ネオ・ボンゴレⅠ世も異世界から来るようですよ? 作:妖刀終焉
海樹の園の海岸沿い。
ここまで辿り着いたのはサポートの十六夜を除けば、飛鳥、ツナ、フェイス・レス、そして怒号の追い上げを見せた蛟劉であった。その中でも蛟劉は別格の空気を纏っている。皆が一番警戒しているのはこの男だろう。
「聞け、沢田にお嬢様。あいつはまだ果実を手に入れてない。俺が足止めしておくから先に行け」
「ここは沢田と一緒に足止めするべきじゃないかしら?」
蛟劉は元とはいえ魔王。いくら十六夜が規格外とはいえ容易く勝てる相手ではない。事実十六夜は『倒す』ではなく『足止め』と彼にしては珍しく弱気な姿勢を見せているのだ。
「それはお前一人であの手強い騎士様を相手にするってことだぜ? 俺が蛟劉を、沢田が騎士様を足止めする。悪く思うなよお嬢様。これが一番確実なんだよ」
もし十六夜が蛟劉に挑めば、場の均衡は崩れる。それを見逃すフェイス・レスではあるまい。傍から見れば危険から遠ざけるように思えるだろう。しかしそれと同時に、飛鳥は二人が切り開く道を進んで逸早くゴールするという責任重大な役目を背負うのだ。
考え方によっては一番オイシイ役回りなのかもしれない。
「お~い、作戦会議かどうかは知らへんけど、時間掛けすぎやで?」
蛟劉の突然の物言いに合わせたような地響き、否、これは準備が整ってしまった彼からの警告だった。彼の右手が掲げられると地響きはより一層強まって巨大な津波を起こした。
「二人とも早く行け! このままじゃ失格だぞ!」
ルール上、馬から離れること自体は反則ではないが、水に沈んでしまえばその時点で失格となる。三名と同じく窮地を悟ったフェイス・レスは一目散に凍った滝へと駆け出した。
「まだいけるか?」
ツナは耀と違って動物と会話するための術を持ってはいない。けれどツナの乗るポッカの瞳は「任せろ!」と頼もしく語っているように見えた。
「もうどうにでもなれーーーー!!」
飛鳥も半ばやけくそになりながら、三名は滝を跳び下りた。その後ろでは樹海が津波によって飲み込まれていく。
「はぁぁぁぁぁ!!」
フェイス・レスは二本の剛槍を振り下ろすことで落下の衝撃を相殺した。飛鳥は自分の持てる力全てを最大限にまで生かすことで水面をまるでトランポリンに着地したかのように『垂直』に跳んだ。ツナにはそんな技術力は無い。彼にあるのは死ぬ気の炎と今までの戦いの経験だけだ。
彼が取った方法は下へ柔の炎を噴出しての着水。X BURNERの反動を支えることが出来る柔の炎だ。落下の衝撃を相殺できないわけが無い。
――だが、彼の馬はここまでだった。
飛鳥のようにブーストもない状態でツナによる無理な加速でポッカの疲労は限界にまで達していた。
「無理に走らせてすまない……ここからはオレ一人でいい」
ツナは馬を降りて、飛んだ。
「ナッツ、
『おーっとこれはどういうことでしょうか!? 沢田選手が馬から降りて一人で飛んで行きます! 馬から降りること自体は禁止事項には引っかかりませんが、騎馬と共にでなければゴールとは認められません!』
『……おそらく綱吉の馬はもう動けんのだろう。であれば馬から降りて飛鳥の援護に向かう方が良いと判断したのか。即座にその決断が出来る辺り、本当に欲の無い男だ』
空中での速さであればツナの独壇場だ。しかし、飛鳥も離されないようにピッタリと後ろについている。
「見つけた!」
フェイス・レスを捕捉するまでそれ程時間はかからなかった。彼女の騎馬は優れているが、飛鳥のギフトによって強化された騎馬程ではなかったようだ。
ツナが更に距離を縮めようとした刹那、剣閃が彼を襲う。
ツナはそれを弾くのでも避けるのでもなく――掴み取った。
「クッ!」
フェイス・レスは蛇腹の剣からあっさりと手を離した。
「手筈通りオレがフェイス・レスを押さえ込む。飛鳥は先に行っててくれ」
「分かってるわ。そっちこそ『負けるんじゃないわよ』」
ツナはフェイス・レスへ、飛鳥はゴールへ向けてそれぞれ動き出す。飛鳥の去り際の一言は疲弊しているツナへのブーストとなってある程度だが両手に燃える炎に勢いが戻る。
「……やはり貴方をどうにかしなければ先へは進めないようですね。ジョットの子孫よ」
「ああ、この先へ行かせるつもりは無い」
フェイス・レスの手に現れたのは、ヨーロッパで騎馬兵が用いた突撃槍と円形の盾。その身に纏う純白の鎧と合わせれば、これぞ正しく馬上の騎士と言える姿だろう。
先に仕掛けたのはフェイス・レスだった。
「ハァ!!」
馬による突進、その速度に突撃槍の突きを乗せて放つ。
かつて、ミルフィオーレの基地で最初に戦闘をしたデンドロ・キラムという男がいたが、パワーならともかくスピードは奴の比ではない。
それに――
「スピードがさっきよりも上がっている……?」
回避することは出来たが、先程までとスピードも鋭さも格段に上なのだ。
「まさか……私が今まで100%の力量で戦っていたとお思いでしたか?」
ツナの呟きが聴こえたのか、それともツナの驚く顔を見て考えていることを察したのか。フェイス・レスは言い放つ。
今まで、彼女のやった攻撃は服だけを器用に切り裂いて参加者達を競技続行不能にしていただけ。手を抜いていた訳ではなくても、相手を殺さないように力をセーブしていたのだろうか。
(なら、これならどうだ?)
ツナは両手のXグローブから炎を噴出させながら超スピードで相手の周囲を螺旋状に駆け巡る。フェイス・レスは馬に乗っている以上、急な切り替えしが出来ない。であるから槍だけでなく盾も使用したのだろう。だが、この技は盾一つでどうにかなるものでもなかった。
「超Xストリーム!!」
ツナが噴出させる炎がフェイス・レスの周囲を取り囲んでく。顔を隠しているせいで正確な表情は分からないが、おそらく苦い顔をしているだろう。彼女を取り囲む炎の壁を突破出来なければもう先へ進むことは敵わない。
ただの足止めであればこれ以上のものは無い。
「くっ」
炎の壁を破ろうと槍をぶつけるも、それは焼失する。不用意に近づけば火傷では済まされないと理解した。この技は本来、炎で取り囲んで燃やすものだ。
一対一の真剣勝負であれば、ツナの体力が底を尽きるまで待てば良い。だが、これはレースであり、相手は目の前にいるツナだけではない。飛鳥も今から追ったとしても間に合うかどうか。
「……してやられましたね」
『ゴォォォォォォルッ!! "ヒッポカンプの騎手"の優勝は"ノーネーム"の久遠飛鳥選手デス!!』
ここからでも分かる黒ウサギのゴール宣言。そしてゴールした飛鳥を祝福する喝采。それと同時に彼女を取り囲む炎の壁も消え去った。その高密度の炎を放出し続けていたツナがその歓声を聞いて水面に落ちてしまったからだ。
「仕方ありませんね」
口元を微笑ませたフェイス・レスは水面に浮かぶツナを救い上げて、そのままゴールへと向かうのだった。
◆
"ヒッポカンプの騎手"の激闘を制した飛鳥の授与式が行われた後、"アンダーウッド"では連日夜遅くまで宴が続いていた。ツナの疲労も十六夜の傷も癒えて宴を楽しんでいる。耀は相変わらず食べ歩きを続けて、飛鳥は民芸品を見て歩き、黒ウサギやレティシアは子ども達にとお土産のお菓子をどれにするか悩んでいる。
「ええっと、まだ食べるの?」
「うん、だってまだ腹四分目くらいだから」
耀の片手にはシシカバブのように大きな串焼きに焼きトウモロコシ。逆の手にはぺリュドン焼き20個入りのケース。そして両手首に吊るされている袋には他の屋台で買った食べ物が数個入っている。既に大分食べているというのにまだ食べる辺り彼女の底が知れない。
「ツナ、あれ見て! あっちでギフトゲームやってる!」
「手に持ってた食べ物が消えたーーー!?」
ツナが一瞬目を離した隙に耀の両手の食べ物が消滅しておいでおいでをしながらツナに呼びかけている。屋台の直ぐ横にはこんな紙が張ってあった。
『ギフトゲーム―型を抜きし者―
・参加資格
・参加料 銅貨5枚
・勝利条件
・型を割らずに上手にくり抜く事(屋台主が公正な判断を下す)
・敗北条件
・型を割ってしまうこと
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します
"屋台の親父"印』
(要はただの型抜き屋だったーーーー!!?)
この屋台は昨今では珍しい型抜き屋だった。台の上では子どもだけでなく老若男女がこぞって爪楊枝を使って型をくり抜いている。
「くっ……このっ、中々難しいの……」
「フンフーン♪」
その中には白夜叉と蛟劉の姿もあった。
(二人とも何やってんのーーーー!?)
「ぬぁぁァァしまったァァァ!」
白夜叉が削っていた"一本角"の旗印のマークが力の加減を間違えたのか割れてしまったんだ。それに対して蛟劉は未だに"四本足"の旗印のマークを削り続けている。
「おい親父! もう一回だ!」
「白夜王、もう諦めたらどうや? これで25回目やで?」
「いーや! 今日は勝つまで続けるぞ! 何が何でもあの黒ウサギ10分の1スケールのフィギュアを……」
白夜叉は既に泥沼に嵌まってしまっている。蛟劉が止めても彼女は懐のがま口から銅貨を5枚取り出した。たかが銅貨5枚と侮っていればいつの間にか持ってきた小遣いを使い果たしている。それが祭りの屋台が持つ恐ろしい魔力なのだ。
それと何やら不穏当な単語が聞こえた気がするが、ツナと耀は聞かなかったことにしてその場をゆっくりと立ち去ったのだった。
◆
最終日に行われたサラの階層支配者就任式では流石に一度中断されて荘厳な空気に包まれている。龍角を折ったことで失われた力も、白夜叉から賜った"鷲龍の角"があれば問題ないだろう。
そして"ニ翼"の長であるグリフィスはというと、サラが階層支配者に就任すると決まるとコミュニティを去って行った。流石に階層支配者の候補者を侮辱しておいて、その挙句ゲームで負けたのだ。その後も連盟に居続けられるほど豪胆な性格はしていなかったのだろう。
「めでたしめでたし……なのかな?」
「俺としちゃ不完全燃焼甚だしいんだがな」
就任式を斑梨のジュースを飲みながらツナと十六夜は喋っている。実際、十六夜と蛟劉の戦いは十六夜の勝ちではあったが、それはあくまで蛟劉がレースを辞退したからだ。蛟劉に決定打を与えていない十六夜からすれば不満でも無理は無い。しかし、それと同時にいつか来るであろう蛟劉との真剣勝負はこの箱庭での一つの楽しみとなった。
「よく考えたらフェイス・レスさんや蛟劉さんが勝ってもサラさんが階層支配者になれてたよね……?」
「分かってねえな。そんな
それもそうかとツナは納得した。問題児三名にそんな殊勝な考えの持ち主などいるわけが無い。
「お疲れ様ですサラ様」
"ノーネーム"崩壊からずっとコミュニティを守り続けている黒ウサギには復興を成し遂げたサラは強い励みとなった。きっと旗印を取り戻して散り散りになった仲間達を連れ戻してみせる。そう、改めて心に誓いながら天高く上がった炎を眺めている。
「あの、黒ウサギお姉ちゃん」
「どうしたのですか?」
リリを中心とした年長組は今がそのタイミングだと黒ウサギに走り寄ってきた。黒ウサギはリリ達が神妙な顔をしていることに頭を捻る。
リリは頭に生えている狐耳を赤くしながら抱きしめていた小袋を黒ウサギへと差し出した。
「黒ウサギお姉ちゃんにプレゼントです。いつもお世話になってるから、十六夜さん、ツナさん、飛鳥さん、耀さん、ジン君、それに私達皆で選びました」
「わ、私にですか!?」
耳をピンと逆立たせて驚く黒ウサギ。問題児達+αを見るとそれぞれが別方向に、ツナだけその三人を見て微笑ましそうにしていた。
「……ま、こんな面白くて楽しい素敵な場所に招待してくれたからな」
「連盟も組んで、一つの節目ができたわけだし」
「何時もありがとう、黒ウサギ」
「これからもよろしくね」
十六夜と飛鳥は照れ臭そうに、そしてツナと耀はにこやかに、黒ウサギへと感謝の言葉を送った。その不器用ながらも温かな心遣いに黒ウサギは思わず涙を流す。
「あ、ありがとう……ございます。とても大切にするのですよ………!」
黒ウサギはそう言って袋を開けようとすると、問題児三名は慌ててそれを遮って彼女を広場へと連れて走り出した。
「プレゼントの確認なんて後でいいだろ!」
「今夜は収穫祭の最終日なのよ!? 遊ばないでどうするの!?」
「さあ、行こう!」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
プレゼントをリリに預けて広場に出る四人。それをツナとリリは優しい目で眺めていた。
僅かに開いた小袋の中に、実はプレゼントとは別に手紙が入っている。
宛名にはこう書いてある。
『親愛なる同士・黒ウサギへ』と。
「皆、素直じゃないなぁ」
「ふふっ、そうですね。」
「オレ達も行こうか」
「はい!」
ツナは年長組を連れて四人の後を笑顔で追いかけるのだった。こんな笑いに満ちた日々がもっと長く続けば良い、そんな優しいことを思いながら。
「はい……はい……かしこまりました」
「『あの方』はなんつってた?」
「やつらとの同盟は今のところは見送りだそうだ。こちらへの旨味が無い」
「しししっ、互いに不干渉のままってわけか」
「……グロは何処へ行った?」
「あ? あのゲス野郎の行方なんて知ってるわけねえだろ。またどっかで女でも嬲って遊んでんじゃねえの?」
「まあ、放っておいても問題はあるまい。まだ、我ら"
次回から『問題児達が並盛に行くそうですよ?』を開始します
6巻突入を期待してた人ごめんなさい