「だいたい、あなたはいつもいつも―」
「カレンさんだって暇さえあれば―」
睨み合いの末、同時に顔を背ける。もはや定番となってしまったカレンとルーミリアの喧嘩を、扇は少し離れたところから見ていた。
一見すると仲は最悪と言っていい二人だが、これを戦場でライの左右に立たせると恐ろしい力を発揮する。恋する乙女の爆発力をまざまざと見せつけられる感じで、つい相手に「ご愁傷様」と思ってしまう。
ただし、これはライがいなくなると途端に破綻する。模擬戦で二人を組ませてみたら言い争っているうちに各個撃破されてしまった。
相手がそのライと、この三人に唯一付いて行けるネージュだったということもあるが、二人には揃って正座二時間の罰を与えたのは記憶に新しい。
(不思議な奴だよ、ほんと…)
しみじみと、扇はそう思う。ライが来て、カレンは見違えるほどに明るくなった。感情むき出しでルーミリアと言い争う姿に、かつての死にたがっていた感じは微塵もない。
そういえば、カレンには友達と言えるほどの存在もいなかった。恋敵(本人は否定するが)とはいえ、本音で語れる相手ができたのも明るくなった一因であろう。
さらにそのルーミリアは、扇グループのメンバーたちが足元にも及ばない逸材だった。
作戦立案や指揮能力では唯一ライに並ぶ能力を示し、経験がなかったナイトメア操縦もライの操縦技術を真似ることで猛烈な勢いで伸びてきた。
新入りにいいところを見せようとした玉城が騎乗三日目に行った最初の模擬戦で逆にやられ、先輩の面目丸つぶれであったという。
今では、カレンですらうかうかできない。カレンにとって最大のアイデンティティーであった「戦場で彼の隣に立つ」ことすら脅かす存在になるとは、誰も予想していなかった。
「ライの役に立ちたい」
彼女の行動理念は、すべてこの一言に要約される。信じられないことであるが、本当に彼女はそれだけのために自分を磨き、それだけのために戦っている。
仮にライがブリタニア側に付いたら、彼女はためらうことなく付いて行くだろう。
逆によくわからないのがネージュで、誰も彼女の真意をうかがい知ることはできないでいた。そもそも、いつアジトに来ていつ帰ったのかすら、誰も把握していないのだ。
一度、南がライにしつこく連絡先や住んでいる場所を聞いたらしいが、ライですら何も知らないらしい。ちなみにその後、当然ではあるが南には『ロリコン』の称号が謹呈された。
ただ、いて欲しいときには必ずいて、ハッとさせられるような意見を口にする。ナイトメアはライやカレンに次ぐ実力者だし、外見と内面のアンバランスさがさらに謎を深めている。
そのネージュが珍しく志願したのが参入希望者の面接で、ここでも扇は驚かせられた。彼女が反対した人間を調べてみると、必ずどこかでブリタニアとのつながりが浮かび上がってきたのだ。
どうやっているのか知らないが、彼女が送り込まれてきたスパイを見抜く方法を持っているというのは間違いない。
とはいえ、扇にとってルーミリアとネージュの二人は嬉しい誤算というものである。
今やエースはライ、カレン、ルーミリア、ネージュのカルテットになり、戦力は一気に増した。カレン一人がエースとして頑張っていたことを考えれば、信じられないほど恵まれている。
それに次ぐのも小笠原だけであったのが、最近古参メンバーの真田が上がってきた。彼もライの戦闘データを参考にしているらしい。ライの操縦は理論的なので、手本にはもってこいなのだ。
なお、個人的にも女性陣の発言力がさらに増した中で、彼の発奮は非常にありがたい。
そしてライが皇家の血を引くと分かって以後、キョウトとのつながりは非常に太くなった。物資は潤沢に送られてくるし、資金面の不安も解消された。
人員の方は『サムライの血』『ヤマト同盟』といった組織が潰されたことで溢れた人を吸収した上、最近の評判を聞いた近隣の組織からは統合を申し込まれたのである。
戦闘員だけに限っても二百人以上。情報提供などの協力者に至っては、もはや末端まで把握できるものではなくなった。それも、野放図に拡大したのではなく絞りに絞って選んだ結果である。
唯一、野放図に拡大したのが、ナイトメアフレームだ。
ライに言わせると、サイタマ戦は「意地を見せただけで勝利とは程遠い」らしい。事実、ブリタニア側では奇襲を防げなかった純血派の一党がツルガシマ基地の駐屯に左遷されたぐらいで、何も変わってない。
「コーネリアと戦う以上、ナイトメア部隊の拡張は急務です」
珍しく、ライは焦ったようにそう進言してきた。ゼロが先に暗躍していたとはいえ、同じ日本人を見殺しにまでして狙った奇襲を外した以上、次は正攻法でぶつかるしかない。
なお、見殺しにしたことを扇は責めるつもりなどない。あの状況でシンジュク同様に住民を救出しようなどとすれば、包囲網の中に通され正面から親衛隊と向かい合うことになっていただろう。
そう説明されれば、その結果が全滅というくらい、扇でもわかる。
(考えてみれば、作戦どころか何もかも、俺はライに頼りっぱなしだよな…)
情けない話ではあるが、それも当然という気がする。自分がライに勝てる要素など、何一つとして思い浮かばない。
「よう扇!何考え込んでんだ?」
「ん?…ああ。…いや。玉城、お前が飲み代を経費で落とそうと考えているのをどうするかをだな…」
メンバーが増えたのはいい。だが玉城のように歓迎会と称してむやみに飲み会を開き、しかもその代金を経費として請求してくるのにはほとほと困っていた。
「…い、いや、先輩として後輩を飲みにつれて行くぐらいは当然のことだろ?メンバーの親睦を深めるという意味でも、これはれっきとした業務で…」
経費にならないと、玉城は非常に困るのである。つい見得で奢ってしまったので、落ちないと具のないお茶漬けだけの食生活になるかもしれないのだ。
「………今回だけだぞ。それに、全部は出さないからな」
甘いと思われるだろうが、扇に古参メンバーを見捨てることはできなかった。
(飲み会か…)
はしゃぐ玉城を見て、こんなところにもあの少年の影響は出ているのだと扇は思う。これまでは、悲壮さを忘れるためにアルコールを必要とした。飲んでも湿っぽい話になるだけで、和気藹々と騒ぐことなどなかった。
「やはり、俺には荷が重すぎた」
リーダーとして、親友はすごかった。その後を継いだ自分は組織を維持することすらできていたか怪しい。そう思ってつい呟いた独り言であったが、いきなり隣から声がしたので扇は非常に驚いた。
「そうだねー。あんたはリーダーと言うより、№2だからね」
「お、小笠原!?いつからそこに…」
心中を見透かされた発言に、扇はつい半歩後ずさる。しかし言われた内容はその通りだと本人すら思っていることなので、腹も立たない。
「……前、お前は言ったよな。俺以上に有能な後任を見つけてからじゃないと納得しないって。ライなら文句ないだろ?」
「決めたのか?」
玉城の声には、若干の批難が混じっていた。いくら有能とはいえ、ついこの前現れた少年にリーダーの座を譲るというのは、簡単に頷けるものではない。
むしろ扇に発奮してもらいライの奴を使い切ってやるつもりで…、と言いたいところだったが、当のリーダーが燃え尽きたような感じであっては、それは言えなかった。
「俺にはもう、ここまで大きくなった組織を支える自信はない。俺も肩の荷を降ろしたいんだ」
「そっか。……そうだよな。俺たちは好き勝手言ってりゃよかったけど、お前は違ったもんな」
「……ごめん。あんたにとって、リーダーの座が重荷であることはわかってた。でも、ナオトがいなくなった後、扇以外に務まる人間もいなかった。だから、あんたに責任を押し付けていた」
扇がいなかったらこの組織は霧散していた。そう言われ、扇はこれまでの苦労が報われたように思えた。
(俺の役割は、繋ぎでよかったんだ)
親友だった男の願いは、実は日本解放ではなかった。口には出さなかったが、あいつは妹のために戦っていたと扇は思っている。
その願いは、あの少年が立派に継いでくれるだろう。
「ふふっ、お義兄様らしいですわ」
翌日、キョウト本部を訪れた扇は昨日の顛末を神楽耶に話したのである。結果、大笑いされた。
リーダーの座を譲ろうとした扇は、頑強な反対に会ったのである。…譲られる人の。考えられる限りの説得を行ってみたが、効果はなかった。
「何故だかわかりませんが、この戦いには関わるべきだったと思ってますよ。巻き込まれたという感じはあるにしても、それはたまたまみんなと一緒になるきっかけだったというだけで…」
強引に巻き込んだから嫌なのかと思ったが、それも違うようだ。どうやら彼の中では扇がリーダーで自分は手伝いと決めているらしい。
「それに、僕をリーダーにしただけで勝てると思ってるのなら、大きな間違いです」
これは扇には耳の痛い言葉であった。内心、そう期待していなかったと言い切ることはできない。
「何かいい案はないものでしょうか?」
権力という魔性の魅力を持つものに対し欲を持たないというのは、美点とも欠点ともいえる。今回の場合だと、扇としては少々恨めしい。
(むしろ俺なんて蹴落として…、って勢いでだな…)
そうされても、自分は納得しただろう。あくまで『殺されなければ』という前提付きの話ではあるが。
「……そうさな」
断ったライにも、それについて真面目に相談を持ちかける扇にも、桐原は呆れたことだろう。この老人がキョウトなどという組織を運営しているのは、二人がやり取りしている権力に対する欲望故だからだ。
正確に言えば、神楽耶はともかく他の四家が取り戻したいのは『日本』ではない。『自分たち京都六家が牛耳っていた国』である。それがたまたま『日本』という名称だったというだけだ。
もちろんそんなことを口にするはずもないが、そういう人間からすると権力を必死に譲ろうとする人間とそれを全力で拒否する人間の掛け合いというのは、笑い話でしかなかった。
ただ、キョウトの思惑として、扇の決断は悪いことではない。皇家の血を引く若き勇者、となれば、やはり組織の司令官となってもらわねば困る。扇がリーダーであり続けた場合と、押しが全く違う。
問題は、ライが講和まで視野に入れて戦っているということだ。別に全土からブリタニア軍を駆逐できるなど夢見てるわけではなく、彼がただヒロイズムに毒されただけの人間でないことが問題なのである。
(こやつや片瀬ならやすやすと操れるが、さて…)
かといって、操りやすい駒だけを選んだ結果一寸の地も取り返せなかったとなれば、取らぬ狸の皮算用でしかない。
「こうしてはどうでしょう。皆で、お義兄様に連判状を差し出すのです」
これはまた古めかしい、と扇は思ったが、意外に悪くない案であるかもしれなかった。皆が望んでいるとなれば、説得力はまるで違う。
「では、最初の署名は私が行いましょう」
紙と筆を持ってこさせ、手ずから署名する。さすが皇家というべきか、本格的なことに紙は熊野牛王符を使っていた。今の日本で、こんなものを常備しているのはこの家だけだろう。
「皆、よく考えてくださいまし。お義兄様が、本当にこの国に必要なのかを」
その割に自分は真っ先に署名したではないかと扇が怪訝な顔をすると、「妹が兄を信頼するのは当然ではありませんか」とあっさり返された。
第一に、皇神楽耶。次に、桐原泰三。そして京都六家の当主たちの名前が続く。かつての日本なら、これを見せればどんな政治家だろうと大企業の社長だろうと、たちどころに平伏したことは間違いない。
「これが俺たちの総意だ」
連判状を差し出す。幹部級の人間を一人ずつ呼んで話をした結果、全員分の署名が集まった。それを見たライはふう、と息をついて答えた。
「………わかりました。ここまでされては、断れません」
意外にあっさり承諾してくれたが、それゆえ無理矢理押し付けたような気になり、どうしても謝らずにはいられなくなった。
「……すまない。だが、どうしても日本には君の力が必要なんだ。……その、俺たちが君ならブリタニアにも勝てると思うのは虫のいい話だと思うが」
それでも、そう期待させてしまうのはライに力があるからである。そしてそれは扇にはないものであり、そのため皆はライこそがリーダーにふさわしいと思ったのだ。
「……安請け合いはしません。言えることはただ一つ、全力を尽くすだけです」
そう聞いてほっとした扇は、神楽耶から預かってきたものを差し出した。
「皇家に伝わる護国の剣だと言われた。銘は神話の剣から名を取った、『天叢雲』。君がリーダーとなるのであれば、これは君が持つべき剣だ、とも言っていた」
これで俺の役割は終わりだろう、と扇は思う。
彼が『天叢雲』を受け取った瞬間、扇グループは新たな組織へと生まれ変わった。
今回でようやくタイトルと内容が繋がりました。
また今回のサブタイトルは内容に絡んだネタですが、かなりマニアックなところから取ってます。
ルーミリアの能力は、「一回り小さいライ」と考えてください。チートレベルに優秀です。
ネージュについては…、まだ秘密になります。