「邪魔しているぞ」
目の前にこの女がいるという現実を前にして、混乱しない方がおかしい。そうルルーシュは思った。
しかも、クラブハウスのルルーシュたちが住んでいる部屋のダイニングで妹のナナリーと茶と折り紙を楽しんでいるというおまけつき、だ。
ルルーシュが目の前の緑の髪の少女―C.C.と出会ったのは、あのシンジュク事変の時だ。
丁度賭けチェスで勝った帰り道にトレーラーが事故を起こし、救助に向かったらそのトレーラーはテロリストの物であり、否応なく巻き込まれた。
そしてその後、積まれていた『毒ガス』とされていたカプセルのロックが偶然はずれ、中から出てきたのは毒ガスではなく目の前の少女だったのである。
「どうしてここにいる…!?」
「どこにいようと私の勝手だろう」
お茶をこぼしたとナナリーを騙してC.C.を自分の部屋に連れ込み、尋問を開始したルルーシュであったが、相手はふてぶてしい態度を一向に改める様子がない。
「そうじゃなくて、お前は―」
「あの時死んだはずか、か?」
C.C.と名乗ったこの少女は、クロヴィスの親衛隊に銃で頭を打ち抜かれたはずだった。ルルーシュは息がないことを確認している。それが今、目の前でぴんぴんしているのだ。
「………気に入ったか、私が与えた力は?『絶対遵守』のギアスか。いいものが出たな」
『魔女』の秘密にかかわってしまったため、ルルーシュもあやうく殺されるところだった。その状況に追い込んだ元凶がこの女なら、救ってくれたのもまたこの女である。
『ギアス』。超能力と言っていい。ルルーシュに与えられた『絶対遵守』とは、『どんな命令でも一度だけ従わせる力』。それで彼はシンジュクで親衛隊を全滅させ、サザーランドを奪った。
頭を打ち抜かれても死なず、人に超常の力を与える。クロヴィスが『魔女』と呼んでいたことなど知る由もないが、まさにその名にふさわしい存在だろう。
「お前、どうして俺にギアスを与えた?」
ルルーシュにとって、彼の世界を大きく変えた力だった。だからギアスとこの女については、知りたいことが山ほどある。だがC.C.ははぐらかすような答えを返しただけであった。
「お前が私の初恋の男に似ていたからだ」
「……俺はまじめな話をしたいのだが?」
「心外だな。私はまじめに答えているぞ」
もういい、とルルーシュは諦めた。何を聞こうが、この女は答えたいようにしか答えないだろう。
「……こっちにも聞きたいことがある。この学園に、銀髪の男がいるだろう。何者だ?」
「銀髪だけでわかるか。……他の特徴は」
「この建物から赤い髪の女と一緒に出て行った。住んでるようだったぞ」
やはりライのことか、とルルーシュも得心がいった。真っ先に思い当たったし、このクラブハウスに向かってきたC.C.と出会う確率は彼が最も高い。
だが彼について伝えられる情報は、ルルーシュもほとんど持ってない。
「名前は『ライ』。……あとは知らん、記憶喪失だそうだ。数日前、行き倒れたところを助けた」
ようやく相手の表情に反応が現れた。ルルーシュにそう言われ、C.C.は一瞬固まったのだ。
「知っているのか?」
「そっくりな奴ならば…。だが、生きてるはずのない男だ。ありえない…、はず…」
「生きているはずがないのなら別人だろう。気にするだけ無駄だ」
ルルーシュは大して気にしていなかった。他人の空似程度ならよくあることだし、それよりも、今後の計画に大きく影響しそうな人間、という観点でライを見ていたからだ。
当然ながら、ルルーシュが巻き込まれたテロリストのトレーラーとはカレンたちが乗っていたもので、ルルーシュはこのとき彼女の顔を見ている。
物陰に隠れていたので彼女は気付かなかったが、翌日カレンに接触しようと思ったのもそのためだった。あのグロースターを操っていたのが誰か、それを知りたかったのだ。
「銀色の髪に青い目のブリタニア人のような外見をした少年、名前も今どこにいるかも知らない」
ギアスを使って聞き出した情報がこれだけでは無駄撃ちと言っていい。舌打ちして「シンジュクのことは誰にも言うな」と次の命令を下したが、これは失言だった。
『絶対遵守』は、一人に対して一度しか使えない。その時ルルーシュはそのことを知らなかった。声から気付かれる可能性を考慮した行為だったのに、ただ自爆になってしまった。
仕方なく、放課後彼女の疑惑を取り払おうと策を考えていたのだが、これもライ登場のドタバタで諦めるしかなかった。
……ルルーシュの意図とは関係なく、結果的に彼女の疑惑は消えたようだが。
カレンから聞いた外見上の特徴、そして彼女の態度からして、ライがあのグロースターを操っていたのは間違いない。それ以外に彼女があそこまで必死になる理由はないからだ。
また、シンジュク事変が二人のファーストコンタクトというのも間違いない。名前も知らなかったし、それ以前から知り合っていたのなら、今度は必死すぎて不自然になる。
シンジュク事変でいきなり現れ、自分たちを驚嘆させる才覚を示した男を仲間にしたいがための態度、と考えれば、カレンの態度は説明がつく。
だが、そうだとするとルルーシュにとっては不都合になった。
(様子見をするべきではなかったか…)
大失敗と言っていい。シンジュクでは、どうせ少し頭が回る程度だろう、苦戦になったところで助けてやればいい、と思っていたのだ。それが、ルルーシュの予想をはるかに超えた指揮ぶりを見せた。
結果、苦戦した白いナイトメア、ランスロットを嵌めた策を披露しただけで終わってしまったのである。
あの策が『ゼロ』によるものというくらい気付いているだろうが、あの程度では彼を差し置いて『ゼロ』に従うことは期待できないだろう。
謎の仮面の男『ゼロ』の正体としては、正直言って厄介極まる相手が登場したものである。駒足り得るか、どころの話ではなかった。
相手は、犬ではなく獅子だったのだ。
仮に敵対することがあれば、負けるつもりは毛頭ないが、勝てると言い切れる相手でもない。だが、走り出した彼はそれでも足を止めるつもりはない。
「お前は何をするつもりだ?クロヴィスに殺されかけたから、その鬱憤を晴らしただけなどということは…」
「もちろん違う。俺は、ブリタニアをぶっ壊す。……驚いたか?」
「…いや、ほっとした。それくらいでなくては、ギアスを与えた価値がない」
人から見れば妄言としか思えないことを言うルルーシュも、それに平然と応じるC.C.も、かなり壊れていると言っていい。
「…しかし、目立ちすぎではないのか?枢木スザクとやら一人のために、あんな大仰なことをして…」
「売名行為としてはこれ以上ない舞台だった。利用しない手はあるまい」
ルルーシュの答えは嘘ではない。確かにあの一件で『ゼロ』の名は世界中に知れ渡っただろう。だが、それ以外の理由もある。そしてそれは、この女には言う必要のないことだった。
ルルーシュの答えに、C.C.はにやりと笑う。その笑みにルルーシュは自分の心情を見透されているのではないかと思ったが、C.C.は忠告とも皮肉とも取れる一言を言っただけだった。
「期待を膨らましすぎると、破裂した時が悲惨だぞ」
余計なお世話だ、とルルーシュは思った。どれほど膨らもうが、叶えさえすればいいのだから。
「それで、お前は『ゼロ』の名を上げてどうするつもりだ。……ブリタニアの国是は、『弱肉強食』。お前ほどの才覚なら、充分食う方になれると思うがな」
C.C.が再びにやりと笑う。今度の言葉には明らかに挑発が混じっていた。ルルーシュが決してそうしない、と確信しているための。
その態度が勘に障り、ルルーシュはあえて挑発に乗った。
「……強者は、弱者に対して何をしてもいいという物ではない」
「なら、お前の望む未来とは?お前はブリタニアを滅ぼした先に何を見ている」
「大切な人を失わなくていい、戦争のない世界」
ブリタニアを滅ぼすという妄言よりさらに上の、もはや狂人の言葉と言っていい。本当にそんな世界を作れると思っているのかというC.C.の問いにルルーシュはあっさり答える。
「誰かが勝てば、戦いは終わる」
その『誰か』には、当然自分がなるつもりだろう。
ベッドに腰掛けていたC.C.がおもむろに立ち上がる。話は終わりだということなのだが、その次のC.C.の行動はルルーシュの想定外の物だった。
「お、おい!何を考えている!!!」
C.C.は、いきなり服を脱ぎ始めたのである。
「何って…、寝るのにこの服では窮屈だ」
C.C.の来ている服は囚人が着るような拘束衣であり、そんなものを着ていては寝にくいのも道理だろう。だが目の前で、少なくとも見た目は年頃の女が服を脱ぎベッドにもぐりこめば、あわてるのは当然だ。
「ここに泊まる気か!?」
「……男は床で寝ろ。私が捕まったら、お前も困るだろう?」
追われているはずだと言っても、ごく一部の人間しか知らない、なら身を隠すのもここで充分だと言って聞きもしない。当然ながらルルーシュの都合は完全に無視である。
「少なくとも、私はお前の共犯者だ。正体をばらしたりはしない。……と思ってはいるが、お前が不誠実な男なら、その限りではない」
つまり、自分の面倒を見ないならお前を売るぞ、という脅しだ。それに対しルルーシュが渋い顔で黙り込むと、今度はいたずらっぽい口調で続ける。
「…もしかして、ギアスだけでは代償として足らないと言いたいのか?あいにくだが、私には持ち合わせがない。仕方ないから体で払ってやっても…」
「断固断る!!!」
「ではタダでいいんだな。それでは、おやすみ、ルルーシュ」
厄介なものを抱え込んだが、追い出すわけにもいかない。言いたいことはいろいろあるが、ため息一つに留めたルルーシュであった。
先週は風邪をひいて、38℃後半の熱が出て数日寝込んでました。何とか回復しましたけど…。
今回はルルーシュ回で、C.C.登場。本編より軽口が多かったり、この時点としてはデレすぎか?