「ずいぶん騒がしいですね。お祭りみたい…」
ライにもこの状況は理解できない。転校生を迎えて帰ってきたら、学園中が何かを探しているような感じで大騒ぎになっていたのだ。
「あら、帰ってきたのね。ご苦労様」
そこへ、ちょうど元凶であるミレイもやってきた。
「あ、ミレイさん。こちら、生徒会長で学園理事の孫娘のミレイさん。そして、こちらが転校生の…」
「ルーミリア・フェン・シェルトです。よろしくお願いします」
紫色の髪と、紫色の目。礼儀に則った挨拶は育ちの良さを感じさせる少女だった。
「…えっと、貴族の方?そんな話は聞いてないんだけど…」
「いえ、没落貴族です。200年ほど前に爵位は失いました」
いつか復権を夢見て、礼儀作法は伝えてきたのだろう。アッシュフォード家も没落貴族なので、実はミレイも同じ経験をしている。
ただし、アッシュフォードの没落はわずかここ十年ほどのことだ。彼女の場合は200年。ブリタニアの建国期から今に至るまで伝えてきたというのには、ミレイも少々怨念めいたものを感じた。
「それでミレイさん、この騒ぎは…」
「ああ、野良猫が迷い込んだのよ。それで、何かルルーシュの大事なものを持って逃げてるみたいでね」
ルルーシュが猫を追いかけていったすぐ後、ミレイは野暮用でルルーシュたちの部屋を訪れたのだ。そこでナナリーから一部始終を聞いたらしい。
ルルーシュの慌てようからして、よっぽど人に知られたくない恥ずかしいものだとミレイは予想した。よって懸賞付きで学園の生徒に探させることにしたのだという。
まさかそれが、発覚すれば世界中を騒がすような大問題になるとは、夢にも思ってない。
「あなたも参加しなさい。いくら記憶がないからって、壁ばかり作って周りを拒絶してちゃ駄目だからね。もっと、楽しまなくちゃ」
ライも話には聞いていた。この会長は、何であっても思いつきとその場のノリで祭り騒ぎにしてしまう、と。
しかし、最近はそれも悪いことではないと思えるようになってきたのである。
「そうですね。なら彼女の荷物を置いたら…」
彼も、ここまでなら余裕があったのである。それが吹き飛んだのは、やはり次のミレイの言葉だった。
「でも気を付けてね。つい、捕まえた人には生徒会メンバーがキスしてくれる、って言っちゃったから」
その言葉にライは凍りつき、ルーミリアは笑みを浮かべた。
「猫!猫は何処!!!」
もはや病弱という仮面などかなぐり捨て、カレンは全力で走っていた。
「………カレンさん、あんなに足速かったの?」
すれ違った女生徒が呆れて呟くが、振り向くころには姿が見えなくなっていた。頭を振り、夢を見たのだろうと今見たものを否定し、自分も猫の捜索に向かう。
(これは絶好のチャンス!ライ君、ミステリアスな雰囲気がたまらないのよね~)
カレンが恐れていたことの、半分はこれだった。
これまで、アッシュフォード学園のアイドルと言えばルルーシュだった。眉目秀麗、成績優秀、妹に対する執着と体力面に少し難があるのを差し引いても、人気の理由はカレンにも充分理解できた。
だが、彼ならカレンにとってはどうでもいい。シャーリーが彼のことを好きだというが、それならいくらでも応援してやりたいと思っている。
問題は、編入後わずかな時間でそのルルーシュに匹敵するほどの人気を集めた、今や学園を二分するほどの存在となったもう一人の方である。
今のところ、その『もう一人』であるライと最も親しい異性がカレンであるのは間違いない。次点はナナリーだが、ミレイに言わせるとこれは違うらしい。
「あれは異性として意識してないわよ。ルルーシュのナナリーに対する態度そっくりだもん。もしかして、妹がいたんじゃないかな」
これがミレイの評価だった。だが、次点が除外されてもまだまだ予断は許さない状況には変わりない。
変に律儀なライのことだ。今日のことを今日だけのこととして割り切るという考え方はないだろう。「一生責任取ります」などと言い出すかもしれない。
「認めないわよ、絶対に!」
だからどうしてそう思うのか。そこに全く思考が及んでいないことに、この時の彼女は気付いていなかった。
「さあライさん、行きますよ!絶対に猫を捕まえるんです!!!」
寮の部屋に荷物を投げ込み、部屋を一瞥もせずに意気込むルーミリアに、ライは半歩引いて頷く。なぜ彼女がここまで意気込むのか、全く理解できていないライであった。
後はもう、彼女に引きずられただけと言っていい。しかし、この少女には何か既視感も感じていた。何故か拒絶するという選択肢が浮かんでこないのである。
(どこか、昔に―)
城内。整列する騎士たち。右に緑灰色の髪の少年。左に紫の髪の少女。
「どうしました?」
何かがフラッシュバックしたような気がして、ライは頭を押さえていた。
「いや、別段―」
「ライ!!!」
振り返ると、カレンがものすごい勢いで走ってくるところだった。しかしその勢いも、隣に見知らぬ女の子がいることに気付くとぴたりと止まる。
「……誰、あなた?」
「ルーミリア・フェン・シェルトと申します。今日転校してきました」
「ああ、ライが迎えに行った転校生ね。私はカレン・シュタットフェルトよ」
何となく、この女とは仲良くなれない。女の直感でそう感じたカレンはぶっきらぼうに言ってしまったが、その言葉にぴく、とルーミリアの顔が強張る。
その表情に殺気を感じたカレンは、おもわず内心で身構えた。
「……あなたが、カレンさんですか」
「知ってるの?私のこと…」
「空港からの帰り道、ライさんから聞きましたので…」
「で?その転校生が何してるの?学園案内なら、この騒ぎが収まってからにした方がいいわよ」
「当然、猫を探してます」
そう言いつつ、ルーミリアの目が一瞬ライの方に流れる。それで、カレンの直感は確信に変わった。
(こ、この女…)
今のは、間違いなくライの唇を覗き見た。いわゆる一目惚れというやつなのだろうが、カレンにしたらよりにもよって、とこの女と迎えに行かせた会長を呪わずにはいられない。
「そ、そう…。でもあなたには難しいんじゃないの?学校の構造とか、なにも把握してないでしょうし…」
「大丈夫です。ライさんに案内してもらいながら探しますから」
二人とも、異常に声が刺々しい。傍からは、バチッ、と火花が飛んだところが見えただろう。
「あっちの方にいそうな気がするわ。行くわよ!」
「あっちの方が騒ぎです。行きましょう!」
カレンとルーミリアが、正反対の方向に向かおうとする。相手への反感のために言っているわけではないのに、なぜかこの二人の発想は真逆に向かうのである。
ただ一つ同じなのは、ライを決して放そうとしないということ。
「ライを放しなさいよ。一人で行けばいいでしょ?」
「カレンさんこそ譲るべきでしょう。私は、転校初日で右も左もわからないんですから」
二人とも、譲る気配は一切ない。
「「ふん!!!」」
最後は、にらみ合いの末同時に顔をそむける。当然ながら、猫の捜索は全く進んでいなかった。
「大変ね、ライ」
そんな三人に、話しかけてきた存在がいた。カレンだけは知っている。先ほど水道のところでスザクといたときに話しかけてきた、あの少女だ。
その少女はどう反応すべきか戸惑う三人に構わず、ルーミリアを吟味するように眺める。
「んー、まあ、そこまで好きならいいんだけどね…」
「…えっと、どういう意味でしょうか?」
意味の分からないことを呟く少女に戸惑うが、この少女はそれには答えてくれない。
「私は『ネージュ』。ネージュ・ファン・シャレット。…猫なら、時計塔に行くといいよ」
「にゃ~」
ナナリーの声が学園中に響く。「足を悪くしているみたい」という情報も一緒だったが、最後のこの鳴きまねを聴いた男子生徒がどよめいた。
それに気を取られている間に、ネージュの姿は消えていた。
フランス語で『雪』を意味する名前、確かにネージュの外見はそれに合っていると思う。ただ、カレンは気味悪さも感じていた。
(あの子、気配が全くないのよね…)
レジスタンスとして活動してきて人の気配に敏感なカレンだが、二度とも話しかけられるまで気付けなかった。人というより、幽霊や妖精という表現の方がしっくりくる。
ライやルーミリアも似たように感じたらしい。結果、どうにも言い争う雰囲気ではなくなって、大人しく時計塔に向かうことになったのである。
「スザク、お前は帰れ!」
「だって生徒会長さんが猫を捕まえろって!」
三人が時計塔に着いたとき、猫を追ってルルーシュとスザクが駆け込んだところだった。
「やっぱり仲良かったようだな、あの二人」
「幼馴染だったって言ってたわ。それも、とても大切な…。…ライ、どうかした?」
「…いや、何でもない」
また、何か見えた気がした。そのイメージは、やはり昔の城。
「何でもないわけないわよ!顔色、真っ青じゃない。座って休む?」
大丈夫だと答えたが、誰からもとてもそうとは見えない。結局、カレンは初めて意見の合ったルーミリアと協力して半ば無理矢理ライを休ませることにした。
その間に、ルルーシュとスザクの二人は猫を追って屋根の上に登っていた。
「あちゃー、一歩遅れたわね」
そこに、リヴァルの運転するバイクに乗って元凶の生徒会長もやってきた。他の生徒も集まってきたが、もう二人に追いつくのは無理と思ったのか、誰も駆けこまず成り行きを見守っている。
「うわっ」
ルルーシュが足を滑らし、下では黄色い悲鳴が上がる。
「ルルーシュ!!!」
滑り落ちるルルーシュの腕をスザクが掴み支えたことで、それは安堵の息に変わった。
一方、ルルーシュはもう一つの意味でも安堵していた。偶然、猫がかぶっていたゼロの仮面が外れ、屋根の向こう側に落ちたのが見えたのである。
「あ、あれ?…アーサー?」
「にゃー」
その猫が近寄ってきて、スザクは気付いた。この猫は先日ユフィと一緒だった時に足の手当てをした、あの猫だ。
アーサーはスザクの周りを一巡りして、再び窓から建物内に入る。片手で窓の欄干を握りもう一方の手でルルーシュを支えているスザクには、視線で追うことしかできない。
そしてスザクは初めて気づいた。自分のすぐ傍、窓の内側に、少女が立っていたことを。
「捕まえた」
白い髪の少女が、猫を抱き上げる。
ネージュだった。
ライorカレンが捕まえて二人が結ばれる展開を予想していた人、まだ甘い!このイベントでくっつける気は最初からありませんでした。
そしてネージュに続き完全オリキャラ二人目・ルーミリア登場。
ルーミリアの裏事情に関しては今後明らかになっていきますが、今回だけでもなんとなく見えているのではないか、と思います。
ちなみにルーミリアの外見はTOGのリトルクイーンの髪をもう少し長くした感じで、スタイルはシャーリーと同程度というように考えています。