コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 19 生徒会

「………」

「………」

生徒会室では、二人の女子が難しい顔をして向かい合っていた。別に仕事で何かあったというわけではない。目の前に置かれているものが問題なのだ。

「あの子の作るお菓子はおいしいんだけど…、さすがにこれは…」

「そう、ですよね…。ただでさえ、最近食べ過ぎなのに…」

ミレイとシャーリーである。山盛りになっているものに、手を伸ばそうかどうしようか悩みに悩んでいた。

「「ベルリーナーはやめて~~~~!!!!!」」

部屋中に、女子二人の悲痛な声が響き渡った。

 

ベルリーナー・プファンクーヘン。ドイツのパン菓子で、ジャム入りの揚げパンのことである。表面には粉砂糖をまぶしてあり、非常に甘い。当然のことながら、体重を気にする女性には天敵の一つだ。

「……中のジャムまで手作りらしいです、これ」

「それ以上言わないで!ここまで耐えた努力が水の泡になるから」

しかもそのジャムは数種類ある。いろいろな味を楽しんでもらおうと小さいものを数多く作ったらしいのだが、その気遣いも恨めしい。一つ食べたら他の味が気になって、歯止めが利かなくなりそうだからだ。

「もう、ミレイちゃん…。お菓子くらい、好きに食べようよ」

二人にかまわずニーナが一つを取り上げる。人が食べる姿を見ながら我慢するのは、非常につらい。

 

「こんにちはー、って、どうしました?」

「あれ、スザク君?今日は仕事じゃなかったの?」

あの猫騒動の後、スザクはルルーシュの推薦で生徒会に所属することになった。ただし軍の仕事があるので姿を見せることすらできない日も多く、今日も朝から軍の仕事で欠席していた。

だが、思ったより早く終わったので顔を見せに来たらしい。そうすると、誰もが歓迎してくれる。ろくに生徒会の仕事をしていないスザクにとっては少し心苦しく、とても嬉しかった。

仕事帰りで腹が減っていたのか、座るなりひょいっとベルリーナーを摘み取る。実は特派で上司から差し入れを食べて行けと言われる前に逃げてきたのだ。

「……酷いんだよ。この前は、おにぎりにジャムが入ってたし…」

真面目に今後も特派でやっていけるか心配するスザクに、他は苦笑いするしかない。

 

「それでもスザク君、明るくなったよね」

「え?……そ、そう…、かな?」

であるなら、環境のせいだとスザクは思う。確かに、前の名誉ブリタニア人部隊にいた頃と比較すれば、特派やこの生徒会ははるかに居心地がいい。

特派は主任のロイドを筆頭に研究熱心な変人たちの集まりで、彼らにしてみれば興味があるのはスザクの身体能力でしかない。名誉ブリタニア人であることなど、二の次三の次なのだ。

例外的にスザクの内面まで心配してくれるのが副主任のセシル・クルーミー中尉で、まるで姉のように接してくれる。………ただ、差し入れをしてくれるのもこの人で、それだけは勘弁してもらいたいのだが。

そしてこの学園の生徒会は、ある意味その特派より変人揃いと言っていい。ほかの生徒たちとも、ルルーシュを助けて以来、だんだん打ち解けてきた。

 

ブリタニア人と言えば傲慢でナンバーズを見下すような人間ばかりと思ってきたスザクにとって、この日常は衝撃だった。

(殻を作っていたのは、僕の方か…)

ブリタニアにもいろいろな人がいるし、決して分かり合えないことはない。そんな単純なことに気付いただけだが、明るくなったというのならそれが原因だろう。

「明るくなったというより地が出てきた、というところね。ニーナだって、おびえなくなったし…」

「もう、ミレイちゃん」

初めて生徒会であいさつした時は、あからさまに引かれたのだ。今でも多少ぎこちなくはあるが、会話が成立するので格段の進歩と言える。

 

「ところで…、他の人は?」

「あー、ルルーシュならナナリーのところ。これを山盛りにして持って行ったわ」

リヴァルはバイト、ライはベルリーナーを置いた後カレンとルーミリアを連れて行ってしまった。ルーミリアがするっと腕を取り、それを見たカレンが張り合うように腕を取る、両手に花状態であったという。

「いい傾向だわー。カレンも初心なのはいいんだけど、あれでは全然進展しそうになかったものね」

この生徒会長、完全に楽しんでいるとしか思えない。しかし積極果敢なルーミリアの登場により、カレンもうかうかしてられなくなったのは事実である。

その証拠に、ルーミリアがクラブハウスに住むようになった途端、カレンも「いろいろ必要になるものを置いておきたいので部屋を借りたい」と頼んできた。今では、半分はここで暮らしている。

 

「でも、本当にルーミリアとくっ付いてしまったらどうするんですか?」

「その時はその時よ。あの子がそう決めたなら、私がどうこう言うべきじゃないし。私は二人ともに公平にしてるつもりよ」

それを世間では、『煽る』と言う。そう思ったシャーリーだったが、自分に飛び火してきたのでそれどころではなくなった。

「あなたも気をつけなさいよ~。ぐずぐずしていたら、ぱっと出てきた女の子にルルーシュ取られちゃった、なんてことにならないようにね」

冗談で言ったことであるが、本当にそうなったら目も当てられない。しかし、その『ぱっと出てきた女の子』に当たる存在がすでにいる、ということまでは、ミレイも想像していなかった。

「それなら僕がさりげなく聞き出してみようか?ルルーシュに、シャーリーのことをどう思ってるかって…」

「いいよいいよ!そんなことしてくれなくて、一向にかまわないから!!!」

立ち上がろうとするスザクをシャーリーは全力で止める。恥ずかしいのと、スザクが聞くと「さりげなく」と言ったくせにストレートに聞きそうな予感がしたからだ。

 

「そ、それより、スザク君は好きな人とかいないの!?」

何とかスザクを止めようとしたシャーリーは、適当に思いついたことを言う。苦し紛れの反撃だったが、これが意外に効いた。

「あー、それは興味あるなー。いい相手がいないなら、誰か紹介しよっか?軍務軍務で青春をすり減らすのもよくないし、軍じゃ出会いもなさそうだし…」

次の獲物を見つけたミレイが、話に乗る。こうなった彼女は止めようがない。と同時に、それまでの獲物は解放されたのでほっとした。

「…え?…僕?僕は好きな人なんて―」

いない、と言い切ろうとして、頭をよぎった姿がある。包み込むような優しさと凛とした気高さが同居した、理想を追い求めて現実に苦しみ、もがいていた彼女―。

「………い、いません、よ?」

「いる、ってことね」

言葉に詰まったスザクの内心など、ミレイにはガラス越しに物を見る以上にはっきり見える。その眼はもはや完全に獲物をターゲットした肉食獣のものと化していた。

「あ!ナナリーのところにも顔を見せに行かなきゃ!!!」

軍で鍛えた身体能力に、今ほど感謝したことはない。捕まえようとするミレイの手をすり抜け、何とか生徒会室からの脱出を果たしたスザクであった。

 

「あれ?ナナリー?」

生徒会長の魔手から逃れたスザクは庭まで一気に駆け抜け、そこにいるはずのない人物を見かけた。

「あら?スザクさんですか?」

ルルーシュがナナリーのところにベルリーナーを持って行ったというので、てっきりルルーシュと二人でお茶を楽しんでいると思っていたのだ。

しかしここにいるナナリーは散策中という感じで、隣にルルーシュもいなければ手元にベルリーナーもない。

(いなかったのならルルーシュが探さないはず、ないんだけど…)

ナナリーのためとあれば地の果てまでも探しに行く。それがルルーシュだとスザクは思っている。探している最中なのかな、と思い、とりあえずベルリーナーのことを伝える。

「あ、またお菓子を作ったんですね、ライさん」

どうやら、ナナリーは何も知らなかったらしい。

 

「え?あれ、ライが作ったものだったの?」

スザクがライの菓子を食べるのは、これが初めてだった。軍務なり何なりで、忙しかったのだ。特に軍務については、ランスロットの操縦技術を磨くことに集中していた。

シンジュク事変にて初めての騎乗にもかかわらず通常稼働率94%という驚異的な数字を叩き出したものの、その応用である『戦闘の稼働』は、とても褒められたものではない。

機体性能に任せた単調な攻撃ばかりになってしまい、『蒼』にはことごとく先を読まれた。合格点をつけてもいいのは、『三段突き』くらいものであろう。

(仮に、彼がランスロット級の機体に乗っていたら―)

そう考えると、今でも鳥肌が立つ。シンジュクでなら確実に負けていた。だから軍務に打ち込んできたのだが、そのためあの菓子を食べそこなってきたと考えると、後悔していないとは言い切れない。

 

「……お仕事、そんなに忙しいんですか?それに、やはり軍というのは危険なのでは…」

「大丈夫、技術部だから。前線に出ることもまずないだろうし、それ以上にコーネリア総督が許可しないだろうし…」

言ったことの七割は本当で、三割は嘘だった。純粋に言ったことを信じてくれるナナリーを見ていると少し心が痛むが、その思いは胸の奥に押し込んだ。

「そうですね。コーネリア総督なら、信頼する部下たちを差し置いて、というのは考えにくいですから」

コーネリアは部下に対してこの上なく厳しいが、同時に誰よりも優しい。彼女が特派のようなイレギュラーな存在を使いたがらないのは、使えば部下の能力に不満があると言ってるようなものだから、という理由もある。

それがわかっているからギルフォードやダールトン以下の腹心たちは、彼女に決死の忠誠を尽くすのだ。

 

「……でも、コーネリア総督でもなかなか難しい状況になっている」

『ゼロ』に続き、『蒼』。『奇跡の藤堂』も含めれば、常に三方を睨んでなくてはならない。これは軍事機密に属することなので言うことはできないが、急遽エリア18に残してきた親衛隊も呼び寄せることにしたらしい。

つまり、今の日本はコーネリアが当初考えていたより、はるかに厳しい状勢になっているということだ。

「そうですか…。クロヴィスお兄様に続き、コウ姉様やユフィ姉様まで非命に倒れるなんて、そんなことありませんよね…」

七年前の戦争の直前、日本に人質として送られてきたブリタニアの皇子と皇女―。それがルルーシュとナナリーの正体である。預け先はスザクの実家で、だからスザクは二人の血筋を知っていた。

 

専制国家の皇室といえば帝位を巡って権謀術数の限りが尽くされるのが常であるが、現皇帝シャルルの子たちは意外に仲がいい。

今のところ、少なくとも表面上は競争相手として激しくしのぎを削るだけの関係である。陰謀と言えるものは一件、ルルーシュたちの母であるマリアンヌ皇妃が殺害された件だけだ。

そして、コーネリアがそのマリアンヌ皇妃を敬慕していたので、ナナリーはコーネリアとその同母妹であるユーフェミアの姉妹とは、特別に仲が良かった。

 

「心配かい、ナナリー?」

「はい。…ですが、私には何もできません。戦う力もなければ、そう思っていると伝えることすらできないんですから…」

身分を告げてブリタニア皇室に戻ることは、ルルーシュが頑強に反対していた。

マリアンヌ皇妃の殺害は賊の仕業であるとされたが、どうやったら賊が後宮の奥深くまで潜り込めるのか。皇族なり大貴族の関与があり、表沙汰にできないので『賊』と発表したと考えるのが妥当だろう。

であれば、死んだとして皇族であることなど捨ててしまった方が安全だ。そう言うルルーシュの主張は確かに一理あり、ナナリーも従ってきた。

 

しかし、この状況であればやりきれない思いをするのも当然だろう。そう思ったスザクは、つい言ってしまった。

「大丈夫。コーネリア総督もユフィも、絶対にそうならない。僕だって、できる限りのことをするから」

ナナリーの表情がぱっと明るくなり、ありがとうとお礼を言われ、スザクは何となくこそばゆい。考えてみればスザクは技術部所属の、一介の准尉に過ぎない。『できる限り』と言っても、果たして何ができるやら。

それでもナナリーの不安を和らげることはできただろうと思ったのだが、自分が失言したことには気づいてなかった。

「…ふふふっ。それにしてもスザクさん、『ユフィ』って…。愛称で呼ぶなんて、お姉様とどういう関係なんですか?」

「え?ちょ…、ナナリー?」

普段なら天使のようなナナリーの笑顔が、この時ばかりは悪魔に見えたという。

 

 

「……で、どうしてベルリーナーなんだ?」

「お前にだって思い入れのある菓子の一つくらいあるだろう。…それだけのことだ」

確かに、それは誰だってあるだろう。ライがベルリーナーを作ったのはルルーシュに頼まれたからであり、そのルルーシュはC.C.に頼まれたのだ。

しかし、この女にピザを捨ててまで食べたいものがあるというのは、ルルーシュにとって意外だった。山盛りのベルリーナーを平らげた後に、さすがにピザは…。

「お前は何を考えている。あの至高の品を、私が食べ逃すとでも思ったか?」

C.C.が指差したのはごみ箱で、真新しい宅配ピザの容器が捨てられていた。つまり、ベルリーナーはデザートとして食べていたのだ。もはや呆れるしかない。

「……太らないのか?」

「安心しろ。この数百年、体型に一切変化はない」

言い切るC.C.に、やはりこの女は魔女だという思いを新たにしたルルーシュであった。

 




スザクの近況報告回。そしてナナリーがちょい役でないのは今回が初めてか?

シンジュクでは一般兵レベルではわからなかったことがライ相手だとぼろぼろ出てきたという感じです。だからグロースターでも何とか対抗できた、と。

ベルリーナーは、別に何でもよかったのでネタに走りました。

ちなみにカップリングはライカレ、スザユフィの二組は確定です。ルーミリアは少々不憫ですが、「愛人でいい」という人なので…。
問題がルルーシュで、『ゼロ』ならC.C.、『ルルーシュ・ランペルージ』ならシャーリーかなと思っています。このままだとなし崩しでC.C.になりそうですが、シャーリー巻き返せるかな…。

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