「ふは~、とんでもねえ目にあったぜ。扇!お前の確認が足らねえんじゃねえのか!?」
アジトに帰り着くなり、玉城が言う。
「全員無事だったからよかったけどよ、あやうく死ぬところだったんだぞ!」
玉城は「無事」と言ったが、これは「死者が出なかった」という意味だ。無傷というわけではなく、怪我人は何人もいる。
「やめろ、玉城。あんたに扇を責める資格は無い」
さらに言い募ろうとする玉城を、カレンが止めた。
「あん?なんだよ、カレン」
「自分が何をしたかわかってないの?陽動なのに深入りしすぎ。それで撤退できずにみんなに迷惑をかけた」
事実、今度の作戦における負傷は玉城の部隊と、最後にそれを救おうとした際のメンバーに生じている。そう指摘されると玉城の勢いもしぼんだ。
「で、でもな…!俺だって、あんだけ兵士がいるってわかってりゃ自重したぜ。情報を鵜呑みにした扇に責任が無いとは言わせねえ。それに、扇の部隊に被害が少ないのはお前がグラスゴーを動かしたからだろ」
それもまた誰もが認める事実だった。玉城が自重したかはともかくとして、扇の責任については。
「次も同じことになって、誰かが死んだらどうする?今回は運がよかったから誰も死なずに済んだだけで…」
「もういい…、今回は幸いにも誰も失わずに済んだが、俺の責任を問うのは当然だろう。だから…」
「『リーダーを辞める』なんて言わないでよね」
いきなり割り込んできた声に全員がそちらを振り向く。
「小笠原!大丈夫なのね!?」
「うん、井上。丈夫なだけが取り得だからね、あたしは」
長身の女性だった。その背は並みの成人男性より高いが、元女子バスケ日本代表、という肩書きを聞けば、誰もが納得する。
そして今回の作戦で小笠原は玉城隊に編入され、銃創二個所を負っている。幸いなことに後遺症が残る傷ではなかったが、当然しばらくの間は安静にしてなくてはならない。
「重傷者として言わせてもらうわ。ここでリーダーを辞めるって言うのはただの責任放棄。少なくともあんた以上に有能な後任を見つけてからでなくちゃ、あたしは認めないわよ」
「………わかった。俺は今回のことを反省し、慎重な行動を心がける。玉城、お前もだ。カレンについては緊急事態につき不問。これでどうだ?」
「…ああ。俺も今回はしくじった。だからもう言わねえし、みんな、すまなかった」
扇と玉城が反省の言葉を述べたことで、場がほっとした空気に包まれる。
「それにしても、あのサザーランドは誰が乗ってたの?てっきりカレンだと思ってたんだけど」
カレンの命の恩人である謎のサザーランドだが、実は玉城たちの恩人でもあった。玉城の部隊に向かった三機のサザーランドも撃破していたのだ。
深入りした玉城たちであったが、それで敵が混乱したので重囲から抜け出せた。カレンが向かった際に敵にサザーランドがいなかったのも、そういう理由による。
あのサザーランドとそのパイロットについては、カレンを救った以後は一切わからない。誰もが逃げるだけで必死だったのだ。仕方が無い。
「どう思う、カレン…、って、あれ?」
井上が周囲を見回すが、赤毛の少女の姿はいつの間にか消えていた。
カレンはグラスゴーが積み込まれたトレーラーに来ていた。床に座り、空き箱にもたれかかる。
「馬鹿だよね、私って」
空色の瞳から、涙があふれていた。
今回の作戦では小笠原を始め、真田、門倉、山崎、吉田など多くの負傷者を出したが、誰ひとり欠けていない。それが嬉しかったのだ。
「まったく、嬉しいならみんなの前で大泣きすればいいのよ。変に強がりなんだから」
自嘲する。それができないから、玉城に悟りきったような冷静な意見を述べたのだ。
「泣きながら、『みんな生きて戻れたんだから、それでいい』って言えばよかった。そうすれば、ハーフだなんて関係なくみんな認めてくれるのにね」
涙をぬぐい、目の前のグラスゴーを見る。そうすると、彼女の脳裏にはどうしてもあのサザーランドが浮かんでくる。
「……あのサザーランド、結局何もわからなかったな」
兄なら、このグラスゴーを見てわからないはずがない。元々彼の機体なのだから。そして妹の声に何も反応しないはずはない。
「お兄ちゃんなら、帰ってきてよ…。ずっと守るって、『小菊』をもらった時約束したじゃない…」
短刀を取り出す。『小菊』というのはこの短刀の銘のことだ。
実はこの『小菊』は七年前、日本とブリタニアの戦争が始まる直前に偶然会った人からもらったものだった。亡くなった妹の守り刀だと言っていた。
『売ろうが捨てようがかまわない。……私には、もう持つ資格などないのだから』
そう言ってカレンに渡したのだ。その刀をカレンは兄に渡した。『守り刀』と言われて、なら兄が持っていれば兄を守り、そして兄が自分を守ってくれると単純に思ったからだった。
その行動に相手は驚いたようだったが、別に怒ったわけでもなく、兄に一言だけ言った。
『信頼されているのだな。妹を大切にしてやれ』
顔も声もなんとなくしか覚えていない。だが言葉だけははっきり思い出せる。忘れようにも忘れられない、悲しみと、寂しさと、諦めと、少しの羨望の入り混じった言葉だったから。
その後、戦争が起こり苦しい生活を強いられたが、兄はこの短刀だけは何としても売らなかった。
肌身離さず持つほど大事にしていたが、何か予兆を感じていたのか『小菊』をカレンに預けたその日、兄は帰らぬ人となった。
「……もう嫌なのよ、大切な人を失うなんて」
カレンは再び瞳ににじんだ涙をぬぐい、トレーラーを去った。
カレンがメンバーの元に戻ると、やはり話はあのサザーランドのことになっていた。彼らの推論で一番説得力があったのはこの意見だ。
「誰か俺たちと同じレジスタンスの一員で、あの施設に潜入していた奴がいた」
だがナイトメアの操縦技術が異常なまでに高い、というのが謎だった。だから説得力はあるが納得できるかと言われると微妙なところになる。
「単機で五機撃破してるものな…。そんなことができる人間なんて、この国でも数えるほどしかいないぜ」
そして、そんな人間なら責任ある立場についているのが普通だ。危険の多い潜入に使うのはリスクが大きすぎる。
「カレンの危機に現れた騎士様だったりして」
井上と小笠原の意見だ。からかわれたカレンは真っ赤になって否定した。
翌日、グループ内で小さな事件が起きた。団員の私服がなくなっていたのだ。
誰もがあわてたがそれ以外に盗品は無く、どこか別のところにしまって忘れてしまったのだろうということで片付けられた。
―トウキョウ租界エリア11政庁。
「あの施設が襲われただと!?」
カレンたちの襲撃は、意外なところに大きな衝撃を与えた。この声の主は、神聖ブリタニア帝国第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニア。このエリア11の総督である。
「それで、損害はどうなのだ、バトレー!?『CODE-R』は?『CODE-G』は?」
主君であるクロヴィスの言葉にバトレーも顔面蒼白で答える。さらに剃り上げた禿頭が冷や汗で濡れ、それはまるで水揚げされたばかりの軟体生物のようだった。
「はっ…。『CODE-R』は研究者を多く失いましたが、肝心の検体は残っており、続行は可能です。『CODE-G』は…」
「どうなのだ!?はっきり言え!」
「はい、『CODE-G』は壊滅状態です」
バトレーの報告を聞いたクロヴィスの顔は白を通り越して逆に赤黒くなった。報告内容は、惨々たるものだった。
まず、最適合検体が混乱の中逃亡。それによって研究員の多くが死亡し、ナイトメアを強奪。
それを止めるために残る二体の検体をナイトメアに乗せたのだが、混乱の中で先にテロリストのナイトメアと戦うことになった。
そして、次善の方は戦死し、最後の一体は撃破された恐怖のせいか精神異常を起こしている。
壊滅状態という言葉通り、これ以上の研究は無理だろう。だがクロヴィスにとってはそれ以上に重大な問題があった。
「あ…、あの『王』が逃げ出したのか……?」
再びクロヴィスの顔が白くなる。
「どこまで行っていた?私への忠誠心は…」
「まだ、でございます」
「なぜそれを最初に教え込まなかった!!!」
クロヴィスの罵声にバトレーは平伏するが、すぐさま自己弁護を開始する。
「…ですが、最初にそれを教え込みますと、思考がいびつになる恐れがあると申し上げておりまして、それでは殿下のご要望に合わぬ結果になりかねないと…」
これは『CODE-G』研究の際にクロヴィスも了承していたことで、バトレーを責めるのは筋違いと言うものだ。それを思い出したクロヴィスが言葉に詰まり落ち着いたところで、バトレーが問いかける。
「…殿下、『CODE-R』のほうはいかがいたしましょうか?再びあのような騒ぎが起きることを考えますと、移転するのがよい、と愚考いたしますが…」
「う、うむ、そうだな。……移転しよう。それに、『王』は何としても確保するのだ。手配を頼むぞ、バトレー」
はっ、とバトレーが再び平伏し、目の前から禿頭が消える。だがクロヴィスは彼が去ってもその禿頭があった場所を見ていた。
「あの、『王』が…。はは……、ははははは……」
うつろな表情でつぶやく。誰かがこの場にいたら、気が狂ったのではないかと思っただろう。
彼は怯えていたのだ。敵となれば手の付けようがない獅子を、野に放ってしまったことに。
「またあの研究所を襲うって!?」
あの襲撃から4日。扇が次の作戦をメンバーに伝えたとき、メンバーからは怒りと不信がない交ぜになった視線を送られた。
「いや、そうじゃない。俺たちの襲撃を受けて、移転を決めたという情報が入った。だから、移送途中で奪い取る」
またしても情報はキョウト経由だが、さすがに扇も今回は慎重に、別ルートでも確認を取った。
それによると、気づかれないよう極秘に行うため警備は薄く、あの研究所にサザーランドが新しく配備されたこともない。
「チャンスといえばチャンスだけど…」
「で、結局何の研究所だったんだ?その情報は入ってないのか?」
前回の襲撃では『極秘兵器』という情報しか入ってなかった。施設を襲うならともかく、移送中に奪うとなれば目標がわからなくては話にならない。
「ああ、どうやら『毒ガス』らしい」
ざわ、とメンバーに動揺が走った。このゲットー中に毒ガスをばら撒くことだって、ブリタニアという国はやりかねない。
「ここでやらなきゃいずれやられる、そして動けるのは俺たちだけ、か。嫌な話だな」
「……他の連中は何をしてるんだ。俺たち弱小レジスタンスより、解放戦線あたりが動くべきだろ」
「南、杉山。片瀬のジイさんに期待したって無駄だよ。クロヴィスとどんぐりの背比べでやってこれただけなんだから」
小笠原に辛辣な意見を述べられた片瀬という人物は旧日本軍少将で、日本最大の抵抗勢力『日本解放戦線』の総司令官である。
が、彼の実績は芳しくない。消極的で状況に受身すぎるというのがもっぱらの評判だ。平時や、戦時でも大国の指揮官なら「堅実で着実な軍の運用をする」と評価されたかもしれないが、レジスタンス組織にはまったく不向きな人材だ。
一方のクロヴィスも彼の天分は芸術面にあるらしく、陰ではブリタニア人にまで「一流の絵描き、三流の総督」と揶揄されている。
「なら、やっぱここは俺たちがやるしかねえだろ」
玉城の威勢のいい言葉に団員たちがうなづく。
「ああ。それで今回の作戦なんだが…」
扇が作戦を説明していく。カレンはその説明を聞きながら、心の中で祈っていた。また、誰も死なないように、と。
決行はこれより1週間後―。