「ふう…」
政庁を出たところで、スザクはほっと息をついた。
思えば、この数日ほど密度の濃い日々はなかったであろう。シンジュクでいつものように雑用で駆り出された、それが運命の綾だったと思う。
7年前の戦争で生き別れた親友と再会し、奇妙かつ神秘的な少女に出会い、親衛隊には殺されかけ、ランスロットに乗ることになり、あのグロースターと死闘を繰り広げ、挙句に総督暗殺の容疑者にされた。
さらにその護送中にゼロによって拉致され、しかし法廷の裁きに従うべきだと考えたスザクは自ら出頭し、たった今釈放されたのである。
結局、総督暗殺容疑は証拠不十分で起訴見送りとなった。ゼロについては絞られるだけ絞られたものの、ゼロとつながっているとするにも証拠不十分とされた。
堂々と真犯人と名乗り出た者がいる以上、誤認逮捕を批判されないうちに終わらせたいということだろう。
「どいてくださ~い!!!」
歩いていると、不意に空から女の子が降ってきた。状況が把握できないものの、このままでは飛び降り自殺になるのでひとまず受け止める。
「…あの、怪我とかしていませんか?」
あっけにとられたものの、とりあえず相手の体の心配をしたのは真っ先にやるべきこととして正解だったであろう。
スザクの受け止め方が良かったのか目につく外傷も痛がる様子もなく、受け止めたスザクの方も何事もない。
だが、次の彼女の言葉には、さらにあっけにとられた。
「私、実は悪い人に追われていて…。だから、助けてくださいませんか?」
「嘘なんでしょう、追われているなんて…」
しばらく歩いて公園にたどり着き、そこでスザクが切り出した。相手はスザクのことを知っていた。気を引くためにわざと物騒なことを言ったのだ。
その相手は、と言えば、野良猫と適当な猫語で話していた。
「にゃー。にゃ、にゃー。足をけがしてるのかにゃー」
どうにもつかみどころのない人だ、とスザクは思う。しかし、騙されたのであるが悪い人だとは思わない。
どうやら猫は彼女に懐いたようだ。抱き上げて差し出されたのでスザクも構ってやろうとしたのだが、この猫はスザクの指に思い切り噛みついた。
ネコ科の動物はライオンや虎をイメージすればわかる通り、肉食である。だから牙は鋭く、噛まれれば相当痛い。
ちなみに日本で猫といえば魚を食べるイメージがあるが、これは飼い主である日本人が魚ばかり食べて獣肉を食べなかったため必然的に猫の餌も魚になり、その姿が定着したからである。
噛まれたスザクの指をしっかり消毒して、怪我をしていた猫の足も手当てしたやった。が、スザクは見ていただけだ。手を差し伸べようとしただけで、牙を剥かれる。
「駄目ですよ、アーサー。…猫、苦手なんですか?」
スザクは好きなのだが、いつも片思いなのだという。結局スザクは触ることもできず、アーサーと勝手に名づけられた猫は足の手当てが済むとどこかに行ってしまった。
「片思いって、優しい人がするんですよ」
本当につかみどころがない人だと思う。軍の峻厳さに慣れたスザクにとっては、別の世界の住人とさえ思えるほどの。
「私のこと気になりますか?じゃあ、もう少し私につきあってください」
何故追われているなどと言ったのか。今度こそ相手にその疑問をぶつけると、そう返された。それで押し切られ、結局租界の案内をすることになったのである。
別に、スザクには特別の予定はない。軍も今は辞令待ちという状況だ。話によればあのランスロットの研究チームに転属になるらしいが、最高責任者がいないので正式な辞令を出せず、中二階で足止め中なのである。
この少女は、ユフィと名乗った。雑談をしながら租界を巡り、わかったことは本国出身で、先週まで学生だったのを辞めてこのエリア11に来たらしい。
「今日が最後の休日なので、だから見ておきたかったんです、エリア11を。どんなところなのかなー、って」
なら自分よりもっといい案内役はいくらでもいるだろうに、とスザクは思ったが、彼女はスザクだからよかったと言う。
その答えに、不思議とスザクの心は弾んだ。
ユフィがただの観光客、などということはない。その思いは、相手がシンジュクを見たいと言ったことで確信に変わった。
シンジュクゲットーはもはや無人の廃墟と言っていい。いるとすればテロリストぐらいのものだ。
その光景を、ユフィはじっと凝視していた。
「枢木スザク、あなたに問います。ブリタニアは、間違っていますか?」
唐突に、ユフィが言う。それに対してスザクは即答することができなかった。
「答えてください。あなたから見て、この国は間違っているか、そうでないかを」
正直に答えれば、処刑台送りでも不思議ではない。だが、嘘や遁辞を許さない迫力が今のユフィにはあった。
「間違っています」
このシンジュクを正当化するなど、あってはならない。力ある者のエゴイズムによって生まれたものが、この廃墟だった。
「…『弱い』って、そんなにいけないことなんだろうか」
強い者の許可がなくては、生きることすら認められない。それが『弱肉強食』の世界である。そして、そんな世界は間違っていると、スザクははっきり言い切った。
「では、あなたはそれを変えるために、どうすればいいと考えているのですか?」
「………わかりません」
ユフィの問いに、スザクは答えられない。だがスザクはブリタニア軍に所属している。それは何か、目的があったからそうしたのではないか。そう追及され、スザクは誰にも語ったことがない、自分の夢を口にした。
「…『ナイトオブワン』を目指しているんです」
ブリタニア皇帝直属の騎士『ナイトオブラウンズ』の長である、『ナイトオブワン』。この立場はただ「ブリタニア最強の騎士」という栄誉を得るだけでなく、好きな領地をもらえる。
無論、スザクが望むのは、このエリア11、日本以外にありえない。そして、ブリタニアにさまざまな面で協力はしなければならない、という制約はあるものの、領地をどう統治するかは領主の自由だ。
「…領主と言っても、名目上だけ。内実はかつての日本と同じ、民主制の国家。そうすれば、この戦争だけならば終わるはずです」
「それでは、あなたは何も報われないのではないですか?」
そもそも、名誉ブリタニア人に過ぎないスザクが『ナイトオブワン』になれる可能性など皆無に等しい。仮に成れたにしても、一生を賭け、気が遠くなるほどの障害を乗り越えた末の話であろう。
スザクは、その成果を全て譲り渡す、と言っているのだ。名誉は得るかもしれないが、ブリタニア人からは邪険にされ日本人から裏切り者呼ばわりされた末に手に入れた代償としては、あまりにも小さい。
「それでいいんです。それが俺にできる償いなのだから…」
「お父様のこと、気にかけていらっしゃるのですか?」
ユフィはスザクの素性まで知っていた。当然、枢木ゲンブ首相が軍部を諌めるために自決したことも。
その自決は戦争の終結を望んでの、文字通りの決死の行動のはずだった。しかし、結果として今に至るまで抵抗が続いている。
スザクはその中途半端と言うしかない結末に至った父親の意志を継いで、今度こそ本当に戦争を終わらせたいのだろうとユフィは思った。それが、彼の言った『償い』であるのだと。
「……………」
それに対し、スザクは何も答えない。心の奥にある自分の『闇』については、誰にも言えなかった。
スザクもユフィも黙り込み、ただ廃墟を眺めていた。
実際の時間は十分にも満たないのだが、体感的には優に一時間を越した気がする。
「………そうだ!枢木スザク一等兵、あなたは学校に行ってますか?」
「は?」
唐突かつ何の脈絡もない質問に面食らったスザクは、つい間の抜けた声を上げてしまった。
「ですから学校です。あなたぐらいの年なら、学校に行くのが当然じゃないですか」
当然なはずがない。スザクは軍人としての道を選んだのだ。学校に行く暇など、あるはずない。
「駄~目~で~す!学校に行って…。友達を作って…。あなたには、そういうことが必要だと思いました」
「え?いや、でも、軍務があるんですけど…」
「それはわたくしが何とかします」
ユフィがあっさり言い切る。何気なくであったが、ユフィの一人称が変わっていたことにスザクは気付いた。
「え、えーと、ユフィ?」
戸惑うスザクにユフィが二の矢を放つ。
「では『命令』という形にしましょう。それなら、あなたは従わなくてはなりませんから。……わたくし、エリア11副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアが、枢木スザク一等兵に学校に行くよう命じます」
「………。し、失礼しました。皇女殿下とは知らず、数々の無礼、お許しください」
『エリア11副総督』、『ブリタニア』という単語の意味に理解が追いつき、あわててスザクが膝をつく。
ユーフェミア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第三皇女なのだが、これまでほとんど表に出てこなかったので、スザクは名前に憶えがある程度だった。
「そんなことはなさらないでください。…えっと、それで、総督や軍の方にはわたくしから話を通しておきますから安心してください。学校の方も、当てがありますから」
もはやスザクの意向を無視してとんとん拍子で話が進んでいく。断ろうにも、少し困ったように次の一言を言われてはどうしようもないとスザクは思った。
「……受けてくださいますか?」
「…イ、イエス、ユア、ハイネス」
返答は、これしかなかった。
数日後、皇女殿下の推薦ということで形式だけの試験をパスしたスザクは、『命令』通り学校に行くことになる。
学園の名は、『私立アッシュフォード学園』。彼の運命は、そこでまた激動する。
ルルーシュ回に続きスザク回。
スザクはいろいろ屈折している分、ルルーシュより掘り下げやすいキャラです。
そしてユフィ登場。私の中では『コードギアスで皇帝にふさわしい人』1位が彼女です。(ちなみに2位はコーネリア、3位がミレイ。ライは自由にキャラ付できるので除外)
なお、R2のスザクを批判する人に言いたいことが一つ。
「あのぶっ壊れたスザクは私も好きになれないが、ぶっ壊したのはルルーシュだ」