コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 27 母と娘

「お母…さん?」

扇から連絡を受けたカレンは、すぐさまその場に向かった。そしてそこにいた女性の姿を見て、呆然としたようにつぶやいたのである。

その女性は、この場にないものを見ていた。明らかにリフレインの幻覚症状であり、呆然としたカレンの瞳に今度は憎悪の炎が宿る。

「あなたって女は、どこまで弱いの!!!ブリタニアにすがって、男にすがって、今度は薬?お兄ちゃんはもう―」

カレンの言葉を遮り、パン、と乾いた音が響いた。一瞬、カレンは何をされたのか分からなかった。頬の痛みで、ようやく自分がライに叩かれたのだということを理解した。

 

「………いい加減にしろ。事情は知らないが、君が理不尽な怒りをぶつけているのだけはわかる」

理不尽、と言われて、カレンはさらに激昂した。何が理不尽なものか。あの状況で7年も過ごせば、そう思うのが当然ではないか。

「何がわかるって言うのよ!いいわよ、全部教えてあげるから!!!」

洗いざらい、自分の過去をぶちまけた。泣きながら、叫び声で。

 

最初の結婚で長男にも恵まれた母であったが、ほどなくして夫を失った。その後、どういうわけかシュタットフェルトの当主と関係を持つことになり、そして生まれたのがカレンである。

子はまだ幼く、途方に暮れるような生活を送っていた未亡人に好き心が動いたのかもしれない。女の方も、優しくしてくれた相手は救いと思えたのだろう。

だが7年前の戦争から、母子三人で惨めな生活を余儀なくされた。ブリタニアの貴族と密通して子まで産んだ女に、『イレヴン』とされた敗戦国の住民が好意を持てなかったのも当然のことだ。

そして、行き着いた先がシュタットフェルト家である。娘がその男の唯一の子供だったから貴族令嬢として迎え入れさせ、自分はそのコネでメイドになった。

それで、娘は確かに楽になった。衣食住に困ることなく、望めば困窮していたころの一家の収入を上回るほどの小遣いももらえた。

しかしメイドになった母に対する扱いは、散々たるものだった。子を産んだ愛人に対し本妻がいい感情を持てないのは当然だし、第一『イレヴン』というだけでどんな仕打ちを受けるかは目に見えている。

「なのに、出ていくことすらしない!!!要するに馬鹿なのよ!!!何もできないから、ただ昔の男にすがって!!!」

そんなこと、娘は望んでいなかった。いくら貧しい生活でも、三人一緒の方が良かった。戸籍上にしろ兄とは縁が切れ、母親から「お嬢様」と呼ばれる生活など、誰が望むものか。

「それなのに!!!自分が生き延びたいから、敵の憐れみを受けることにしたのよ!!!恥も何もなく!!!家族もめちゃくちゃにして!!!」

 

その時のライの表情を、カレンは生涯忘れられない。私人として彼がここまで怒ったのは、初めて見たのだから。

「…………生き延びさせたかったのは自分ではなく、娘の方だろ。…行くぞ、ルーミリア」

最後の名前が、カレンの沸騰した精神を一気に冷ました。ライが自分を差し置いてルーミリアだけに声をかけたのは、今回が初めてである。

「……それでは私からも一言。要するに、あなたは護られるだけで、この人を護る力がなかったからこうなったということでしょう」

ルーミリアは一礼して、ライの後に続く。明らかに彼女も怒っていた。

 

「カレン、今回は、あなたが悪いわよ」

「井上さんまで…」

「お母さんがどういう思いであなたのそばにいたのか、わかってなかった…、ううん、『わかりたくなかった』のね」

母親が見ている幻。それは、全て子供と一緒だった時のことではないか。この人は、それだけを頼りにして耐えてきたのだ。

「……カレン、ごめんなさい。でも、ずっとそばにいるから。私だけでもずっと…」

そう―。

幻影を見ながら、口にされた声。家族がばらばらになると感じ、母の体にしがみついて泣きじゃくった自分を宥めた母の言葉―。

この人には、それしかできなかったのだ。自分を犠牲にして、せめて娘を救うことしか。

 

『生き延びさせたかったのは自分ではなく、娘の方だ』

たとえ餓死しても、家族が一緒がいい。言うのは簡単だ。だがそう言った娘に頷くのが本当に娘に対する愛情なのか。何であろうが子を生かすのが、親の責務ではないのか。

理性では、シュタットフェルト家に迎え入れられるのが最も確実な方法だったということは理解できる。しかしそうなると、母がいなければ何年もあの屋敷で一人ぼっちだったはずだ。

それに耐えきれたという自信はない。また、母がいなかったら継母の憎悪は全部自分に向かってきただろう。

思い返してみれば、自分が継母とぶつかりそうになった時、必ず母は何か失敗した。それで継母の怒りは矛先を変え、決定的な破局に至ることは避けられてきた。

『護られるだけで、この人を護る力がなかった』

本当は、わかっていた。さっき自分が叫んだことは、全部自分の中で作られた嘘だ。そう信じ込まないと、自分が耐えられなかったから。

自分のせいで、母親が苦しむ姿を見るのが嫌だった。それ以上に、その姿を見て何もできない無力な自分が嫌だった。

それが高じて、認めたくないから母を否定した。そして、それさえも娘がつらい思いをせずに済むように、受け入れてくれた。

「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい…」

言葉も通じない相手に、カレンはただ謝り続けた。

 

 

翌朝、ブリタニアの政庁前に数台のトラックが停まっており、中からは満載されたリフレインと密売組織の人間が発見され、同時に密売ルートの資料がコーネリアの元に届けられた。

その報告を受けたコーネリアは顔を赤黒くしたという。密売に警察、官僚、軍組織から爵位持ちの貴族まで関わっており、それほど大規模な不正が自分の下で行われていたことに激怒したのである。

そこからのコーネリアの動きは、さすがに迅速だった。リフレインの密売に関わったものは容赦なくしょっ引かれ、家名を恃んだ貴族は本国に告発されて爵位を没収された。

それが全国区で行われた結果、エリア11におけるリフレインは撲滅された。さすがに全てを遮断するのは無理であるにしても、大規模な密売は影すら消え失せたのである。

 

その間、ナンバーズの待遇を改善しようという動きがあった。提唱者はユーフェミアである。

「リフレインなどというものが蔓延したのは、ブリタニアの統治が悪いからではありませんか」

こう言われて、コーネリアは妹の正気を疑った。弱肉強食、攻め取った植民エリアは力で抑え込むのが国是に則ったブリタニアのやり方である。弱者救済を考える統治者など、どこにもいない。

それが、ただ「その人たちがかわいそうだから」と言うのであれば、コーネリアは怒鳴りつけたであろう。しかし計画書まで持ってきたユフィは、こう言ったのである。

「このエリアの安定と発展は、ブリタニアに莫大な利をもたらすと思いませんか?そのために、少し締め付けを緩くするのです」

予測データは、確かにブリタニアの利となることを示していた。コーネリアも不本意ながら認めざるを得ず、イレヴンに対する給与や労働条件を改善する命令が、副総督ユーフェミアの名によって出されたのである。

ただの飾り物と思われていたユーフェミアが、初めて見せた大器だった。

 

「……これまでの罪は問わない。だから早急に改善しろってさ。もう少し早ければ、お母さんも救ってくれたのにね…」

それが結果と原因を逆転させないと成立しないということは、カレンにもわかっていた。ユーフェミアをそう誘導したのはライなのだ。

「ライは本当にすごいんだから…。誰にもできなかったことを、やってのけたのよ」

彼は本当に、ただ戦うだけではない。『国』よりまず『生きる権利』が必要な人たちを、救ったのだ。

「餓死寸前の人を救うのは巨大な農場ではなく、一握りの米だ。農場で何を育てるかは、あとで考えればいいのさ」

彼に言わせると、そうなるらしい。

 

しかし、今回の一件で彼の名は、リフレイン撲滅のきっかけを作ったというだけでしか現れない。

確かに全土の密売組織を叩き潰したのはコーネリアだし、待遇改善はそれを受け入れるユーフェミアという存在がいなければ、絶対にできなかったのは事実だ。

「ライはそれでいいんだって…。自分の名声なんかと引き換えなら、まったく惜しくないって」

病院で、ずっと幻を見続ける母に語りかける。リフレインの中毒症状は非常に重く、カレンが語りかける言葉の一つも理解できてないだろう。治療を続けたとしても、完治する可能性は低いという。

 

「カレン、ここにいるんだろ?」

「え?ラ、ライ?」

あの日以来、カレンはまともにライと話していない。彼が怒っていたのではなく、カレンに会わせる顔がなかったのだ。ちなみに、母に語った彼に関することは全部漏れ聞いたことでしかない。

ライが隣に座る。それに対し、カレンは顔を上げることができない。しかし、言われたのは彼女の予想とは真逆の言葉だった。

「……その、この前は言い過ぎた。悪かったと…」

「違うわ、ライは悪くない!悪いのは全部私。馬鹿なのは、私だったから…」

もっと早く、素直になればよかった。自分がもっとかばってあげていたら、せめて二人きりの時は昔通りに「お母さん」と呼んでいたら、薬物になど手を出すことはなかったであろう。

「……だから、ごめんなさい。……そしてお母さんにも、一言でいいから謝りたい。しっかりと、私の言葉を受けてもてもらいたい……」

 

泣きそうなカレンに、ライは何か考え込む。明らかに気が進まないという表情だが、何か考えがあるようだ。

「……うまくいくかわからない。失敗すれば、さらに酷いことになるかもしれない。それにこれは一度限りの反則なんだけど…」

カレンにしてみれば、希望があるなら何でもよかった。医者も見放すような今の状況から何か変わるのであれば、反則だろうが構うところではない。

 

「…なら、やるだけやってみる」

そう言い、何をするのかと思ったら、ただ耳元で何か喋っただけだった。それだけなのかとその行動を怪訝に思ったカレンだったが、次の瞬間には飛び上がりそうなほど驚いた。

「………。あら、ここは……?」

そこにないものを見ていたはずの人が、急に周囲の状況を気にし始めたのである。

 

「………!カレ、…お嬢様!?」

そして視点が自分に合った。信じられないことに、ライが何か囁いただけでリフレインの中毒症状が消え失せたのだ。

慌ててカレンは隣の少年を見上げる。それに対し、彼はカレンの肩に軽く手を置いて病室から立ち去った。

『それより、やることがあるだろ?』

その手は、そう言っていた。

 

「あ、あの…、お嬢様…。私は一体…」

「………違うでしょ」

うつむいたまま、カレンが言う。しかし、上げた顔にはすぐに溢れそうなほどの涙がたまっていた。

「私の名前は『カレン』じゃない。娘の名前を忘れないでよ、お母さん」

そのまま、母親の胸に飛び込んだ。

「お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい…」

最初は何が起きたのかわからずあっけにとられた母は、娘の背に手を回して頭を撫でた。

「……いいのよ、カレン。あなたのためだと思ってたのに、逆に苦しませて…」

「ううん、違う。違うんだから…」

 

「………」

もう出番はないな、と思ったライは、外に向かう。しかしその足取りはふらついていた。倒れるほどではないにしても、頭痛がひどい。

「使ったのね。……でも、今回はいい使い方をしたと思うわ」

いきなり、横からネージュの声がした。それに対しライは額を押さえ、顔をしかめながらその方向を向く。この力を使うと、その後必ず頭痛に襲われる。だから使いたくなかったのだが、今回は仕方ない。

そしてそう言った事情も、この少女は全て把握しているようだった。

「…重要なのは使い方。どんな力でも、使い方次第で善悪は変わるんだから」

それだけ言って、立ち去る。頭痛で目を閉じた一瞬に、彼女の姿は消えていた。

 

 

おまけ

 

「ところでカレン、あの、さっきのかっこいい人は誰?もしかして、あれがカレンの恋人?」

「へへへへへ、変なこと言わないでよ!!!彼は、その…、私たちの新しいリーダーで…。学校のクラスメートで…。あと色々あってお世話係ということに…」

感動のシーンから一転、涙が一気に止まった。何を言い出すのよ、というのがカレンの心境だった。

「なら、彼がそうなのよね?最近学校に泊まってるらしいけど、学校で甲斐甲斐しく男の子に尽くしてるって情報は入ってるんだから…」

どこで手に入れた!!!と叫びたいカレンであった。しかも「もう少し早くこの情報を手にしていればリフレインなんてものには手を出さなかった」とまで言われ、彼女は盛大な溜息をついた。

「で、どうなの?好きなんでしょ?そうでなかったら、尽くすなんてことしないわよね」

「まあ、それは、その…」

認めたら、引き返せなくなる。それは分かっていた。しかし、もう自分の気持ちから目を逸らすのも限界だということも分かっていた。

「………………うん」

彼のことが、好き。その思いに、嘘偽りは欠片もなかった。

 




リフレイン事件、最終章。今回は最も書きたかった話の一つです。

おまけは没にしたくなかったので『おまけ』ということで入れました。お母さんぶっ壊れ気味ですが…。

カレンが兄と異父兄妹だというのは勝手な想像ですが、こう考えた方が自然ではないかと思いました。
(扇が何歳だか知らないけどカレンとは10歳近くは離れてるだろう→となるとその友人であった兄も同年代→不倫にしては兄妹の歳が開きすぎでは?という流れです)

そしてユフィが動き出しました。

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