悪を名乗りし者   作:モモンガ隊長

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主人公の口調を軽い方で統一しました。
違和感があるかもしれませんが、ご容赦下さい。


16話 不思議山

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口は『山』にあり、『海』に入る為には一度その『山』を登らなければならない。荒唐無稽な話に聞こえるが、これがケアノスの導き出した推論である。

 船の改造が完了するまでの間、ケアノスは何もしていなかったワケではない。己の常識が通用しない世界に放り込まれ、何よりも優先したのは情報収集だった。この非常識な世界の常識を学ぶ為、さらにこの世界の常識すら通用しないグランドラインに関する情報を得る為、ケアノスは独自に調査を続けていたのだ。その成果として得た答えは、暴論に近いものであった。

 

 ――事実は小説よりも奇なり。

 世の中には知られていないだけで、不思議な事など山ほどある。人が想像できるという事は、それは実現できるという可能性を秘めているのだ。有り得ないと思える事でも可能性はゼロではない。

 

 『導きの灯』と呼ばれるローグタウンの灯台は、グランドラインの入り口を指し示すと言われている。しかし、その先が山だとは普通思わないだろう。ケアノスとて最初からその可能性を考慮していたわけではなかった。この世界で生まれ育ったマオとて例外ではない。

 灯台の光が指す方角を書き込み、マオは海図と睨めっこしていた。光が示す先にあるもの、それは何度確認してもリヴァース・マウンテンなのだ。

 しばらく呻き続けたマオは、何かを閃いたようでポンと手を打つ。

 

「むははは……読めた! 見切ったで! この超絶美形な大天才のマオ様にかかれば、世界の謎もお茶の子さいさいや! ナッハッハッハッハッ!」

「おやおや、唐突にどうしたのさ?」

「ニシシシ、謎は全て解けたで。“海流”や! 四つの海のどでかい海流がみなあの山に向こうとるとしたら、それぞれの海流は運河に沿って山を駆け登るんや。ほんで四つの海流は頂上でぶつかってグランドラインに流れ出るっちゅうカラクリやな。どやッ!」

 

 自信満々に胸を張って言い切ったマオ。自慢の巨乳が上下に揺れている。

 ケアノスは一瞬呆気に取られた。

 

「どうって……クククッ、なるほど。いや、素晴らしいよ、マオ。海図と灯台のヒントだけでそこに辿り着くとは、まさに天才!」

「ナーッハッハッハッハ、せやろせやろ!」

「ひと月前に渡したボクの報告書は全く読んでなかったンだねェ。結構苦労してまとめた情報だったンだけど……いやはや、素晴らしい推理力だよ。フフフ、感服しました」

「ヌフフフフ、そない褒めんといてェや。ちょこっと海図見たら分かってしもただけや。全然大した事あれへんで、ウチにしたら」

 

 笑えば笑うほど、マオの胸は激しく上下した。

 

(ククク、耳にフィルター機能でも付いてるのかなァ? 船の改造を原案に戻した時だって、理由もろくに聞かず狂喜乱舞しただけだったっけ……“アレ”のせいで完成が延びたってのに、水を得た魚みたいだったよなァ)

 

 ケアノスは視線を船首に向けて苦笑する。

 

(まっ、これだけ派手に改造しまくったのに、延びた期間が一ヶ月ちょいってのは恐ろしく短いよなァ。フフフッ、マッドサイエンティストとは本当に恐ろしいもンだねェ)

 

 当初、船の改造期間は二ヶ月の予定であった。しかし、実際には着手してから三ヶ月以上の時間がかかったのである。

 マオの手際が悪かったからではない。むしろマオはその分野に関して超のつく天才であった。常人の数倍はあろうかという恐ろしい程の作業速度で改造は捗っていたのである。マオが納期を二ヶ月と設定したのは、神経質なまでに細部の造形美に拘る悪癖のせいなのだ。それさえなければ改造は一ヶ月足らずで終わっていたかもしれない。それでも納期には余裕を持って終わるはずであった。

 期間が延びた最大の理由はケアノスが改造方針を二転三転させた事に起因している。

 最初のコンセプトでは耐久性を重視して装甲と推進力を強化するはずであった。それはケアノスが嵐と斬撃によって大破したクリーク艦隊のガレオン船を見ていたからに他ならない。

 

 しかし、コンセプトは大幅に修正された。

 

 調べれば調べるほどグランドラインがいかに異常な環境かを理解したケアノスは、予算度外視で汎用性を追求したのである。マオ発案の雛形設計を一部復活させ、更に複数の機関や機能を搭載させたのだった。

 普通の船大工ではたとえ何年かかっても成し得ないであろう無茶な設計を、たった四ヶ月足らずで完成させたマオは天才と呼ぶのが生温いほどの鬼才と言えよう。そのマオをして異才と言わしめたのが、ケアノスの資金調達力であった。二千万ベリーを上限としていた当初の予算を大幅に上回り、最終的にかかった費用は億を超える。たった二ヶ月でケアノスは一億近い資金を用意してみせたのだ。

 マオはそれとなく自首を勧めた。絶対に良からぬ事で手にした金だと思ったからである。しかし、何日経ってもニュースで騒がれるような事はなかった。驚きを隠せないマオであったが、手のひらを返してケアノスを称賛し、湯水の如く資金を使って趣味に没頭したのである。その結果生まれたのが、驚異の可能性を秘めた汎用型スクリュー船『ブラック・フェルム号』だった。

 

(イイ出来だよなァ。クククッ、マオの言う造形美はよく分かんないけど……ん?)

 

 船首を眺めて微笑んでいたケアノスがある事に気付く。それは、マオがまだ喋り続けているという事にである。

 

「ほんでな、カームベルトっちゅうんは大型海王類の棲み処なんよ。超危険海域で普通に航海するんは自殺行為やで。まぁ、ウチのブラック・フェルムちゃんやったら…カームベルトなんぞ、なんぼのもんじゃ焼きなんやけどな。ウッシッシッシッシ」

 

 マオは得意げに自身が創り上げた芸術品をアピールしている。ケアノスが聞いているかいないかなどお構いなしであった。

 

「あと自由に航海できるんは海軍の軍艦やな。あれは海楼石積んどるさかい、魚でも気付きよらんっちゅう話や」

「ああ、あの固形化した海と称される噂の鉱石ね。悪魔の実の能力さえも封じるらしいけど……本当なら、欲しいねェ」

 

 適当に相槌を打つだけだったケアノスが、海楼石というワードには強く反応を示した。

 

「手に入るんやったらウチかて欲しいで。フェルムちゃんがより一層パワーアップするさかいな。せやけど無理やねん」

「無理? どうして?」

「一般市場に出るような代物ちゃうねん。産地かてとある海域に存在するっちゅう噂だけで、真相は政府ぐるみで隠蔽しとるんや。軍が独占する為にな」

 

 眉間にシワを寄せてマオは力説する。

 

「闇市場にも滅多に出回らん希少品やさかい、法外な額で取引されとるで。闇ブローカーに発注しても年単位で待たなあかんし、手数料が半端やないんよ。純度の低い粗悪品もあるよってな」

「純度に比例して硬度が変化するせいで、加工が難しいンだっけ?」

「そうなんよ。ううぅ……血が騒ぐお宝やのに、切ないわ」

 

 身悶えするマオを見て、ケアノスは内心で呟く。

 

(……マッドだ、ククク)

 

 ほくそ笑むケアノスは思い付いた事を口にする。

 

「あっ、イイ方法があるよ。持ってる人から譲って貰うってのは、どう?」

「はぁ? 希少価値の高いお宝をタダでくれるような奇特な奴おるわけないやろ! どこの物好きが譲ってくれるっちゅうねん! そもそも誰が持っとるかも分からんのやで!」

「何言ってんのさ。マオが言ってたでしょ、『絶対正義』な人達なら持ってるって。クヒヒヒ」

 

 マオは思わず目を見開く。

 

「あ、アホか! 海軍なんか絶対譲ってくれるワケないわ!」

「こう見えても交渉事は得意中の得意なンだよォ。なんせ師父直伝だからねェ。それに……断られても、奪えばイイだけでしょ?」

「しょ、正気で言うてるんか!? そないな事したらウチらが賞金首になってまうで。それ以前に軍艦言うたら将校クラスが乗っとるんやで。か、勝てるわけないやん」

「クックック……勿論、冗談だよォ」

 

 ケアノスは不敵な笑みを浮かべている。マオは慌てふためいていた。

 

「び、ビックリさせんといてや。一瞬本気かと思て焦ったわ」

「フフフ、だよねェ。ボクも本気だと思ったモン」

「へっ? ……ま、まぁええわ。それより兄さん、お師匠さんがおったんやな。どんな人なん?」

「ボクの原点にして頂点に君臨する人、かなァ。師父に育てられて、師父から全てを学んだからねェ。世界で唯一人ボクの尊敬する人さ。ある意味、ボクがボクである全てだよ」

 

 ケアノスの顔を見てマオは呆けてしまう。こんなに楽しそうで子供らしい純粋な笑顔のまま話すケアノスを見るのは初めてなのだ。いつも斜に構えて大人ぶっているのも、師匠への憧れからかもしれないと思ったマオはケアノスが少しだけ可愛らしく思えた。

 

「フフ、そうなんや。今はどこで何しとるん?」

「……ある日突然居なくなって、もう七年会ってないよ。どこで何してるんだか……?」

「あっ、堪忍やで。知らんかったさかい」

「気にしなくていいよ。師父には師父の人生があるんだし、生きてればその内会えるさ」

 

 少し寂しげに語るケアノス。

 

(もし師父がずっと居てくれたら、ボクの人生も違ってたのかなァ? 有名になれば会えると思ったけど、沢山人を殺せば師父の方から逢いに来てくれると思ってたけど…………ダメだった。きっと、まだまだ殺し足りないって事なンだろうなァ。もっともっと頑張って殺さなきゃ、高み目指して)

 

 物思いに耽るケアノスを励まそうとマオはアレコレ話題を振った。健気に気遣うマオとは対照的に、ケアノスはとてつもなく不穏な事を考えていたのである。

 

 マオは知らない――ケアノスの師がどれほど危険な人物なのかを。

 マオは知らない――ケアノスの師がかつて『世界最狂の奇人』と呼ばれていた事を。

 マオは知らない――師を尊敬する弟子もまた狂人である事を。

 

 

 

 そうこうしていると、前方に巨大な岩肌が見えてきた。世界を二分している赤い土の大陸(レッドライン)である。そびえ立つリヴァース・マウンテンは雲を貫いており、海面からでは山頂を確認できない程高い。

 テンションの上がったマオは操舵室から甲板に飛び出して叫ぶ。

 

「うほー、めちゃんこでかいやん! てっぺん見えへんで!」

 

 マオは必死に目を凝らすが、やはり肉眼で山頂は見えない。しかし、運河の入り口は見えてきた。

 

「うほほ、ホンマに海が山登っとるわ! ……て、あれ? 何か吸い込まれとるで? 兄さん、吸い込まれとるで!?」

「クックック、ちゃんと見てるよ。それより早く操舵室に戻って下さい。“アレ”使うから」

「おっ、ついにお披露目の時が来たんやな! 任しとき!」

 

 再び操舵室に戻ったマオは装置をいじり始めた。ケアノスは舵を取ってタイミングを計っている。

 

「今です。『船首大型回転衝角』始動!」

「ラジャー。『ドリルちゃんⅡ号』始動! 気張っていこかーッ!」

 

 掛け声と共にマオは機械を操作した。すると、船首に取り付けられた巨大なドリルが甲高い音を奏でて回り始める。

 

「バラティエのオーナーが言ってたもんね、グランドラインに入る前に半分消えるって。納得の景観だよねェ、ククククク」

「あれは“冬島”やさかい、岩壁にぶつかりでもしたら引き摺り込まれて海の藻屑やで。やっぱりウチのドリルちゃんがあって良かったやろ!」

「仰る通り。言葉もないよ……あっ、衝撃に備えてね」

 

 運河の入り口から少しだけズレていたブラック・フェルム号は岩壁に激突した。しかし、轟音を鳴らして岩を砕き、更には運河に設置されていた巨大な囲いまでも破壊してしまう。強固なドリルと装甲を備えたブラック・フェルム号に損傷はない。

 

「あっちゃぁ……やってもたな、後から来る船の邪魔になるで」

 

 巨大な囲いは片方の支柱が壊れて傾いてしまっていた。ガレオンなどの大型船はまず通れないだろう。

 

「済んだ事は仕方ないでしょ。まっ、ボクらは助かったンだし結果オーライ?」

「……それも、そやな。ドリルちゃんの威力が圧倒的やったっちゅう証拠やしな、ぬっはっはっはっは!」

「フフフ、歴史を作っちゃいましたねェ」

「いや~、正面から堂々と入るんは気持ちええな~。なんて言うんやろ、この解放感? ああ~、こうなったら叫んでまおかな~?」

「叫んじゃえ! 叫んじゃえ!」

 

 山を駆け上る運河は勢い良くブラック・フェルム号を頂上へと押し上げた。マオは機械を操作してドリルの回転を止めるが、顔は満足そのものであった。山頂を越えると、船は更に加速されて突き進む。

 

「おっしゃー! とうとうグランドライン突入や! 待っとれよ、ウォーターセブン! 首洗っとけや、ベガパンク! ウチこそ世界一の発明家になったるでーッ!!」

「ハッハッハッハ」

 

 マオの熱い決意表明を聞いてケアノスも笑みがこぼれた。

 下り始めると不思議な音が聞こえてくる。音はブォォォォと鳴り響く。

 

「なんや? 風かいな?」

「……前方に見えるのは、山?」

「ンなアホな。双子岬の先は海だけのはずやで」

「ふむ」

 

 ケアノスは目を凝らすが、巨大な黒い影は山にしか見えない。しかし、近付くにつれて徐々に輪郭がハッキリしてきた。風の音もメロディーを奏でているようにさえ聞こえてくる。

 

「や、山とちゃう! あれはクジラや! アホほどでっかいクジラやで!」

 

 あまりの巨体にマオは取り乱す。

 一方のケアノスは鼻唄交じりで舵を握っていた。船は真っ直ぐクジラへと進んでいる。このままでは激突必至であった。

 

「ふふふーん、あのクジラ楽しそうですねェ。まるで歌ってるみたいだと思わない?」

「え? あ、ああ、そない言うたら歌とるようにも聞こえるな。ははは、ホンマえらい楽しそうや」

「クククッ、でしょ?」

「ウッシッシッシ、流石グランドラインやで。兄さん、そろそろ取り舵せなあかんよ~」

 

 ケアノスに釣られてマオにも笑顔が戻る。山を登る運河の興奮さめやらぬまま、歌を奏でる超巨大なクジラと遭遇し、二人のテンションは最高潮に達しようとしていた。ケアノスは舵を切ろうともせず、意気揚々とマオを呼ぶ。

 

「では、マオ!」

「あいよ!」

「船首大型回転衝角、再始動! 目標、前方超巨大クジラ!」

「あいあいさー! ドリルちゃ~ん、ご指名やで~…………ええっ!? なんでや!?」

 

 機械を操作しようとしていたマオの首がぐるりと回り、驚愕の眼差しでケアノスを見詰めた。

 

「クククッ、ドリルちゃんの威力を証明しましょう!」

 

 そこには狂気に満ちた目で笑うケアノスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 




活動報告にも挙げていますが、旧話での主人公の口調にも修正をかけました。
ご承知置き下さい。

2014.9.7
サブタイトル追加

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