コードギアス~護国の剣・天叢雲~   作:蘭陵

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Stage 16 『王』

「ちょっと…、さっきのはいくらなんでも問題あるわよ」

「気を付けるよ、次からは」

今日の歴史の授業は、『新大陸の遷都と神聖ブリタニア帝国の発足』についてである。記憶喪失だというのに、彼が勉学に困ることはない。

ただ、今日のライの一言には教師を含めてクラス中が面食らっただろう。

「『リカルド』は―」

なんと、帝国の開祖を呼び捨てにしたのだ。普通なら『大帝』と敬称を付けて呼ぶ。カレンでさえ、不本意ながらも無用ないざこざを避けるため授業中はそう呼んでいる。

彼によれば、『日本人』と同じくそう呼ぶのが自然と感じるらしい。

「だからって、ここはブリタニアなんだから」

『大帝』に敬称をつけないというのは、ブリタニア人ではないと宣言するにも等しい。それはカレンにしてみれば嬉しいことなのだが、学校で言うのは大胆が過ぎる。

 

「…別に、大帝なんてたいそうな呼び方しなくてもいいと思いますけど」

しかし、その上を行く者がいた。

「リカルド・ヴァン・ブリタニアなど、『王』がいなければ皇帝の位を保つことさえできなかった。偉そうに『大帝』など名乗るなんて烏滸がましいにもほどがあります」

ルーミリアである。『純血派』の人間が聞いたら怒りに任せて射殺しかねない意見を、平然と言ってのけた。

「…あなた、祖国に対する思いって持ってないの?」

日本のために戦っているカレンにとっては、ルーミリアの言動は看過できないものだった。かつての日本にもいろいろ不満はあったが、少なくとも愛着はある。

彼女には、その愛着すら感じられない。

「祖国?私にとってブリタニアなどという国は、私が生まれた場所をたまたま支配していただけの存在にすぎませんから」

そして、自分の祖国についてはこう言い切った。

「私の祖国は、『王』の国です」

 

『王』という単語は、ブリタニアでは特定の人物を指す代名詞としても使われる。

 

―皇暦1800年。

のちに『王』と呼ばれることになる男子は、イングランドの北の地に生を受けた。父親は大帝リカルドの弟にあたる人で、婿養子として分家であるリオネス家を継いでいる。

―皇暦1807年。

トラファルガー海戦で勝利したナポレオンはブリタニア本土に侵攻し、ブリタニアは植民地であった新大陸への遷都を余儀なくされる。

この時リオネス家は遷都に同行せず、イングランドに残りフランスと戦う道を選択する。

―皇暦1812年。

『王』の父は、周辺諸侯との抗争中に負った戦傷が元で命を落とす。そして兄二人も後継の座を争う中で頓死し、唯一残った男子である『王』が家督を継ぐ。

―皇暦1813年。

女王エリザベス3世には子がなく、縁戚に当たるブリタニア公リカルドが国を継承し、神聖ブリタニア帝国が発足。同時に皇暦が制定された。

―皇暦1814年。

ナポレオンの第二次イングランド遠征を、まだ14歳にしかならない『王』は撃破した。40万以上と言われたフランス軍で、パリまで帰りつけた者は10万に満たなかったという。

―皇暦1815年。

『王』との最後の決戦に敗れ、ヨーロッパのほぼすべてを支配化に治めたナポレオンの帝国は瓦解する。

この時の功績で、『王』は正式にその称号を認められた、神聖ブリタニア帝国史上唯一の存在となった。

―そして皇暦1817年。

『王』は、北の国との戦争で、わずか17歳の生涯を閉じた。

 

「はー、ライ・リオネス・ブリタニアね…」

今度はカレンの表情の方に侮蔑が現れた。それに対し、ルーミリアの眉が吊り上る。

「…カレンさんは、『王』が嫌いなようですね」

「世界史上で最も嫌いな男よ。弱肉強食、敵であれ味方であれ弱い者は死ね、という男のどこに好きになるよう要素があるっていうの?」

ブリタニアの国是の最高の具現者として語られるのが『王』である。カレンにしてみればその評価も当然のことだった。

ちなみにセカンドネームの『リオネス』は、ブリタニア家の黎明期に活躍した騎士たちが自らを円卓の騎士に模して付けた名前の一つで、これが『ナイトオブラウンズ』の原型と言われていた。

 

「……そうですか」

何か納得したようにルーミリアが頷いた。カレンには理由が全く分からない。彼の国こそ自分の祖国とまで言い切るのに、侮蔑されて全く怒りを見せないというのは不可解だ。

「『王』について知りたくなったら言ってくださいね。私の先祖は『王』の側近でしたから」

あなたの知らないものを私は知っている。その優越感が満面に出たルーミリアの横面を張り倒したくなったが、カレンは必死でその衝動をこらえた。

 

 

「まったく、何なのよ、あの女!」

放課後になっても、カレンの不機嫌は収まらない。むしろ学園から出て猫を被ることがなくなった分、ヒートアップしている。

「先祖は『王』の側近ですって。あの腹黒女の先祖なら、『狂王』ともお似合いよ!!!」

ついに最大の蔑称が出てしまった。ブリタニア建国において『王』の功績は比類ない物であったが、その治世下で示された狂気を嫌悪する者はそう呼ぶのである。

 

目の前にいる人と、『王』。同じ名前なのにどうしてここまで違うのかと、カレンはつい隣の少年を見つめてしまった。

その視線に気づいたライが、真剣な顔で言う。

「……君も気づいた?尾行されている」

「え?」

他のことに気を取られていたカレンは全く気付いてなかったのである。慌てて背後の気配を探るが、それより先に相手の方が姿を現した。

「もうここはゲットーですよ。ライさんもカレンさんも、危険なゲットーに何の用があるのですか?」

ルーミリアである。尾行は租界の人波の中では気付けない程度に上手く、ゲットーの中では隠せない程度に下手だった。だから機密情報部員のような人間ではないとライは思っていたが、彼女というのは予想外だった。

 

「ルーミリア…!」

「初めまして、と言うべきですかね。猫を被らない、カレンさんに対しては」

この女は殺すべきだ。咄嗟に、カレンはそう思った。少なくとも、この女は学園での自分が演技であるということに気付いている。

しかし、カレンが仕込みナイフに手を伸ばした時には、ライが一歩進みでていた。

「仕方ない―」

ライの行動には、何か、怖気立つような気迫があった。背中越しでありながらその気に圧されたカレンは、つい一歩後ずさる。

「駄目だよ、ライ」

その気迫は、横からの少女の声によって遮られた。

 

「ネージュ…。あなた…」

やはり、いつの間にそこにいたのか。この少女だけは、どうしてもそれが掴めない。

「駄目だよ、ライ。その力は、今使うべきじゃない」

「どうして、『ギアス』を知っている……」

ライの表情が驚愕に染まる。カレンとルーミリアには何のことかは分からなかったが、この少女がライの何かを知っているということだけは理解できた。

「……それはまだ答えないほうがいいかな。…そうだ、あなたたちが何をしているか、包み隠さず説明して。そうしたら、あの権利を放棄してあげる」

あの権利とは、先日の猫騒動のことである。捕まえたネージュがキスの権利を得たわけだが、彼女はライの前に立って「保留にしてあげる」とだけ言ってどこかに消えてしまったのだ。

もちろん、その後ろでカレンとルーミリアが殺気の篭った視線を投げつけていたのは言うまでもない。

 

(何言ってるのよ、この子)

あの権利を放棄してくれるというのはいい。が、その代償としてレジスタンスとして活動していることをばらせ、というのは無茶が過ぎる。

「大丈夫。彼女なら、きっとあなたの味方だから。もしそうでなければ、その時は止めない」

ライが何かを隠していて、ネージュはそれを正確に知っている。そしてライの過去も知っていて、しかもそこにルーミリアが何か関係している、というのは感じ取れた。

しかし、ルーミリア本人は何も知らない。それは先日のネージュの言葉に戸惑っていたことからも明らかで、説明を求めた彼女に対しては簡単に言ってのけた。

「大したことじゃないよ。あなたが『エリス』の末裔だっていうだけ」

『エリス』という名を聞いて、ルーミリアも黙り込む。この場は、完全に一人の少女に呑まれていた。

 

「それで、どうするの?これ以上躊躇するなら、私が言ってあげてもいいけど」

もちろんその場合は権利を放棄しないよ、と笑いながら言う少女に、ライもカレンも不気味さ以上のものを感じていた。

危険極まりない存在。ルーミリアに先ほど感じた危険性など芥子粒一つでしかないような、そんな感じ。

「勘違いしないでほしいけど、私はあなたたちの敵じゃない。『雪』に色はないの。だから、ブリタニアなんてどうでもいいし…」

そう言いながら、口元に指を当てて何か考え始めた。そして出した結論は、突拍子がないとしか言いようがない。

「でも、あなたには興味あるから…。……うん、決めた。私、あなたたちの組織に参加するね」

「はあ!?」

ついカレンは間抜けな声を上げてしまった。内面はともかく、外面は十歳程度の少女なのだ。とても戦えるとは思えない。

その考えがありありと現れていた声を聞いて、ネージュは少し怒ったように言う。

「むー。私は役に立つよ。ナイトメアの操縦だって、お手の物なんだから」

ただし、足が届くようにシートの位置さえ調整してくれれば、だという。少し恥ずかしそうにそう言う点だけは外見相応で思わず失笑が漏れ、場が少しだけ和んだ。

 

そしてその和んだ空気の中、ルーミリアがあっさりと宣言する。

「では、私もその組織に参加します。ただし、ライさんの直属という条件付きですけど」

まるで、学校の部活に参加する、という程度の感覚だった。少なくとも、カレンにはそう感じられた。

「ちょ、ちょっと待って!…えっと、…その、わ、私たちの組織って凄く厳しいのよ。あなたの人生変わっちゃうくらい…」

慌てるカレンに対し、くすっと意地の悪い笑みを浮かべてルーミリアが答える。

「…ゲットー、ナイトメアフレーム、ネージュさんの発言、ライさんの見せた気迫。このくらいのキーワードをつなげれば答えは見えてきますよ。反ブリタニア活動、ですか」

和んだ空気は彼女の頭の回転も元に戻したようである。二人の秘密を、彼女は簡単に言い当てた。

 

「…そこまで確信してるのなら隠す意味もないわね。その通り。そして、あなたはそのテロリストの目の前にいる。……理解できるわよね」

「だから『仲間にしてください』って頼んでいるんじゃないですか。味方となれば、カレンさんが殺意を向ける意義も消滅します」

確かにルーミリアの論理は正しい。しかし、そんな簡単にブリタニア人であることを捨てるというのが、日本人として戦い続けるカレンには理解できない。

「…あなた、おかしくない?ブリタニアの国是の元になった『王』を敬うくせに、そのブリタニアを何とも思わないなんて…」

「『リカルド・ヴァン・ブリタニアは、甥の遺産を強奪して革命を成し遂げた』。国是なんてものは、リカルドが『王』の思想を自分に都合のいいように捻じ曲げて作り上げたものにすぎません」

カレンにも、はっきりわかった。

この女は、本当にブリタニアに対する愛着が皆無なのである。だからブリタニア人であることを捨てても、たとえ自分がブリタニアを滅ぼすことになっても、痛痒など微塵も感じない。

どういう経緯でそう思うようになったかはわからないが、それだけは間違いなかった。

 

「…裏切りは死、それだけは理解してもらおう。それで、君は何ができるんだ?」

カレンと同じようにライも感じたのだろう。ブリタニアに対する思いはない。だから、ひとまずは信用できる、と。

ただし、もう一つのカレンにははっきりわかっていることが彼にはわかってない。ルーミリアは絶対に裏切らない。彼女の目的は、一つだけなのだ。

それが伝わらず念押しされたことが不満だったのか、彼女は少し苛立って答える。

「私もナイトメアなら勉強してます。実機経験はありませんが…」

身体能力に関しては問題ない。相当鍛えてある、というのが数日の学園生活から見て取れた。カレンでさえ、本気でやっても五分五分だろう。

育て方次第では、相当伸びることが期待できた。

 

しかし、次の一言があるから、この女とは絶対に仲良くなれない、とカレンは思ってしまう。

「あとは、ライさんが望むなら夜伽の相手でも何でも…」

「駄目に決まってるでしょ!!!!!!」

結局、いつも通りにらみ合いの末顔を背ける、という結末で終わることになった。

 

 




「ナポレオンをどうやって止めたんだ?」という疑問から発したのがこの設定です。
大陸封鎖令の必要がないからロシア遠征の必要がなく、また新大陸まで追ってこられたらブリタニアに抵抗する力はなかったと思いました。

そしてルーミリアとネージュがライ陣営に参加。オリジナルですが超重要キャラの二人の正体も見えてきたかな、と思います。
ちなみにイメージカラーはルーミリアが『紫』(赤と青の間)、ネージュは『透明』です。

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