(釈然としないなあ…)
早朝、まだ部活の朝練がある生徒ですらほとんどいない通学路を、カレンは歩いていた。
サイタマゲットーでの戦いから、一夜明けた。常勝不敗のコーネリアがあと一歩のところまでテロリストに迫られたというので、今朝の新聞は大きな騒ぎになっている。
どうやら、コーネリアは情報を隠蔽しなかったらしい。そういう点は軍人らしい潔さと言えた。
それはいいのだが、問題は突如現れた『蒼』と、それと並び立つ『紅』に対する考察である。
「戦友の『男』って何よ…」
誰も、あの赤いグロースターを乗り回しているのが『女』だということまで想像できなかったらしい。全ての媒体で男として扱われているのである。
「『紅』の隣にいる『蒼』でいい」
その言葉から、ライの通称が決まった。
しかしこの言葉、深読みすると告白に近いのではないかと思えてくる。それで、戦闘後に酔っぱらった井上からさんざんからかわれたのだが、言った本人の返事はこうだった。
「そんなに変な言葉だったかな…」
どうにも、彼はそういう方面にはとことんまで疎いらしい。小笠原曰く「そういう男ほど惚れた相手には一途だよ」らしいのだが、だからと言ってけしかけるのはやめてもらいたい。
いっそのこと記憶探し中にホテルに連れ込めとか、毎朝通ってるのだから寝坊したところを襲えとか、ろくでもない意見ばかり出してくる。
(私が毎朝ごはんを作りに行ってるのも、全部『お世話係』という立場のためなんだから…)
彼女に言わせるとそうなるのだが、それを言葉通りに受け止める人は誰もいなかった。もはや完全に日課となっており、百人中百人が義務の範疇を超えている、と思っていたのである。
コンコン、とライの部屋のドアをノックする。普通なら、すぐ彼が迎えに出てくれるのだが…。
「あれ?ライー?」
珍しく、反応がない。まあ寝坊する日もあるかと思い、合鍵を探そうと鞄をまさぐる。そのうちに中でごそごそ動く音がして、無理矢理起こしてしまったかと少し悪い気がした。
「…ああ、カレン。もう朝か…」
これも珍しい。明らかに「今起きました」という感じで、いつもの凛々しさなど微塵もない。
「もう、しっかりしてよ。ほら、顔洗って…」
やはり、この人はどこか抜けている。そう思ったカレンであったが、逆にそうであるからこそ自分がいないと駄目なのだと思わせる。
これがただの完璧超人なら、敬意は持ってもそれ以外の感情は持ち得なかったであろう。
しかしそんなカレンの思いも、ベッドの上で人が動く気配で吹き飛んだ。
「……あら、カレンさん。おはようございます」
「ななななな…。何してるのよ、ルーミリア!!!」
取り澄ました顔で何事もなかったように挨拶をするルーミリアに対し、カレンの思考はショートする一歩手間であった。
「何って…。見てわかりませんか?泊めていただいただけですけど…」
確かに彼女はライのベッドで寝ていた。しかしその格好は下着に男物のワイシャツ一枚という大胆なもので、胸元などはあからさまにはだけさせている。
「ちょっとライ!ま、まさか…」
この状況から導き出される答えとして、カレンの想像は決して的外れなものではない。いくら朴念仁でもこれで事に及ばない筈が…。
「…?ああ、昨日の結果から今後の予測を二人で考えていてさ…。夜の二時過ぎまで」
あったのだ。泊めたのも「帰るのも面倒」、格好も「寝るためにいろいろ物色してみた結果」というルーミリアの言葉を、ただ額面通り受け取っているとしか思えなかった。
(誘われてるって考えないのかしら…)
表裏なく言った彼にほっとすると同時に非常に不安になる。この状況でそう思わない鈍さは、もはやどうしようもない。
「……はぁ。やはり裸で仕掛けるべきでしたか」
ルーミリアがつぶやく。あんたはもう少し自重しろ、と叫んだカレンであった。
「まったく、何考えてるのよ、あなたは!本当に襲われたらどうする気だったの!?」
どういう頭の構造をしているのかと思うが、内心そういうことを平然と行う相手に対して、少しばかりうらやましいと思うこともある。ちなみにカレンは、まだこの部屋に泊まったことはなかった。
「決まってるじゃないですか。本望です」
言い切るルーミリアに、カレンはそれ以上追及する言葉を失う。ただ、彼女に対しては一つ聞いてみたいことがあった。
「……あなた、どうしてそこまで熱心なの?いくらなんでも…」
ルーミリアの執着は、異常と言っていい。空港で迎えに来たライに一目惚れした、というのはまあいいにしても、学校という枠を越えてレジスタンスに参加までしているのだ。
「おかしいですか…。……確かに傍から見れば、狂ってるとしか思えないでしょうね。私だってそう思いますから」
好きな人のためとあれば、人も殺す。そんな女が正常であるはずがない。だがそこまで狂った理由は、本人にもわからないらしい。
「何故だかわかりませんけど、一目見たとき思ったんですよ。『あ、この人だ』って」
自分の人生を全て賭けてもいい。いや、地獄の果ての先まで付いて行く。そう思わせる何かが、ライにはあったのだという。
「……たとえ一番になれなくてもいい。でも、あの人にとって『どうでもいい』存在であるのは耐えられない。私はもう、その道だけを突き進むと決めたんです」
なんとなく、カレンにも理解できた。そこまで吹っ飛んだ考えはできないにしても、彼女にも共通するところはある。
しかし、次の言葉は吹っ飛びすぎだろう、と心底思う。
「ですから、カレンさんが正妻じゃなければ嫌というのなら、愛人でも我慢しますから」
「ぶっ!!!」
慌てふためくカレンを見てくすくす笑う。冗談なのか本気なのか、いまひとつわからない。
ただ、カレンとしては肯定も否定もできない言葉だった。肯定すれば自分が正妻だと思ってると認めることになり、否定すれば「なら私が正妻でもかまいませんね」と言ってくるのは目に見えている。
とりあえず、魚が焼けたので朝食にしようと逃げることにした。
「……あなた、本当は日本人じゃないの?」
ついそう疑念を口にしてしまうほど、ルーミリアは見事な箸使いで味噌汁をすすっていた。しかも彼女が作るというので任せただし巻き玉子は、どこの料亭が作ったものかと言いたくなるような上品な味付けだ。
「…まあ、エリス様の影響で」
『エリス』という名前に、カレンは覚えがあった。ネージュが口にした名前で、末裔という単語からするとルーミリアの先祖らしいということは想像がつく。
「…エリス・フェン・シェルト伯爵令嬢。『王』の参謀であり、秘書役だった人です」
俗説では、『王』の愛人だったとか内縁の妻だったとまで言われる。それほど近くにいた存在ではあったが、子孫に言わせると「ただの俗説で証拠は何もなく、また本人は否定していた」らしい。
「ですが、『王』のことを好きだったのは事実でしょうが…」
『王』の死後、彼女はブリタニア皇太子の嫁に請われたらしいが、一言で撥ねつけたという。
「『王』の万分の一の魅力でいいので、身に備えてから出直してください」
この一言が、大帝の不興を買ったことは言うまでもない。一族が言葉を尽くして説得したものの、頑として態度を変えず、その後わずか二年で世を去った。
「病気というより、気鬱症でしょうか。『王』のいない世界に興味はない、と言わんばかりだったそうです」
当然、その一件はシェルト家の没落につながった。少なくとも一因であったのは間違いない。だが目の前の子孫にとっては「私だってそうします」と、批難するどころか賞賛すべき行動になるらしい。
「……それで?そのエリスさんが、日本とどう関係あるの?」
「まあ、知らなくて当然なのですが……。『王』の母親は、日本から来た人ですよ?」
「はぁ?」
さらっと重大なことを言ってのけたルーミリアに、カレンはあいた口がふさがらない。『王』がハーフなど、信じられることではなかった。
「ちょっと待ってよ…。『王』ってリカルドの弟が分家に婿養子として入って、そこで生まれた…」
「ですから言ったじゃないですか。『リカルド・ヴァン・ブリタニアは、甥の遺産を強奪して革命を成し遂げた』と」
ブリタニア人至上の国粋主義者であったリカルドにとって、救国の英雄がハーフでは都合が悪かったのだ。かといって葬り去るには存在が大きすぎる。
「そこでハーフであることを隠して出生を捏造し、国是の象徴として祭り上げた。……この程度、よくあることじゃないですか?」
ちなみにEUとて批難できる立場にない。彼らは彼らで民主主義を絶対のものとするため、『王』の功績を意図的に小さく扱った。
「な、な、な…」
カレンは天地が引っくり返るような衝撃を受けた。これまで信じてきたものが、朝食中の雑談で崩壊したのである。
「知りたくなったら教えますよ。その代り、本当にあなたの人生が変わってしまうかもしれませんが」
つい先日言われたことを言い返し、朝食を食べ終えたルーミリアは部屋に戻ろうとする。
「ご馳走様でした。おいしかったです」
褒められたことすら、カレンの耳には入っていないようだった。
(『王』がハーフ…。それも日本人との…)
『王』のことに関して、ルーミリアが嘘をつくとは思えない。またエリス嬢の子孫であるから、一般に知られてないことを知っているのもおかしくない。
だが、『王』が自分やライと同じ日本人とブリタニア人のハーフ。夢にも思ってなかった事態とは、まさにこのことだ。
頭を下げれば教えてもらえるだろう。人生観が崩壊するかもしれないが、そうしたほうがいいかもしれない。
「どうしたの?ぼーっとしちゃって…」
生徒会長の声で現実に戻る。そういえば今は放課後で生徒会に出ていたのだが、ショックが大きすぎて今日は朝からこんな調子だった。
「あー、聞いてなかったのね。ライはそれでいいって言うけど、あなたがどう思うか聞きたかったから…」
「い、いえ、聞いてました。別にそれならかまわないと思いますけど…」
見得で、ついそう言ってしまった。それにライがいいと言ったのだから、自分にとってマイナスはないだろうと思ったのである。
しかし、生徒会室にいつもと違う、見慣れた顔があることに気付いてハッとした。
「では決定ですね。これからよろしくお願いします」
「ルーミリア!?何してるのよ?」
やはり聞いてなかったのか、と呆れたミレイから、状況の説明が入る。
「彼女も生徒会に入ることになったの。それで、体が弱いカレン一人じゃ大変だろうからと言うので、ライのお世話係副主任に立候補するって」
「それと、寮とここを往復するのも面倒ですから、こちらに住み込むことにしました」
五秒間の沈黙の後、カレンは状況を理解した。そして自分が何に許可を与えてしまったのかも。
(あ、あなた、私の体のこと知ってるでしょ!!!)
そう叫びたかったが、学園内ではそれはできない。
「もう遅いですからね、カレンさん」
意地の悪い笑みを浮かべたルーミリアに、この女に頭を下げることは生涯するまいと思ったカレンであった。
ルーミリアの最大の役割は、『王』の真実を伝えること。彼女の設定はこれでだいたい明らかになったと思います。
ちなみにアニメでなら彼女は転校後カレンたちとかかわることなく、大きな不満を抱えたまま平凡な生涯を過ごしたのではないかと思います。
(迎えに来たルルーシュに、「あ、はい、よろしくお願いします」と言って終わり、という感じで…)