新組織の名を、ライは『天叢雲』にした。神楽耶からもらった剣から取った名であるのは言うまでもない。
「私たちは、この国を護るための剣となろう―」
それが、新司令就任の挨拶であった。それに対し、隊員は大歓声で答えたのである。
(それなのに、どうしてこうなったんだろう…)
心機一転、さあやるぞと意気込んだカレンであったが、今はリニアトレインに乗ってヤマナシに向かっていた。生徒会の合宿という名の、ただの旅行である。
ライがハーフだと知って以来、カレンは様々な日本の名所の話をしたり写真を見せたりした。日本で育ったのなら、何か思い入れがあってもいいと思ったのだ。
しかしそれが、お祭り好きの生徒会長に知られたので大事になった。
「旅行の計画?ならお姉さんに任せておきなさい!」
こういう時のミレイの行動力は、賞賛に値する。あっという間に予定を組み、ホテルの予約なども済ませてしまった。その間カレンは、勢いに押し切られてライと旅行用品を買いに行かされていたのである。
「さすがに二人っきりで旅行というのはまずいでしょ?だからみんなで行こうと思うのだけど、チャンスは用意するから楽しみにしてね」
そう言われても、カレンには嫌な予感しかしなかった。
電車の中で、ライはただ外を見ていた。少し斜めを向いた表情は、いつもと変わるところはない。
「……ねえ、何か思い出さない?」
ハチオウジを過ぎたあたりで、目の前に関東山地の山々が広がる。いくらブリタニアに占拠され日本という名称を失っても、この山は昔のままだ。
「…ん。いや…」
カレンなら電車から外に広がる山々を見れば子供のころ旅行したことを思い出すのだが、ライの記憶を呼び覚ますきっかけにはならないらしい。名所の写真も、結局何も思い当たることはないという。
ライの過去に関して、いまだにわかっていることは少ない。
まず生活様式はブリタニア式というか西洋の方がしっくりくるらしい。ただ日本の礼儀作法も身に付けており、別に和室でも困らない。
同様に、食生活でも日本とブリタニア、どちらでもいい。生魚も食べれば醤油や味噌や鰹節も問題ない。納豆や生卵に加えて鰹の塩辛まで大丈夫なのだから、下手な日本人より許容域は広いかもしれない。
「…さすがにイナゴの佃煮とかハチノコは参るけど」
とは本人談だ。味がどうこうより、見た目が駄目ならしい。それはカレンも似たようなものなので、食生活からもどちらで育ったのか、今一つはっきりしないでいる。
(会長のことだから、そんなこと考えてないだろうけど…)
記憶探しの一環ということで、ライとカレンはこの旅行に参加させられていた。他メンバーはスザクは軍の仕事があり、リヴァルはバイトがどうしても休めず、ルルーシュは何か用があるのかどこかに行ってしまった。
つまり、男子はライ一人だけ、という状況である。ちなみにリヴァルは何とかしてバイトを休もうとしたが果たせず、ついにはライに代わってくれと頼んでミレイに叱られたという。
女子の方では、なんとルーミリアが不参加。もちろん彼女の本意ではない。ライと一緒に旅行、しかもカレンは行くとなれば黙ってない筈だが、ライにこう言われたのだ。
「……『天叢雲』を任せられるのは君しかいない」
そう言われて、駄々をこねる彼女ではなかった。……腹の底でどう思っているかは知らないが。
しかし、『天叢雲』の人材層の薄さは問題だった。ナイトメアの操縦員ならともかく、隊長級ですら足りてない。司令代理ともなれば、できそうなのはルーミリアしかいないのが実情だ。
「一応、神楽耶には相談してみたけど」
部下を眺め渡してこっそりため息をつくしかない現状に対し、ライは神楽耶にいい人材を紹介してくれと頼みこんだのである。レジスタンスに関してならぱっと出の自分より、義妹の方がはるかに顔が広い。
「任せてくださいませ!解放戦線から藤堂と四聖剣を引き抜いてまいりますわ!!!」
義兄に頼られ神楽耶はそう意気込んだのであるが、それはさすがに無理だとライは思う。隊長級を何人か借り受けられればよし、というところだろう。
(まあ、何にせよ、任せられるのなら任せちゃおう。旅行なんて久しぶりだしね)
今日明日くらい羽を伸ばしても罰は当たらないだろうと思ったカレンは、気分を切り替えてこの旅行を楽しむことにした。
日本を象徴する霊峰を蝕む採掘プラントさえ除けば景色はいいし、記憶探しは何かきっかけがつかめればいい程度の感覚でいいだろう。富士山にはキョウト関係で何度か来ているのだから、可能性は薄いのだ。
本当にただ旅行を楽しめばいい、と思ったカレンだったが、彼女の感じた嫌な予感はホテルのフロントで的中した。
「えっと…、会長?説明求めたいんですけど…」
「ん?なーに?」
「なーに、じゃありません!!!どうして私とライが同じ部屋なんですか!!!」
チェックインの手続きを済ませ、部屋のカードキーを渡されたカレンは愕然とした。確かに「チャンスは用意する」と言われたが、ここまであからさまに仕掛けてくるとは思っていなかった。
「えー?だってねー。ライ一人じゃかわいそうじゃない」
ミレイが予約したのは三人部屋と二人部屋だ。しかし、これは明らかに狙って行ったことだ。何故なら、その二人部屋はツインではなくダブルの部屋なのだから。
「それに、この前ルーミリアが泊まっていったらしいじゃない。だからあなたも…」
「だから、じゃありません!何か問題が起きたら…」
まだカレンは部屋のことを知らないが、ミレイのにやつき具合から明らかに何か企んでいることには気付いた。ここで抵抗しないと、なし崩しでその策略にはまる。
しかし、その必死の抵抗すら、この生徒会長は歯牙にもかけない。
「問題ないでしょ?今だって一つ屋根の下で暮らしてるわけだし、夫婦なら同じ部屋に泊まるのも自然じゃない?」
「ぶっ!!!」
脳内に巨大隕石が直撃したような衝撃を受け、顔中を真っ赤にしてカレンが固まる。
さすがのライもこれは無視できず口出しした。それに勢いづいたカレンもここぞとばかりに反撃しようとしたが、相手が何を言うか考えなかったのは致命的なミスだった。
「ちょ、ちょっと、ミレイさん。今のはいくらなんでも…。僕はいいですけど、カレンは迷惑でしょうし…」
「そ、そうですよ。私はいいけど、ライが迷惑…、あれ?」
気付いた時には遅かった。墓穴の底に奈落まで通じる穴を掘ったようなものである。
「この息の合い様、まさに長年連れ添った夫婦そのものなのよね……。これでまだ何もないっていうのだから恐れ入るわ……」
逆にさらに赤面するような事態へと、状況は悪化した。しかも、ミレイの言葉はシャーリーとニーナにまで頷かれたのである。
ちなみにミレイ曰く、ライとルーミリアの場合だと『やり手社長と敏腕秘書』だそうだ。
「むー。部屋は人数ギリギリだから、カレンが駄目となると姉である私が一緒に泊まるしか…」
「駄目に決まって…、『姉』?」
聞きなれない単語をカレンが聞き返す。それに対してミレイが『じゃん』という効果音が聞こえそうな感じで取り出したのは、ブリタニアのIDカードだった。
写真に写っている人物はライ。そして名前は『ライ・アッシュフォード』。
「ちょっと会長、これって……」
「そ、この子のIDカード。いつまでもIDがないんじゃ不便だからね。そして戸籍上、私の弟ということになってるのよ」
それはすなわち偽造したということではないか。本気で頭痛を感じ始めたカレンは、大きく息をついた。
「……あの、申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」
「あ、すみません」
声をかけられて、自分たちが道をふさいでいることにようやく気付いたのである。見れば、声をかけてきたのは同年代から少し上くらいの四人組で、全員が女子だった。
(……でも、どこかで見たような?)
平和そうでいいなー、とうらやましく思ったカレンだったが、その中の一人にはどうも見覚えがある。ピンクの長髪…、と考えていくうちに、『天叢雲』のファイル内で見た顔であることに思い至った。
「んぇ!?ユーフェ…」
「しー!!!言わないでください!!!」
あわてて口を押えられた。しかしその行動は、自分がお忍び中であると自白したようなものである。
「えっと…、本当に本物ですか?」
「はい、本物です。……初めまして、神聖ブリタニア帝国第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアと申します。わたくしのことは、黙っていていただけると嬉しいのですが…」
招かれた部屋も一般の客室で、とても皇女殿下の泊まる部屋とは思えない。友達の名を借りて旅行にやってきたというのだが、何ともつかみどころの難しいお姫様だった。
「まさか直に皇女殿下と話ができるなんて……。夢みたいです」
がちがちに緊張しながらシャーリーが言う。表向き貴族令嬢のカレンや元貴族のミレイはともかく、シャーリーやニーナには人生であるはずのない経験だったであろう。
「そんなに固くならないでください。皇女などと言っても、内実は皆さんと何も変わらない、ただの人間なのですから」
護衛の長らしき人が一つ咳払いをする。そのような皇族らしくない卑下はやめてくれと言いたいのだが、このお姫様にそれは通じない。
「……それが事実ではありませんか。わたくしがこのエリア11に来てから成したことといえば式典の飾り物くらいで、『皇女』という肩書さえあれば誰にでもできることです」
自分で考えて、自分の力で成したことなど何もない。だから偉そうに振る舞うことなどできるはずがない。それがユフィの考える事実であって、卑下でもなんでもない。
「できないのではなく、やらないだけでしょう。自分にそう言い訳して」
唐突に、これまで黙っていたライが言った。そのきつい言葉を浴びせられてきょとんとしたユフィだったが、激怒したのはお付の方だった。
「貴様、殿下に対して…」
「やめなさい、セラフィーナ。……確かに言われる通りです。わたくしにもできることは必ずあったはずなのにそれを探そうともせず、結局何もしなかった」
コーネリアが妹に任せた仕事は内政にも軍事にも関係ない儀礼関係であった。だが、自分はそれに不満を抱きつつ満足していたのではないか。
無論、コーネリアの命令を拒否しろというわけではない。しかし合間に考える時間はたっぷりあったのだから、何かの案一つぐらいは考えるべきであったのだ。
「ありがとうございます。なんだか、わかっちゃいました」
ユフィは素直に頭を下げた。それに対しセラフィーナと呼ばれた護衛の長は、誰にも気づかれない程度のため息をついた。だから気安く頭を下げないでくれ、と言いたかったのだろう。
「それで、他の人たちは…」
「申し遅れました。神聖ブリタニア帝国第二皇女コーネリア殿下親衛隊中尉、セラフィーナ・デナ・エスターと申します」
「同じく親衛隊少尉、マーガレット・ケインです」
女騎士という感じの凛々しいセラフィーナに対し、マーガレットは軽い。しかしコーネリアの親衛隊所属というだけあり、二人の挙措に隙はない。
それに対し最後の一人はこの中で誰よりも幼く、いかにもまだ見習いという感じだった。
「こ、候補生のマリーカ・ソレイシィであります!」
実地訓練の一環として、コーネリアの従卒として士官学校から派遣されたのだという。しかし、皇女殿下の従卒とされるくらいなのだから、実力は確かなのだろう。
「みなさん、アッシュフォード学園の人たちだったんですね」
相手にしていたのがアッシュフォード学園の生徒会メンバーと知り、ユフィの表情が一気に和む。アッシュフォードはマリアンヌ皇妃の後ろ盾であった家なので、ユフィも知らぬ名ではなかったのだ。
ちなみに、アッシュフォード家がルルーシュとナナリーをかくまっているのもその縁からである。兄の方は「どうせ政治目的で利用するためだろう」と思っているが、それが全くの邪推ではないとは言い切れまい。
とにかく、ユフィは兄妹が生きていることは知らずにいた。ここにいる中で知っているのは学園理事の孫娘であるミレイだけだが、皇女殿下相手でも他言すべきでないことはわきまえている。
もう一つユフィとアッシュフォードの間に関係があるのはこの前推薦したスザクのことで、これも当然マリアンヌの縁からアッシュフォードに頼んだのである。
「スザクは元気でしょうか?学校で、受け入れられてないなどということは…」
自分がしたことが余計なおせっかいになってなければいいが…、と気にしていたのだが、最近の様子を聞いてほっとししたようだった。
しかし、その様子からは何となく「自分がしたことに対する責任感」以上のものが感じ取れる。ミレイやシャーリーなどはぴーんと来たのだが、それを確かめる時間はなかった。
オートロックのはずのドアが、がちゃりと開く。そこから、日本解放戦線の軍服を着た兵士たちが入り込んできた。
「………」
だれも、ルーミリアでさえこの状況でどうしたらいいかわからない。自分たちの総司令とエースが味方のはずの組織に人質として捕らえられたという予想外の事態に、完全に自分を失っていた。
かろうじてしたことはキョウトの神楽耶に連絡を取っただけである。このことを聞いた神楽耶は血相を変えて解放戦線指揮官の片瀬を怒鳴りつけたというが、人質の解放には至ってない。
あとは、夜まで放送を眺めていただけだ。コーネリアが素早く包囲網を展開してしまった以上、助けに行くのも不可能に近い。
「………」
狼狽するメンバーの様子を、ネージュは少し離れたところから見ていた。
「……予想外の事態ね。カレンは関係ないはずだったのに」
そう呟き、部屋を出て行く。少し前にゼロが報道車に乗りホテルに向かう姿が映し出されて、その後の展開を知ろうとモニターにくぎ付けになっていたので、気にする者は誰もいなかった。
「まったく、カレンのこととなると見境なくしちゃうんだから…。でもあの二人の絆は私の予想を超えていたし、こんなところで失うわけにはいかないから、仕方ないか」
ライの司令室に入る。誰もいないことを確認し、目を閉じる。
白い髪が光り始めた。それが、全身に及ぶ。
「来なさい、『ヤルダバオト』―」
少女の姿が、部屋から消えた。
久々の本編投稿。ホテルジャック事件にライとカレンが巻き込まれました。
最後の『ヤルダバオト』は次々回にて。名前からしてどんなものか予想がつくのでは?と思いますけど…。
セラフィーナとマーガレットの二人はギルフォードとダールトンに次ぐコーネリア陣営のエース、という設定です。
あとライの『天叢雲』は「エースはいるが中堅層が薄い」というのが現状です。まだまだコーネリア親衛隊には遠く及びません。
(ちなみにこの話での『黒の騎士団』の現状は「中堅はそろっているがエース不在」)
2014/01/06 夫婦発言時のライとカレンの反応を差し替えました