ゼロレクイエム―。
一人の少年は全ての憎しみを引き受け新たな世界の礎となり、もう一人の少年は自らの存在を捨てて新たな世界を育てる。
全ての国が合集国憲章を批准し、世界を超合集国という枠の中に納める。また軍事力は全てを黒の騎士団に集約することになり、その騎士団は超合集国の決議のよってのみ動くため、戦争が起こることもなくなる。
だが、嘘で塗り固めた世界の崩壊は、あまりにも早かった。
まず、このゼロレクイエム体制に不満を持ったのはブリタニアの国民であった。そもそも、ブリタニア国民がこの体制を望んだわけではない、ということを、ルルーシュは考えてなかったのかもしれない。
「これまでの何が悪かったのか?」
そう思うブリタニア人は多かった。絶対君主制に慣れた彼らにしてみれば、別にルルーシュの独裁でも構わない。民主主義など、「使い道のよくわからないものを押し売りされた」という気分だっただろう。
それ以上に、むしろルルーシュの独裁の方が良かったという人も少なくない。何であろうが、彼は勝ったのだ。あのままであればブリタニアが世界の覇者となったのは、誰の目にも明らかである。
その立場は一転、多くの領土を失い、今では独立した旧植民エリアから謝罪だの賠償だの要求される始末だ。これではまるで敗戦国の立場ではないか。
決戦で敗れてこの立場というのならまだ納得できる。だがゼロレクイエムは、表面だけ見れば『ブリタニア皇帝暗殺』というだけだ。
ブリタニアが覇権を捨て各国と協調姿勢に転ずる理由は、何もなかったのである。
「悪逆非道の皇帝ルルーシュと決別し―」
そう訴えるナナリーの声も、そういう人たちにとっては的外れとしか言いようがない。何言ってやがるというのが偽らざる声だったであろう。
何故なら、ナナリーは決戦時に負けた側の、名目上だけとしても総大将だったではないか。何故それを代表として受け入れなければならないのか。さらに言えば旧都ペンドラゴンを吹き飛ばしたのは、いったい誰だ。
自分の罪状を忘れてルルーシュだけが悪いと罵り、超合集国にはひたすら尻尾を振る。そして補佐役のゼロは、暗殺の実行者…。
人々の不満は、確実に蓄積していった。
ブリタニアの混乱を見て、世界の覇権を握ろうと動いたのはEUである。民主主義先進国であったが故、民主主義などというものがいかに偽善に満ちたものか、彼らは知り尽くしていた。
民主主義、多数決によって決する政体というものの実態は、多数を握った者が合法的に支配権を得る、という制度である。衆知を集めてより良い意見を探す、などという建前は、痴者の甘い夢に過ぎない。
「どれほど悪辣であろうとも、票を握りさえすれば正義となる」
ありていに言ってしまえばこの一言に集約される。全てを決めるのは票数だ。彼らはなりふり構わず、票数の確保に突き進んだ。
ここで問題になるのは、「超合集国の決議における票数は各国の人口に比例する」という制度である。つまり各国がばらばらに行動するより、一つにまとまって得た利益を内で分配する方が利を取りやすい。
「ブリタニアによって破壊されたEUを再建する」
そういう名目を掲げられては、表立って反論はし難い。そして気づいた時には、EUの意向を無視しては議論が成り立たない状況になっていた。
ブリタニアは動けない。日本はようやく独立を果たしたばかりで世界をリードする力などなく、また扇からしてそういうことに向いていない。
ならば合衆国中華は、といえば、ここも問題を抱えていたのである。
合衆国中華にはゼロレクイエムの思想を理解し、かつEUの動きを止めることのできる政治手腕の持ち主である黎星刻がいたが、彼はゼロレクイエムからほどなくして世を去った。
残ったのは、有象無象ばかりである。星刻の後を継ぐに足る、大宦官によって抑えられていた有為の人材が花開くには、あまりにも時間が不足していた。
星刻亡き後、合衆国中華はEUに対抗する最も安易な手段を選択した。合衆国インドを始め、交誼のある国と協力することにしたのだ。それらの国もEUには反発を覚えていたので、協定はすんなり成った。
何ということはない。中華連邦の復活である。
そしてゼロレクイエム体制を完全に崩壊させたのが、ナナリーとスザクが行おうとした『ブリタニア軍の解体』である。
彼らにしてみれば、ブリタニアが覇権主義を捨てることこそゼロレクイエムの完結であり、その象徴となるのが軍の解体のはずだった。しかしこれは、火薬庫に爆弾を投げ込んだに等しい愚行であった。
「何故ブリタニアを支える軍を、暗殺者であるゼロの元に差し出さねばならないのか!!!」
「奴らが掲げる『平和』など、奴らが権力を握るための方便ではないか!!!」
「我らのことを考えぬ代表など代表ではない!!!ナナリーはゼロの操り人形だ!」
「もう超合集国などに従えるか!!!ブリタニアは、世界の覇者であるべきなのだ!」
「このままではブリタニアは暗殺者ゼロの思うままではないか!!!ゼロを倒せ!!!」
ついに民衆の不満が爆発した。ナナリーとゼロが主導する代表政府を倒し神聖ブリタニア帝国を復活させるべく、内戦が勃発したのである。
そして、そういう事態を防ぐためにギアスを使ってまで補佐役として残したシュナイゼルも、ルルーシュの期待からは大きく外れた。
しかも、皮肉なことにそれはギアスを使ったが故にもたらされた結果だったのである。
例えば内戦の決定打となった軍の解体にしても、ギアスにかかってないシュナイゼルなら間違いなく反対しただろう。
しかし、『ゼロに従え』というギアスにかけられた以上、ゼロの意向が何よりも優先される。簡単に言ってしまえばスザクの意向がどれほど愚劣なものでも反対できないということになる。
結果として、今のシュナイゼルはルルーシュの期待した『世界を恐れさせた政治家』ではなく、ただの『有能な一官僚』でしかなかった。
シュナイゼルの補弼を受けられない二人は、内戦勃発時の対応でも誤った。軍事力による鎮圧を嫌った彼らは、まず対話による解決を目指したのだ。
それを、反乱側が聞くはずもない。その間に軍も国民も、こぞって反乱軍に付いた。反乱軍は旧皇室の縁者を探し出し皇帝として擁立したのだが、誰もがその新皇帝の方がブリタニアの主にふさわしいと思ったのだ。
『暗殺者ゼロ』と『傀儡の売国奴ナナリー』の求心力は、地に落ちていたのである。
それでもまだ黒の騎士団を使えば、鎮圧は可能だったかもしれない。ブリタニアが再び覇権主義に戻るのはEUも中華連邦も望むことではなかったから、決議が通る可能性は充分すぎるほどあった。
しかし、スザクもナナリーもそれをしなかった。ゼロレクイエムは、人々の望むものではなかった。ラグナレクの接続と同じ、押し付けた善意に過ぎなかったのだ。そしてそれは、悪意と同じ―。
それに気付いた彼らは、姿を消した。民衆が望む未来を押しつぶし、それで自分たちを生かすのでは本末転倒になってしまう。自分たちの手でゼロレクイエムに最後のとどめを刺すことだけはできなかったのだ。
ならば、ということで、せめてブリタニアの内戦を回避し、親友の妹にだけは穏やかで平和な日々を過ごさせようとしたのかもしれない。以後の彼らの行方については、全くの不明だ。
そして復活した神聖ブリタニア帝国は、力を蓄えたのち再び世界に対して侵略を開始した。その力を蓄えるために費やされたわずかな期間が、ゼロレクイエムによって戦争が止まった時間だったと言える。
当然ながら、ブリタニアの軍拡を黙って見ているEUや中華連邦ではない。ゼロが消えたこともあり、黒の騎士団の制度は崩壊し再び各国が軍事力を持つことになる。
そして超合集国は有名無実となり、やがて消えた。その制度を惜しむものは、いたとしてもごく少数だった。
世界は、あっけなく元に戻った。
「………………」
これほど馬鹿らしい結末は、そうそうあるものではないだろう。期待外れと言うにしても、程というものがある。これでは何のために手を貸したのか、まったく意味がわからない。
私にとって、ラグナレクの接続など痛くもかゆくもない。大樹の葉の一枚に傷がついたという程度でしかなく、「神を殺す」など本気で思っている実行者の様子は失笑ものだった。
逆に、面白いことを考える人がいたものだと思い、放っておいたのだ。それが成し遂げられた世界などろくでもないものだろうと思ったが、試してみてもよいと思うだけは思っていた。
それを捨ててこっちの方がよさそうだと選んだ結末が、これだ。大失敗と言う他にない。
「人間というものがわかってなかったのかな……?」
喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間というものだ。『悪逆非道の皇帝』などと言っても死んでしまえば記録の一つに過ぎず、恐怖などすぐに忘れられる。それを計画の根幹に置いた愚行はそう評するしかない。
その上、計画の運営を現実というものがわかってない男に委ねたのである。崩壊するのも当然の結果、と言えるのかもしれなかった。
(…彼ならどうしただろう?)
ふと、そう思った。あの少年は、間違いなく歴史を変えた。それだけの力を持つ存在だった。そして彼を失ってから200年、彼以上の存在はいまだ現れない。
(…今にして思うと、もったいなかったな)
彼の力なら、この結末も変えられるかもしれない。少なくとも期待はしていいだろう。だが、また『あれ』を起こさないとこの世界につながらないというのには、どうしても気が引けてしまう。
私は人を玩具にしているだけかもしれない。しかし、私は見てみたいのだ。ギアスという超常の力を得た人が何を成すのか、を。それが人の思いによって生まれた私の存在理由なのだから。
とりあえず今見たいのは『この世界のこの時に彼がいたらどうするか』だ。『あれ』については何か埋め合わせを考えよう。彼だって新たな希望を見出すかもしれないし、その手助けくらいはしてやってもいい。
「……じゃあ、『次の』世界に行こうかな」
もう、この世界に未練はない。新たな可能性を求めて、旅立つだけだ。
「……またあなたに会うことになったね、ライ。…そして、ごめんなさい」
一つの夢が終わり、一つの夢が始まった―。
明日が忙しくなりそうなので前倒しで投稿することにしました。
今回の外伝は、本編ゼロレクイエム後の展開。
はっきり言って酷すぎる展開ですが、『ナナリー代表』の姿を見た瞬間この未来を直感しました。絶対にナナリーでブリタニアが治まるはずありません。
(『ナナリー代表』に比べたら『扇首相』などむしろ評価できる人事だと思いました。いや本当に)
そしてこれで私のルルーシュ評が「人間というものがわかってない」と固まりました。
(はっきり言ってR2の内容はルルーシュとナナリーに甘すぎます。この二人ばかりを良く見せようとして他キャラの扱いに失敗したのがR2だと思ってます)