青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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第23話 長谷川千雨(2) 出会った異常と常識者

「はぁ……はぁ……。ぅく……」

 

 激しく肩で息をする。眼を大きく見開いて白い彼女を見上げるが、身体に力がまったく入らず、荒い息を止めることも出来ない。

 

「――大丈夫?」

 

 白い彼女はそう言って、心配そうにやさしい声をかけてくれたが。

 

「……は……ひ……う」

 

 あまりにも現実離れした現実。見たことも無い怪物。それを倒し救ってくれた相手への安堵感はあったが、こんなファンタジーの世界を目のあたりにした事で何かが変わってしまうのでないか。普段の常識への不信感と共に恐怖となって、まともな声になっていなかった。

 

 くそ、情けねぇ……、けど、何だよこれ……。

 

「【銀の御使い】様。この子、人払いの結界を抜けて来ています。ですが、どうやら一般人の様子ですわ。記憶の消去が必要かと思います」

 

 きおくの、消去――!?……ちょっとマテ、いきなり何を!?

 

「ひ……!」

 

 声にならなかった。まだ体が震えて、声をかけられない。

 

「あ~、シスターシャークティ。こいつA組ッスよ。下手な事はしない方が良いんじゃないかなぁ~って」

「ミソラ……珍しい」

 

 そう言って春日がこっそり片眼を瞑ってきた。春日……。話した事ねぇけど、意外と良い奴だったんだな。

 

「いや~。さすがの私でも、こんな怯えてるクラスメイトは無視出来ないっしょ」

「A組ですか。私はそれでも記憶を消去。あるいは封印するべきだと思いますが、判断を上に仰ぎましょうか」

 

 怯えてる……確かにそうだが。結局ダメ、なのか?何だよ記憶消去って。詰みゲーか?ここでどうにかされちまうのかよ?

 

「シスターシャークティ。ここは私が預かります」

「「「え!?」」」

「しかし、それでは……」

「今から彼女を連れて、学園長の所へ参ります。それに学園にとって、私が何であるかお忘れですか?……構いませんよね?」

「……はい。よろしくお願いします。あとで結果は教えてください」

「ええ、それは勿論」

 

 学園長!?この人一体何なんだ?まさか、本当に、本当に天使ってんじゃない……よな?

 

「大丈夫?」

 

 そう言って私に向かってしゃがみ込み、とても心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「はい……なんとか」

 

 今度は声が出せた。ふと学園長の事を思い出す。あの人も確か常識外れた外見の爺さんだったと思い出しながら、再び不安にかられる。

 

「それじゃぁ行こっか?」

 

 そう言ってそっと右手を差し出してくる。反射的に握って、そのまま一緒に歩き出した。

 

「すみません……。ありがとう、ございます」

「また謝られちゃったね」

 

 えっ?もしかしてカフェテリアの事覚えて!?

 

「私はシルヴィアって言うの。ちょっと有名な名前が付いちゃってるけど、気にしないで?」

「あ、はい。長谷川……千雨です。」

「千雨ちゃんだね。カフェで世界樹の事を聞かれた時にちょっと気になったんだ。もしかして貴女は……、ある特定の魔法抵抗力が高いんじゃないかって」

「ま、魔法?」

 

 やっぱカフェの事、覚えててくれたのか。それに魔法って、どう言う事だ?いや、さっきのを見せられたら信じないわけにはいかないが……。それでも、信じらんねぇけど。

 

「もしかしたら、貴女は知ってなくてもどこかで出会っていたのかもしれない。貴女の才能はある種、魔法使いにとって致命傷になるかもしれない程の力かも」

「そう……なんですか?」

「うん」

 

 何だそれ?魔法抵抗が高いって……そんなに意味があるのか?

 

「たとえば一般のカフェで、魔法を使って見えない様に危険な取引があったとしても、貴女にそれが見えてしまったら?しかも相手は魔法が効いていると思い込んで……」

「――あ!」

 

 それは確かにヤバイ。それに今の口ぶりからしたら、魔法使いが社会的に溶け込んでいる可能性はある。いや、マテ……まさか!

 

「まさか!この学校って!」

「うん、そういう事だね……」

 

 そう言う、事かよ。回りは皆、気づけなかった。私だけが……。

 

「どうして、私に教えてくれるんですか?学園長の所まで行くって言いましたよね?」

「うん、貴女の今後の話を決めないと。このままだと記憶を消されて、また今日みたいな事が起きるよ?もしかしたら、気づかないだけで起きていたのかもしれない」

 

 ……詰みゲー確定かよ。チクショウ。

 

 そう話している内に、学園長室と書かれた部屋の前に来ていた。

 

「着いたよ?入るけど、悪い様にするつもりは無いかな。貴女の意思を出来るだけ尊重するから、正直に答えてほしい」

「……はい」

 

 正直に答えなかったら、どうなるかなんてのは眼に見えてるな。

 この人(?)は悪い人には見えないが、魔法使いには違いないだろうから、結局どうなるか分からない。さっきのシスターですらああだったし……。

 そういや何で春日はシスターやってんだ?まぁ記憶が消されなかったら、礼くらい言いに行くか。

 

コンコン

 

「フォッフォッフォ。だれかの?」

「学園長?居るなら入るよ?」

 

 彼女はそう言って返事も聞かずに扉を開けた。

 

 って、返事聞かなくて良いのかよ!一応目上だろ!?そうか良いのか。気にしたら負けなんだな。

 

「ふぉ?こんな時間に珍しいと思ったんじゃが、その子はどうしたのかの?」

「シスターシャークティの依頼で激励に行っていてね。そこでこの子は一部始終を目撃してしまった。多分ね、ある種のレジスト体質。次もその次も起きる。そんなの私は放っておけない」

「なるほどのぅ……」

 

 そう言って学園長は仙人のように長い髭をさする。

 

 正直、胡散臭いな……。長いし眉毛でどんな眼をしてるかも分かんねーし。

 

「それで、お主が面倒を見てくれるのかの?」

「……それは『管理者』として『学園関係者』からの依頼?今、この子の立場はとても危うい位置にある。『学園関係者』になる事も出来る。それにまだ、この子の意思を確認していない」

「ふむ、では説明しようかの。良いかな?」

「はい……」

 

 そう答えるしかねーじゃねぇか!

 

「まずワシら麻帆良学園の魔法使いは、魔法使い日本支部に所属しておっての。ここでは『学園関係者』と呼ばれておる。本来はこことは別の『本国』という所に所属する形じゃ。基本的に魔法はどこに所属していようが秘匿する必要がある。なのでこの学園では一般人に魔法が漏れない様にしておるんじゃよ。ワシらの組織に所属する事になれば、……基本的に誰かの弟子になる形かのう」

 

 日本支部……って事は、海外が本部って事か?それでもって魔法の秘匿と弟子……か。

 て事は何だ?魔法使いになったら、私も誰かを騙す事になるってか?

 

「それから断った場合かの。そこに居るシルヴィア君。まぁ、便宜上『管理者』と呼んでおるんじゃが、そちらの保護下に入るか、もし弟子に取ってくれるなら弟子になるか……。あるいは一般人のまま記憶を消して暮すか、またはその後に引っ越すか……かのう?」

 

 断ったら記憶を消されるのはもう確定事項かよ……。性格悪いな学園長の爺さん。

 こっちのシルヴィアさんは……『管理者』?どういう意味だ?

 

「シルヴィアさん?『管理者』ってどういう意味ですか?」

 

 そう尋ねると、少し難しい顔をして答えた。

 

「それを教える事はできるけれど……。その場合は私が面倒を確実に見るって意味になるの。学園にとっても私達は大きな意味があるからね。言えるのはここまで……かな」

「それは、知ったら記憶を消されるって事ですか?」

「そうじゃないの。私は出来れば記憶を消したくない。でも、いま千雨ちゃんの前には重い選択が示されてる、きっと想像も出来ないくらい……」

 

 そうツラそうな顔で答える。

 

 ……まいったな。何か、マジで困ったな。どうするか?魔法がこの学園の常識を無くしている原因だってのは分かった。学園長が魔法が危険だって指示してるのも分かる。

 かと言ってそれに喜んで参加するって言うのもな。でも記憶は消されたくねぇし。

 

「今……どうするか決めないと、ダメなんですか?」

「ふむ。出来れば今決めて欲しいのぉ。長谷川君は既に魔法を見たという事が、学園の魔法使い認知された状態じゃ。所属も決めずにこのまま置くと、要らぬトラブルの元になるかのう」

「学園長、その言い方は無いんじゃないかな?」

「事実じゃろう?」

 

 学園長とシルヴィアさんは、何かの関係を持ってるのは確実だな。さっきのシスターとのやり取りでも何か権限がある様にも見えた。

 記憶を消されない道をとるのは嫌でも確定か。そうしたら、まだ信用が出来そうな方になるか?となると。

 

「シルヴィアさん……お願い出来ますか?」

「うん、良いよ~」

「ふむ、仕方ないかの。時に彼女はA組に所属しておっての、将来的に『依頼』を行う事もあると思うんじゃがどうかの?」

「学園長。そのA組というのはシスターシャークティと彼女の弟子も気にしてたけど、どんな意味があるの?」

「それは『管理者』としての質問かの?」

「両方かな。私個人としても、彼女の為にも」

 

 そう言って私の事を見つめてくる。

 

 春日もなんか言ってたな。確かに気になるっちゃぁ気になるが……。

 うん?少し余裕が出てきたか?

 

「なに。少々将来優秀という意味じゃよ。それぞれの分野において、優秀な値を期待できるメンバーが集まっておる。それ以外に他意はないぞい」

 

 怪しすぎるな。それぞれの分野で優秀って何だよ。私の魔法抵抗が高いって知られてたって事か?て事は学園長は知ってて私みたいなのを放置してるのか?推測だな。本当の事が分からないにも程がある。

 そう言う意味ではシルヴィアさんに教えてもらうのは正解だったのか?

 

「それじゃとりあえず、私の家に行こうか?普段は寮生活?」

「あ、はい。寮です。ルームメイトも居ないから、大丈夫です」

「それじゃ、このまま向かって大丈夫?」

「はい」

「それじゃ学園長。この子は私達の身内と考えてね」

「うむ。よろしく頼むぞい」

 

 そうして学園長室を出る。

 本当に何が大変なのか分からないまま、私の魔法使い生活の1日目が始まった――。


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