闇の中から足音が響く。その音を聞いて、ルルーシュは安堵した。断るなら、彼らがここに来るはずはない。
「よく来てくれた。『旭日隊』隊長、正木一彦。返答はイエスと受け取ったが」
「ああ、その通りだ。『旭日隊』は、これより『ゼロ』の指揮下に入る」
これで自分だけの戦力を持ったことになり、コーネリアやライにも対抗できる。ゼロの仮面はそうほくそ笑んだルルーシュの表情を隠し、無機質に告げる。
「…では約束しよう。私に従えば、必ず勝つと」
ルルーシュが旭日隊を選んだのには、いくつかの理由がある。
まず第一に、他のレジスタンスに比べて戦力が整っていたことだ。房総半島の丘陵を要塞化し、ナイトメアフレームも持っていた。
その規模は解放戦線には遠く及ばないにしろ、かつての扇グループよりははるかに大きい。関東地方なら、かなり有力なレジスタンスだったのだ。
第二点は、トップに立つ人間たちの関係である。一応、隊長である正木の下に副隊長の酒井と土岐が付く、という形になっているが、重要なことは三人の合議で決めている。
つまり、誰も他の二人を抑えるリーダーシップを持ってない、ということだ。ライという奇才の加わった扇グループより、はるかに扱いやすい。
第三点として、彼らの扇グループに対する嫉妬と警戒感があった。これまで格下と見てきた相手が急速に伸びてきたのを、素直に喜べないのも無理はない。
そして最後の点が、キョウト…、というより神楽耶を除いたの四家の意向である。桐原以下四家としては、旭日隊までライに吸収されるのは、少々困った事態になるのだ。
ライの才覚は誰もが認める。しかし、それゆえ扱いにくい。下手をすれば、自分たちが取り込まれる。その上、総家の神楽耶は「お義兄様お義兄様~」と警戒する様子は全くない。
そもそも、こんな予定ではなかった。あの血液検査でライが皇家の血族と判明し、人物調査を行ったらいきなり神楽耶が「皇家に迎え入れましょう」と言い出したのだ。
せめてもの抵抗で「実力も定かではない男を迎え入れるのは…」と疑念を呈したのだが、ツルガシマであっさりクリアされてしまい、あとはもうなし崩しで進んでいった。
そして気づいた時には『蒼の貴公子』とも呼ばれる、若き英雄と化していたのである。
(そこで俺を対抗馬に立てようというわけだ。さすが桐原老、舌は五、六枚あると見える)
二人を競わせ、そのバランスは裏でキョウトが操る。いくら巧言を尽くして隠したとしても、そのくらいのことが見抜けないルルーシュではない。
(まあ、わかっていれば問題ないな。桐原は桐原で、俺に対して思うところがあったらしいが)
キョウトの実質的な長が彼だと知って、珍しくルルーシュは皮肉極まる自分の運命に感謝した。ルルーシュたち兄妹が預けられた枢木家は元キョウト六家の一つで、当然他の五家とは親交がある。
自然な流れとして、桐原は人質となっていたブリタニアの皇子のことを知っていた。ブリタニアに対するカードの一枚として使えそうだと注視していたのである。
まさか自分から反逆者となるとまでは考えてなかったにしろ、ルルーシュの怨念が筋金入りだということは桐原も知っていた。
つまり、ゼロが講和を考えることはない。ライが講和を考えても、キョウトがまだ譲歩が取れると踏んだならゼロを使って破談にすればいい。逆もしかりである。
そういった内情を全て見通した上で、ルルーシュはキョウトから伸ばされた手を握り返すことにした。
やはり日本のレジスタンスの間で、『キョウト』の名は大きい。旭日隊がゼロという存在を受け入れることにしたのも、キョウトからそう内示を受けていたからである。
「キョウトとは、ずいぶん深いつながりがあるようだが…」
「証拠を見せよう。こちらにあるのは『無頼改』。キョウトからの贈り物だ」
それを見た三人は「おお…」と感嘆の声を上げる。日本のレジスタンスで一般的な『無頼』はグラスゴーを改造したもので、その性能はサザーランドにも劣る。
しかしこの『無頼改』はグロースターにも対抗できる性能を実現した、日本の新鋭機なのである。まだ解放戦線にさえ渡されていないものを貰ってきたのだから、証拠として十分すぎると言えるだろう。
だが、ルルーシュには苦い思いがある。計算外だったのはあの銀髪の記憶喪失者が皇家の一族だったことで、おかげで当主の神楽耶は義兄にべったりだ。
名目上にせよ何にせよ、六家の長が向こうばかり向いているのでは少々やりにくい。今回も極秘開発中という第7世代相当の新型は貰えなかった。神楽耶がライのところに送ると決めているのだ。
そこで、仕方なく無頼改で我慢したというわけである。こちらは量産化の目途がついたらしく、数機程度なら回してもらえた。当然、残りは解放戦線とライのところに引き渡すのだろう。
今回の件から考えると、どうやら神楽耶の頭の中ではライ>解放戦線>ゼロという順番になっているらしい。
「もう一つ答えてくれ。ここ一連の出来事は、アンタと『蒼』、何がどっちの仕業なんだ?」
尋ねたのは土岐だ。コーネリアを始めブリタニアが二人を区別していなかったように、日本側も当人と関係者以外把握している者はいなかったのである。
しかし、ルルーシュはそれに答えない。
「重要なのは過去ではない。私が、君たちが従うにふさわしい指揮官かどうか、だ」
そしてその証拠はキサラヅで間近に見たはずだ、と言われると、三人としては反論できない。あれで旭日隊は一気に名を上げた。
房総半島の先で縮こまっていたことを考えれば、この男の登場によって大きく変わったのは事実である。
「では、今後の方針を話すとしよう。ディートハルト!」
ゼロの声に、一人の男が闇の中から姿を現す。その男がブリタニア人だったので、旭日隊の三人は思わず身構えた。
「心配ない。彼は私の協力者だ」
ディートハルト・リート。職業はTV局のプロデューサー。あの枢木スザク強奪の一件の際ゼロを間近に見て、これぞ自分が撮るべき存在だと思ったという。
「職業柄、ブリタニアの高官とも付き合いがありましてね。情報提供、という形で協力させていただいています」
ディートハルトのつかんだ情報によれば、ここ最近は小康状態と言っていい状況にある。足元が気になるコーネリアはトウキョウ租界から動かず、コーネリアが本気で来たら戦う力のない日本側は手が出せない。
『蒼』はサイタマ以後、韜晦を続けたままだ。キョウトがつかんでいる情報はナイトメアの増備に力を入れているというだけで、大きく動く気配はない。
無論、小競り合いはあるにしろ、主力同士の激突という事態が起きることはまずないだろう。
「つまり、今は嵐の前の静けさの中にある、ということだ。しかし…」
「はい、コーネリアはエリア18の維持のため残してきた親衛隊を呼び寄せることを決定したそうです。これが到着し次第、攻勢に出るでしょう」
ゼロとディートハルトの言葉に、三人は色めき立つ。増強されたコーネリアの親衛隊に襲われたらひとたまりもない。無頼改を貰って強化されたとはいえ、敵はそれ以上に強化されたのだから。
「狙うのは解放戦線ではないか、という噂ですが、これはまだ確証がありません」
それでも自分たちの名前ではないので一息つけたが、ナリタの解放戦線は房総の盾のようなものである。これが倒れれば、ブリタニアは心置きなく房総に攻め込んでくるだろう。
「ゆえに、君たちにしてもらいたいのはこの房総半島に堅固な要塞を築くことだ。……ここが我ら『黒の騎士団』の本拠地であり、日本独立のための最後の砦となるだろう」
図面を差し出す。それは現状の要塞の十倍近い規模となり、機能させるには少なくとも千を越える兵が必要になる。
「その点に関して問題はクリアされている。話を持ちかけた他のレジスタンスからも、なかなか色よい返事がもらえた。君たちには『黒の騎士団』の中核として、それを組織し直してもらいたい」
「ずいぶんな役者だったな。日本などどうでもいいくせに、さも『日本の救世主』のように振る舞ったのだろう?」
学園に帰り着くなり、C.C.の皮肉を受ける。しかし言われたことは間違いではなく、しかもルルーシュはそれでいいと思っている。
「俺が勝てば、結果的に日本は解放される。あとはその国で将軍でも宰相でも、好きな位につけばいいさ」
それがルルーシュの考えだ。自分は他人を利用する。しかし、その他人にはしっかり利益を返す。ギブアンドテイクがきちんと機能すれば、それで人は満足する。
「………」
C.C.は不満があるようだったが、何も言わなかった。
「……それで?お前が日本の救世主となるのに最大の障害が近くにいるわけだが、どうする気だ?」
ライのことである。無論、ルルーシュとて考えてないわけではない。特に血筋については向こうが日本貴族に連なる存在に対し、こちらは憎きブリタニアの皇族。これだけは何としても隠し通す必要があった。
「とはいえ、日本解放までなら目指す方向は一致する。うまく使う自信はあるし、いざとなればギアスで…」
カレンにはもう使えないが、ライさえ抑えれば問題ない。そう思って口にした言葉だったが、言い切らないうちに背後から声がした。
「そんなこと、私が許さないけど」
背筋に氷を詰め込まれたような気がして、ルルーシュが振り返る。知らない相手ではなかった。真白い髪とワインレッドの瞳。猫のアーサーを捕まえた、あの少女。
「…ネージュ・ファン・シャレット。あなたには自己紹介してなかったよね、期待外れの第11皇子さん」
ルルーシュがまず思ったのは、どこから入ったかということだった。確かに鍵はかけたはずで、窓は視界の内にある。
しかし、次の瞬間にはそんなことはどうでもいいと気づいた。この少女は自分がブリタニアの皇子であり、ギアスを持っていることを知っている。話を聞いていたなら、ゼロであることも分かっただろう。
期待外れという言葉の意味は分からないにしろ、好意を持っていないというのは明らかだ。
「―貴様!」
『絶対遵守』は不可能でも可能に変える。目の前の少女を部屋から追い出し、記憶を書き換えることも訳はない。
赤い鳥が羽ばたきながら相手の脳内へと吸い込まれるイメージを感じ、ルルーシュは勝利を確信する。
「今日は警告。だから、これで勘弁してあげる」
しかし、ネージュがそう言ったとき、ルルーシュの体が崩れ落ちた。
「……………」
目が覚めたとき、ルルーシュはベッドに寝かされていた。寝る前に何があったのか、今一つ記憶がはっきりしない。
「なんだ、目覚めたのか。帰ってくるなり私のベッドに直行、熟睡とはな。まあ、疲れているだろうから大目に見てやったが」
そうだったろうか、とルルーシュは思う。確かに学生とゼロの二重生活は楽ではなく、睡眠時間は真っ先に削る対象になっていた。
もう一つ、最近はベッドが占拠されていたので安眠できていなかったのかもしれない。何がお前のだ…、と思ったところで、ルルーシュは気付いた。
「………」
このところ、このベッドはC.C.が使用している。そのせいか、なんとなくいい匂いがする。気にしていなかったものが、気になったら止められなくなった。
「い、今何時だ、C.C.!!!」
跳ね起きた。顔を赤くするルルーシュに、C.C.はにやりと笑いながら答える。夜の2時過ぎとなると、旭日隊の三人に会って戻ってきてから、四時間ほど寝ていたことになる。
「今日は特別だ。そのまま寝ていいぞ。私は、少し外を歩いてくる」
深夜とはいえそのあたりをうろつかれる危険性にも考えが及ばないのか、ルルーシュは止めなかった。
「さて…」
今日のことは明日伝えよう、とC.C.は思う。というのも彼女にも明確な答えがないからだ。
(ネージュ…、あれは、私と同じコードマスターじゃない)
ルルーシュを倒したのは、何らかのギアスを使った可能性が高い。だがギアスが効かないというのはマスターの特権だ。そして、マスターはギアスを使えない。彼女は、明らかに矛盾していた。
「今日は見逃してあげるけど、あまり邪魔するようなら本当に殺す…、いや、あなたのために記憶を書き換えるくらいにしようかな。彼、あなたには必要でしょ?」
平然と、そう言ってのけた。その言葉からすると、『記憶操作』のギアスまで使えるということになる。信じられることではなかった。
しかし、それ以上に「オムツを変えたこともある相手だしね」と続けられて、C.C.は愕然とした。この少女は、自分と皇帝シャルルおよびマリアンヌとの関係も知っている。
「私の目的?……んー。まあ、話してあげてもいいかな。私ね、『明日が欲しい』の」
C.C.が何が目的か聞いた返答はこれだった。あまりにも抽象的すぎ、しかしどこか理解できた。
「元々、私は人の可能性に興味があった。だから世界を変えようとするほどの強い意志と才覚を持った人は注視してきて、そして彼に出会った」
その人は、間違いなく歴史の流れを変えた。しかしその後暴走したギアスに呑まれてしまい、もう無理だと捨てるしかなかった。それが、彼の望むところでもあったから。
「でも、彼に勝る人なんて人類史上でもそうそういるものじゃない。そう気づいたのは、失った後だった。気になったこともあってその後を見てみたけど、変化がない世界が続くばかり―」
もういいか、と諦めかけていた時だった。世界の理を崩壊させようとする者が現れたが、そうなるならそれでよかった。そうなった世界を見るのも、また一興かと思ったのだ。
「ところが、ギアスを使ってまでして、世界に『明日が欲しい』って願った馬鹿がいたの」
無論、ギアスといえど世界を思うようにするほどの力はない。しかし、その願いに世界は興味を持った。だから傍観するだけにしていたネージュは一転、急遽介入することにした。その馬鹿の望む流れになるように。
「それが大失敗。……結局、何も変わらなかった。期待外れもいいところ」
何を言っているのか、C.C.でも理解できなかった。確実なのは、この少女は魔女である自分を越えた化け物ということだ。
「あ、そうそう。ベルリーナー、おいしかったでしょ?初めて作ってもらったお菓子だものね。もう答えは出ていると思うけど…」
最後に、そう言ってネージュは立ち去った。追おうという気にも戦おうという気にもなれなかった。死ぬはずのない自分が、はっきり恐怖したのだ。
そして、言われた通り答えは出ている。なぜ彼女がそこまで知っているのかは、この際どうでもいい。化け物相手に隠し事など無意味なのだろう。
そしてその化け物なら、不可能を可能に変えるくらいわけはない。記憶喪失というのも、生きていたというのも彼女の仕業であるなら納得がいく。
「状況証拠は、全てつながるが…」
確かめようと、何度もドアの前までは行った。いつもそこで躊躇してしまうのは、確かめるのが怖いからだ。
遠くから見た彼は、少なくとも不幸だとは思えなかった。全てを忘れて新しい世界を楽しんでいるときに、自分のエゴイズムで過去を突き付けたらどう思われるか。それが怖いのだ。
(……やはり駄目だ。すまないな、ルルーシュ。私は、あの人にだけは嫌われたくない)
遠くから見ているだけというのが自分に許されたことだったとしても、それならそれでいい。意気地がないと思われようが、嫌われるよりはるかにましだ。
C.C.が部屋に戻った時、ルルーシュは定位置となったソファーで寝ていた。
前回の爽やかさから一転、こちらはどろっどろの真っ黒さ。二人の違いが端的に表れた感があります。
そしてついにネージュの秘密が明らかになりました。真のチートキャラは彼女です。
さらにはルルーシュ憤死物のとんでもないカミングアウトまで…。
ちなみに旭日隊の三人の名前は遊びです。深い意味はありません。