日本降伏から7年後―
ブリタニアの支配を受け入れない日本人は、レジスタンスとして光明の無い抵抗を続けていた。
「その情報、本当か?」
団員たちが手に入れた情報の大きさに目を輝かせる。成功すれば、弱小グループにすぎない自分たちの名前が一躍知られることになるだろう。
「キョウト経由で手に入れた情報だ。信用はできる…、と思う」
「『思う』ねぇ…。あなたがリーダーなんだから、もう少しはっきりして欲しいのよね、扇」
女性メンバーである井上から言われて、扇が言葉に詰まる。自分はリーダーの器ではないことは、彼自身が誰よりも自覚していた。
端的な表れとして、扇がリーダーになってから、このグループのまとまりは明らかに悪くなった。
誰もが不安なのだ。当然だろう、超大国ブリタニアに敵対しているのだから。そして、その不安を感じさせないリーダーを渇望している。
(あいつがいれば、みんな不安に思うことなんてなかったんだろうな…)
そう思った扇は、団員たちから少し離れて一人たたずんでいた少女を見る。
まるで燃えるような赤い髪が真っ先に目を引く。
名前は、紅月カレン。
扇が先ほど思った、親友でこのグループのリーダーだった紅月ナオトの妹だ。当然、扇も妹のように、あるいは娘のように可愛がってきた存在である。
その兄は、1年ほど前に帰らぬ人になった。「死亡」とは少し違う。死体が見つからないので、「死亡」と断定することもできないでいた。
カレンに残されたのは、絶望と、憎悪と、形見の短刀だけだった。
(俺にできるのは、せいぜいナオトの真似でしかない)
カレンには有能なリーダー以前に、支えてくれる人が必要なのだ。
短刀一振りにも負けている、と考えると情けない話だが、今この少女を支えているのは兄との思い出であり、その兄を奪ったブリタニアへの憎悪でしかない。
しかも厄介なことに、その憎悪は屈折して自分にも向かっている。ブリタニア人と日本人のハーフである自分自身を呪いながら生きているこの少女の未来について、暗い予想しか浮かばない。
「陽動部隊は玉城、突入は俺たちの部隊で行う」
「私は?」
カレンが無機質な声で問う。それに対してやはり扇は不安になった。
この少女の望みは、死ぬことではないか。レジスタンスとして死ねば、誰もが日本人と認めてくれると思っているのではないか。そう感じてしまったのだ。
「お前は待機だ。『アレ』はいざと言うときまで使用しない」
彼らは知らない。このテロ行為が、世界を変え、この少女を救う契機になることを。
「やりすぎだ、玉城の奴め!」
陽動にしては大きすぎる爆発音に、メンバーの一人が毒づく。
「軍の動きは?」
『動く気配が無い。やはり極秘研究っていうのは間違いないな』
最も近い駐屯地を見張らせていた仲間からの通信で最悪の事態はされられそうだとわかり、少しだけ安堵する
「だけど、この状況…」
「想像以上に兵士が多いぞ。…おい、サザーランドまで出てきた」
サザーランドとはブリタニア軍の人型自在走行機「ナイトメアフレーム」の量産機で、今のブリタニア軍の主力機である。
「三機も!?何なんだよ、この研究所…」
生半可な基地以上の警戒態勢だ。極秘で、しかも重要な研究所だと言うのは間違いない。だが…。
「やむをえない。作戦を断念し、撤収するぞ」
「正気か、扇!」
「正気だからこそだ!このままじゃ、全滅する可能性だって…」
言い争うところに、サーチライトの光が照らされる。見つかった。
「何者だ!」
銃をかまえた兵士が寄ってくる。包囲される前に逃げるしかない。
「くそっ!玉城、撤収だ!」
闇の中に銃の発砲音が響く。その音から、配備されている兵士数も異常だとわかる。
「玉城たちは無事なんでしょうね?」
「わからない」
できる限り暗闇を選んで走るが、ライトの数が多すぎる。追う兵士たちの向こうに、さらなるサザーランドが見えた。
「一体何機あるんだ!」
玉城の陽動部隊に向かったのが三機、そしてこちらを追うのが二機。これで確認しただけで五機になる。
「冗談じゃないわよ!こんな厳重な施設、私たちの手に負える代物じゃないわ!」
井上の嘆きはもっともだ。何か騒ぎを起こして相手の反応を見るのが目的で、自分たちは生贄にされたのではないかという考えが全員の頭をよぎった。
次の瞬間、屋根の上から影が降ってきた。
その影は、赤く塗装されたナイトメアフレームによるもの。だがこの機体は、扇たちを追う軍の前に立ちふさがる。
このグループの切り札であるナイトメア『グラスゴー』。搭乗者はカレン。
「カレン!?グラスゴーは待機だと…」
『そんなこと言ってられる状況じゃないでしょ!!!』
指示を無視された扇が通信機に怒鳴るが、それ以上の怒号で返された。
「…仕方ない。だがお前も時間稼ぎ以上は考えるな!」
『わかってる』
わかってる、とカレンは答えたが、相手のナイトメアの動きを見ればそう簡単にいく相手ではなさそうだ。無駄の無い、俊敏な動き。相当腕が立つ。
(エース級…、ってとこかしらね)
カレンにとって分は相当悪い。二対一であり、乗っているグラスゴーはサザーランドより一世代前の旧型だ。スペックは比較にならない。
しかもこのグラスゴーは何とか手に入れたジャンク品で補修したりもしたので、整備状況は非常に悪い。いつどこが不調になってもおかしくない。
「けど、負けるわけにはいかないのよ!!!」
コクピット内で叫び、サザーランドへ向かう。相手は左右に分かれ、アサルトライフルを撃ってきた。
カレンのグラスゴーにライフルは無い。遠隔武器は両肩のスラッシュハーケンだけだ。ライフルを回避し一機に向けてハーケンを放つが、それはあっさりかわされる。
「くっ!」
元々当たると思った攻撃ではない。弾幕を途切れさせるのが目的でなんとか接近戦に持ち込もうとしたのだが、もう一機がその隙を与えてくれない。
予想以上に、相手の腕はいい。
(一対一なら、なんとか…)
実はカレンの操縦技術は常人をはるかに凌駕しており、世界的にもトップレベルの実力を持つ。彼女はそれを知らないが、それでも今までの経験から自分の操縦技術が優れているのは理解していた。
だが、今回ばかりは状況が悪い。このままでは機械のような正確さで連携を行う相手に次第に追い詰められ、いずれ撃破される。
「ならっ!!」
損害覚悟で、相手の懐に飛び込む。さすがに予想外の動きだったのか、相手の反応がわずかに遅れた。
「はあぁっ!!!」
スタントンファで攻撃。撃破。イジェクションシートが作動する。
「……一機は倒した、……けど」
レーダーには二機の増援が映っている。そしてグラスゴーは右足を損傷。何とか動くが、機動力は格段に落ちた。敵は三機に増え、戦うことも逃げることも絶望的だ。
(ここまでかな…。お兄ちゃん……)
さらに一機の反応。カレンの顔に浮かんだ絶望が消えた。覚悟が固まったのだ。自分はここで死ぬ。ならば、最後まで戦ってやろうと。
だが、最後に現れた一機により、二機の増援の反応がLOSTした。
「え?な、何が…」
状況が理解できない。が、自分を掴もうとしていた死神の手が遠ざかったことは、カレンにも理解できた。
カレンの相手をしていたサザーランドが向き直る。その先には、同じブリタニア軍のサザーランド。このサザーランドが増援部隊を撃破したのだ。
(内紛?裏切り?私たちの誰かが奪ったとか?……とにかく、チャンス!)
敵のサザーランドが謎のサザーランドに向けてライフルを撃つ。が、謎のサザーランドはそれを最小限の動きで回避した。
「な、何よ、この動き…」
カレンの予想にあった可能性が一つ消える。こんなナイトメアの操縦ができる人間など、仲間にはいない。
何しろ、ほとんど真っ直ぐ進んでいるようにしか見えないのだから。カレンでさえ、この操作はできるかどうかわからない。
謎のサザーランドが接近戦に持ち込んだ。トンファの一撃。だが戦ったカレンには結果が見えていた。
(この敵ならこの程度は回避するはずで…)
その回避先には、スラッシュハーケンが打ち込まれていた。
「なっ?」
相手の回避行動を見越した追撃。しかもその正確さは…。
だが敵もさるもの、体勢を崩しながらもそのハーケンまで回避する。その瞬間、カレンの直感がどう行動すべきか告げていた。
(このパイロットは、私がこうすることも読んでいた!?)
そう思いながらもグラスゴーのハーケンを発射。体勢が崩れた敵に避けることは不可能で、直撃。機体が爆発した。脱出できなかったパイロットは爆死しただろう。
それを見届けて、謎のサザーランドは立ち去る。
「待って!」
外部スピーカーで話しかけるが、返事は無い。
(やっぱり、違うよね……)
一瞬期待してしまったのだ。もしかしたら、行方不明の兄ではないのか、と。
カレンが感傷に浸っている間に、サザーランドは視界から消え、レーダーの範囲外へ去ってしまった。
『カレン、聞こえるか』
扇の声で現実に戻る。ここは戦場なのだ。考えるのは、後でいい。
『玉城の部隊が足止めを食らってる。お前も応援に来てくれ』
「了解!」
カレンの威勢のいい声とは逆に、モニターは警告の表示で赤く染まる。動かしたグラスゴーの右足からは火花が飛んだ。
(サザーランドがいたら…、今度こそ終わりかもね)
せっかく拾った命なのに、とカレンは思ったが、現場に着いたときにその心配は杞憂だったことを知る。
玉城の部隊は足止めこそされていたが敵にナイトメアの姿はなく、グラスゴーで歩兵を蹴散らし、隠しておいたトレーラーまでの道を開いた。