コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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 外伝 緑の少女と白銀の王

あれから、いったいどのくらいの時間が流れたのか。

あの時、永遠の生などという運命を押し付けられてから、どこをどう彷徨ってここたどり着いたのか。その記憶がはっきりしない。

昨日のことのようであり、気の遠くなるような時間が過ぎた気もする。絶望という感情しかない日々を精神が拒絶しているのだろう、と私を客観視している私が思う。

改めて自分の様子を見返してみると、廃屋の中で破れてところどころしか残ってない毛布にくるまって座り込んでいるという状況だった。

 

「奴隷…」

やはり私は、この立場から逃れられない。昔とは少々状況が違うにせよ、自分の意思がないというのは変わってない。今の私は、呪われた力にただ生かされているだけなのだから。

 

ギアスが使えなくなっていた。

私のギアスは、『愛される』力。使いすぎてうんざりだと思っていたあの力も、今ならばどんな代償を払ってもいいから欲しい。

 

死のうと思って、喉を突いてみた。

次に気が付いた時には、血だまりの中で突っ伏していた。他にもいろいろ試してみたが、どんな方法でも死ねない体になっていた。

 

ギアスがない私に、生きていくすべはなかった。いくら死なない体でも、お金はどうしても必要だ。例えば食事で、死なないにしろ永遠に空腹にさいなまれる、ということになる。

だが元々奴隷であり、ギアスを得てからは偽りの愛情を貪るだけだった私には、学識も技能もなかった。仮に何か職を見つけたとしても、この体ではずっと腰を落ち着けることはできない。

その日雇いの仕事を見つけて、ギアスを与えた相手の元に転がり込み、それも駄目なら今のように彷徨いつづける。

私には、世界のすべてが灰色に見えた。

 

せめてもの救いは、少女の外見のまま時が止まったことであろうか。おかげで下心見え見えで寄ってくる男には事欠かない。娼婦になった時は、かなりの人気者だった。

(私には、偽りの愛情しか得られないのだから―)

もう、何もかもがどうでもいい。娼婦になった時も、そんな考えだった。決して、こんな自分に無償の愛を注いでくれる人など現れないのだろう。

破れた屋根から、ちょうど月が見えた。あの月のようなものだ。暗闇を照らしてくれる光ではあるが、どんなに手を伸ばそうが決して届かない。

(とりあえず、近くの町に行ってみよう)

明日をどうするか考えながら、これが夢ならばいい、あるいは二度と目を覚まさなくてもいい、と思いながら、私は眠りについた。

 

だから、目が覚めたとき、これは夢だと思った。

「人がいたのか。他の住人は?」

銀色の髪が美しく、それ以上に深い青の瞳が美しい少年が目の前にいた。年のころはせいぜい十代半ば。絶対に二十過ぎとは思えない。

「わからないのか?……とりあえず、保護しよう。ここはもうすぐ戦場になる」

「あ、あの…」

保護、と言われて、何か勘違いされているような気がした。主人の勘違いをそのままにして、あとでひどい目に会うなど日常茶飯事だった。

それはどんな理不尽なことであっても、悪いのは必ず私だった。だから、この村には迷い込んだだけということは伝えておかねばならない。これはもう、習性になっていた。

しかし、ギアスとコードのことは言うわけにはいかない。その点は、少し話を繕った。奴隷であり、わけあって主人の元から追い出されたのだと。

後は行く当てもなく、ふらふらとこの小屋に迷い込んだ。そうして目が覚めたら今の状況だったのだが、説明によればもうすぐ戦場になるため村の住民は皆避難してしまったらしい。

 

多少の疑念は残ったかもしれないが、頷いてくれたのだから納得してはくれたのだろう。

(これでいい)

これで、この人との縁は切れる。路傍の石にちょっと目をくれたのと同じ。私という存在は、他人の中ではそうあるべきなのだ。

なのに―。

「なるほど、行く当てがないのか。なら、私のところにくればいい」

笑顔でそう言われて、つい頷いてしまった。考えるより先の行動だった。

 

胸がどきどきする―。

この時私は、初めてギアスがなくなっていてよかったと思った。

この笑顔を手にしたくて、使わない自信がなかったから。

そしてこの笑顔が強制された偽りのものであったら、きっと私は罪悪感に耐えられなかっただろうから。

 

この少年は、海の向こうの島を領する、白銀の王だった。

 

 

あの時、私が王様に拾われてから、2年が経った。あの後大陸の国と戦争になったが王様の軍の大勝で終わり、私もこの国に連れてこられた。

そのあたりのことは、私にとってどうでもいい。強いて挙げれば、この国には遠いところに王様より偉い人がいて、その人から正式に『王』と名乗ることを許されたので「王様」と呼ぶようになったくらいだ。

 

それより問題になったのは、王様が女の子を拾ったということだったらしい。

普通なら考えられないことに、王様には浮ついた話が全くない。そんな人が自分から女性をそばに置こうとしたのだから、一時は愛人にする気かと大騒ぎになったのだ。

もちろん、そんなことがあるはずなかった。ただ、侍女として採用された。何が気に入られたのかは、まったくわからない。

「小屋の破れ戸から綺麗な緑色の何かが見えて、気になって見てみたら君が寝ていた」

きっかけはそんなことだったらしい。本当に、ただの気まぐれだったのだろう。ちなみに緑色の何かとは、私の髪のことだ。

 

しかしながら、いきなりの王宮勤めである。当然、奴隷として過ごしてきた時代に覚えていたことでは足らず、最初は失敗ばかりだった。

失敗しても、王様が怒るということはなかった。優しく、次はどうすればいいか教えてくれた。

だから、必死で何でも覚えた。王様に嫌われることだけは嫌だった。読み書きから、数学に地理歴史といった一般教養。料理や掃除、裁縫といった侍女として必要な知識。

それに王様の好みはお茶に入れる砂糖の量まで把握したし、果ては武術を見よう見まねで学び、考えていることを理解するためこっそり軍学まで。

とにかく、王様に関わりそうなことなら何でもよかった。

 

そして、王様はもう一つ、大切なものをくれた。私の、新しい名前。

王様に名前を聞かれて、私は名乗れなかった。男をとっかえひっかえ、奴隷のように扱ってきた魔女の噂は結構有名だったのだ。

もう昔のこととはいえその名前を名乗るのは気が引けたし、あとは全く思い入れのない便宜上名乗った偽名しかない。

それを王様は、前の主の元でよっぽど酷い目にあわされたのだろうと理解したらしい。これからは生まれ変わったつもりで生きろと、新しい名をくれた。

 

……ただ、この名前を王様に呼ばれた時の記憶が抜けている。これまでに感じたことのない優しさで呼ばれ、私の思考は完全に停止したらしい。

後で聞いた話では、私は顔を真っ赤にしてしばらくの間何も反応しなかったという。

結局、それはどうにも克服できず、王様には何とか呼ばれても大丈夫な名称を考えだしてもらった。呼ばれたいという思いはあるが、不意打ちであの名前を呼ばれると失神するかもしれないので仕方ない。

それを王様は、どうにも困る勘違いで対応してくれた。

「そんなに気に入らないにしても、アルファベット2文字で記号みたいな名にすることはないだろう。他の名前を考えようか?」

その後、他の人には普通に呼ばれている姿を見て気に入ってくれていたのかと理解したようだが、そうなると今度は気に入りすぎているためかと考えるのが王様である。

そういう問題ではないのだが、と気付いてないのは、王様だけだった。何故あれほど明敏な人にこれほど鈍感な面があるのか、不思議でならない。

 

そして困ったことに、王様は難しい頼みごとをするときはこの名前を使ってくる。これはもう反則としか言いようがない。どうしても断れない上三倍は熱心に働いてしまい、結果期待に応えてしまう。

それで味を占められたらしいのだが、何故そういうことになるのかは全く理解してくれないのが王様である。本当にあの鈍感さは困りものだ。

 

 

「おーい、王宮のお使いかい?」

「…?あ、おじさん」

不意に呼び止められて振り向くと、馴染みの店の店長がいた。

最初この店には、王様に連れてこられたのだ。城下でもなかなか評判のいい店だが、とても『王』と名乗る人が来るような店ではない。

だが身分など気にしない王様は普通にこの店にやってきて、普通に料理を注文していた。場合によっては周りの客に多少のサービスも行ったりする。

 

「また、新しいピザを考えたんだ。食べて行かないか?」

「ほ、本当ですか!?」

初めてこの店に来て、王様にご馳走してもらった料理がピザだった。泣きたくなるくらいおいしかった。考えてみれば、あの時が私の人生で初めて料理の味というものを考えた瞬間だったのであろう。

奴隷だったころは最低限度の食事で、料理と言えそうなものは主人の余り物が運よくこちらまで回ってきたときだけだったし、ギアスで偽りの愛情を得ていた時はその反動で何でも貪るように食べているだけだった。

本当に料理を味わい、作った人に感謝して、心の底からおいしいと思った。その最初の料理が、私にとってはこのお店のピザだった。

 

それはともかく、誘ってもらった以上は食べて行こう。今の私は、しっかりお給金を貰っている。もちろんピザも買える。

時間はお昼には少し早いがまあいいか、という時間だ。城の食堂なら無料(その分は給金から差し引かれているのだろうが)だが、外で何を食べてもいいのだ。

(お昼か。王様は、今日はどうするのだろう)

王様は本当に不思議な人だ。庶民と同じものを食べ、気に入らないと言って食べ残すこともない。ましてや食べきれないほどの料理を並べるようなことは浪費としか思ってないらしく、見たことがない。

挙句の果てには自分で料理までするし、母君手製の見たこともない料理を喜んで食べたりする。生魚を平然と食べる姿には度肝を抜かれたが、慣れてくると結構いけるものだ。

 

ちなみに王様の菓子作りの腕は本職でも脱帽もので、母君の腕はさらにその上を行く。いないと思ったら妹君と三人で調理場で何かしていたりと、普通の貴族では考えられない時間を過ごすこともある。

その作ったお菓子は、私もご相伴に与ることができた。はっきり言って、その時ほど侍女という立場とこの太らない体に感謝したことはない。王様は、必ず私の分も用意してくれるのだ。

これが他の人だと、甘いにおいが漂うと男性まで調理場の方に寄って行き、王様に「一つどうだ?」と声と掛けられるのを待っている、と言われている。運よくありつけた人は自慢の種で、もはや一種の恩賞だ。

 

(お菓子だけは、まだ及ばないんだけど…)

料理に関しては、母君にいろいろ教えてもらった。この人は他国の貴族の娘だというのに、そのころからお付の目を盗んでは調理場に入り浸っていたらしい。

この国に来た理由は、「西洋のお菓子がどういうものなのか知りたかったから」という。冗談で言ったのだろうと思うが、腕から考えるとこれが本心でそれを一見立派な理由で糊塗したのかもしれないと思えてくる。

 

断言できることは、この変わった人たちに仕えている私は今、幸せということだ。

(まるで夢のよう―)

この2年間ほど、穏やかな日々ななかったであろう。奴隷であったころは当然、ギアスで偽りの愛情を貪っていた頃にも、今感じているような充足感はなかった。

灰色の色のない世界は鮮やかな色で染められ、初めて生きていることが楽しいと思った。

ただ、私はどこまで行っても人の世の理から外れた存在なのだ。何十年もここに留まるわけにもいかない。長くても、居られるとしたら10年というところか。

 

そしてもう一つ、王様のことだ。他の人と違うことに、私は気付いてしまったのだ。

(王様は私と同じ、あの呪われた力を持っている―)

気付いた時は愕然とした。王様の契約者が何を考えているか知らないが、私と同じだったとしたら…。

王様に、こんな地獄のような人生を歩ませたくない。契約者がどんな奴か見たことないが、コードを引き受けて欲しいのなら私が引き受けてやる。もはや、毒を食らわば皿までだ。

(ギアスのことは、いつかきっと―)

全てを話し、そして出て行こう。その時、王様はどういう表情を浮かべてくれるだろうか。笑って見送ってくれればいい、と思う。

 

そんな思いをめぐらしながらピザを食べていると、不意に鐘が鳴った。

「敵襲!?」

鐘の打ち方には決まりがある。これは敵襲を受け、城の奥に避難を呼びかける音。

私は残っていたピザ二切れを口に押し込み、人の流れに従って奥の広場に向かう。私が着いた時にはもう広場は人と兵士でごった返していた。

「敵襲である。『北の蛮族』が攻め寄せてくると報告が入った。しかし、安心せよ。私は負けぬ」

王様の声が響き、ざわめきが静まる。そう、王様が負けるはずないのだ。

 

「敵は市民まで無理矢理兵に仕立てたらしい。いわば、張りぼての軍勢だ。大軍とはいえ、まるで恐れることはない」

それでも王様は、明らかに苛立っていた。

「背後でこそこそと人の領地を掠め取りやがって」

『北の蛮族』について、王様はそう言ったことがある。あの優しい王様にしては珍しく、『北の蛮族』には敵意と軽蔑を隠さない。

もう一つ王様が嫌いなのは『民主主義』だという。それはそうだ。国を治めることなど何もわからない人たちが、なぜ自分たちに権利を与えろと主張するのだろう。

 

国のことなど、王様に任せておけばいい。今回も、ただ王様に従っていれば必ず勝つ。

―なのに、私は猛烈に嫌な感じに襲われた。

「あえて言う!二度とこの国に近づこう思わぬよう、一人たりとも生かして帰すな!!!」

その瞬間、私は『嫌な感じ』の正体が何か知った。私は、私だけは感じ取った。これは、ギアス―。

「蛮族どもに死の裁きを!!!」

兵士だけではない。避難してきたはずの人々まで、一斉に叫ぶ。そして私は人の波に押し流された。

 

 

「王様…、王様…」

あの後、私はなし崩しで敵と向かい合うことになった。記憶はそこで途切れている。服の染みからして、胸を突かれたらしい。

常人なら、間違いなく死んでいる。そしてその方が明らかに幸せだったであろう。この光景を見ることがなかったのだから。

目を覚ました私が見たものは、原野を埋め尽くすほどの死体。その中で、私は必死に探し回った。知っている顔はいくつもあった。だけど、王様だけは見つからない。

(お城に帰れば―)

王様が負けることなど、決してない。だからもう城に戻っているのだ。そう気づいた私は、駆け出した。どんなに楽観に過ぎた希望であったとしても、私はすがるものが欲しかった。

 

城に帰り着いたとき、そのわずかな希望も潰えた。誰もいなかった。街にも、城内にも、王様の私室にも―。

王様のギアスは、『絶対遵守』。あの瞬間、それが暴走したのだということが、私にははっきりわかった。

終わりはいつか訪れる。それは覚悟していた。だが、この結末はあまりにも酷すぎる。

もっと早くにギアスとコードのことを伝えていれば、こうはならなかったのかもしれない。だがそうだとしても、もう遅すぎた。

 

「…あ、あは。あはははは…」

生気のない声で、私は笑う。人は壊れるほどの絶望を感じると、笑うしかなくなるものかもしれない。笑いながら、涙があふれてきた。

私はぺたんと座り込んだまま、いつまでも笑い、いつまでも泣き続けた。

 

私の世界は、再び色を失った。

 

 

それから、私はどこをどう彷徨ったのだろう。

 

王様は、私にいろいろなものをくれた。あの2年間、王様は私のすべてだった。

だから私は、王様の幻影を追い続けた。王様のような、と少しでも感じられる人が欲しかった。

そして、王様が一つだけ私に与えてくれなかったものが欲しかった。

 

―黒き魔王に出会うまで、私は彷徨いつづけた。

 




緑色の髪の元奴隷のコードマスターと銀髪の少年王のお話。
本編の方は現在24話の8割ほど、ホテルジャック事件の終盤を書いているところです。時間稼ぎというわけではないですよ?

ちなみにこの後、この少女はこの時のトラウマと「他の男の影を見ている」という後ろめたさから素直になれず、すっかりツンデレ娘と化してしまいました。

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