<< ナミ >>
信じられない事が起こった……。
……8年間の私の苦労を嘲り笑うかのような惨状が目の前に広がっている。
魚人という人と魚類の融合体であり、水陸において圧倒的な強さを誇り、数あるイーストブルー支部の海軍艦隊ですら全く歯が立たなかったあのアーロン一味を……たった一人で壊滅させてしまった……。
未だに信じられない気持ちで一杯だけれど……それ以上に複雑な想いがある。
そう、この快挙を成した男を私は知っている。
アイツの名はケアノス・オーレウス――ルフィ達と出会う前にパートナーを組んでいた男で、何度か一緒に仕事をした事があるわ。
どうしてアイツが今ココにいて、アーロン達を倒したのかは分からない。
初めて会った時はアイツの船が難破して小島に座礁していたのを偶然発見しただけ……お金を持ってるようには見えなかったけど、海賊でもないのに見殺しにするのは流石に出来ず助けたのよ。
その後、私の後を追ってきた海賊達をやっつけた腕前を買って用心棒に雇ったわ……その時は、悪い奴には見えなかったもの。
でも……二度三度と仕事をこなす内に、アイツの異常性に気付かされたわ。
最初の仕事で海賊を殺したアイツに、殺しは厳禁だって約束させたら……二度目から嬉々として半殺しを楽しむようになってた。
辛うじて死んでいない状態を……アイツは嬉しそうに「殺してませんよ」なんて言ってのける――まるで褒めてくれと言わんばかりに……。
頭がおかしくなりそうだった……だから、縁を切る事に決めたのよ!
私の素性はバレてないハズだったし、それなりの報酬も払ったワケだから、連絡が途絶えれば別の仕事を見つけると思ってた。
アイツの後に出会ったルフィ達は大嫌いな海賊だったけど……とってもイイ奴らだった、他人の為に命を懸ける事の出来る初めて仲間でいたいと思った連中だった。
今だって私を追いかけてウソップやゾロが来てくれた……きっと、ルフィだってきっと来てるハズ……皆を裏切ったこんな私の為に……。
迷惑だって思う反面……嬉しく感じる自分がいたのも事実。
でも……だからこそ、ルフィ達には死んで欲しくなかった。
いくら悪魔の実の能力者だからって魚人達には敵わないと思ってたから……立場が危うくなるかもしれなかったけど、ゾロだって逃がした。
ウソップも何とか逃がして皆が私の事を忘れてくれればイイと思ってた……それが一番だって思えたもの。
あと7百万ベリー貯まれば村は解放されるハズだった……。
でも……そんな時、アイツが現れた。
見学に来たなんてぬかしただけじゃなく、余計な事までベラベラと話し始めた時は殺してやりたくなった。
アイツが自業自得で死ぬのは勝手だけど、私の計画まで潰されたんじゃ堪らないと思った矢先……アイツは魚人を倒した。
凝視していたハズなのに、倒した瞬間がまるで見えなかった。
……私の事を一番疑っていた幹部のクロオビが、気付いた時には地面に埋まっていた。
幹部がやられる姿なんて、この8年間一度も見た事がなかったから……正直目を疑ったわ。
でも……アイツは笑ってた。
クロオビと時もそうだけど、アーロンと戦っている時も終始アイツは笑っていた。
理不尽なまでの暴力を以って、アイツはアーロンを潰した……。
怒りに我を忘れたチュウでされ、瞬く間に倒された……いえ、あれは多分死んでるわね。
……体の震えが止まらない。
チュウから解放されたウソップも同じみたいね……足がガクガク震えている……。
恐怖の対象でしかなかった魚人をいとも容易く屠ってしまったケアノス……本来なら喜ぶべきなんでしょうけど、本能が告げているわ――アイツはとんでもなく危険だって……。
ココから逃げたいのに……体が恐怖で動いてくれない。
……声すら出せない。
アイツは倒したアーロンや他の魚人達に近寄って何かをしているみたいだけど……一体何をやってるの!?
分からない事が為されていると思うだけで、私の中にある恐怖を更に増大させる……。
アイツの離れた後の魚人を見ると、少しやせ細ったように見えるけど……気のせいかしら?
何かをやってるのは確かだけど……見えるのはアイツの背中だけ、死角になってるから手元や表情を確認出来ない。
……どうしよう、本能が逃げろと言ってるけど……私のバカ足は震えたままだ。
「お……おい、な……何が……どうなってんだ!?」
不意にウソップが話し掛けてきた。
恐怖からだと思われるけど、声も震えている。
でも、ウソップに声をかけられた事で私は少し安堵した。
声すら出せなかった私に比べると、ウソップは大した奴だと思える……悔しいけど。
「……ウソップ、あんた動けそう?」
「う、ウソップ様を舐めるなよ……と言いたいとこだが、無理だ。足が竦んじまってる」
いつも強がりなウソップだけど、魚人やケアノスという化け物を立て続けに見て怯えちゃってるわね……まぁ、それも仕方ないか。
でも、ウソップには言っておかないといけない事があるわ……ゾロにも、生きて会えたら伝えなきゃね。
「……ごめんね、ウソップ。こんな事に巻き込んじゃって……」
「べ、別に気にしちゃいねーよ。お、お前以外にうちの航海士はいないって言うルフィとの約束だから仕方なくだ。そ……それに、おれはメリー号を取り戻しに来たついでなんだからな。か、勘違いすんなよ!」
「……うん」
……涙が出そうだ。
バカだけど……ウソップもルフィもゾロも本当にイイ奴らだ。
こんな私を今でも仲間だと思ってくれてるなんて……。
「……聞かせろよ。何かワケありなんだろ?」
感極まった私はウソップに事の経緯を全て話した。
最後になるかもしれないからって言うのもあるけど……誰かに聞いて欲しかったのかもれない。
ウソップは黙って最後まで聞いてくれた。
「なるほどな……お前の境遇は分かった。ノジコからも少し話は聞いてたし、ゾロもワケを聞けば納得すんだろ。ルフィは元々怒ってねェし、おれも気にしてねェよ」
「……ありがとう」
「礼は無事にここを切り抜けてから、だろ?」
「うん、そうね!」
ウソップは諦めてなんかいなかった。
せっかくアーロンから解放されたんだ……8年頑張ってきたんだ、諦めてやるもんか!
そう決意した時、背筋が凍る声が響いた。
「クックック……苦労話は終わりましたかァ? 盗み聞きする気はなかったンだけど……勝手に耳に入ってきちゃってねェ」
「け……ケアノス……」
「うげッ……」
「ぺッ、ペッ……しっかし、魚人のサシミは不味いなァ。ホントに魚か!? って思える程で喰えたモンじゃないよ。氣はまぁまぁだったけど、クヒヒヒヒヒ……!」
ケアノスが口から吐き出た肉塊……それは魚人のソレだった。
完全に頭がどうかしてる……奇人なんてレベルじゃ語れない程イカレてる。
ウソップは顔面蒼白だ……たぶん、私もそうだと思う。
魚人を食う人間なんて聞いた事ない。
やってはいけないと思いつつも、どうしても敵意の目でコイツを見てしまう。
「アンタ……何しにココに来たのよ!?」
「あれ? 言ってなかったっけ……見学だって。あとは……そうそう、連絡が途絶えてしまったナミさんを心配したからに決まってるでしょ」
「ウソ言わないでッ!!」
コイツ……どこまでふざければ気が済むのよ!
「おやおや、心外だなァ。ボクは大真面目なのに……見学に来て陸上漁業が体験出来るとは思ってなかったけどねェ。クックック……!」
「……どうしてココが分かったのよ?」
「風の噂……かなァ。偶然あるレストランでココの情報を耳にしまして……いやァ、ボクはラッキーでしたよ」
「…………」
レストラン? バラティエね……十分考えられる、迂闊だったわ。
後悔しても遅い……今は、コイツと必要以上に敵対しない方法を考えなくちゃ……。
「さァて、ナミさんのおかげでまた一つ海賊団を殲滅出来ましたし……魚人共のお宝を奪って山分けといきましょうか!」
「ま、待って! ここにある財宝は村の人達から搾り取った分なのよ。だから……村の人達に返してあげて、お願い!」
私は必死にケアノスに頭を下げた。
ここに貯えられているお金は全て、近隣の村々から徴収した年貢が大部分を占めている。
村の人達はこの8年間どれだけ貧しい生活を強いられてきたか……。
アーロンの支配から解放されたからって、すぐに生活が豊かになるワケじゃない。
ゴザの村はアーロンに破壊されて復興に莫大なお金が必要になるわ。
ここのお金は何があっても村に返すべきなのよ!
「……ナミさん」
「何?」
「プククク……ギャグのセンスに磨きがかかりましたね! アーッハッハッハッハ、素晴らしいジョークだ!!」
「…………は?」
大笑いし始めたケアノスに私は戸惑うばかり……ギャグ? ジョーク? 何よ、それ……。
「じょ、冗談で言ってるワケじゃないわ! 私は本気で言ってるのよ!!」
私の真剣なお願いを笑うなんて……信じられない。
村の人達の苦労を少しでも知れば、笑ってなんかいられないのに……!
私はケアノスを睨みつける。
「クックック……それこそ、ご冗談を」
「ふざけないでッ!」
「おやおや、ふざけているのはナミさんの方でしょ。今まで海賊から散々盗みまくっておいて……ここだけ免除ってのは虫が良すぎるのでは?」
「……事情があるのよ」
「ククク……今まで奪ってきた海賊の宝も、罪無き村や町を襲って得たモノでしょ? ナミさん……その人達に、返してあげてましたっけ?」
「そ……それは……」
……言い返せない、正論だもの。
私がやってきた事は海賊専門と言っておきながら、結局は弱者から奪い取った金品を盗んでいただけ……。
奪われた弱者に還元する事もせず、自分の計画の為に利用してきた。
都合の良い申し出なのは判っている……でも、退く事は出来ない。
「アンタが倒したアーロンには賞金2千万ベリーが懸かっていたわ。それをそっくりアンタにあげるから手をひいてちょうだい」
「……勘違いしてませんか?」
「えっ?」
「ナミさんとの契約はナミさんが奪った財宝を7:3でわけるもの、ボクの仕事内容はナミさんの護衛。賞金首はボク個人で得た収入ですので、当然ノーカウント。ですから、きっちりボクの取り分は頂きますよ。クヒヒヒヒ……!」
くッ……コイツ、頭も切れる……厄介この上ないわ。
どうする……!?
どうすれば……契約……契約……あっ、そうだ!
「なら……私はココの財宝を奪わないわ。契約ではアンタの取り分は私の奪った財宝の3割よね? 奪った財宝がゼロならアンタの取り分も必然的にゼロになるわ。これは契約不履行じゃないでしょ」
どう? これなら筋が通ってるわよね!
「クックック……なるほど、そうですか」
「ええ、だからアンタは懸賞金だけで我慢しな「じゃあボクが奪いますよ」さ……えっ?」
「ナミさんが手を付けないなら……ボクが頂戴しますよ。お金があるに越した事はないからねェ」
「なっ!? 卑怯よッ!」
「アハハハハ……卑怯? どこがァ? 別に契約違反してるワケじゃあるまいし」
クソッ、クソッ……最悪よ!
……コイツ、悪魔だわ!
それならいっそ、私が奪って7割だけでも残した方が……。
「分かったわよ……アンタの取り分の3割はきっちり支払うわ。その代わり、今回でアンタとのパートナー契約は解消よ!!」
こんな奴ともう1秒だって一緒に居たくないわ!
もう二度と会わない手打ち金だと思えば……安いもんよ。
「ふむ……では、違約金の支払いもお願いしますね」
「なッ……なんでそうなるのよ!?」
「契約解消の条件はボクの護衛に不手際があった時だったよね? これまでも今回もボクはナミさんに怪我一つさせてませんよ。こんな一方的な解約申請は契約違反以外の何物でもありません。よって、ボクには正当な違約金を請求する権利が生まれると思わない? クックック……不当解雇には断固戦いますよ!」
私とした事が……甘かった。
お互いが好きな時に契約を解除出来るよう項目を追加しておくべきだったわ……。
ケアノスは心底意地の悪い笑みを浮かべてる……悔しい。
「……いくら、欲しいのよ?」
「そうだなァ……キリ良く、1億でどう? ヒヒヒヒヒ……!」
「なッ!? ふざけるなッ!!」
コイツ……私とウソップの話を聞いてらからワザと……。
チクショー! チクショー! こんな奴に……こんな奴に……!
「おいアンタ! ナミの話聞いてなかったのかよ!? ナミだって村の人達だって困ってるんだぜ、助けてやるのが人情ってモンだろ!!」
……ウソップ!?
私が困ってるのを見て、助けに入ってくれたの……?
「聞いてましたよ、長っ鼻君。可哀相だなァって思いますけど……でもね、ボクには関係ない事だし」
「おれの名はウソップだ! 可哀相なら助けてやれよ! お前めちゃくちゃ強いんだし、金なんていくらでも稼げるだろ!」
「長っ……ウソップ君、可哀相だからと言っていつも助けていては甘えが生まれます。人間甘えてしまえばお終いだよ? ここは敢えて心を鬼にして、村人に厳しい態度で接しなければならないンだよ。クヒヒヒ……ボクだって辛いンだよねェ」
「そ、そうかもしれねェけどよ……それは時と場合によるだろ!」
「そもそも……パートナーなら助けてあげたいとも思うかもしれませんが、ボクはパートナー契約破棄を言い渡されましたからねェ。クックック……可哀相なのは、むしろボク?」
ウソップの援護もどこ吹く風だ……今すぐ、胸に仕込んだ棍棒(タクト)で思いきり殴りつけてやりたい……!
そんな時だった、私の耳にザパーンという大きな波の音が聞こえたのは……。
「オッス! ……あれ? みんなは……何じゃこりゃぁあ!!」
ハチ!? このタイミングで……?
ハチは私と同じアーロン一味の幹部でタコの魚人だ……でも、なんてタイミングの悪い……。
「おおー、タコだ! すっげェ分かりやすいフォルムしてやがるなァ。アッハッハッハッハ……変な顔!」
ケアノスはバカ笑いしている。
アイツの言動一つ一つが癇に障る……それでも、私にアイツを倒せるだけの力なんてない。
アーロンでも全く歯が立たないのに、ハチはおろか、私なんて歯牙にもかけられないだろう……。
「なんだ、お前ら? 客か? おっ、ナミ。帰ってたのか、おかえり! それより、こりゃ一体どうしちまったんだ!? アーロンさんまでヤラれちまってるじゃねェか!?」
流石に能天気なハチでも焦るわよね……でも、どう答えるべきかしら……。
バカ正直に話して、これ以上ケアノスと拗れるのは御免だし……いくら魚人が憎いからってケアノスの殺戮ショーなんて見たくもないわ。
「ハチ……実は、刺客に襲われたのよ。そいつはあっちの海に逃げてったわ、早く追いかけて!」
「なにぃ、仲間に手ェ出す奴はこのおれが許さねェ! ナミはアーロンさん達の手当てしておいてくれ。待てェい、刺客!!」
バカ正直なハチは私の言う事を疑いもせず海に飛び込み、居るはずもない刺客を追い駆けて行った。
「アッハッハッハッハ……面白ェタコ! いやァ、実に愉快だ!」
愉快なもんか……最悪の気分よ!
復讐の対象だった魚人を庇う行為がどれだけ……!
「さァて、ナミさん。そろそろお宝を……」
「おい、てめェ! いい加減に「いいの!」……ナミ?」
「いいの。今盗ってくるわ……ウソップも、我慢して」
「チッ……わーったよ」
「はいはーい、いってらっしゃい」
ウソップには申し訳ないけど、ここは素直に従ってやり過ごすのが得策だと思う。
実際の宝よりは少な目にして……残りは見つからないように隠して、後でこっそりと返金しよう。
宝を隠す作業に手間取っていると、外から言い争う声が聞こえてきた。
嫌な予感のした私はアジトから飛び出して、声のする方を見た。
「ルフィ! ゾロ! それに……サンジ君?」
そこに居たのは私を“仲間”だと言ってくれる海賊団の一味だった。
2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。
2014.9.7
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