我輩はレッドである。   作:黒雛

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いじっぱりな黄色い悪魔 ③

 

 ――四日後。レッドはラティアスの背に乗り、再びトキワシティに向かう。

 マサラタウンとトキワシティは徒歩で二日、三日ほどかかる距離にあるので、子どもが気軽に行くのは無理があり、マサラの子どもがトキワに行く日は、ちょっとしたお得日だった。しかしラティアスの背に乗ると念力のフィールドにより風や重力の抵抗を受けないので、ポケモンや人間を気遣う必要がなく、全速力で駆け抜けることも可能なのだ。そうするとマサラとトキワはあっという間に行き来できる。やっぱりエスパーの力ってすげー!

 

「さて、聞いた限りだと今日辺りにまた出現するはずだけど……」

 

 レッドが再び来訪した理由は、もちろんピカチュウを捕獲するためだ。

 四日前、ピカチュウを捕獲すると決めた後にしっかり聞き込みをした結果、大体四日の頻度でピカチュウはトキワに訪れていることがわかった。だから四日後の今日、朝早くからトキワに赴き、張り込むつもりだが……。

 

「このただっ広いトキワのどこを張り込めばいいのやら」

 

 張り切ってマサラを飛び出したのはいいが、トキワの規模はマサラと比べるまでもなく、当てずっぽうに張り込むと無駄に時間を浪費するだけだ。レッドは再び聞き込みを開始して、出現場所を割り出そうとしたが、そこは何度も被害に遭っているトキワの住民がとっくに行っている。しかし結果が芳しくないのは、件のピカチュウはかなり悪知恵が働くようで、敷かれた包囲網をスルスルと事もなげに掻い潜っているのだ。一度罠を仕掛けられた場所には不用意に近づかないなど、中々の徹底ぶりである。

 

「いいな。いいな。あのピカチュウ、マジでいいなぁ」

 

 テンションが上がって参りました。

 狡猾でいながら一人で成し遂げる行動力もある。もう運命とか関係なく、レッドは完全にあのピカチュウしか有り得ないと結論していた。

 だからこそ一刻も早く捕獲する必要がある。あれほどの戦いの才を持つピカチュウなら、入手したいと思うトレーナーは多いはず。野生のポケモンは基本的に早い者勝ちだ。僕が目をつけていたのにー、という声はよほどの事情がないと適応されない。

 

「ラティ、お前の力でピカチュウを探ることってできたりする?」

 

 頭を悩ませるレッドはラティアスの力ならと問いかける。

 ラティアスはフルフルと左右にかぶりを振り、スケッチブックにペンを走らせる。

 

『ますたーのいうぴかちゅうのはちょうがわかればさがすことできる』

 

 なるほど、すれ違ったあの一瞬、しかもラティアスはアイスに夢中だったこともあり、ピカチュウの波長を読み取ることは物理的に不可能だったわけだ。

 たどたどしく記された文字を読み、レッドは納得する。

 

「ピカチュウが狙ってるのは食べ物ばかりだから、とりあえず被害に遭いやすい商店街をぶらぶらしてみるか」

 

 行き当たりばったりだが、仕方ない。レッドには大人顔負けのポケモン知識はあるが、名探偵のような推理力は持ち合わせていない。というか、基本バカだし。直感を頼りに生きる生物だし。

 レッドはラティアスと手を繋いで歩き出す。

 マサラではあまり見かけられないが、トキワだとたまにポケモンが放し飼いにされていたり、“モンスターボール”からポケモンを出し、一緒に行動しているトレーナーの姿も確認できる。前者の方は他人に“モンスターボール”を投げられたりしないようにキチンと首輪がつけられていた。

 

 まあ、レッドも同じようなものである。

 ラティアスを“モンスターボール”に入れたのは、後にも先にもラティアスのトレーナーになると決め、捕獲したあの瞬間だけだ。ほとんど一瞬に等しい。

 

 正午を告知する音楽が、鳴り響く。

 びっくりと目を丸くするラティアスに苦笑して「昼ご飯を食べる時間ってことだよ」と教える。

 

「ちょうど昼になったことだし、どっかで飯を食うか」

 

 コクコクと頷くラティアスを連れて喫茶店に入ると、前を通りかかったウェイトレスが営業スマイルで話しかけてきた。

 

「いらっしゃい。あら、もしかしてデートかしら?」

「そんなわけ」

 

 なにを言っているんだ、この女は。

 

「もう、女の子に恥をかかせちゃダメよ。こういうときは男の甲斐性を見せないと、彼女ちゃんに逃げられちゃうぞ☆」

「甲斐性以前にアンタは人の話を聞こう。デートじゃねーっつってんだろうが」

「もう、この照れ屋さんめ!」

 

 ひたすらウザい。よし、煽ろう。

 

「もう、この年増女め!」

 

 同じように笑顔で返してやると、

 

「貴様ァッ!」

 

 まさに烈火の如く――しかし、次の瞬間、調理服を着込んだ壮年の男性にギロリと睨まれ、その怒りは強制的に鎮火させられた。

 なに? 前科持ち? 男女の二人組みが来ると茶化さずにはいられないの?

 

「チッ、二名様ご案内しまーす」

「どうか行き遅れにはご注意くださーい」

「ぐぬうぅ……!!」

 

 下唇を噛みしめるウェイトレスにアッハッハと笑い、気を良くしながら案内された席につく。

 マサラタウンのレッド。相手が初対面だろうと煽ります。

 備えつけのメニューを開く。

 

『でーとってなあに?』

「んー、男女のカップル――恋人が逢瀬を重ねることかなー」

『こいびと?』

「好きな異性と特別な関係にあることだな」

 

 メニューを見つつ、スケッチブックを見て、律儀に質問に答える。地味にレベルの高い技術だ。

 

『じゃあ、わたしとますたーは?』

「家族」

 

 すると、ぽわ~と幸せオーラが漂ってくる。

 ラティアスに恋人のことなんてまたわからないだろうし、レッドとラティアスの関係は主従や相棒、パートナーよりも家族という表現が適切だ。

 

 当然、レッドが鈍感ということはない。

 

 人を煽るには、そいつのウィークポイントを的確に射抜く必要があり、ずれた煽りはただ寒いだけだ。挑発スキルがカンストしているこの性悪男は他人の感情に敏感なのだ。

 

『ますたーには、こいびととかいないの?』

「いないいない。そういうのは普通、青少年になってからだよ。七、八年は後の話だ」

 

 ――もっとも、ポケモンマスターになるという目的を達成するまで、他に現を抜かすつもりはないが。

 性悪のくせに、こういうところは真摯である。

 

『ななみは?』

「あの人は俺の中で、もはやアルセウスの領域にいる人だから」

 

 ナナミがいなければ、こうしてラティアスと一緒にいることはできなかった。ナナミがいなければ、間違いなくレッドは傷の癒えたラティアスを手放していただろう。

 信仰しなければ。信仰しなければ……!

 今では立派にナナミ信者です。

 

 お冷を持ってきたウェイトレスに二人分の定食を注文する。

 

「ラティ、もしピカチュウと遭遇することができたら任せていいか?」

 

 ラティアスはコクリと頷いて――書き書き。

 

『あいすたべられたっ』

 

 ぷくりと可愛らしく頬を膨らませる。小さな拳をグッと握り、やる気は満々の様子。

 食べ物の恨みが恐ろしいのはポケモンも同じようだ。

 

「けど、どうやって対処したもんかね」

 

 あのスマブラの如く変則機動を事もなげにやってのせるピカチュウは間違いなく強敵だ。野生のポケモンが持つ本能的な機転を十二分に活かしていた。しかし相対するラティアスは、低いレベルに関わらず豊富な技を既に習得しているが、如何せん実戦経験が少ない。強引に懐に飛び込まれたら一気に勝敗は決するだろう。

 こちらが勝利をする決め手は間違いなく、豊富な技のレパートリーを最善に選び抜くトレーナーのスキル。

 

(つまりは俺次第っつーことか)

 

 ラティアスに任せるんじゃなくて、ラティアスと一緒に戦うのだ。

 

(まあ、“めいそう”を積むのは当たり前として、あのピカチュウは近接戦が得意みたいだから“リフレクター”も確定か。それでも辛いようなら“ミラータイプ”も使って……これでラティアスのステータスを補うことはできるかな。攻撃は当然、特殊・タイプ一致のエスパーとドラゴンをメインにして、と。んー、“しんぴのまもり”はどうしよう。……最初は張らず、麻痺になったら“サイコシフト”でピカチュウに麻痺を移したら即時展開だな)

 

 いやはや、ゲームのような習得制限がないから夢が広がりングですなー、とレッドは楽しくなった。

 もちろん技の多様は禁物。PPという概念はないが、技を使用すると普通の攻撃に比べ、精神を多量に疲弊する。補助技を積みまくり、万全の態勢を整えたのはいいが、そこに労力をひたすら注ぎ込んだ結果、いざ開戦すると既に疲労困憊とか笑い話にもならない黒歴史待ったなしだ。

 過不足なく必要な技を必要なときに必要な数だけ使用する。そこを見切るのもトレーナーの仕事だ。

 

「早く大人になってトレーナーとポケモンバトルをやりたいなあ」

 

 とっても、とっても楽しそうだ。

 少し、夢見心地な気分になりつつ喫茶店の壁に設置しているテレビに目を向ける。

 ニドリーノとゲンガーが激しいバトルを――ゲンガーの“サイコキネシス”でニドリーノが一撃で落ちた。

 

「ですよねー」

 

 通信交換のできる友だちは偉大である。

 

 

 

 

 

「ピカチュウが出たぞー!」

 

 外からそんな叫び声が響いたのは、ラティアスが食後のデザートを完食した頃だ。制限時間内に完食すると無料になる、バケツのような大きな器に盛られたパフェを制限時間の半分でぺロリと平らげ、「俺の傑作よ。こいつを完食してみせた強者は未だいないぜぇ……!」と食前、不敵に笑っていたコックに『おかわり』のスケッチブックを見せて絶望に導いたラティアスが、物足りないとばかりに容器にこびりついたクリームに舌を這わそうとしていた。さすがに下品なので「また連れて来てやるから」とレッドはこの喫茶店をカモに認定し、外に出る。

 騒ぎのする方向に移動すると、そこにはピカチュウと相対するトレーナーがいた。年は十五歳くらいだろうか。トレーナーの前には、カラカラがいた。

 己を囃し立てる周囲の声に少年は意気揚々とカラカラに指示を出す。

 

「行け、カラカラ! “ホネこんぼう”!」

 

 カラカラが、手にする骨を振り上げて、ピカチュウに駆ける。

 ピカチュウは電撃を走らせ、遠距離から攻撃を仕掛ける。しかし電撃が直撃したはずのカラカラは、物ともせず直進して、驚いているピカチュウに、振り上げていた骨を振り下ろした。

 吹き飛んだピカチュウは二度バウンドして、サッと体勢を立て直した。きっと、あのピカチュウはカラカラと戦うのははじめてなんだろうな、とレッドが密かにピカチュウを応援しつつそんなことを思っていると、

 

「はん! バカなやつだ。地面タイプのカラカラに電気が効くもんか!」

 

 ――ご丁寧にフラグを立てるそのご奉仕精神、俺は嫌いじゃないよ。

 少年の嘲りに、ピカチュウが低い声を上げた。「ああ……?」とか「テメェ」とか「この野郎……」とか言っているに違いない。 

 ともかくピカチュウの怒りに触れたことは確かだ。

 

「このまま一気に倒すんだ! “ホネブーメラン”!」

 

 カラカラが骨を投げつける。しかし、まるで見当違いの方向に飛んで行く“ホネブーメラン”に周囲は困惑していた。

 少年はそんな周囲の困惑に笑みを深める。明後日の方向に飛ぶ“ホネブーメラン”は角度は回転により、まるでキレの良い変化球のようにククッと曲がり、ピカチュウの側面から奇襲を仕掛けたのだ。

 

(けど)

 

 レッドの視線は鋼のように硬質化したピカチュウの尻尾に向いていた。

 ピカチュウは死角から迫り来る“ホネブーメラン”に気づいていない素振りを見せながら、しかし、あわやぶつかる瞬間に“アイアンテール”で“ホネブーメラン”を打ち返した。

 

「なっ!?」

 

 完全に勝利を確信し、“モンスターボール”を投げるつもりだった少年は驚きのあまり硬直した。同じく驚愕していたカラカラに“ホネブーメラン”が直撃する。

 今度はカラカラが吹き飛ぶことになった。すぐに体勢を取り、地面に転がる骨を取りに行こうとしたが、それを見越したピカチュウの“ロケットずつき”が無防備なカラカラに突き刺さった。ピカチュウと街灯のサンドイッチになったカラカラは苦しい声を漏らしつつ奮闘の意志を見せるが――そこには“アイアンテール”を振り上げ、「まだやんのかよ」と言いたげに見下ろすピカチュウ様が。

 カラカラ、ぱたりと死んだフリ。

 

「そ、そんな」

 

 悄然と肩を落とす少年を一瞥して、ピカチュウは踵を返した。既にその背には強奪しただろう食糧が詰まっており、後は逃げるだけなんだろう。

 

「ラティ」

『だいじょーぶ。はちょうはよみとったから、おいかけること、できる』

「さすが」

 

 と、ラティアスの頭を撫でる。

 レッドとラティアスは脇道に入り、人目のない路地裏に行く。

 ラティアスが変身を解き、元の姿に戻る。レッドがラティアスの背に乗ると、ラティアスは念力のフィールドを展開して飛翔するのだった。

 

 

  







 通信交換してくれる相手がいない人にとって、真の伝説のポケモンとは、ゲンガーやフーディンでござる。
 サンダー? ファイヤー? フリーザー? ミュウツー?
 あいつら野生で出現する上にマスターボールで一発やん。ゲンガーやフーディンはマスターボールがあっても捕獲不可能なんだぞ。本当に……あの仕様はなんだったんや………。やめろぉ、やめろぉ……!
 

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