コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 24 偽りの神

「な、何が起こってる…?」

ランスロットのモニターに映し出されるはずの、敵を示す光点がない。それがセンサーの誤作動ではないのは進むにつれて明らかになった。第一射すらこないでいるのだ。

大型リニアキャノン『雷光』。巨大な散弾銃である。トンネルの中、サザーランドでは回避不可能だったその射撃も、ランスロットなら突破できる可能性がある。

しかし、あるとは言っても可能性でしかない。シミュレータの試算によれば回避率は47.8%。これを何度も突破する必要があるのだから、ミッションの成功率は相当低く見積もらねばならない。

ロイドなど「機体を傷つけない程度に、適当なところで戻ってきて」と言ったが、スザクは最後まで突破する気でいた。

これが囮だということは重々承知している。しかし、自分が人質救出の役に立てるならどんな無謀な作戦でもよかった。

 

だが意気込んでトンネルに入った時、空気の振動を感知した。思い返せば、あれは敵機が爆発した際の爆風だったのだろう。

解放戦線の機体が何者かに撃破された。それは確実としても、その『何者』はいったい誰なのか。ランスロットの前を走る僚機などいるはずがないのだ。

嫌な予感がする。スザクの直観はそれを告げていた。作戦開始まで12分あったのを5分に前倒しし、ランスロットをフルブーストで向かわせるが、それでももどかしい。

 

「下だ!下に向かえ!!!」

「草壁中佐からは!?連絡がつかないだと?」

「どうやって入り込まれたんだ!?反応などなかったぞ!」

「とにかく手の空いてる者を集めるんだ。地上のナイトメア部隊も投入しろ!!!」

「馬鹿なことは言うな!!!地上が手薄になれば、コーネリアの親衛隊が大挙攻め込んでくるぞ!」

解放戦線の指揮系統は混乱の極みの中にあった。地下にいきなり敵機が現れたのである。その敵は虎の子の『雷光』を瞬時に撃墜し、他のナイトメアに襲いかかった。

 

「な、何なんだよ、こいつ!?」

いくら銃弾を浴びせようと、当たっているはずなのに全く効果がない。そして何か光った気がした時には、僚機が真っ二つになっていた。

さらに一機、無頼がこのアンノウンの餌食になる。何の変哲もない回し蹴りにしか見えないのに、蹴られた無頼は上半身がちぎれて吹き飛んだ。

(ば、化け物だ…)

噂に聞いていたブリタニアの新型でも、ここまで圧倒的な力ではなかったはずだ。これは戦闘ではない。一方的な殺戮である。

そもそも、まずこの敵がナイトメアフレームだと思えなかった。レーダーに反応はなく、柱や天井も含めた三次元空間を跳び回り、その速度は目視で追い切れない。

車輪で滑るように動くナイトメアの動きとはまるで違う。あえて言えば、これは生物の動きである。

 

投げ飛ばされた無頼が、柱にめり込んでようやく止まる。落ちてこない。それほど深くめり込んだのだ。

「こ、こんちきしょー!!!!!」

破れかぶれの突進を、相手の光る爪が切り裂いた。中のパイロットごと、まるで薄紙を裂くように。

(死んだ)

敵と視線が合った時、はっきりとそう思った。逃げることもできない。戦うことなど論外だ。何をしようが瞬時に殺される。それ以外の道はない。

まるで物語の竜のような姿だった。首が短く、人と竜を混ぜ合わせたらこんな姿になるのではないか。死ぬ間際に何を考えているのだと思うが、泣こうがわめこうが変わらない現実を前に、恐怖すら感じなかった。

 

 

「敵襲、敵襲だ!とにかく下に行け!!!」

もう人質など、だれも見向きもしない。そちらに人数を割く余裕など全くなかったのだ。それに見張りはついているはずで、それで十分だと誰もが思っていた。

それは、ライにとって好都合であった。場合によっては来る敵を片端から斬り捨てるつもりでいたが、他の人質がいる以上避けられる戦闘は避けるべきだろう。

倉庫では、捕らえる側と捕らえられる側が逆転していた。最初にライの蹴りを食らった男とセラフィーナとマーガレットに押えられた二人は大人しく縛り上げられた。もう抵抗する気も消え失せたのだろう。

 

あとは、どうやって脱出するかだ。下手に動けば地下に向かう兵士とかち合ってしまう。まだ動くべきではないというのは方針として一致した。

「ブリタニア軍が攻勢に出たのであれば、人質救出のための部隊も潜入させているはずです。それを待つのが上策でしょう」

普通に考えれば、セラフィーナの意見は正しい。地下で何か起きているのはナイトメア部隊の突入で、それに敵の目を引き付けておいて特殊部隊を潜入させて人質を解放、草壁以下を拘束する。

現状から考えだされる状況として、それが最も論理的な想定である。まさか地下で化け物が暴れまわっているなどとは、誰にも想像できるはずがない。

もう一つこの場を動かない理由として、ユフィの意思がある。

「他の人を見捨てて逃げることなどできません」

護衛として、これ以上困る対象はない。自分だけでなく全員を守れと言うのだ。しかしユフィは頑として、何を言っても耳を貸さない。困るお方だとは思うが、主の言うことであるから従うしかなかった。

 

「あなたはここにいてください。あなたは民間人なのですから、戦闘は軍人に任せるべきです」

そう言って、ライを自分の隣に引き留めた。実際のところはライを前線に出すとまた血が流れるだろうから、何とか言いくるめようというところだろう。

それに対し、ライは大人しく従った。何故か、この皇女には反発する気が起きないのだ。

「………敵であっても人は殺すな、というところですか」

優しすぎるな、とライは思う。現状は力を行使するべき場面だ。しかし、ただ力で押さえつければいいと思っている馬鹿どもより、はるかに好感を持てる考え方でもある。

 

「あなたのは明らかにやりすぎです。イレヴンの人たちも、同じ人間なのですから」

「……………そう考えているのなら、まず『イレヴン』という呼び方を止めたらどうですか?」

ライの言葉が氷の冷たさになり、ユフィは一瞬ぞっとした。声の裏に殺気が隠れていたのだ。しかし言われたことは、これも自分が今まで考えたこともなかったことである。

植民エリアのナンバーでそこに住む人を呼ぶのはブリタニアでは当然のことであって、疑問を感じることなどなかった。

そして考えてみれば、至極もっともなことである。『イレヴン』という名称は征服者が被征服者に押し付けたものだ。だからそう呼ぶのは自分が征服者の側であると思っているためで、征服者の驕りである。

「……イレヴンと呼ぶのを、止める」

だが、これは国是と真っ向から対立するということである。普通であれば、それだけで反逆者扱いされることを恐れ、決して聞くことのない意見だろう。

「……そうですね。わたくしはとんでもない愚か者でした。心の底では『同じ』だなんて、これっぽっちも思ってなかったのですから」

それをこの皇女は、あっさりと乗り越えた。

 

「………」

もしかしたら、もしかするかもしれない。この時ライはそう思った。脳内に向日葵が群生しているのではないかというこのお気楽天然お姫様こそ、自分が探していた相手ではないのか。

ブリタニアを変える可能性。能力は問題ではない。そんなものは優秀な補佐役が一人いれば何とでもなる。必要なのは、国是と真っ向からぶつかることになっても引くことのない、強い意志である。

それを、ユーフェミア・リ・ブリタニアは持っていた。

「また、わかっちゃいました。……あの、あなたはアッシュフォード学園の方なのですよね?できれば、今後もいろいろお話させて…」

その瞬間、これまでない爆発がホテル全体を揺らした。

 

 

「やめろぉぉぉ!!!!」

未知の機体。それが解放戦線の無頼に止めを刺そうとしているところだった。敵であるはずの解放戦線を助ける理由などなく、逆に助けなどしたら処罰の対象になる可能性もある。

だがスザクは助けようとした。誰であろうと、目の前で人が殺される光景を見たくない。その思いだけで、未知の、敵か味方かもわからない相手と戦う決意をしたのだ。

感情の赴くまま振られたランスロットのMVSは、このアンノウンを切り裂くはずだった。

だが―。

「なっ!?」

信じられないことに、敵はMVSを掴み取った。無頼どころかランスロットでさえもこれをやれば装甲が削り取られ、やがて切り裂かれる。

なのに、この敵には全く高周波振動の刃が通らない。まるで木の棒を掴んでいるように握りしめた剣を、無造作に圧し折った。

 

ぞくっと、背筋に悪寒が走った。ランスロットでも相手にならない。その思いが彼を救った。わずかに機体を後退させた瞬間、掌底を打ち込まれたのだ。

その威力は信じられないもので、ランスロットは10mほど後ろの柱まで吹き飛ばされた。ランドスピナーのギアがバックに入っていなければ、この衝撃をまともに受けていた。

「そ、そんな…」

ユグドラシルドライブに異常発生。エネルギー伝達回路も損傷。たったの一撃で、ランスロットが戦闘続行不能にまで追い込まれた。

 

翼を広げ、四つん這いになった敵を見てスザクも死を覚悟した。口が光る。骨格だけで翼膜がない翼に光り輝く翼が形成される。まだブリタニアでも完成していない光学兵器だということが、はっきりわかった。

(ゲームそのままじゃないか…)

子供のころ遊んだゲームの中では、竜といえば口からブレスを吐く。それを目の前で見られるということに、スザクは何となく懐かしさを覚えた。

ランスロットのモニターを通して、網膜を焼き尽くすほどの閃光を見た。その閃光はランスロットをかすめ、基礎ブロックの柱を破壊して地下の壁をも貫通し、天空に消えた。

 

「な、何が起こったのでしょう?」

ホテル全体が沈下している。基礎ブロックが破壊され、ホテルが湖に落下しているのだ。ならばこの混乱に乗じてコーネリアが仕掛けない筈がない。彼女が無能ではないことは、誰よりも知っている。

「落ち着け!!!これはブリタニア軍の破壊工作が成功したということだ!」

ライの一喝で、人質のざわめきが止まる。もうすぐ救助が来る。誰もがそう思い、それは間違っていなかったが、救助はすぐに現れた。軍と対立しているはずの人物によって。

「これは驚いた。我らの手を煩わせることなく、片が付いていたとは」

 

「ゼロ…」

セラフィーナやマーガレットが憎悪を込めた視線を送るが、仮面はそちらを一瞥もせず、まっすぐ正面を見据える。その視線の先には、ユフィの姿があった。

「…ユーフェミア・リ・ブリタニア。他の人質たちも、怪我一つないようで喜ばしい。では、我々『黒の騎士団』がコーネリアの本陣まで送り届けよう」

ゼロがブリタニア人である自分たちを保護すると言ったので、人質たちがいぶかしがる。正義の味方でも気取るつもりか、と批難が上がるが、それに対しては嘲笑するように答えた。

「私はそこまで思い上がっているつもりはない。ただ、今回の件は日本としても本意ではないということだ。一部の、本当にテロリストと言われるべき存在が、勝手に起こしただけのこと」

とはいえ、自分に責められるべき点がないと思っているわけではない。草壁以下がこんな事件を起こしたのも、ゼロや蒼に触発されてだということは理解していた。

「その責任を取るため人質の解放を求めて草壁に会談を申し込んだが、色よい返事はもらえなかった。やむを得ず、彼らは誅せざるを得なかったのであるが…」

 

言ったことの八割は嘘だと思っていた方がいい。ゼロに対し、ライはそう思っている。しかし現状、沈みゆくホテルから脱出するには護衛の戦力が必要だ。

(ブリタニア軍を待つか、彼らに従うか―)

珍しく、ライは迷っていた。ゼロが本当に人質を守り抜く気であれば、一秒でも早く脱出に移った方がいい。

「……わかりました。ゼロ、あなたに任せしましょう」

そんなライを横目に、さっさと決めてしまったのはユフィだった。

 

「ほう…。兄であるクロヴィスを殺した私を、簡単に信用するとは…」

「ここで人質を殺して、あなたに何の得がありますか?」

「得ならありますが?私がクロヴィスを殺したのは、彼がブリタニア皇帝の子供だから。そしてあなたも、同じ…」

ゼロが銃を構える。それに対しセラフィーナとマーガレットは跳びかかる隙を伺うが、彼の部下たちがそれを制していた。

「………」

ライは日本刀を構えない。だらりと体に沿って垂らしているだけだ。だがここからでも、半瞬あれば人を突き殺すくらい容易い。せっかく見つけた希望を、ここで失うわけにはいかなかった。

「ですから、あなたにはわたくし以外の人質に危害を加える理由がない、ということになります」

その緊張を断ち切ったのは、ユフィの言葉だった。

「………フ、フハハハハハハハ!!!相変わらずだな、貴方は…。………よろしい、任されました。必ず全員を無事に、ここから脱出させて見せましょう。もちろん、貴方も含めて」

その言葉は、嘘ではなかった。しっかり別働隊に退路と避難用ゴムボートを確保させていたのである。

 

「それでは、次は戦場でお会いしましょう」

コーネリアにそう言い残し、ゼロと騎士団は去って行った。その様子はシナリオを知っていたディートハルトがしっかり撮影し、リアルタイムで全世界に流れることになる。

事件はこれで解決したものの、コーネリアとしてはここでゼロを見逃したくなどない。うまく人質と切り離し、殲滅することも考えていた。それを押しとどめたのはユフィである。

「人質となっていたわたくしたちを助け出していただいた恩があります。であれば、ここは見逃すのが筋でしょう」

それに対し、コーネリアは追跡を一時間遅れで行うことで妥協した。それで足跡を消せないような無能なら、その時は容赦なく討ち取る気でいたのだ。

無論、ゼロは無事逃げ延びた。向かったのが東、関東エリアだということだけはわかったが、そんなことは百も承知のことだ。

 

同じ反ブリタニア活動家でも、ゼロは一味違う。世界はそれを認識した。

そしてその影で、『蒼』と理想家の皇女の間に繋がりができた。

 

これが、この先どういう結果を生むのか。解放されて喜ぶ人の輪から少し離れたところに立っていた真っ白な少女が笑みを浮かべたことなど、誰も気づかなかった。

 

 




楽屋裏

ル「今回のホテルジャック事件、俺は黒かったが、酷くはなかったな」
ラ「作者の頭の中には僕に取り押さえられて日本刀を突きつけられるシーンもあったらしいよ。あまりに情けなさすぎて流石にやめたとか…」
ユ「その代りわたくしの見せ場が増えてます。これからどんどん活躍しますよー」
ス「そして僕の活躍…、全部カット?せめて一太刀浴びせるくらい…」
ネ「ヤルダバオトに勝てるわけないじゃない。だってあれ、『物理無効』なの。フレイヤの直撃だって意味ないんだから」
ネ以外「………(なんちゅうチート…)」

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