「いつ見ても趣味の悪い…。これはチューリップをモチーフにしたのか?」
「違うに決まってるだろう。……チェスのキングの駒だ」
どっちでも大して変わらん、と言い捨て、C.C.は机の上にゼロの仮面を置く。
「粗略に扱うな。これはギアスと違い証拠に成り得る」
ちなみにゼロの衣装はルルーシュの自作である。七年前の戦争以来、ナナリーの面倒をずっと見てきたのは彼なのだ。妹のために必死で覚えた結果の本職顔負けの技術が、変なところで役立った。
意外なことで、C.C.も裁縫が上手い。ずっと着ている拘束衣のほつれたところを直したりと、女の子らしい一面もあると思ったのだが…。
(問題は、食事だ)
C.C.の食事は三食ピザなのである。今もピザを食べながらゼロの仮面をいじっていた。何故これで太らない、という不思議は世の女子垂涎ものだろう。
そして代金は、当然のようにルルーシュのクレジットカードで払っている。C.C.を『厄介なもの』と感じたルルーシュだったが、最大の厄介が食費というのは予想してなかった。
「ん?何だそれは?」
珍しく、C.C.がルルーシュの手元に興味を示した。普段は他の人間が何を食べていようが、ピザ以外なら全く気にしない女なのに、である。
「これか。ライが作ったらしい。店に出してもいいほど、よくできて…」
ルルーシュが持っていたのは二個のシュークリームだった。今日の生徒会で、間食に出されたものだ。実は、ライが一人で作ったという。記憶探しの最中に見かけて、作れるなと思ったので作ってみたらしい。
特に料理本も見ずに作り上げ、それが本職顔負けの出来なのだから凄い。ライの正体について、生徒会ではパティシエ疑惑が急浮上したところだ。
「一つもらうぞ」
だが、ルルーシュの言葉が終わらぬうちに、そう言ってC.C.が一つを取り上げた。
「か、返せ!これはナナリーの分…」
ルルーシュも菓子作りができないわけではないが、これには負けると感じていた。だからナナリーにも食べさせてやろうと思いもらってきた物を、この女の腹に収められては堪ったものではない。
「うるさい!これは重要な…」
ベッドの上で取っ組み合いになる二人。この状況を見られたら、何を言い訳しても無駄だろう。
「はむっ」
そんな状況だと理解しながらも妹のために、と必死のルルーシュの努力も無駄に、C.C.は一口頬張る。絶叫の後「明日はピザ抜きだ」と言い捨て、ルルーシュはうつむいてダイニングに向かって行った。
「やはり、王様の味……」
だから、C.C.の感想を、ルルーシュは聞いてない。
「ん?」
そして、ゼロの仮面がなくなっていたことも気づいてなかった。
「ナナリー、お茶にしないか?」
まっすぐこちらに向かうべきだった。C.C.の様子をちょっと覗いてみようと考えたのは大失敗だった。
ただ、割り当ては一人二個。ナナリーもこの味を味わえないわけではない、と表面上の機嫌を直したルルーシュだったが、部屋に入った瞬間とんでもない物を見た。
「にゃー」
猫が、ゼロの仮面を被っていたのである。
「ひょわぁ!」
「あ、お兄様。どこからか迷い込んで来たらしいんです。捕まえるのを、手伝ってください」
ナナリーが鳴き声を頼りにそちらに向かうと、この猫は部屋の反対側に動く。頭がいいのか意地悪なのか、良くわからない猫だ。
「……ナ、ナナリー?捕まえるのは俺がやるから、お前はこれを楽しんで…」
出来るだけ動揺を見せずにナナリーの前にシュークリームを置き、すぐさま猫を捕まえようと考えたルルーシュだったが、その気配を察したのか、この猫はルルーシュの足元をすり抜けて外に向かう。
「あ!こら、待て!!!」
慌てて追うが、猫は駆けだす。
「……変なお兄様」
残された妹は、首をかしげた。
建物内でそんなことが起きているとは露知らず、カレンは一人で校内を歩いていた。
「……今日のカレンさん、無茶苦茶不機嫌じゃないか?」
すれ違う人が思わず避ける。そんな不機嫌全開なオーラを発しながらカレンは歩いていた。ファンクラブのメンバーでも、さすがにこの状況で話しかける命知らずはいない。
ここしばらく、カレンが一人きりでいるところを見た人間は非常に少ない。無論、ライが隣にいたからである。彼がハーフであると判明してからは特に拍車がかかり、常に一緒だったと言っていい。
今日その姿が見れないのは、生徒会長の命令のためである。
「転校生の出迎えなんて…。ライにやらせる仕事じゃないでしょ…」
例のシュークリームを持って行ったライを待っていたのは、満面の笑みを浮かべた生徒会長だった。そしてそのまま、空港まで行ってくれと言われたのである。
予定ではその後記憶探しに行くつもりだった。周囲からは連日連れ歩いているように見えるが、大半はレジスタンス活動に費やしているので、本当に記憶探しに行くのは久しぶりだったのである。
とはいえ、また今度行けばいいだけの話だ。だからカレンがここまで不機嫌になるほどの理由は何もないはずなのだが、彼女はそれに気づいてなかった。
「…それを受けちゃうライもライよ。しかも、『一人で大丈夫だから』って…」
仕方なくそのまま生徒会を手伝い、ぶつぶつ文句を言いながら仕事を片付けたカレンは、そろそろ戻ってくるであろうライを迎えに出た。
せめて夕飯の買い物は一緒に行くつもりだったのだが、それがまた「もう末永く爆発しろ」と言われる原因になっていることにも気づいてない。
(……水音?)
クラブハウス脇の、いつも人気のない水道のあたりだった。そこからバシャバシャと派手な水音がしていることにカレンは気付いた。
別に誰が使っていてもそれは自由なのだが、出しっぱなしだった場合ミレイから小言を言われるので、見回ることにしたのだ。
「枢木…スザク?」
カレンが見たのは、つい先日転校してきた転校生だった。何やら服を洗っている。
「あ…、君は…。恥ずかしいところを見られちゃったな」
スザクの手元をよく見れば、服には塗料がべったりと付着していた。
(なるほどね)
カレンでなくても、ある程度の予想はつく。虎の威を借る狐による、典型的な嫌がらせだ。アッシュフォード学園はブリタニア人も日本人も記憶喪失者であっても差別しないが、個々人の感情までは矯正できない。
「建物内なら洗濯機や洗剤もあるから、使ったらどう?」
「え?…いや、ありがたいけど、僕にかかわると君にも迷惑がかかるかもしれないよ」
「別にかまわないわよ。そんな真似をする人間に、どんな様に見られても。……ルルーシュだって、そう思ってるんじゃないかしら」
そう言われて、スザクの手が止まった。
「気付いてたの?」
「ライがそう言ってたのよ。あなたとルルーシュ、知り合いなんじゃないかって」
名誉ブリタニア人、かつ一度は皇族暗殺の容疑者となったスザクに向けられた感情は、歓迎には程遠いものになるのも当然のことだった。
無視、陰口、嫌がらせ。そんな扱いを受けるスザクの様子を窺いながらルルーシュが前襟を持ち上げるような仕草をし、それを見たスザクが彼の後を追って行ったのをライは見逃さなかった。
「見抜かれたか。……実は昔、僕の実家のあたりに避暑に来たルルーシュと出会ったんだ。だから、一緒にいたのは一夏の、わずかな時間だったけどね」
そう言うスザクの表情はとても和んでいて、その一夏の思い出は彼にとって忘れられないものなのだろうとカレンは思った。
「それにしても鋭いね、君の恋人って」
しかし、そんなカレンの思いも何もかもも吹き飛ばす爆弾を、この男は投げつける。
「ちちちちち違うわよ!!!恋人とか、そういう関係じゃないって!!!」
「そうなの?いつも一緒にいるから、てっきり…」
だから違う、と真っ赤になりながら力説するカレンだが、それがまた火に油を注ぐ結果に終わっていることにも気づいていなかった。
「ふ~ん、でも、その人のこと好きなんでしょ?」
背後からの声に、カレンがビクッと体を震わせて固まる。恐る恐る振り返ると、見知らぬ女の子がいた。
ライの銀髪よりさらに色素の薄い白い髪に、透き通る玉石のような白い肌。その中で、唯一相手に色彩を強調するワインレッドの瞳。年頃は十歳そこそこ、というところだろうか。
年齢からも服装からも、少なくとも高等部の生徒でないのは明らかだ。
「えっと…、迷子?」
言い難いことを、スザクはさらっと言う。
「違うよ。人に会いに来たの」
よくわからない女の子だったが、それ以上かまっている暇はなくなった。どうしようか考えているうちに、生徒会長からの放送があったからである。
『猫だ!校内を逃走中の猫を捕まえなさい!部活は一時中断、協力したクラブには予算を優遇します』
やれやれ、という感じでカレンが一つ息をつく。
「また会長の思いつきね。何でもお祭りにしちゃうんだから…」
まだ、苦笑いで済んでいた。それが済まなくなったのは、次の放送で、である。
『そして~、猫を捕まえた人にはスーパーなラッキーチャンス!生徒会メンバーからキスのプレゼントが!』
カレンの動きが停止した。生徒会メンバーということは、自分もライも含まれる。
「…な、なななな、何てことしてくれるのよぉ~~~!!!!!」
病弱という設定も忘れ、カレンは叫んでいた。
オリキャラの女の子登場。名前は今回出ませんでしたけど…。
外面はfateのイリヤを想像してもらえばわかりやすいかと思います。
ちなみに私のライ君は母親の影響で菓子作りが趣味です。洋菓子だけでなく和菓子も作れて、話に出ないところでも色々差し入れをしている、という設定があります。
(味は生徒会女子メンバー曰く「太る覚悟をしても食べたいレベル」)