「勝った勝ったー!」
アジトに着くなり、玉城が叫ぶ。だが誰も咎めなかった。今日の勝利はその程度では足らないものだったからだ。
旧埼玉県鶴ヶ島市にある、ツルガシマ駐屯基地襲撃。それほど大きい基地ではないが、基地一つを壊滅させたという戦果は誇っていいだろう。
『オレンジ事件』以来代理執政官であるジェレミアの求心力は地に落ち、新たな総督はまだ赴任していない。今では重職にある者たちが合議の末決めている。
だから、ブリタニア軍が即応できない今こそ動くときというのは理解できた。だが、基地襲撃を考えるのは大胆にもほどがある。当初、誰もがそう思った。
結果は大成功。真っ先に格納庫を制圧し敵ナイトメアを抑えたのが大きく、人的損失はゼロ、軽傷者少数にサザーランド数機が修理可能な損傷を受けた程度という完勝だった。
ブリタニアの増援がやってきたときにはすべてが終わっており、歯噛みしながら片付けをするしかなかったであろう。
「ほれ、ライ。いやー、お前が仲間になってくれてホント良かったぜ!!!」
「ちょっと!!!ライは未成年よ!」
玉城がライに渡したものはビールだった。それを見たカレンがひったくるように取り上げる。アルコールはまだ入ってないが、それ以上に戦勝に酔っていた。
ライが加わってから最初の作戦で、グループ結成から最大の戦果である。最初は悪態をついた玉城だったが、今では「ライ万歳!!!」などと叫ぶ始末だ。
「いいじゃねーかよー。こういうおめでたい席に酒はつきものだって。それにこいつの本当の年齢なんてわかんねーんだろ?20歳超えてる可能性だって…」
「はーい、玉城。もう酔っぱらってるのなら酔い覚ましに付き合ってあげるわ」
言葉の途中で小笠原と井上のコンビに拉致された玉城は、その日戻ってくることはなかった。
「ごめんね。あの馬鹿ったら、本当にデリカシーってものがないんだから…」
「いいさ、気にしてない」
ライの過去に関する手掛かりは、今に至るまで何もない。
ナイトメアフレームの操縦技術が隔絶しており、白兵戦となれば他の追従を許さない。それだけの鍛練を積んでいるのに、それがどこで学んだものなのかもわからないのだ。
よって、グループ内ではライの過去を下手に掘り下げるのは禁則事項になっている。だが玉城はお構いなしにそれをやっては、カレン、井上、小笠原の制裁を受けるのだった。
「でも、お兄ちゃんがいた頃以来だって、玉城があんなにはしゃぐのは」
ライの狙いは、まさにその点だった。新参の、わけのわからない記憶喪失者。それが認められるために最も単純な方法は戦果を挙げることである。それも、これまでにない位の。
つまり、今回の戦闘は政略的な意図から必要とされたもので、それは十分満たされた。
あとは、『扇グループ』の名も売れるとは踏んでいたが、それは少々想定外の事態にまで発展した。
「あー、みんな聞いてくれ。キョウトから連絡があった」
扇の発言にメンバーがどよめく。日本最大の秘密結社で、反ブリタニア勢力に資金、物資などさまざまな援助を行っている組織、それが『キョウト』である。
そのキョウトの代表が、直々に会いたいと言ってきたのだから騒ぎにならないほうがおかしいだろう。
「今回の襲撃の件だろうな。……さすがに耳が速い」
扇グループの戦力はライとカレンのグロースター二機に、サザーランドが五機。それで小さいといえ二十機以上が格納されていた基地を叩いたのだから噂が駆け巡るのも早いだろうが、それにしても素早い。
とはいえ、キョウトと直接つながる、というのは一級レジスタンスとして認められたということであり、これまでの貧乏弱小グループからすれば考えられないことだった。
「もう一つあって、ライは絶対に連れてこいということだ」
「何かわかったんですか!?」
キョウトに依頼したライの血液分析。意図とは全く違うことになったが、分析結果からライの過去の手掛かりがつかめた可能性はある。
「それも、直接話すそうだ。あー、カレン、…お前も来るよな?」
連れて行かないなどと言ったら何をされるかわかったものではない。そんなオーラを発していたカレンに負け、扇の口調は確認のためのものになった。
当然のごとく、カレンは頷く。最近、カレンが変わったような気がする。そう思った扇であった。
翌日、キョウトの関係者の案内でライ、カレン、扇の3人が連れて行かれたのは、予想もしない場所だった。
富士山にある、サクラダイト採掘プラント。ブリタニアの最重要施設と言っていい。
「キョウトの表向きは、NACか…」
ブリタニアに協力する経済企業体、それがNACである。その実態がキョウトであり、本拠が富士山のサクラダイト採掘プラントと言うのは皮肉だった。
「あら、いらっしゃいましたのね」
3人を迎えたのは、巫女のような衣装をまとった少女だった。明らかに歳はカレンより下で、そんな少女に迎えられるというのも予想の外のことである。
「皇神楽耶、と申します。以後、お見知りおきくださいませね」
「は…、拝謁を許され恐悦至極であります!リーダーの扇要と申します!」
扇はがちがちに緊張していたが、ライとカレンはこの少女がどんな立場にあるのかわからない。
「扇さん、誰なんですか、この子?」
「ば、馬鹿。『皇』という姓を聞いてわからないのか…。キョウト六家の総家だぞ」
つい誰なのか聞いてしまったカレンが、扇に押さえつけられて頭を下げさせられた。
「あら、そんなにかしこまらないでくださいませ。『お義姉さま』になるかもしれない方ですから、仲良くしましょう」
「お、『お義姉さま』!?」
とんでもないことを言われおうむ返しのカレンに対して、神楽耶は怪訝な表情で言う。
「……お二人は恋人同士ではないのですか?そうだと伺っておりましたが…」
神楽耶の視線の先は、カレンの隣にいる銀髪の少年。それに気づいたカレンは顔を真っ赤に染める。
「違います違います!まだ恋人なんて関係じゃ…」
「『まだ』?では、近い将来にご予定は…」
カレンの言葉に神楽耶がさらに暴走するが、それを遮ったのは老人の声だった。
「はっはっは…。神楽耶様、順を追って話をしないと、誰もわかりませんぞ」
この老人の名は、桐原泰三という。桐原家はキョウト六家の中で皇家に次ぐ家であり、神楽耶がまだ幼いという点もあって、彼が実質的なキョウトの長と言っていい。
「さて…、まずは先日の基地襲撃、見事であった。ここ最近では、久しぶりに聞く胸のすくような戦果だ」
「恐れ入ります。ですが、その戦果は全て、この者の功に帰するものです」
「聞いている。見違えたように派手に暴れたものだが、これは誰か新しい者が加わったに違いない、とな」
桐原が、視点をライに移す。
「ふむ、見た目は日本人とは見えないが……。いや、失礼した。貴公らが送ってきた血の持ち主は、この少年で間違いないのだな」
「何かわかったのですか!?」
本人より、カレンが勢い込んで聞く。
「はい、実は大変なことが分かりまして…」
説明を引き継いだのは神楽耶の方で、彼女が伝えるところによると、以下の点が判明したという。
一つ、ブリタニア人と日本人のハーフであること。
一つ、日本人の遺伝子を調べたところ、皇家の遺伝子と最もよく符合すること。
一つ、皇家の家系図からこの血筋に至る系譜は確認できないこと。
「結論をまとめますと、皇家の、それもかなり直系に近い誰かとブリタニア人の誰かの間に生まれた存在、となるのですが、その『誰か』は全く特定できなかった、ということになります」
ありえない話、と言った方がいいだろう。皇家は日本貴族の末裔で、しかも家格は最上位級に位置する。家系図はしっかり管理されているし、それ以前にブリタニア人との結婚などまず許されない。
「言っては悪いのだが、誰かの隠し子とでも思うほかは…」
「桐原、それはありえませんと言ったはずではないですか。咲耶様以後、皇家のしきたりがどれほど厳格なのかはあなたも重々承知でしょう」
桐原が黙り込んだ。確かに、伝統ある旧家らしく皇家は非常に厳格なのだ。外出の際には当然のごとく護衛が付く。その目を逃れて婚外交渉などできるはずもなく、隠し子などすぐ発覚するだろう。
「咲…耶…?」
「あ、咲耶様と言うのは…」
新しく出た名前に、ライがつぶやく。神楽耶が説明しようとしたのを遮り、それ以上話したくないと言外に言いながら、桐原が言い捨てた。
「いや、関係あるはずがない人だ。200年ほど前のお方で、息子の代で家系も絶えた」
「……えっと、とにかくライが『皇家の親戚』ということは間違いないんですよね?」
少々険悪になった空気を察し、カレンが話を戻す。
「はい。……それで、皇家に養子に迎えられないかと考えているのです。皇家も、私だけになってしまいましたから」
ここでようやく、最初の『お義姉さま』と話がつながった。ライが皇家の養子といっても、さすがに神楽耶の息子ではおかしいので、義兄になるのだろう。
「……神楽耶様、少々先走りすぎですな。六家も承認しているわけではないのですから」
「ですが桐原、皇家の血を引く、若き英雄、それはこの日本解放戦争の象徴足り得る存在ではありませんか」
「…神楽耶様、私とて、反対しているわけではありませんぞ。ですが、まだわからないことも多いですし、何より本人の意思を確認もせず話を進められては迷惑でしょう、と申し上げているのです」
老獪、と言うべきであろう。反対しないと言いながら、圧力をかける。もっとも、そのくらいの口が回らないようではキョウトの影の長などやっていられない。
「ねえライ、いい話どころか夢みたいな話よ」
本人がどう思うか、それを聞かれて考え込んでしまったライにカレンが促す。彼女にしてみればまさしく『夢みたいな話』であっただろう。自分たちの救世主が日本最高の名家の血を引き、その家に迎えられるのだから。
「記憶喪失、ということも伺っております。出自が分からないことを気にされていらっしゃるのでしたら、ひとまず仮に、ということでどうでしょうか」
具体的には『皇』の姓を名乗るが、家督の継承権はない、ということである。また、家族が見つかったら『皇』の姓を捨ててもいい。
この条件は、桐原以下六家の人々も勧める。神楽耶がどうしても折れなかったので皇家に迎える事は妥協したが、自分たちの総家を見ず知らずの人間に継いでもらうのは快いことではない。
「………そういうことでしたら。あくまで『仮に』ということで」
ライの返答に、神楽耶がぱっと顔を輝かせる。彼女にとっては、家督うんぬんより家族が増えることが重要ならしい。
「よろしくお願いします!『お義兄様』」
だが、神楽耶にそう言われてライが固まった。
「あ、あの…、どうかされましたか?あ、もしかして『お義兄様』では嫌なのでしたら、他の呼び方で…」
的を大きく外した神楽耶の提案を、ライは苦笑いで返す。固まった理由は他でもない。誰かにそう呼ばれていたような気がして、それが神楽耶の声と重なったのだ。
「驚いたね」
「………うん」
帰りの車の中で、カレンが言う。それに対しライは頷き返しただけだった。
「気になるの?」
神楽耶に『お義兄様』と呼ばれて、何かが頭の中をよぎった気がした。
記憶を失う前の自分には、妹がいたのだろうか。だが思い出そうとしても思い出せず、ライはそれ以上考えるのを止めた。
「まあ、わからないことを考えてもどうしようもない。それより…」
「うん、ハーフなんだね。…私と同じ」
少し頬を赤らめながら言うカレンの表情は嬉しそうで、二人とも気づいた時には、何気なく手を握り合っていた。
しかし、車の後部座席でいかにも恋人同士のようにいちゃつかれては、前に座っている人間はたまったものではない。
「あー、お前ら、少しは自重して欲しいんだがな…」
扇にそう言われて、二人が慌てて手を放す。だが扇としては、悪いことではないと思った。
今のカレンがどんな表情なのかは、先ほどまでの感じからたやすく想像できる。そして、そんな表情をしているカレンなど、兄を失ってから一度も見ていなかったのだから。
(譲るべきかな)
リーダーの座も、カレンもである。扇がこれまでどんなに頑張ってもできなかったことを、この少年はたやすくやってのけた。
だからライには感謝している。少し寂しい思いもあるが、それは呑み下すしかないだろう。
だが、ついぽろっと呟いてしまった次の一言は、失言というほかになかった。
「しかし恋をすると女は変わるって言うけど、本当だよなあ…」
「な、何を言うんですか、扇さん!!!変なこと言うのはやめてください!」
カレンの手は無意識に扇の首にかかっていた。それを振りほどこうとして運転がおろそかになり、危うく事故を起こしそうになった。
神楽耶登場。『妹』の立場をこの子に奪われ、ナナリーの出番がどんどんなくなっていく…。
そしてライ君の日本側の血筋が判明。咲耶様の話を桐原が喜ばなかったのも、ちゃんと理由を考えています。