙汰ではない。
しかも彼らは親衛隊の中でもエリートとされる人間だった。なんと言っても機体がグロースターというのがそれを証明している。
(文官上がりが偉そうに…。殿下の恩寵をいいことに、自分の失態のため親衛隊を動かすとは…)
主君であるクロヴィスを批判するのははばかられるので、必然的に批判はバトレーに向かう。
もともとバトレーは官僚であり、軍人になっても後方勤務や兵器開発を手がけていたので、実戦部隊とは疎遠だった。
それゆえ皆が多かれ少なかれ、ジェレミアが『戦の役に立たぬ臆病者』と罵ったのと同じ感情を持っていたのだ。
「ん?」
レーダーにいきなり反応が現れた。場所は非常に近い。すぐ隣と言ってもよい。
背後にドン、と着地した音。と同時に一機のグロースターが吹っ飛んだ。コクピットにスタントンファが直撃。さらにもう一機がスラッシュハーケンを打ち込まれて戦闘不能。
「なっ!?」
あわてて向き直り、敵にランスで突きかかる。
が、敵は難なくその攻撃をかわし、足払いを仕掛けてきた。グロースターが無様に転び、起き上がろうとしたときにはコクピットにアサルトライフルの銃口が突きつけられる。
『降りよ』
敵の冷徹な声に、隊長はおとなしく従うしかなかった。