「違うな、間違っているぞジェレミア。犯人はそいつじゃあない。クロヴィスを殺したのは、この私だ!」
『ゼロ』と名乗った男は、枢木スザクの護送中にクロヴィスの御料車そっくりの車で現れるという大胆極まりない行為の上、自分こそが真犯人であると名乗ったのである。
当然ながらブリタニア軍に取り囲まれるが、ゼロは全く動じず、自信満々に言い切った。
「いいのか?公表するぞ、『オレンジ』を」
ブリタニア兵の動きが止まる。『オレンジ』などと言われて理解できた人間は誰もいなかった。ジェレミア本人でさえも、言われて動揺している様子はない。むしろ不思議がっている。
「…私が死んだら公開されることになっている。そうされたくなければ…、私たちを全力で見逃せ!そっちの男もだ!」
なのに、そう言われたジェレミアはスザクを開放し、追い打ちを仕掛けようとしたとした味方さえ阻むという謎の行動をした。
ゼロはスザクを連れて逃げ、後には取り残された敵役と観客に加え、空虚な空気だけが残った。
「仰々しいパフォーマンスだな。よほどの目立ちたがり屋と見える」
その様子を、ライとカレンはテレビで見ていた。そして一部始終を見て彼が言った感想がこれである。
「でも、ちょっと不満ね。あなたの功績もさも自分が行ったごとく吹聴してるじゃない」
確かに、『シンジュク事変』と呼ばれるようになったあの事件も、ゼロが指揮を執ったのだと思った人間は多いだろう。だが別にライは構わなかった。むしろブリタニアの目が逸れ、ありがたかった。
「『オレンジ』って何だと思う?あの指揮官の慌てようからすると、よっぽどのことみたいだけど…」
「僕はただのはったりじゃないかと思うけど…。だけどあの指揮官の様子は…」
本当にやましいことがあるなら、言われた時点で何か反応があってしかるべきはずだ。そんな様子は全くなかった。言われてきょとんとしていたあの態度が演技なら、ジェレミアと言う指揮官は相当な役者だろう。
しかし、そうするとその後の彼の行動はあまりにも不可解だ。やましいことがないのなら、あの必死の行動は説明がつかない。
(まあ、僕なら可能なんだが…)
その点が、ライの心に引っかかっていた。
「ライ、どうかした?」
「いや、大したことじゃない。……それよりも、鍋の方は大丈夫なのか?」
「へっ!?…あああ!!!」
ライに言われて、カレンがあわてて台所に戻る。盛大に吹きこぼれていたが、焦げ付いてないことを確認したカレンがほっと息をつく。
「夕飯まで君に作ってもらうなんて、なんだか悪い気がするけど…」
「べ、別に気にしなくていいから。お世話係なんだし…、会長の命令だし…」
そう、そうれだけよ、とカレンは思うが、どうしても顔が赤くなるのは止められない。
結局、朝も肝心な話はできなかった。今度こそ、と思うが、どうにもこの部屋で二人きりという雰囲気の前に沈黙してしまうのである。
「あなたって、お箸も使えるのね」
この目の前の少年が、日本人なのか、ブリタニア人なのか。カレンはそれを知るきっかけにならないかと、わざと夕食を和風にし、さらに箸だけ出していたのである。
「ん?そういえば…。覚えはないけど、なんだろうな。箸を使うのは、ちょっと、懐かしい感触というか…」
多少ぎこちないが問題なく使えている。だが彼にとって、それ以上の不思議が目の前にあった。
「それにしても、君はどうしてそんなに箸を使うのが上手いんだ?」
カレンの箸の使い方は堂に入っていてまるで日本人のようだ。そう思い質問したライに、カレンは少し沈み込んだ様子で答えた。
「私…、ハーフなの。日本人とブリタリア人の…。今でこそブリタニアの家に引き取られてるんだけど、育ったのは日本。本当の名前は『紅月カレン』。だから…」
「それが君の戦う理由か」
カレンが頷く。そしてついに意を決し、言った。
「お願いがあるの。私たちに力を貸して」
「………君たちに協力して、僕に何のメリットがある?」
長い沈黙の後、ライが答える。確かに一介のレジスタンスに過ぎないカレンたちが、彼にしてやれることは少ない。一方的な貸しの超過になるのは明らかだ。
「力になってくれる存在が欲しいのなら、あのゼロだっていい」
それはカレンも考えなかったわけではない。だが、目の前の少年を信じるほど、あの仮面の男は信じられなかった。
「…初めて見たとき、ううん、通信で声を聴いたときから、あなたは信じられた。……なんだか、どこかで会ったんじゃないかって」
理由はものすごくあやふやだったが、これがカレンの偽らざる心情だった。そしてその言葉に、ぴく、とようやく彼の表情が動いた。
「……わかった。君のためなら、協力してもいい」
実は、ライの方もカレンのことが気になっていた。どうしても、ただの他人とは思えなかったのである。
「君があのグロースターの少年か。俺はこの組織のリーダー、扇だ。これからよろしく」
休日になり、カレンはシンジュクゲットーにある扇グループのアジトにライを案内した。記憶探しと言えば、休日に二人で出かけても怪しまれない。それは役得だった。
扇が差し出した手を、ライが握る。ひとまず彼の立場は参謀兼グロースターの一機を駆るエースの一人となるだろう。
「ちょーっと待った。俺は納得いかねえぜ」
そんなライに、噛みついた男がいた。玉城である。実は彼もグロースターを狙っていたのだが、ライが来たから彼が乗るのが当然と言う雰囲気になってしまい、それが不満だったのだ。
もう一機は、当然ながらこれまでのエースであったカレンが乗る。
「この前のことがあるからって、新入りは新入りだ。先輩に対する礼儀ってものが…げふぁ!」
玉城の演説は、カレンと小笠原と井上のコンビネーションによって遮られた。カレンに腹を殴られ、小笠原から後頭部に肘鉄を受け、井上に股間を蹴られたのである。
「ライの機嫌を損ねたらどうするつもりだったのよ…。ごめんなさい、あの馬鹿は、気にしなくていいから」
カレンにそう言われるが、あっけにとられるライであった。
「はうー、可愛いー!お持ち帰りぃー!!!」
そんなライに、玉城を沈めた小笠原が抱き着く。
「ちょっと!小笠原さん!!!」
「んー、だってねー、こんな可愛らしい子だなんて思ってなかったのよ。ね、君、お姉さんといいことしない?いっぱい甘えさせてあげるよ?」
「い・い・か・げ・ん・に・し・て・く・だ・さ・い!!!!!!!」
シンジュク中に聞こえるのではないかという大声でカレンが叫び、小笠原を引き離す。ライは何が何だかわからないという様子で、さらに呆然として状況を見守っていた。
「あー、ゴホンゴホン、…まあ、こんな感じの組織なんだ。迷惑ばかりかけるだろうが、見捨てないでほしい。……勝手な願いで悪いが、君は俺たちの希望だと思ってる」
「それではお尋ねします。あなたたちの目標は?」
「もちろん、日本の解放だ」
扇たちにとっては当たり前の答えである。カレンから聞いていることでわからないはずはないので、この問いは平凡と言うより愚問であろう。
当然ながら、ライにはそんな愚劣な問答をするつもりはない。
「問題は、それをどういう形で成し遂げるか。そこは考えているのですか?」
『日本の解放』と一言で言ってもいろいろある。ブリタニアの全面撤退まで妥協しないのか、一部の奪還で良しとするのか。そしてその後のブリタニアとの関係をどうするのか。
「あなたたちがブリタニアを憎むのは理解できます。が、ブリタニアと永遠に戦争を続けることは、この国のためにならない」
日本の地勢上、ブリタニアと中華連邦の対立を避けて通ることはできない。かつての日本は小狡く立ち回っていたのだが、ブリタニアの力に押しつぶされて今に至る。
そして無尽蔵ともいわれるサクラダイト鉱脈と、中華連邦に対する前線基地として、ブリタニアにとって日本は何としても手放したくない要地である。諦めることはないだろう。
「仮にブリタニアの駐留軍を壊滅させたとする。ならその後のブリタニアの再侵攻はどう防ぐのか。それを防いだとして、その次は?」
日本中のレジスタンス組織が持っている戦力を結集しても、ブリタニア本土まで攻め込んでペンドラゴンを落とす力はない。ひたすら防衛線を繰り返せば、最後には磨滅する。
そして中華連邦だ。日本とブリタニアの係争中に介入してくるのは目に見えている。これへの対応など何も考えてなかった。漠然と、ブリタニアと戦うなら敵には回らないだろうと思っていただけだ。
その点を指摘されると、皆が言葉に詰まった。
「ブリタニアとの戦争中に、背後から襲う。そしてブリタニアとの外交で、西日本で権益を得る。その程度の可能性も考えてない、と?」
日本の残党と結ぶより、はるかに危険はなく得る物は大きい。いくらブリタニアと犬猿の仲だからとて、中華連邦が日本のために戦ってくれるなど甘い夢に過ぎない。
唯一、日本が全面的に中華連邦の傀儡となることを認めるなら話は別かもしれないが、これは何の解決にもならない。今度は中華連邦の尖兵として、ブリタニアと戦わされるだけだ。
「ゆえに最も現実的で確実なのは、ブリタニアから独立を承認してもらうこと。そのために戦うという方針で考えるべきです」
ライがそう結んだ時、周囲は誰も発言しなかった。今この時点で、独立後の日本のことをそこまで考えて戦っている人間はいないだろう。
彼の言いたいことを要約すれば、日本が独力でやっていくのは不可能である。ではブリタニアか中華連邦のどちらかと結ぶとなれば、ブリタニアの方がまだマシだということになる。
しかしその主張は、レジスタンスという組織の中では禁句に等しい。
しばらくの沈黙の後、玉城が叫ぶ。
「……て、てめえ、ふざけんなよ。ブリタニアと結ぶ!?俺たちに、さんざんやられた恨みを忘れろって言うのか!?」
「…勝てる見込みなど全くない。目的が日本の解放ではなく暴れたいというだけなら、勝手にしろ。ブリタニアに勝つという幻想を抱き続け、それで死ねばいい」
ライはあくまでも冷静に返すが、その雰囲気は一変していた。それは皆をたじろがせるほどの迫力で、玉城でさえも黙り込んだ。
「……時間の無駄だった」
だれも口を開くことができなくなった中で、ライが踵を返す。
「ま、待て、待ってくれ!……君の言ったことは非常に考えさせられた。だから…、少し、時間をくれないか?」
扇はやっとのことで、それだけを口にした。
「おい扇…、何なんだあいつはよ…」
ライとカレンが去ったアジトで、玉城が毒づく。現実を見れば『ブリタニアとの講和による独立』と言った彼の方針は正しい。
だがこれまでレジスタンスとして戦ってきたその時間を否定されたような気分になるのは避けようがなく、決していい気分ではない。
「甘く見すぎていたようね…」
井上がつぶやく。その通りだった。なんとなく、彼が無条件に力を貸してくれる。そう楽観していたことは否めない。
彼の力が欲しいなら、自分たちも変わらねばならないだろう。
「……俺は彼を迎えるぞ。必要なら、リーダーの座も譲る」
「正気かよ?」
過剰評価だ、と感じたメンバーが一斉に声を上げるが、扇は動じない。そして、次の小笠原の言葉が空気を一転させた。
「んー。でもね、あたしは信用できると思ったね。少なくとも『ただ俺についてくればいい』なんていうような奴よりは」
ライはしっかりと日本の将来を考え、そのヴィジョンを示してくれた。日本を利用するだけ利用して、「独立はさせてやったのだから満足しろ」などという人間では決してない。
「不満はあるだろうが、このままでも駄目なことは分かっているだろう。…なら、俺は彼に賭ける」
ナオト以上かもしれない。扇は、そう思える人間に初めて出会った、という気がしていた。
学園までの帰り道、アジトの中からカレンはうつむいたままだった。
「ライ…、さっきの言葉は本気?」
「嘘を言ったつもりはない」
その言葉に、カレンの目がきっと吊り上る。
「……ブリタニアと結ぶなんて、冗談でも言わないで」
「納得いかないのか」
「当然よ。奪われた自由と誇りは、自分たちの手で取り返すものなんだから。自らの欲望のためだけに奪い取ったブリタニアを、私はけっして許さない」
「君たちは『弱い』。君はそれを理解してないのか?」
「強くなればいいのよ。ブリタニアよりも、誰よりも」
カレンにとって、決して妥協できない一線だった。それはライに言わせれば夢想に過ぎない事なのだが、そう指摘する代わりに一言だけ言った。
「……君は、ブリタニアを滅ぼした先に何を見ているんだ?」
それから、学園に帰りつくまで、カレンは何も話さなかった。