コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 23 『小菊』

時は朝まで戻り―

「いきなりそう申されましても…。あそこまで大事になってしまった以上、草壁が素直に言うことを聞くかどうか…」

「よ・ろ・し・い・で・す・わ・ね!!!!!」

電話の向こうで、鬼の形相でいる少女の姿が想像できる。草壁の馬鹿は何ということをしでかしてくれたんだというのが、この時の片瀬の心境だった。

今回のホテルジャックを実行したのは、解放戦線の中でも強硬派の面々だ。そのリーダーは草壁中佐といい、ことあるごとに片瀬の消極策に反発してきた。

『ゼロ』と『蒼』の華々しい活躍に、我慢が限界に達したのであろう。そしてサクラダイト生産国会議の会場となっているホテルを襲い、要人を人質とした。そこまでならば、なんとか我慢できる。

だが、あの人質の中に『蒼』と『紅』がいる。神楽耶からそう聞かされ、混乱と驚愕で心臓が止まる思いをしたのである。

 

「お困りのようですな、片瀬少将」

一秒でも早くこの会談を終わらせ、急いでナリタの本部に戻らなくてはならない。そう思った片瀬は可能な限り能面のように変わらぬ表情を作るよう努力したのだが、相手にはあっさり見抜かれた。

先日、ゼロが極秘に会いたいと言ってきたのだ。キョウトからも口添えがあったので会談自体には不安を抱いていなかったのであるが、こんな厄介なことになるとは思っていなかった。

「解放戦線も大きい分、いろいろありましてな…」

「私の方にも情報は入っております。いかかでしょう、ここは、私たち黒の騎士団にお任せいただくというのは?」

と言ったルルーシュであるが、実はキョウトの桐原から決起の情報はつかんでいた。片瀬にも内密でキョウトの援助が必要となれば、少し探ればそのぐらいすぐ判明する。

ルルーシュにしてみれば、止める理由は何もない。うまく利用すれば解放戦線に恩を売ると同時に血の気が多いだけの邪魔者を消し去ることができると思い、放っておいたのだ。

 

片瀬はルルーシュの思惑など、何も気づいていない。ここで解放戦線が動けば、内紛ということになる。遺恨が残り、後々まで尾を引くだろうと予想していたが、それを避けられるとなってほっとした。

「草壁以下、首謀者たちはどのように処分しても構わないでしょう?問題は、人質の扱いかと」

「さよう。日本としてもこのようなやり方は本意ではない。それをはっきりさせるためにも人質には犠牲なく、また無条件で解放していただくと約束を…」

『蒼』と『紅』については、他言無用と釘を刺されていた。だから片瀬はあの中の誰がその二人なのか知らず、それを隠してはこう言う他になかった。

「私の考えも一致する。日本は、正々堂々と戦うべきでしょう」

 

(やれやれ、今回の面倒はこれで片付きそうだ…)

この会談のことを知っているのは、数名の腹心だけである。彼らも草壁には反感を持っているので、口止めするのは簡単だ。

残る解放戦線のメンバーとて、抑え込む自信はあった。草壁に従ったのはごく一部の兵士であり、裏を返せば大多数はこの一件に賛同しかねるだろうから、草壁は誘わなかったのだ。

(そもそも、ブリタニアと手持ちの戦力だけで戦えるはずないではないか)

片瀬とて、何も考えていないわけではない。彼が待っているのはブリタニアの混乱だ。例えば現皇帝シャルルが死に、その後ブリタニアが後継者争いで乱れることになれば日本独立の目もあろう。

 

(他力本願だろうが、とにかく今の状況で現状維持以外に何ができるというのか)

それを考えると、最近の神楽耶は胃痛の種だ。この前も解放戦線から藤堂と四聖剣を『蒼』の元に移籍させろと、無茶極まることを言ってきたのである。

藤堂と四聖剣を引き抜かれたら解放戦線は烏合の衆と化してしまう。神楽耶とてそのくらい知らぬわけではないだろうが、『蒼』のこととなると解放戦線のことなど頓着してくれないのだ。

『蒼』が皇家の血族であり、神楽耶の義兄となったという話は知っている。だがこれまで日本最大の抵抗勢力を率いてきたのは自分なのだから、もう少し配慮が欲しいとは心底思う。

(だが、今回のこともあり、これ以上神楽耶様のご機嫌を損ねるわけにもいかぬ…。仕方ない、四聖剣の誰かを移籍させるぐらいはせねばなるまいな…)

片瀬は気付かない。事なかれに奔る様子を見て浮かんだ冷笑を、仮面が隠していた。

 

 

旭日隊を掌握し『黒の騎士団』として作り変えたルルーシュだったが、解放戦線に渡りをつけるのは急務であった。

旭日隊の三人は決して無能ではない。部隊はしっかり掌握しているし、ナイトメアの操縦も上手い。だが、コーネリアやギルフォードといった超一流の相手をさせるには、どうしても不安が残る。

そこで目を付けたのが、解放戦線の客将となっている藤堂と四聖剣である。彼らならコーネリアの親衛隊にも十分対抗できるだろう。

しかし当初の予定では、彼らは欲しかったがそれ以外は必要なかった。熟練兵なら使い道はある、とは思っていたものの、片瀬たち司令部など邪魔でしかない。

それを変更せざるを得なくなったのは、やはりライのためだ。

 

部下に不安を感じているのはライも同じだ。ならば、日本最高の軍人として藤堂と四聖剣に目をつけるのも当然のことである。そしてライには、義妹の神楽耶がいる。

神楽耶の言葉とあれば、大抵の無茶は通る。下手をすれば解放戦線ごとライの元に付く、という事態にもなりかねず、そうなったらルルーシュには出番すらなくなる。

(とりあえず、これで片瀬には恩を売ったという形になる。今は、それで良しとせねばなるまい)

片瀬を通して、藤堂や四聖剣に影響力を持つ。それがルルーシュの狙いだった。片瀬とて、いくらなんでもぱっと出の男の下に付くのは気が進まないに違いなく、ゼロと手を結ぶのは悪い話ではない。

(だが、やはり無能と言う他はないな。まあ、せいぜい利用させてもらうさ)

おまけの片瀬たちについては、のちのち使い道を考えればいい。

 

ルルーシュの考えに抜け落ちていたものがあるとすれば、生徒会のメンバーまで人質になってしまったことであろう。

旅行に行く話は聞いていたが、まさか宿泊先が襲撃対象のホテルとは思ってなかったのだ。まったく、どうしてよりにもよって、とは思ったものの、彼の中に見捨てるという選択肢はない。

「問題なのはコーネリアの動きだ。あの女は、即決で事を決めたがるからな」

コーネリアがテロリスト相手に妥協するということは考えられない。前に同じような人質事件があった時は、人質にかまわず敵を殲滅した女だ。

(ブリタニア軍の展開が終わるのが昼…。間に合わせなければ、とんだ間抜けだ)

キョウトが用意したヘリコプターに乗り込む。内心、まったく焦ってないわけではない。打つ手を間違えれば生徒会の皆が死ぬ。

それから心を逸らすために、アッシュフォード学園の生徒会には厄介事を引き込む引力でもあるのだろうかと、わざと不謹慎なことを思った。

 

 

「…………。ふふふ…」

このホテルは湖の真ん中に建っている。橋は正面を残して落とし、もちろん残した橋には重厚な防衛線を敷いてある。空と水中からのブリタニア軍の侵入は全て撃退した。

残るは地下の物資搬入路だが、ここにはグラスゴーを改造した大型リニアキャノン『雷光』を設置してある。その一斉射で侵入してきたサザーランド部隊を壊滅させたとき、草壁はこの計画の成功を確信した。

「片瀬の阿呆も思い知るだろう。あのような腰の重さでは、何も変えられないのだとな。だから『ゼロ』とか『蒼』とか、ぱっと出の奴に名を成さしめるのだ」

自分が解放戦線の総司令であったなら、きっと今頃は日本の解放も成っていた。だが今からでも遅くない。今回の功績を後ろ盾に片瀬を排除し自分が解放戦線を握れば、数年で日本を開放してみせる。

救国の英雄となった自分の姿を夢想する草壁であったが、部下から重要な報告があると言われて空想を遮られた。

 

「……で、どうしたというのだ?」

甘美な夢からたたき起こされた気分で、口調につい棘が生える。この兵士には人質の荷物に不審な物がないか調査させていたのだ。

別に爆弾があるはずもないし、ぶっちゃけ雑用である。階級は伍長に過ぎず、報告なんぞ直属の尉官に上げればそれでいいではないか。わざわざ自分まで報告する必要などないだろう。

「そういうわけにもいきません。大変なものを見つけました」

そう言って差し出したものは、一振りの短刀だった。それに対し草壁は怪訝な顔で答える。ブリタニア人が日本刀を持っているというのはありえないことではない。土産物屋で粗悪品を嬉々として買ったのだろう。

しかし、この伍長は引き下がらない。実はかなりの刀剣マニアなのだという。そしてその知識から、この短刀がどのような由来の物であるか語り始めた。

 

「………な、なに?」

怪訝な表情が猜疑に変わる。この男は正気なのかと疑いたくなるような話だった。この『小菊』と銘打たれた短刀の価値は、誰も想像していないものだったのだ。

「ちゅ、中佐、大変です!」

今度はなんだ、と余計いらつきながら、部下の報告を受ける。窓の外を見やれば、ゼロが報道車に乗ってこちらに向かってくるところであった。

「ブリタニア軍から、ゼロが会談を求めていると通信が入りました。いかがいたしましょう?」

「…………通してやれ。そして、こちらの方はお前らが行け」

 

 

(見張りは三人…。大した相手ではない…)

兵士たちの様子を、ライは冷静に伺っていた。自分一人なら三人相手でもなんとかなる相手だ。しかし、大勢の人質と一緒である以上、うかつには仕掛けられない。

同じように考えているのはセラフィーナとマーガレットの二人だ。この二人は、ごく自然に人質の集まりの両端に別れた。好機があれば、両側で動けるようにである。

今のところ、人質に危害を加えようとする動きはない。実はこれは神楽耶のおかげである。六家総家の名を持って、「人質に危害を加えれば、解放戦線に対して今後一切の援助を絶つ」と断言したのだ。

さすがにこれには草壁も慌てた。なぜ神楽耶がそこまで怒っているのかは知らされなかったが、これでは解放戦線を掌握したとて何の意味もなくなってしまう。補給を止められた軍隊を待つ運命は敗北しかない。

 

不意に、ドアが開いて解放戦線の兵士が乗り込んできた。見張りの交代ではない。先ほど交代したばかりだ。

「この短刀を持っていたのは誰だ!!!」

前置きもなく、短刀を掲げて叫んだ。誰もがあっけにとられる中、叫び声が上がったのは隣からだった。

「『小菊』!!!」

その声は、自分が持ち主だと言ったのと同等の意味を持つ。

「貴様か!!!どうやって手に入れた!?この刀は、日本の宝だ!!!」

『小菊』を打った刀工の名は、圭介景政という。200年ほど前の刀工で、ひょんなことから皇家の知遇を得て、それで世に知られるようになった。

流派やそれ以前の経歴は一切不明。ただしその腕は古の刀工たちにも劣らない、と言われた。

 

「も、貰ったの。あの戦争の少し前、知らない人から…」

最近、想像もしていない事態が多すぎる。命の危機だというのに、カレンはそんなことを考えた。ライの登場、『王』のこと、そして今度は『小菊』だ。

カレンにしてみれば、『小菊』は貰いものであり兄の形見となった品である。それ以上のものではなかった。そんな、名工の手による由緒あるものだとは思っていなかったのだ。

混乱する頭でできたことは、事実を話すだけだった。しかし、それが通じるはずもない。

 

「嘘をつくな!!!」

国宝級の宝を人にくれる馬鹿はいない。この兵士の言うことはもっともである。カレンでさえ、実際に貰ったのでなかったらそう思っただろう。

では、彼らの解釈はどうなるのか。非常に簡単だ。あの戦争の混乱の中で、ブリタニアが奪ったのである。悪いことにカレンは表向きブリタニアの貴族令嬢なのだから、その説には信憑性があった。

そしてこの兵士は、怒りのままカレンをひっぱたいた。草壁を通して神楽耶の言葉を聞いてないわけではなかったが、我慢の限界に達したのである。

だがその行為は、自分の死刑執行書にサインしたのと同じだということを知らなかった。

 

「え?」

何が起きたのか、理解できたものは少なかった。いきなりライが隣に立っていた兵士を蹴り飛ばしたのだ。防ぐ間もなく鳩尾に食らった兵士は、一メートルほど飛ばされて悶絶した。

「な!?き、貴様…」

それ以上は言葉にならなかった。蹴り飛ばすと同時に奪った刀が、首を飛ばす。血が噴き出し驚愕の表情のまま固まった首が転がり、人質の中から悲鳴が上がる。ニーナなど気の弱い者は失神した。

それにかまわず、ライは三人目の脇腹から胸までを逆袈裟に斬り上げた。即死。

残るは元からいた見張りの三人。さすがにこの時には我に返り、銃を抜こうとした。しかしそれより早く動いた者がいる。セラフィーナとマーガレットの二人だ。当身をくらわせ、簡単に取り押さえた。

残る一人は誰を相手にすべきか躊躇し、その迷いが死に繋がった。ライの突きを肩口に食らい、余った勢いで後ろのコンテナまで運ばれ、ぶつかった衝撃で壁をひしゃげさせて停止した。

 

「……………」

呆然として、声も出ない。その中でライは突きを食らわせた男にとどめを刺し、刀を空振りして血を吹き飛ばす。あまりにも手慣れている様子に、カレンでさえ何も言えなかった。

「……あ、あなたは何を考えていらっしゃるのですか!!!!!」

重い空気の中、ようやくユフィが口火を切った。一歩間違えれば全員死ぬ状況だったのだから、批難して当然である。

「それにあなたは人を斬ったのですよ!!!しかも、三人もです!!!」

一瞬、ライは言われている意味が分からなかった。敵は斬る。それは彼にとって当然のことであって、痛痒など感じることはない。

そして、何を考えていたのか。そう思ってライは困惑した。ただ斬ろうと思い、できると思ったから仕掛けたのだ。それだけしか考えてなかった。

 

その時、地震のようにビルが揺れた。それで返答に困るライは救われた。

 




カレンの持っていた短刀の由来が明らかに。

そしてライ強し…。人を斬ることに全くためらいを持ってません。
その裏でニーナ→ユフィのフラグが折れました。ニーナには研究に没頭してもらいましょう。

ちなみに裏設定で、刀工の圭介が皇家の知遇を得た作品とは『包丁』です。これだけで誰の仕業かわかると思いますけど…。

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