クリーク海賊団に遭遇してから三ヶ月が経過した。商船を棚ボタで入手したケアノスであったが、現在では船を失くしている。中型とは言えど一人で操船するには技量が足りなかったのだ。ぶつけたり座礁させたりで船底に穴が開いてしまい動けなくなり、そのまま捨てたのである。
船を入手してからまずケアノスが行ったのは、最寄の港町に寄港して情報収集であった。その結果、ケアノスはこの世界が自分の知る世界でない事を再認識したのだ。有り得ないとは思っていたが、可能性の一つとして考えてはいたのである。
この三ヶ月でケアノスは多くを知り、この世界の常識と非常識さを学んだのだった。実際にはまだ見た事がない悪魔の実の能力者を是非一度見たいとケアノスは望んでいる。しかし、グランドラインにはウジャウジャいる能力者達も、最弱の海であるイーストブルーでは稀有な存在であった。ローグタウンという港町に駐屯する海軍の大佐が能力者という噂を得たが、『絶対正義』を掲げる海軍はケアノスにとって嘲笑の対象でしかなかったのだ。
この世界では海に関わる職業に就く人がとても多い。それだけ海の割合が大きく占めるのだ。それに比例して海賊も多く、海軍だけでは対処出来ない部分を賞金を懸けて補っている。ケアノスも当初は賞金稼ぎになる事も考えたのだが、いちいち海軍駐屯所まで賞金首を引き渡しに行くのが面倒で諦めたのである。お金は必要であるが、真っ当に働く自分を想像できないケアノスは、結局犯罪に手を染めるのであった。
船を無くした一ヶ月前、ある泥棒とパートナーシップを構築したのだ。
その泥棒とはナミという名の女性であった。
ビジネスライクな付き合いで仕事の時だけ行動を共にし、プライベートな事はお互い干渉しないと言う契約を交わしている。たまたま座礁していた所をナミの小舟に拾って貰い、そのナミにお宝を奪われた海賊団の一味が後を追って来たところ、ケアノスが苦も無く撃退した強さを買ってスカウトされたのだった。
四度目となる仕事終えたばかりの2人は小船の上で言い争いをしていた。
「気絶させるだけいいって言ったでしょ! どうして殺したのよ!?」
「おやおや、心外だなァ。ボクは殺してなんかいませんよ?」
「ウソよ! 私ちゃんと見てたんだから……顔中から血を出してたじゃない!」
「ククク……氣を使うんだから、耳や目から血くらい出ますよ。でも死んでませんよ、ナミさんが五月蝿く言うんでギリギリ殺してません。気を遣いますねェ、クックック……!」
うまい事言ったとばかりに笑うケアノスに対して、ナミの怒りは静まってはいない。
「だからって、あそこまでする必要はなかったでしょ」
ケアノスと組んでからスプラッターな血肉飛び散るショーを幾度と見せられたのだ。相手がいくら同情の余地がない海賊であっても、自分の精神衛生的に辛いのである。
「すみませんねェ、根が小心者なので……逆襲されるかと思うと、怖くて怖くて……夜も眠れません」
「……そうは見えないんだけど」
「そうかなァ? 自分の臆病さが情けないよ、ヒヒヒヒヒ……」
「…………」
ジト目で睨むナミ。
ケアノスは平然としている。
「ハァ……今度から気をつけなさいよね!」
「クックック……了解。今度から氣をつけます」
「……ハァ。――ほら、これが今回のあんたの取り分よ」
何を言っても無駄と悟り溜め息を吐くナミ。そして100万ベリー相当の財宝をケアノスに手渡した。取り分の配分は折半ではなく、調査と盗みの2つをこなすナミが7でケアノスが3となっている。ケアノスはごねる事なくあっさりと了承した為に、8:2と言えば良かったとナミは少し後悔したという。
「毎度。それにしても……ナミさんは働き者だねェ。もう結構な額が貯まってるでしょうに、お仕事のペースが変わらないんだから」
「…………」
ナミは沈黙する。
この1ヶ月で確かにナミは700万ベリー近くを稼いでいた。ケアノスという用心棒を得て無理が利くようになったのも一因である。普通に生活していれば楽に1年は暮せる金額だ。しかし、ナミは週に1度というペースで変わらず盗みを働いている。勿論これには理由があっての事なのだが、ナミはそれをケアノスに話す気はなかった。
「アハハハ……もしかして、借金? それならあの守銭奴っぷりも納得だよ」
「うっさいわね! 詮索はしないって約束でしょ!」
「おっ、図星? アハハハハ……な~んて、冗談だよ。冗談!」
ケアノスは大笑いしている。
前の世界と違い、この世界に来てからのケアノスは笑ってばかりいた。何をするのも楽しいのである。人との会話も、食事も、盗みも、殺しも、何もかもが面白く思えた。それはケアノスの人格にまで影響を及ぼすようになっていた。どこか他人を小馬鹿にしたような口調は盛大に他者から嫌われる要因になっていたのだ。
ナミが事情を話したがらないのは、事情が事情だけにケアノスの身を案じてでもあるが、実はケアノスが信頼に値すると思えない何か不気味なモノを感じていたからである。
それからナミは別れるまで一言も口を利かなかった。別れ際に一言だけ「またいつもの手段で連絡するわ」と言い残し去って行ったのである。ケアノスはナミの小舟が見えなくなるまで見送っていた。
(クックック……イイ拾い物をしたよ。まぁ拾って貰ったのはボクの方なんだけど……魚人に連なる大事なパイプだ、もうしばらく大人しくしておくか)
ケアノスはお互い詮索しないという約定を速攻で破っていたのである。約束を交わした日からナミの事を調べ始め、最近になって漸くナミの素性に辿り着いたのだった。詳細までは分かっていないが、どうも魚人海賊団の一員らしいのだ。
ケアノスは狂喜した。
前の世界では存在すらしてなかった半漁人を見れると大そう喜んだのである。自分から言い出すと怪しまれるので、自然な流れで情報を聞き出そうと試行錯誤しているが、ナミのガードは鉄壁で魚人のギョの字も出てこない。後をつけようにも船ではバレてしまうし、ナミの船は小型ゆえに気殺をしても隠れておける場所が無いのだ。痛めつけて無理矢理案内させるという手段もあるが、メリットが少ないので最終手段としてある。
(しかし、ナミさんも鬼畜だなァ。殺さずに寸止めで生かせなんて……全身の骨を折って、内臓をボロボロにしても辛うじて死なないという発勁でも編み出すか。クヒヒヒヒ)
海賊相手でも殺しはNGというナミに従って、ケアノスはこれまで不殺生を守ってきた。いかに殺さずして致命傷を与えるかは、相反している命題であり、ケアノスは嬉々として取り組んでいた。前の世界では限界と感じていた身体能力や氣の成長に関して、この世界に来てから久しく感じなかった“伸び”を感じるようになっていたのである。10代後半の今が伸び盛りであるにも関わらず、前の世界ではケアノスの成長を世界が否定していたのだ。
この世界ではその枷から解放されたのである。
寸勁で半殺しにする度にその精度が向上し、練り込む氣の量も総量も増えていってるという実感があった。通常の打撃に関しても日に日に威力が増大しており、水面走行の距離も倍増していたのである。強くなっているという体感があれば、不殺生というストレスもある程度が緩和されていた。むしろ不殺生(殺しの寸止め)の極みに近付こうと、楽しんでいる節もあった。
「魚人見れたら次はグランドラインに入ってみるか……あっちには悪魔の実の能力者がウッジャウジャいるって噂だしな。クックック……ああ、楽しみだ」
ケアノスは知らない。
悪魔の実の能力者がどれだけ化け物なのかを――、どれだけ異質なのかを――。
ケアノスに恐れは無かった。
例えどれだけ化け物であっても――、自分の身が危険であっても――。
2013.11.22
主人公の口調を少しフランクにしました。
2014.06.14
脱字修正しました。
2014.9.7
サブタイトル追加