青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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 大変お待たせいたしました。お待ち頂いていた方、本当にありがとうございます。ごめんなさい。
 悩みに悩んだ末に一度は三人称で書いたのですが、超鈴音ではない学園祭ラスボスとのバトル展開がどうにも納得が出来ない文なので、前半だけを抽出して夕映視点で再構成しました。


第79話 学園祭(3日目) ~幕間2~ 彼女の――

「はあ……。はあっ……」

 

 何かをするという動作を考える前に、妙に冴え切った頭が、私自身のちぐはぐな荒い息遣いを捉えました。とても人前には出られないほど、汗と土埃に汚れた格好で大の字になって倒れこむ私には、もう体力も魔力も残っていません。無様だと笑われるでしょうか? 出来るなら今すぐにでもシャワーを浴びて、布団の中に潜り込みたい気分です。

 ですが、ですがそれでも私は、やり遂げたのです。チャチャゼロさんの前衛が無かったら確かに私はやり遂げられなかったと思います。いえ、間違いなく不可能だったと言えます。しかしそれでも、私はっ……!

 

「ケケッ!」

「――っ!?」

 

 突然にガシャリと、何か金属の様な物がぶつかる音が直ぐ傍から聞こえました。それに驚いて動かないはずの体が反射的に動いて、音がした方向へと顔を振り向けます。もう既に暗くなった森の中で、それは強烈な存在感を放つ”機械の腕”でした。それが何であるかは、先ほどまで戦っていた私には分り切った事ですが、ギョッとして固まってしまいます。

 そんな私をあざ笑うように、チャチャゼロさんがそれを持ち上げ無造作に投げ捨て、再び持ち上げて投げる様子が伝わってきました。……相変わらずというか、猟奇的な趣味です。女性型というのが何とも拍車を掛けているのですが、ホラー感が増してしまうので考えるのは止めにします。

 

「はあっ……。ふう、ふう……」

 

 何度もそれを繰り返しながら、ケタケタと愉快そうに笑う彼女を横目に呼吸を整えます。……もしかして、タイミングを狙って冷や水をかけたのでしょうか? いえ、それは考えすぎなのかもしれません。

 ですが思い返すと、先ほどの私の状態は、所謂”調子に乗る”という状態になりかけていたと思います。これは要反省ですね。慢心はいけないです。まだこの程度の事で満足しているようでは、長谷川さんやネギ先生に追いつくどころではありません。のどかとハルナを守れるだけの力を身に着ける前に、守られっぱなしで終わってしまうでしょう。それはいけない事だと私は考えます。自ら進んでこの道へと踏み込んだのです。それであるならばこそ、まだ満足してはいけないと考えます。

 

「フフフ、大分絞られたな。まぁこの数相手に良く持った」

「はっ、はい! ありがとうございます!」

 

 暗がりの中でもハッキリとして通りの良い凛とした声は、間違いなくエヴァンジェリンさんでしょう。まさか褒められるとは思いませんでした。虚脱感の中で慌てて返事を返しますが、自分自身の声の中にうれしい気持ちが隠せなかったように思います。ですが、褒められたからと言って調子に乗ってはいけません。いま先程反省したばかりです。

 

「夕映ちゃんも、チャチャゼロちゃんもお疲れ様だよー」

 

 そして同質でありながら明らかに雰囲気が柔らかく、間延びした声はアンジェリカさんですね。彼女は彼女で、とても幻想的な雰囲気を違和感の中で醸し出しています。我ながらとても矛盾を含んだ表現だとは分かっているのですが、そうとしか表現が出来ないからです。

 どういう理由か解りませんが、彼女は目の前で浮遊するノートパソコンに向かって、何か魔法陣のようなものが浮かんだ両手を翳しています。更にその周囲を囲む様に幾つものモニターが浮かんで、画像が目まぐるしく変化しています。怒られるかもしれませんが、彼女達自身が持つ、少女姿の西洋人形の様な容姿を持つ人物が、近未来的な科学を思わせる空中モニターを使いこなす様子は違和感を禁じ得ません。

 

「肉ガ、斬リタカッタゼ。オイルガ、噴キ出テモ、楽シメネエヨ」

「そう言うな。せっかくの夕映のデビュー戦だ」

 

 彼女は援護する事もなく、ただただずっと私達を見続けていました。……そんな気持ちが芽生えるという事は、私は手助けが欲しかったのでしょうか。……チャチャゼロさんのサポート以上に? いいえ、違うでしょう? この考えはとても恥ずかしい事だと私は考えます。そもそも彼女には無防備な状態で魔法を使っているアンジェリカさんの防御という、大事な役割分担があるではありませんか。それでも、ちょっとくらい恨みがましい視線を送っても良いのではないでしょうか? ……止めましょう、後で氷漬けにされそうです。

 

「……あっ!?」

「うん? 突然どうした?」

「い、いいえ。何でもないです!」

 

 そ、そういえば、私の着ている服はエヴァンジェリンさんのお手製のメイド服でした。これは色々と拙い状況ではないでしょうか? 本人はお遊び半分で着替えさせたのかもしれませんが、すっかり汚してしまいましたし、ところどころ破れやほつれもあります。私には彼女達の様な服飾の知識はありませんが、これは縫い直すと言うより造り直すレベルでは……。

 

「…………えぇと」

「何だ?」

 

 思わず起き上がり佇まいを正して、探るような目で彼女の瞳を――直視は出来ませんでした。横の空間に視点を合わせて、覗く様に目付きを探ります。

 どうでしょうか……? 怒っている様子には見えませんが分りません。何せ相手は六百年を生きた人ですから、ポーカーフェイスくらいはお手のものでしょう。……長谷川さんやフロウさんとのやり取りで、にやにやとした表情が隠せてなかったような気もします。本当に分りませんね。これは素直に謝っておくべきです。

 

「その、ですね。すみませんでした! あの、貸して頂いた服なんですが……」

「は? 何だ、そんな事か」

 

 もしかして、藪蛇だったのでしょうか。言わなければ、まったく気にされていなかったという事なのでしょうか? それとも彼女の事ですから私が満足に戦えず、服を汚すくらいは想定内だったのでしょうか? いくらなんでも長谷川さんの様な魔法の服ではないので耐久性はごくごく普通の布の服です。そう言えばハルナがたまにやっているRPGゲームの主人公はこんな服で戦っているのですね。それで生き残っているのですから馬鹿に出来ないものです。ああ、いけません。また私は思考が横に逸れて行きました。

 今ここで重要なのは服の事ではなくて、今回の結果に慢心するべからずという結論のはずです。それから魔法の世界に踏み込んだ、のどかとハルナの為にもしっかりと私自身が強くなる事です。今は服の事はどうでも良いはずなのです! いえ、結果を見ればどうでも良くないのですが……。

 

「くっくっくっ」

「夕映ちゃん、一人で百面相してるよ~?」

「あうっ!? す、すみません」

 

 こ、これは恥ずかしいです。さっきまでシリアスな雰囲気だったはずです。自業自得とはいえこの空気は良くありません。流れを変えなくてはいけません。

 

「そうです、超さんの事です!」

「わざとらしい、話題ずらしだな。……まあ良い。奴の事はどうなっている?」

「殆ど終わってるよ~。学園サーバーの誤魔化しは電子精霊だけでもう十分。闇の魔法(マギア・エレベア)で同調しなくてももう問題ないよ。でも茶々丸ちゃんは情緒不安定な感じで、ストレスが溜まってるかも~? 後で、甘やかしてあげようね!」

「そうか。アンジェがそう言うのなら大丈夫なのだろう」

「うん、任せて~!」

 

 取り敢えず誤魔化せたでしょうか? 相変わらず仲が良い事ですが、今回はそれに助けられたという事で納得しておきましょう。今問題なのは、超さんの事です。茶々丸さんの事も問題ですが、今は思考の端に置いておきましょう。

 アンジェリカさんのPCから離れていた所で私達は戦っていましたが、それでも超さんの叫び声が聞こえてきました。彼女の声は、何と言いますか……。稚拙な例えですが、真に迫るものありました。誰の為なのかは今の私には分かりませんが、決して譲る事が出来ない決意は、ひしひしと伝わってきました。それだけにその意思を折る事は容易ではないはずです。

 

「超さんは凄いですね」

 

 気が付けば私は、ポツリと声を漏らしていました。気を取り直して、一度深呼吸をします。

 

「これまでの中国拳法と思われる体術に、シルヴィア先生の魔力供給を使っていた様ですが『燃える天空』という上級魔法も習得しています。それに加えて長谷川さんにも破れない強力な防御魔法を構築して、葉加瀬さんに使用しました。そのための魔力だって準備するのは大変だったはずです。それに二つのアーティファクトです。銃という形状ですから、弾丸などを応用して二つ以上の術式が登録可能なのでしょうか? いえ、あるいは葉加瀬さんが仮契約(パクティオー)を……? ですが到底、彼女自身の実力とは思えませんし……」

 

 私の悪い癖だと分かっていても、誤魔化しと考察が止められませんでした。ですが、間違いなくこれは私の本心でもあります。まだこの世界へ足を踏み入れたばかりの私では、届く想像も出来ないほどの壁が彼女達との間にはあります。いつかはそこへと辿り着きたい。そう夢見るのはいけない事でしょうか?

 いいえ……違うです。本当に考えるべき事は超さんの事です。私達がとった行動は”良い事”だったのでしょうか? 彼女の言葉を聞く限り、彼女も何らかの信念をもって行動に移った事は明確なのです。希望が無いとはどういう事でしょうか? 救われた命と大切な人と言うのは誰なのか。何のために彼女が命を懸けているのか、もっと話を重ねるべきだったのでしょうか? ですが、彼女自身も言ったではありませんか。言葉などは無意味と……。

 

「気にする必要はない」

「――えっ」

「奴がどうであっても、既に踏み出したものだ。そこに男も女も、魔法使いも一般人もない」

 

 思っていたよりも低く冷たいエヴァンジェリンさんの声色に、どきりとしました。厳しい人だとは分かっていましたが……。いえ、分かっていたつもりです。ですが、本当のところはまだ分かって居なかったのかもしれません。私の考えを見透かされてかのように発せられた彼女の言葉が、深く染み込む様に私の中に入ってしまう。そう錯覚させられる様な、凄みのある一言に感じるです。

 

「以前に話したが、私達と学園との契約の事だ。世の中は綺麗事だけじゃない。あの善意の塊のようなシルヴィアですら、裏側では利権やしがらみがある」

「は、はい」

「それでも昔のシルヴィアは、自分が曲りなりにも天使だからと、正しい事を背負い過ぎていた嫌いがある。奴を見ていると、その頃を思い出すよ」

「それはつまり、超さんは、正しいと言う事でしょうか?」

「正しいと思うなら押し通せ。私達を超えてな」

 

 もしかしてこれは、試されているのでしょうか? 私が学園の魔法使いやネギ先生を師として仰ぐのではなく、シルヴィア先生側に付く事を選択したのは、覚悟したつもりです。のどかやハルナ達とは違う道を文字通り、いいえ、それ以上の意味で歩く事になるでしょう。その時、私が正しいと思った事を成し遂げろと言う事でしょうか? ですが、それでは先程反省した”調子に乗っている”という状態になってしまうのではないでしょうか?

 これはとても難しい問題を突き付けられたかもしれません。それともこれが踏み出したものの覚悟なのでしょうか? 私は既に一歩踏み出しています。それはのどかやハルナにしてもそうです。二人はそこまでの覚悟をしているでしょうか? ……分かりません。ではネギ先生は? やはり同じような問いかけをされたのでしょうか……。

 

「お姉ちゃん!」

「どうした?」

 

 突然に、思考が中断されます。アンジェリカさんが、PCの周辺のモニターを目まぐるしく変化させて、普段のゆったりとした雰囲気ではない、明らかな危機を感じさせる声色で上げ、その声には警戒の色をありありと含んでいるようです。

 

「――っ! 奴か!」

 

 モニターに見えたのは黒く光る闇色でした。それに続いて南の空、世界樹の上空から巨大な魔力の気配と轟音が響きます。疲れている体のはずなのに、思わず両手で肩を抱き、恐れを抱いてしまう。 この世界に入ったからこそ、理解できてしまう何かが――。

 

「おい、麻衣! 聞こえているか!?」

「茶々丸ちゃん! サブマスター権限による強制割り込み!」

『アンジェ様、現在は超の優先命令下にあり……』

「それどころじゃないよ。このままだと、お姉ちゃんと夕映ちゃんが危険。だから最優先命令だよ。今すぐ超ちゃんの命令中止。そのまま学園長に管理者の警告出すから『私有地に侵入者あり。例の悪魔と思われる。管理者としてこれを自由意志でもって処分する。危険性が高いと判断し、一般人を出来る限り南部へと誘導願う』」

『……はい。了解しました』

 

 慌ただしく場が動きます。私はただの傍観者でしかないのでしょうが、何か出来る事がないかと考えてしまいます。私如きがいったい何を? あの悪魔と戦う? 問うまでもありません、不可能です。では一般人を誘導する? 既に学園の先生方が行う手筈が整いました。

 

 私は……。何ができるのでしょうか。

 

「ちっ。結界の維持が精一杯か! アンジェ! 夕映とチャチャゼロを頼む!」

「うん、まかせて!」

 

 強く。なりましょう。のどか。ハルナ。私はネギ先生の側に立たなかった以上、シルヴィア先生の側に立った覚悟の分だけ。

 

「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 契約に従い 我に従え 氷の女王 疾く来たれ 静謐(せいひつ)なる 千年氷原王国 咲き誇れ 終焉の白薔薇 千年氷華!」

「えっ! お姉ちゃん、それ使うの!?」

 

 何でしょう? アンジェリカさんの声に、とても嫌な予感がするですが……。

 

「解放固定『千年氷華』! 掌握! 術式兵装『氷の女王』!」

 

 急に寒気を覚えました。震えて抱えた筈の体をもう一度強く抱きしめて、エヴァンジェリンさんの方を見ます。陳腐な表現ですが、そこでは冷気の嵐が渦巻いていました。もう今日何度感じたか分からない程の、それに比類する恐ろしく強い魔力を発して、彼女が浮かび上がっていました。白く輝く程に凍り付いた彼女が、目に焼き付くです。

 

「は、あっ」

 

 思わず漏れた溜息は苦しさだったのか、感動だったのか、美しかったのか。恐ろしかったのか。見てはいけないものを見てしまった気分です。

 

「夕映ちゃん! しっかりして!」

「え?」

 

 呆けていたのでしょうか? 気が付けば、アンジェリカさんに抱き留められて、チャチャゼロさんと共に、防御魔法の内側に居ました。

 

「ケケケッ! マスターハ、本気ラシイゼ! アイツ、終ワッタナ!」

 

 本当に呆けていたのかもしれません。周囲は氷の柱が何本もそびえ立ち、エヴァンジェリンさんの魔力の残滓が漂う中で、彼女の姿はどこにもありませんでした。あの悪魔の元へと飛び立ったのでしょう。

 

「え?」

 

 しかし、どうやらそれは私だけでは無かったようです。彼女の本気と言うチャチャゼロさんの言葉を置き去りにしてしまうほど、印象的なものがそこにありました。

 なぜか困惑の眼を向けるアンジェリカさんの目線の先。空中のモニターには、先程まで超さんの上空にいた筈のシルヴィア先生の姿が映っていました。闇夜に溶けるような黒いドレスからは、彼女の白い素肌と銀色の髪と二対の翼。これ自体は何度も目にしました。けれども、決定的に違っていたのですから。

 

「天使……」

 

 誰の呟きだったでしょう。今まで一度も見たことがなかった、天使の輪(ハロウ)が、彼女の頭上で光り輝いていたのです。




 にじファン版からはかなり大きな改訂を加えています。と言いますか、部分的に残っているものがあるものの、ほぼ書下ろしですね。
 それから改めて、更新をお待ち頂いてくださった方、ありがとうございます。にじファンの時みたいな連続更新はできませんが、また長くお待たせする事もあるかもしれませんが、文字を書くのも読むのも嫌いではありませんし、書ける時には書いて進めていきたいと思います。

 余談になりますが、千年氷華は「UQ HOLDER!」になって呪文詠唱が付けられたものですので、「ネギま!」二次作であるこの作品で出すのは多少の違和感を覚えます。ですが有るものは折角なので使いたいと思いました。にじファンからここで千年氷華を使う展開は変わっていません。もっとも、一番の見せ場は夕映の心の変化と、シルヴィアの変化なのですが。
 次のヘルマン戦も、にじファン版とは変わる予定です。その後片付けの話は、ほぼ改訂程度になる予定なので、あと三話でにじファン公開分に追いつきます。その後の魔法世界編は、ダイジェストで終了させたものを見直して文章化する形になります。
 処女作を拗らせた雰囲気漂うこの作品ですが、まだお付き合い頂ける方のためにも、少しづつでも頑張っていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

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