悪を名乗りし者   作:モモンガ隊長

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18話 海軍本部大将・赤犬①

 海軍と接触したケアノスとマオは手厚い歓迎を受けていた。ブラック・フェルム号の甲板に出た二人は笑顔で両手を上げている。

 

「アハ、アハハ……兄さん、これなんなん?」

「クククッ、さァ?」

 

 マオの笑顔は盛大に引きつっていた。それもそのはず、軍艦の上からは無数の銃口がマオ達に向けられていたのである。

 

 現在のブラック・フェルム号は船首ドリル部分を装甲で隠していた。ドリルむき出しのままで軍艦に接近する愚をケアノスは回避したのである。それでも黒鉄の装甲で覆われ、換装可能な二基のスクリューと外輪(パドル)を搭載した鉄甲船は異彩を放っていた。

 海軍はブラック・フェルム号に停船を求め、船員を外に出させ素性を確認し、現在は本部経由で身元照会を行っている。これは船舶があまりにも怪しい造型だった事と、イーストブルーから来た事が起因していた。そもそもこの海域に大将が率いる軍艦が来ていた目的こそ、つい先日ローグタウンに現れ近隣の海でも目撃された『世界最悪の犯罪者』を捕縛あるいは抹殺する事であった。

 

 そんな事情を知る由もないケアノス達は全て正直に話していた。無論話したのはケアノスではない。「こんな船見た事ないぞ」という海兵の驚きに気分を良くしたマオが、ペラペラと話してしまったのである。マオの口からイーストブルーという言葉が出た瞬間、海兵達は一斉に銃を構えたのだった。

その後、三人の海兵がブラック・フェルム号に乗り移り、船内に誰も居ないかを調べている。軍艦では通信兵が電伝虫で海軍本部と連絡を取り合っていた。本部からの情報をメモする通信兵の顔色がみるみる変わっていく。そしてメモを片手に慌てて通信室を飛び出した。

 

「た、大将閣下、た、大変です! あ、あの青年、じ、実はッ!」

「アホゥ、まず落ち着かんかィ!」

「あっ、し、失礼しました」

 

 サカズキに一喝された通信兵は平静さを取り戻し、背筋を伸ばして敬礼を返した。そして、やや緊張した表情のまま報告を再開したのである。

 

「結論から申しますと、少女の言っていた事は本当です。確かにケアノスという青年はイーストブルーで賞金稼ぎをやっていました。活動自体はここ半年程ですが、当時イーストブルーで最高額の賞金首であった『ノコギリのアーロン』をはじめ、『だまし討ちのクリーク』といった一千万超えの大物達を仕留めています」

「ほぅ、あがぁな小僧が噂のルーキーじゃゆうんか」

「はい。捕らえた賞金首は半年足らずで五十を超えており、イーストブルーで活動していた海賊達は彼によって一掃されました。最弱の海とは言え……いえ、最弱の海だからこそ“逆に”異常と言えます」

 

 通信兵は息を呑んだ。自分言っていて信じられないという感覚に陥っている。

 

 

 ケアノスの名はイーストブルーにおける海軍支部では非常に有名であり、本部でも勢いのある新人として注目され始めていた。特に支部の戦力では持て余していた魚人海賊団と海賊艦隊の二強を潰した功績は大きく評価されている。海に沈めたはずのクリークの遺体は、クリークが高額の賞金首と分かるや否やケアノスがサルベージしたのだった。

 ケアノスが半年で稼いだ賞金の総額は二億一千万ベリー。しかし、通信兵が驚いたのはその金額でもケアノスの強さでもない。グランドラインであれば個体で億を超す賞金首が数多く存在し、アーロン程度の海賊など何人いようと秒殺してしまう怪物がゴロゴロいる。

 悪党に懸けられる賞金は個体の戦闘力によってのみ決定するわけではない。その個体が所属する集団にも影響され、軍や政府によって世界に及ぼす危険度が多分に加味されている。また、捕縛の困難さも金額を吊り上げる大きな一因となっていた。時にソレは戦闘力よりも重要視され、ソレだけで賞金を懸けられる者も少なくなかった。

 海賊の多くは拠点を持たない。点在する賞金首を発見するのは容易でなく、運良く発見出来たとしても海軍を見るや逃亡する者は珍しくないのである。特に狡猾な小悪党は戦闘力に劣る反面、危機回避能力に長けていた。大物の賞金首であれば知名度も高いが、小物となれば顔を知られていない者も多い。最弱の海においては大物よりもむしろ小物の方が厄介な存在であった。そんな厄介者を容易く殲滅して魅せたケアノスの海軍での評判は悪くない。しかし、その海軍よりも更に高い評価を付ける組織があった。それは――。

 

 

 通信兵の報告は続く。サカズキは腕組みをしたまま黙って聞いていた。

 

「注目すべきは彼のどんな賞金首でも発見し捕らえ得る稀有な能力でしょう。一度支部の者が海軍への入隊を勧めましたが、その時は『やる事がある』と断られています」

「この状況でも笑うちょるんか。ふてぶてしい小僧じゃのう」

「は?」

 

 サカズキがボソッと呟く。軍艦の上から見下ろすその目は、まるで値踏みするかのようであった。突然の事に戸惑っていた通信兵も漸くその意味に気付く。

 

「……あ、ああ。こちらに撃つ気がないと高を括っているのでは?」

「アレはそがぁなタマじゃないわィ。何しろ“サイファーポール”までアレを欲しがっちょるくらいじゃけェのォ」

「さ、サイファーポール!? 世界政府直下の諜報機関も彼を……ッ!?」

 

 通信兵は驚愕し、思わずケアノスを見た。サカズキも目を細めている。その視線にいち早く気付いていたケアノスは不敵に見上げた。視線が交錯し、互いの目を覗き込む。ケアノスの表情は変わらず、サカズキの眉間には一層シワがよった。

 

「舐めたガキじゃ、腹に一物ありそうな態度を隠そうともせん」

 

 険しい表情に変わったサカズキに、通信兵は恐る恐る声をかける。

 

「じ、実は、彼に関してある疑惑がありまして……例の賞金首にもなっていない海賊団が次々と変死体で発見された事件、あれにも関与していると見られています。事件の犠牲者となっているのが海賊ばかりなので、世間では大きく騒がれていません」

「……」

「当初は疫病なども疑われましたが、死因は急激な衰弱による餓死でした。これが事故ではなく事件とされたのは、漁師の目撃証言と死体の胃に未消化の食べ物が残っていた為です。事件の発端は今から約半年前、彼が賞金稼ぎを始めた時期と一致します。さらに彼が捕らえた賞金首の中にも同様の死に方をしていた者が居たらしく、一連の事件は彼の手によるものかと」

「……」

「本部では彼が何かしらの悪魔の実を食べた能力者と考えているようですが、確証は何もありません。賞金目当てか、あるいは個人的な恨みを抱いてか、いずれにしても海賊ばかりを狙っている事は確かです」

 

 詳細を説明する通信兵であったが、サカズキは険しい表情のままケアノスを見続けていた。聞いているのか否かの判断に迷う通信兵は、聞いていると信じて話を続ける。

 

「か、彼よりも前に同じく『海賊狩り』で名を売った凄腕の剣士がいた為に、軍は彼を別の異名で呼んでいます。その名は――」

「フン、賞金稼ぎの呼び名なんぞに興味はありゃァせん」

「し、失礼しました!」

 

 良かれと思って続けていた説明を切り捨てられ萎縮する通信兵であった。

 

「小僧はもうええわい。娘の方はどうならァ?」

「はっ。少女の名はマオ、科学者を自称しています。船も彼女が造り上げたようで、通商の認可は下りていました。ただ、船の形状が届出と大きく異なっていまして……本人は壊れたから直しただけと言っておりますが」

「科学者ゆうんはこれじゃから困るわィ。安易に技術をさらす事がどれほど悪を惹きつける行為か理解しちょらん。あるいはワザと誇示しちょるとしたら……危険じゃのぅ、あの娘」

「た、確かに」

 

 サカズキの言葉に同意して頷く通信兵。

 

「悪の食指が動く前に、消しちょいた方がええかもしれんのう」

「はっ!? いや、警告を促すだけで良いのでは!?」

「なんじゃァ?」

「い、いえ……何でもありません、閣下」

 

 海軍大将の言葉に驚き反論を試みた通信兵であったが、一睨みで沈黙してしまう。サカズキはその視線をマオに向ける。マオは背中に悪寒が走りブルッと身震いしていた。

 大将という地位にありながら、サカズキの発言や行動は非常に苛烈であった。情け容赦ない制裁は海賊だけでなく、時には正しくないと判断した海兵に下される。そして、その矛先はまだ罪を犯していない一般人にまで及んだ。悪に繋がる可能性があると見るや躊躇わずに処断してきた。その行き過ぎた思想は海軍内でも賛否が別れており、サカズキに畏怖の念を抱く海兵は多い。通信兵もその中の一人であり、沈痛な表情でマオを見詰めている。

 

 

 一方、マオも戸惑っていた。正直にありのままを答えただけで銃を向けられ、更には船内まで捜索されている現状を理解出来ないのである。ふと隣に目をやるとケアノスが不敵な笑みを浮かべ軍艦を見上げていた。

 

「なんや? あの派手なオッサンが気になるんか? ウゲッ、目合うてもた!」

「あの人、きっと艦長だよォ」

「えっ、なんで判るん!?」

「だってェ、偉そうにコート羽織ってるし、年食ってて偉そうだし、何より偉そうじゃん!」

「根拠うっす! 薄過ぎるで、兄さん! ぼったくりの喫茶店でももうちょい濃いコーヒー出しよるわ!」

 

 クセでツッコミを入れてしまうマオ。すると、海兵達の照準は一斉にマオに向けられた。慌てて手を上げ直し、マオは必死に敵意がないと弁明する。

 

「クックック、懲りないねェ」

「笑てないで助けてェや。ホンマに撃たれたらどないするねん!」

「どうするって……避ける?」

「避けれるか! ウチは兄さんと違うて身体能力だけは並なんやで!」

「じゃァ……耐える?」

「耐えれるか! 銃で撃たれたら普通の人間は死ぬもんや!」 

 

 ケアノスは至って真面目に答えていた。その事実が余計にマオを腹立たせるのである。結局はケアノスに「まぁまぁ」と諌められ、話題は再びサカズキに戻った。

 

「ワインレッドのスーツに薔薇の花って……べ、別に大した事ないじゃん」

「ふふーん、渋ゥて凄みのある顔しとる割りには洒落とると思うで。センスのない誰かさんと違てな」

 

 マオは意趣返しも含めて意味有り気な視線を送る。ケアノスは前の世界では太極服オンリーであった。この世界の洋服店でも同じ物を数着仕立てさせており、毎日同じ服を着ているのだ。

 

「そう? あっ、もしかしてマオはああいうのがタイプ? プククッ、意外とお似合いだよォ」

「アホか! なんでそうなるねん!」

「クックック、冗談だってェ。でも、服装は洒落てるけど……強さはシャレにならないかも」

「海軍本部の将校なんやし、あの顔やで! 強いに決まってるやん!」

「うーん……どうしよっかなァ、海楼石」

「はぁ!? 本気で――――に、兄さん!?」

 

 突然マオの表情が一変する。明らかに動揺していた。

 

「ん? どうしたのォ?」

「き、気付いてへんのけ!?」

「……何に?」

「兄さん、アンタ汗だくやで。顔色も良うないし、体調悪いんとちゃうか!?」

「汗? ボクが……汗?」

 

 自覚した瞬間、ケアノスの体は鉛のように重くなる。足は根が生えたように動かず、心臓の鼓動が早まっている事に気付く。

 心配したマオがケアノスに近寄ろうとすると、それを遮るように重厚な低音が響く。

 

「勝手に動くな、娘。わしから質問じゃ。よう考えて答えんと、われの命はないゆぅて思え」

 

 サカズキのドスの聞いた声であった。




2014.9.7
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