コーネリア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第二皇女にして、「ブリタニアの魔女」の異名を持つ。エリア18の制圧戦を終え、ついにエリア11総督として日本に乗り込んできた。
「……厄介な相手だ」
エリア18制圧戦、さらにそれ以前のコーネリアの戦歴から、ライは改めてそう判断した。
コーネリアは、クロヴィスと違い甘くない。内部の腐敗にも容赦なくメスを加えるだろう。レジスタンス組織にとって、非常にやりにくくなる。
それ以上に彼を困らせているのは、コーネリアの思想に『融和』という考えがないことである。彼女にすればナンバーズは支配される者であり、レジスタンスは撃滅すべき敵でしかない。
軍人としても統治者としても一流なのは認めるが、一言でいえば『頭が固い』。彼女は『守成の名君』にはなれても、決して『改革の旗手』にはなれないだろう。
「だからあなたはクロヴィスを生かすべき、って言ったのよね。本当にゼロって余計なことをしてくれたわ」
そう言うカレンにライは苦笑いを浮かべる。クロヴィスはクロヴィスで問題ある相手だった。
(講和の相手として、あれは信用できない)
不思議なほどに、ライはブリタニア皇族たちの知識がある。特にコーネリア、シュナイゼル、クロヴィスの三人は性格まで一通り把握していた。
その知識からすると、最も話が通じるのは第二皇子のシュナイゼルとなる。だが彼も、交渉相手としては危険極まりない。何を考えているのか、腹の底が見えないのだ。
ライが探しているのは、ブリタニアの現状を憂い、それを変えようとする意志と力を持った人である。しかし現状、少なくとも皇族や高官の中に当てはない。
いっそのこと、自らに備わる呪われた力を使うかと考えないでもなかったが、そうすると必ずどこかに歪みが出る。こういうことに、嘘はつかないほうがいい。
結局、現在のところはコーネリアと戦うしかない。彼女でさえ日本を治めきれないとなれば、ブリタニアも強硬論ばかりではいられなくなるだろう。
とは言うが、コーネリアとその親衛隊の戦力は圧倒的である。手持ちの戦力でこれを正面から破るのは不可能に近い。
その点で、ライはクロヴィスを生かすべきと言ったのである。クロヴィスを相手にしながら力を蓄えれば、もう少しましな状況でコーネリアと戦うことができた。
「……一度だけなら、ゼロのおかげでチャンスが生まれるはずだ」
その呟きは、カレンには理解できなかった。
(抜けている、呆けている、堕落している…)
敵より、無能な味方のほうが憎らしい。自分および親衛隊の能力を基準に考えると、このエリア11の官僚も軍人も、失格としか言いようがない。
「…留守も守れないとは、どういうことだ」
憮然としてコーネリアが言う。彼女は着任早々中部地区最大規模の反ブリタニア組織『サムライの血』を壊滅させたのだが、その留守中にキサラヅ基地を襲撃されたのである。
キサラヅ基地はトウキョウ湾に入る船舶を守るための重要拠点で、周囲に衛星基地を持つ。その衛星基地の一つが襲われ、救援に出た部隊が狙われて壊滅したのである。
海軍に被害はないので、全体として見れば大した損害ではない。しかし、誇り高いコーネリアからすると、どこかに棘が刺さったような気分がして、そのままにしておけるものではない。
「あの辺りに本拠があるという『旭日隊』というテロリストから犯行声明が出ていますが、これまでこれほど積極的な動きをしたという報告はありません。ゼロが手を回したと見るのが妥当でしょう」
騎士であるギルフォードの意見にはコーネリアも同感だったが、ツルガシマで確認されたグロースター二機の姿が見えなかった、というのが腑に落ちないでいた。
このグロースターはクロヴィス親衛隊のものを赤と青に塗り直したもので、非常に目立つ。それが見えないということは『旭日隊』に策を授け、自らは出陣しなかったと考えるのが妥当だ。
ゼロの性格を考えると、そこが腑に落ちないのである。ただ、房総半島の先に協力する組織を作り、トウキョウ租界に対する包囲網を形成するのが目的と考えれば、理解できないことはない。
まさか、自分たちがゼロによるものと考えていた事象が、実は二人の存在によって形作られていたとはだれも考えていなかった。
「……立ち切らねばならんな」
ゼロの目的が本当にトウキョウ租界の包囲網形成だとすると、遠征などしている暇はなくなる。その前に租界周辺のレジスタンスの掃討を行い、ゼロを誘い出す。
「では、ナイトメアの輸送は貨物列車で行わせるとしましょう」
コーネリアの意図は、言わずとも幕僚のダールトンに伝わっていた。挑発のため、シンジュクの再現をするつもりなのだ。
もう一つ、ゼロの作戦の傾向としてナイトメアの奪取に重点を置いているという点があげられる。これは当然の話で、ブリタニア軍と戦う以上ナイトメアがなければ話にならない。
しかし、ナイトメアを独自に揃えるというのは高くつく。奪う好機と見れば、罠を食いちぎる気で食いついてくるだろう。
即刻、サイタマゲットーを拠点とする『ヤマト同盟』の討伐が決定された。
「行くのか?明らかな誘いだぞ?」
サイタマ方面の道路を全面封鎖という報道を受け急いで荷物をまとめるルルーシュに、C.C.が呼びかける。道路の封鎖はともかく、総攻撃の時間まで発表するというのは意図があるとしか思えない。
「ああ。ゼロの名を高めるチャンスを逃す手はない。せっかく誘ってくれた以上、受けないのも非礼になるしな」
ルルーシュの答えに、C.C.はにやりと笑う。その笑みは、やはり自分の内心を見透かしているように感じる。
もっともらしく言っているが、シンジュクの指揮官が自分ではなかったことに多少の引け目を感じているのも事実だった。
世間は、「クロヴィスを殺した」と明言したゼロが、当然シンジュクの指揮官だと思っている。勝手な思い違いではあるが、その声を聞くたびに他人の情けを受けているようで、どうにも気分が悪いのだ。
「あのぐらい、俺だってできたさ」
C.C.にはそう言った。その対抗心が、キサラヅ襲撃を敢行した理由の中になかったわけではない。そして今回でコーネリアを討てば、並び立つかこちらのほうが上になる。
そしてもう一つの目的として、コーネリア本人に問い質したいことがある。それはC.C.には関係ないし言う必要もないことだが、それにも感づかれている気がしてならない。
「急いでいるんだ。俺はもう行くぞ」
道路封鎖の報道を聞き、ライとカレンも出て行った。カレンが気分を悪くしたので家まで送るという名目で、誰もが恋人みたいな二人だと思ったが、ルルーシュだけはそれが意味するところを知っている。
あの二人より先に『ヤマト同盟』に渡りをつけなくては、シンジュクの二の舞になってしまう。
「お前に死なれると、私が困るんだがな……」
相変わらず、C.C.は言いたいことを言う。『困る』と言っても、どう困るかは教えてくれないのだ。
勝手に言ってろ、と思い、ルルーシュは戦場に向かった。
ルルーシュの言葉は、決して大言壮語ではなかった。むしろシンジュクでのライより効率的に、的確な指示で無駄なく敵を殲滅していく。
「親衛隊まで投入して……。必死だな、コーネリア」
作戦エリア内に展開していたサザーランド部隊を後退させ、親衛隊を投入してきたコーネリアを、ルルーシュは冷たく笑う。
しかし、その笑みが凍りつくまでに、それほど時間はかからなかった。
コーネリアの親衛隊とまともに戦って、付け焼刃のレジスタンス組織がかなうはずもない。ライの成功は相手がクロヴィスだったからであり、コーネリアをそれと同等に見たのが彼の致命的な失敗だった。
付け焼刃であるが故、綻ぶと脆い。少し状勢が不利になればもう立て直すことは不可能だった。『ヤマト同盟』のメンバーたちは、逃げ出す者あり降伏しようとして射殺される者ありで、あっという間に崩壊した。
(……ゲームにすらなってないぞ!!!)
チェスの駒に意志はない。ただ命じるままに動いてくれる。だが人は違う。組織としての指揮系統も整備されてない状況で、すべての人間が自分に従うと思っていたことも致命的な失策である。
取るべき道は撤退しかなかったが、コーネリアに近づこうと後退するサザーランド部隊に紛れ込んだのが裏目に出た。不審な動きを見せれば、即時に蜂の巣にされる。
完全制圧まで秒読み、という状況だった。それなのに、コーネリアは眉をひそめたままだ。
「………」
その無言を理解できたのは、ダールトンだけだった。ギルフォードは親衛隊の指揮で、前線に出ている。
この指揮官は、シンジュクおよびツルガシマの指揮官とは違う。そしてキサラヅと一致する。それはコーネリアの中で確信になっていた。
グロースター二機の存在だけではない。シンジュクの指揮官は自ら前線に出て一騎打ちまで行う、自分に近いタイプの指揮官と言える。
今の指揮官は、自分の戦闘は最小限に抑え味方を効率よく動かす、兄のシュナイゼルに近い指揮官だ。
どちらが優れている、というのは簡単に言えないにせよ、明らかに違う。
次の瞬間、サザーランド部隊の上にとんでもないものが飛んできた。何事かとすべてのサザーランドがそれを見上げる。
「いかん!皆、散れ!!!」
それが何か、真っ先に気付いたのはコーネリアとルルーシュであっただろう。
(ケイオス爆雷!!!)
しかも複数。それを、サザーランドの密集地帯に打ち込んだのだ。何が起きたかもわからないまま銃弾の雨を浴び、一拍遅れて大混乱が起きる。
「行くぞ、カレン」
「任せて!」
その混乱の中を、赤と青のグロースターが疾走する。後方支援として控えていた純血派部隊の一機を斬り捨て、あとは目もくれずコーネリアに向かってひた駆ける。
「待て!ゼロよ、このジェレミア・ゴッドバルトとの一騎打ちを…」
返答は、続けてやってきたサザーランドの銃撃だった。
「現れたな!!!」
やはり、シンジュクの指揮官は別にいた。指揮官席から立ち上がったコーネリアは、飛ぶような勢いで愛機に乗り込んだ。
これは、単純にコーネリアが戦いを好むというだけではない。親衛隊が最も離れた状況でサザーランド部隊が混乱して使い物にならない以上、グロースターの中が一番安全なのだ。
「ギルフォード、すぐ返せ!!!」
ダールトンも乗り込み、即刻指示を出す。無論、ギルフォードも馬鹿ではない。本陣付近がLOST表示で埋まったのを見て、すでに撤退を開始している。
しかし、赤と青のグロースターは止まらない。止められない。邪魔なサザーランドを廻転刃刀で斬り捨て、コーネリアの本陣めがけて突き進む。
「どけっ!!!」
コーネリアのランスが、その廻転刃刀と切り結んだ。それだけで、相手の力量は並ではなかった。生半可な相手なら必殺の間合いを、この指揮官は防いだのだ。
「……間違いなくクロヴィス親衛隊のグロースター。ようやく出会えたようだな、ゼロよ。クロヴィスの仇、討たせてもらうぞ!」
コーネリアの声に、相手は少し苛立ったように答える。
『…私がシンジュクの指揮を執ったのは事実だ。しかし、クロヴィスを殺したのはゼロの独断であるし、何よりあのような黒ずくめの目立ちたがり屋と一緒にされては不愉快だ』
コーネリアは一つ勘違いをしていた。『ゼロ』と『もう一人の誰か』の存在には気付いたが、シンジュク事変が二人の合作であるとは思わず、ゼロはグロースターの指揮官だと思ってたのだ。
『私は、『紅』の隣にいる『蒼』でいい』
ガンッ、と刀がランスを弾き、相手はそれ以上立ち合いを続ける気はなく撤退に移った。ギルフォード以下親衛隊の反応が迫っている。これ以上留まるのは、自殺行為でしかない。
(だからと言って、目の前の獲物を捨てるとは…)
奇襲で敵大将を討つのは、一度限りの博打である。それを達成する寸前でも拘泥せず引き際を見誤らないというのは、相手は冷静に状況の判断ができる指揮官である、ということだ。
「『蒼』か。厄介な相手だ」
相手も同じことを言ったなど知る由もないが、彼女は敵をこう評した。
(危なかった…)
今回ばかりは、心底そう思う。制圧後にナイトメアパイロットの面通しでもされれば、ギアスを使っても逃げられなかったであろう。
あのケイオス爆雷による混乱で、何とかルルーシュは逃げ出すことができた。
「無様だったな。追い抜くつもりが突き放されたぞ」
地下下水道を歩くルルーシュに、ゼロの衣装を身にまとったC.C.が呼びかける。いざというときはその姿を晒して騒ぎを起こすつもりだったのだろう。
ぎり、と奥歯を鳴らして睨みつけたが、この状況では何を言っても負け惜しみでしかない。
「……今回は俺の負けだ。……今回だけはな」
意外に、ルルーシュはあっさり負けを認めた。だが、『今回だけ』と言ったところに彼のプライドが透けて見える。
「俺の指揮能力がコーネリアやあのライに劣っているとは思わない。今回の敗因は兵士の質と指揮系統の不備だ。だから、コーネリアに負けない、俺の軍を作る」
そうすれば負けることなどない、と言外に言い切ったルルーシュに、こいつは本当にわかっているのだろうかとC.C.は不安になる。
ルルーシュは「戦略が戦術に負けることはない」と言った。だが本来、『軍を作る』というのが戦略なのだ。今回のように戦力差で押しつぶされた場合こそ、戦術が戦略に負けたと言うべきだろう。
(皮肉なことに、そういう観点から見ると間違ったことは言ってないわけだが…)
今回の敗北を経ても、ルルーシュはそれに気付いたとは思えない。戦力が同じなら何とでもしてみせる、というのは戦術家の思考だ。
どうも、ルルーシュは戦略と戦術を履き違えているような気がしてならない。戦闘では勝つのに、戦争では負ける。そういう指揮官になりそうな予感がしたが、そこまで面倒を見るつもりはC.C.にはなかった。
(まあ、生きてさえいれば、それでいいか…)
彼女の目的は、それだけなのだから。
データが吹っ飛んだので記憶から文章を復元しました。
そうしたらさらにルルーシュの扱いが酷くなりました。何故だろう?
ただしルルーシュが戦略家ではなく戦術家というのは以前からのものです。
ルルーシュの作戦はその場その場の単発の上奇策頼みで、はまれば強いが外すと即崩壊するのもそのためだと思います。