「これはこれは、ようこそメガロメセンブリア随一のホテルへ。なかなか良い部屋でしょう?」
やべぇ。このメガネは胡散臭いにも程がある。高畑先生が逃げたのがすげぇ分かる。目の前に居る男は、クルト・ゲーテルって政治家らしい。
「ようクルト。この間の情報どうだった?」
「えぇ、なかなか使い勝手が良く。結果が楽しみですよ」
そう言って黒い笑いを浮かべあう2人。
明らかにこれって裏取引かなんかしてる現場だよな?良いのか、これ。
「クルトくん。あんまり悪い事しちゃダメだよ?」
「これはこれは人聞きの悪い。私は法を違えた事はありませんよ。ええ」
オイ。それってあれだよな。ギリギリならしてるって言い方だよな?
周りを見渡すと、彼の付き人の様な少年が刀を持って後ろに控えている。部屋の内側には居ないが、入る時に居た鎧の集団が、部屋の外を警護している気配が伝わってきた。
「……生きて帰れるのか?」
「心配いりませんよお嬢さん。我々はビジネスの間柄ですからね」
なっ!呟いただけで聞こえてるのか!うかつな事言えねぇな。さすが政治家と言った所か。
「お褒めに与り光栄ですよ。【銀の御使い】殿のお弟子さん」
「驚くのが馬鹿らしくなってきたんだが」
「そうですか?私にはとっても素敵な出会いですね!」
「シルヴィア。もしかして私って、有名なのか?」
「え!?そ、そんな事は無いと思うよ?」
「こいつが詳しいだけだ。政治家って奴はどんな些細な情報でも握っておくもんだからな」
そうなのか。少し安心した。けど、こういう裏のトップの奴は知ってるって事か。油断できねぇが、気をつける方法も無いな。精々、口を滑らせない程度か。
「それで、本日はどの様な?」
「あぁこの前の確認と、一応、千雨に会わせておこうと思った。どんな事が後々良い結果になるか分からないからな。手は打っておくに限る」
「なるほど。彼との良いラインも出来そうだ。そうですね。長谷川千雨さん。タカミチにヨロシクとでも言っておいてください」
「は、はぁ。わかりました」
「それじゃぁ俺達はこれで帰るよ。これからグラニクスに行くんでな」
「ほう……。本当に手塩にかけてますね。将来が楽しみだ」
「それじゃまたね。クルトくん」
「ええ、また。楽しい時間でしたよ」
「あ、失礼しました」
そう言ってから頭を下げて退室する。
こういう時って何て言うんだ?何か学校の挨拶みたいになっちまったが。良かったのか?
思考に耽りつつ2人に付いて歩く。いつの間にかホテルから空港の様な所に移動していた。
「ねぇフロウくん。まさかと思うんだけれど、グラニクスってさ……」
「そのまさかだな。まぁ、もしラカンに会えれば捕まえるがな」
「グラニクスって?何かあるのか?」
何かすげぇ嫌な予感がする。フロウがニヤニヤしてる時って、ぜったい碌な事考えてねぇんだよ。あとラカンって誰だ?また怪しい人物か?
「グラニクスは、自由貿易都市って言ってね。色んな商業が盛んなんだけど、フロウくんが目指してるのは、多分闘技場、かな?」
「トウギジョウ?」
「あぁ、飛び入りも可能だからな。2人一組で!」
そう言うとガシ!っと、良い笑顔で肩を掴まれる。
マテ、ちょっと待て!何で旅行に来てわざわざ危険な所へ行くんだよ!?
「はぁ。まぁ大丈夫かな。今の千雨ちゃんなら、一般の魔法使いなら相手にならないよ」
「え?マジ、で?」
「うん。千雨ちゃん飲み込み良いもの。近接のセンスもあるし、フロウくんが前線やってくれるなら、全然問題ないと思うよ」
そうなのか?全然実感無いんだが。普段の練習風景を思い出してみると――。
――全力で攻撃魔法を撃てと言われ、シルヴィアの魔法障壁で全部霧散する。
――近接の動きをあれこれ叩き込まれつつ組手をしてみるが、フロウにすぐ組み敷かれる。
――エヴァに何故か動き難い黒ゴスロリを着せられて、そのままで魔法を避けつつ反撃してみろと言われ、攻め立てられて必死に逃げる。
「って、ダメじゃねぇか!」
「ダメじゃねぇよ。やるんだよ」
「やらねぇよ!何をだよ!」
だ、ダメだこの熱血バトルマニア!早く何とかしないと!て言うか、いつの間に飛行機みたいのに乗ったんだ!?
「大丈夫。怪我しても治るから。ね?」
「怪我するの前提なのか!?」
何だ。どこで選択間違えたんだ……。
――そして闘技場。
オオォォォォォ!
「さぁ本日の飛び込み試合だ!なんと少女の2人組!対するは屈強な男2人組だが一体どうなるー!?」
帰りてぇ。て言うか、帰って良いか?マジで。
「あきらめろ」
「心を読むなよ」
「両者準備は良いかー!?それでは試合開始!」
ヤベェ。試合始まっちまったじゃねぇか!えぇと。と、とりあえず何すんだっけか?
「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 戦いの歌!」
焦って頭真っ白になってた!身体強化をして。あ、相手見ないと!
そう思って相手を見ると、2人ともこちらに向かって来ていた。
「――げ!」
「随分と余裕そうだな!お嬢さん!」
既に男は近くまで来て、力を込めた右腕を振り被っていた。けれども、反射的に男の右腕に両手を沿え、そのまま力の方向に押し込み、魔力が込もった足で男の軸足を払い転倒させる。男はそのまま1m程先に倒れこんだ。
「ぐあ!?」
「あ、あれ?」
意外とやれる?……のか?
「千雨!ボーっとすんな、止め!」
「あ!――魔法の射手!収束・水の12矢!」
魔力で強化した右腕に無詠唱で放てる限界まで、それでいて相性の良い水の矢の魔力を乗せて、魔力と水圧で男を押しつぶした。
「があぁ!?」
(千雨!こっちの男は近接重視のタイプだ!俺が抑えてるから、威力の有る魔法で吹っ飛ばせ!)
(わ、わかった!)
フロウからいきなり念話魔法が届いた。とにかく言われた通りに、中級の攻撃魔法を準備する。
「エゴ・ルク プルウィア ファートゥム 来れ水精 風の精 風を率いて 押し流せ 南海の嵐 嵐の大水!」
千雨の周囲に水と風の精霊が集まり、吹き荒れた風が水を巻き込む。出来上がった魔法が相手の男に向かって一直線に渦を巻く。
「ぐほあぁ!?」
渦を巻いた暴風雨が屈強な男を吹き飛ばし、そのまま動かなくなる。
「ノックアウトー!これは意外!飛び入り少女コンビがあっさりと勝ったー!!」
「ちゃんとやれるだろ?意外とか思うなよ?ちゃんと修行の成果が出てんだぜ」
「そう……なのか?」
話しながら闘技場を出て、控え室に戻る。
「お疲れ様~。思ってたより動けたでしょ?」
「あ、あぁ。なんて言うか、ホントに予想外だった」
「うん。凄く強くなったと思うよ。でも今の千雨ちゃんはね?一般の魔法使いから頭1つ飛び出したくらい。これから先何があるか分からないから、もっと強くなってもらわないといけない。それは大変だと思うけど――」
「頑張るよ」
「――え!?」
「思ってたより、期待されてるみたいだし。ちょっと、その……応えてみたくなった」
「千雨ちゃん……」
そう言って視線を反らし、照れた顔を隠す。
何か柄にもなく、こう言うのも意外と悪くないって思っちまった。ホントにキャラじぇねぇな。
「おーおー!お2人さん見つめ合ってお熱いねぇ!」
「だろ?こいつら意外と良い師弟だぞ?」
「え!?」
「な!?誰だこのでっかいオッサン!」
マジでデカイんだが!てか何者だよホント!
「ラカンさん!?ど、どうしてここに居るのかな?」
「あぁん?用があるっつうから来たんだよ。ちゃんと報酬も貰ってる!」
「用って?フロウくん何か頼んだの?」
「あぁ、契約屋から仮契約の簡易魔法陣の巻物を買っておいて貰った。他にもちょっとな。それから千雨に会わせておきたいって言っといただろ?」
「仮契約!?」
「ちょっと待って!フロウくんまさか今!?私と千雨ちゃんと!?」
「そのまさかだよ。あと3年くらいで千雨がラカンを倒せるか?無理だろ?」
確かにな。このオッサンの実力は正直サッパリ分からないが、どう見ても手も足も出ないだろうな。あと3年でとても追いつける気がしねぇ。
幸い、身長も高めで発育は良い方だし。て言うかこれ以上伸びてでかくなり過ぎたらそれはそれで困るよな。いや、逆にあのダイオラマ球で3年過ごして、歳取りすぎる事になる方がヤバイよな?
「シルヴィア……」
「ち、千雨ちゃん?」
「仮契約、頼んで良いか?」
「本当に良いの?千雨ちゃん自身の事だよ?」
「正直、目の前の危険が分かってて手段が有るんだから、取っておいた方が良いって前に言ってたし。その、理性的な理由と、3年じゃ確かにこのオッサンに手も足も出ないからって、歳取りたくねーって感情的な部分も有るんだが……」
「え。そ、そういう問題なの?半分人間じゃなくなっちゃうんだよ?」
「え?あぁ、昔の私だったら全身で拒否してただろうが、なんか、今更って気がするな。周りに人間いねぇし。その、置いていかれるのもイヤだ」
最後の一言は、聞き取られないくらいとても小さな声で呟いた。シルヴィアたちは皆、ずっと今の姿のまま生きてる。私だけ歳取って死んでくのが、少し、怖かった。
「そっか。うん、それじゃ、よろしくね?」
「あぁ……」
そう言って私の事を見つめてくるシルヴィア。
ってちょっとマテ、仮契約ってどうやってやるんだ?
「おーし、そんじゃ魔法陣の巻物使うから、いっちょお熱くぶちゅーっといっとけ!」
「2人とも気にすんな。しっかり見ててやるぜ!」
「は!?ちょっと待て!仮契約ってまさかキスするのか!?」
何!?聞いてねぇぞ!シルヴィアが見つめて来た理由ってそういう事か!?
「あ……え、ぅ……。えぇと……」
「やっぱり、イヤ、かな……?」
ちょっと困った表情の少し上気した顔が見つめてくる。
ヤバイ。シルヴィアが見た目美少女なの忘れてた。メチャクチャ気になってきたじゃねぇか!って、何を女同士で意識してんだ!
「にやにや」
「口でニヤニヤ言うんじゃねぇ!」
あぁくそ。分かったよやれば良いんだろ!やれば!
「し、シルヴィア。よろしくな?」
「うん。こちらこそよろしくね?」
そう言ってシルヴィアに顔を近づけてどちらからともなく、……キスをした。
その瞬間、地面に描かれた魔法陣から光が発せられて、空中に1枚のカードが現れる。
「んむ……」
「ん、これでおしまい。はい複製したカード。千雨ちゃんのだよ」
そう言ってカードを渡してくるシルヴィアも赤くなって、少し目を逸らしていた。