我輩はレッドである。   作:黒雛

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 Q.きのこの山ってポッキーとなにがちがうの? ポッキーでいいじゃん。大して変わんないじゃん。個性が足りないよ、個性が。
 たけのこの里派よりお送りいたしました。


第十六話「水上レース ③」

 

 

 

 予想通り――と言うべきか、ブルーは当たり前のように一位でゴールを決めて本選への出場権を手にした。徹底的にインコースを攻める無駄のない速力にはカスミも絶賛、ダークホースの出現といった華々しい活躍にもちろんレッドは舌打ちである。

 腕の一本や二本なんて高望みはしなかった。せいぜいケガの一つや二つ――膝に矢を受けてしまえと神頼みしたのだが、残念ながらアルセウスは願いを聞き届けることはなかった。

 神龍(シェンロン)を見習え我野郎と内心罵倒すると空から金タライが落下してきたのは果たして偶然だろうか。

 しばらくレースを見学していると最終レース――レッドが走る番になる。

 こぶになった頭部を撫でながらスタート地点の岸辺に向かうと、他の面々は既にやる気満々といった様子で“なみのり”を修得したポケモンに乗っている。

 

「レッドく~ん、頑張ってね~!」

「くれぐれも犠牲者を出さないようにしなさいよ! 切実に!」

 

 観客席から大きな声援? を上げるローザとフラウに軽く手を振ってからモンスターボールを握る。中にいるミロカロスもやる気十分にこちらを見て頷いた。

 

「キミ……えっとレッドくんだったね。キミも早くポケモンに乗りなさい」

 

 ただ一人ポケモンを出さずに岸辺に突っ立っているレッドに進行係が注意する。

 しかし、レッドは適当な態度で「あー、大丈夫です。始まる直前にはちゃんとポケモンに乗るんで」と要領の得ない返答をする。

 進行係はその曖昧な返答に首を傾げたが「まあ、直前に乗るんならいいか」と追及をやめる。

 ミロカロスは非常に貴重なポケモンだ。その進化系や生息地、生態すらも不明であり、現在確認されている個体はシンオウ地方のチャンピオン・シロナのポケモンただ一匹。しかも彼女はヒンバスの件もあってミロカロスには非常に過保護であり、ミロカロスの生態研究には否定的だ。ならばと金に目の眩んだ悪の組織が、考古学の研究のため遺跡の調査に向かう彼女を度々襲撃しているのだが、流石はシンオウ地方のチャンピオン。犯罪者バキュームの如く襲い来る敵をばったばったとなぎ倒してポケモン無双を発売している。チャンピオンの技量ともなれば“てんのめぐみ”+“エアスラッシュ”のひるみ確率は八割を超える。ボチヤミサンタイ並のトラウマは必至。なぁにこれぇデッキで全盛期征竜とデュエルするような無謀さだ。

 そんな全盛期征竜並みに強いシロナによって守られているミロカロスなのだからモンスターボールから出そうものならトラブルは確定しているようなもの。故にレッドはギリギリまでモンスターボールから出すつもりはなかった。

 

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 決して、対戦相手の動揺を招くためではない。

 

 さて、これで何人が釣れるかな、と悪い顔をしているのは、きっと気のせいである。

 レッドはそんなことを思うような人間ではない。誰もが憧れる聖人のような――そう、それこそがレッドである。マサラタウンのレッドは幼馴染のミトコンドリアと青汁とは違うのだ。

 

 そして始まった最終レースは、やはりというべきか混沌を極めた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「いやぁ、対戦相手は強敵でしたね」

「どういうことよアンタァああーーっ!!」

 

 ぶっちぎりの一位を取ったレッドが爽やかな汗を拭っていると、カスミが突撃をかましてきた。

 

「なんで!? なんで!? なんで!? なんでアンタがミロカロスを持ってんのよ!」

 

 叫ぶカスミの視線はミロカロスに釘付けだ。カスミだけではない。カスミと同じ疑問を持ってレッドに近づいた者は当然として参加者も観戦者も、全ての視線を集めていた。

 

 それほどにミロカロスは美しかった。

 

 まるで生きた宝石を見るような、うっとりとした艶やかな瞳を一身に浴びてミロカロスは少し誇らしげである。かつては初々しく狼狽していたが、多少は慣れたようだ。

 そんなミロカロスをよしよしと撫でてからレッドはモンスターボールに戻した。

 

「よーし次は本選だ。不慮の事故に見せかけて青を殺してやるぜぃヒャッハー」

 

 と呟きながら歩き出すレッド。

 

「いや無視!?」

「あ? 何か用っすか?」

「何かじゃないわよっ。アンタの乗ってたポケモンって、ミ、ミロカロスでしょう!」

「そーだけど」

「軽い!」

「まあ、そんな卑下すんなって。アンタだって軽い方だと思うよ? 断崖絶壁スとまでは言わないけど、それでもない方だしな」

「誰が身体の話をしたぶっ殺すわよ!」

「殺すとか、キャーこわーいお巡りさーん。国家の卑しい下僕さーん。此処に犯罪者予備軍がいまーす」

「ああああああっ! マジでムカつくわ、こいつ! そもそも犯罪者予備軍はアンタでしょうがッ!」

「こんな聖人君子に向かってなんという罵倒。ここが公共の場じゃなかったらブチ殺――げふん、好きな言葉は愛と勇気と優しさと世界平和です。てへへ、吐き気がしますね……」

「自分で言っといて何ダメージ受けてんのよ! そうね、あたしが間違っていたわ。アンタはもう予備軍というか、手遅れだわ。手の施しようがないレベルで外道ってる。――って、アンタのことはどうでもいいのよ。ミロカロスよ、ミロカロス!」

「え? ミロ? カロス? 別にカロス地方に行かなくてもミロはスーパーで売ってるよ」

「あたしはアンタが乗ってたポケモンの話をしてんのよ!」

「ああ、なんだそのことかよ。ったく、それならそうと早く言えっての」

「ねえ、唸っていい? あたしの“メガトンパンチ”唸っていい?」

 

 目に殺意を滾らせたカスミが握った拳を見せつけて来る。怒りに震えるその拳が“メガトンパンチ”はおろか石破天驚拳に変貌するのは時間の問題だろう。

 

「よし、話す。判ったから落ち着け」

 

 レッドは冷や汗を浮かべながらカスミの握り拳を解いた。

 

「つっても大した話じゃないんだけどな。シロナさんから借りたってだけの話だし」

「いや、充分に大した話でしょうよ。アンタ、シンオウのチャンピオンと知り合いだったの?」

「あの人がチャンピオンになる前にマサラにやって来て、そんときから」

「でも、それだけでよくミロカロスを借りることができたわね。あの人、ミロカロスに関しては特にガードが固かったってのに」

 

 カスミは羨望の眼差しをミロカロスの入ったモンスターボールに向ける。

 まあ、ガードの固いその背景を知っているレッドからすると当然のことなのだが。

 

「ふうん、聞きに行ったんだ」

「そりゃ水のエキスパートとしてはね。あたしだけじゃなくて水を専門にするトレーナーは皆チャンピオンから話を聞こうと奮闘したわよ」

 

 しかし結果は実らず。

 故にカスミはしつこいくらいにミロカロスに食いついたのだろう。

 レッドはモンスターボールを撫でながら諭すような口調で、

 

「ま――そういうわけだからこいつのことは諦めてくんね? ミロカロスに何かあったら怒り狂ったシロナさんが飛んで来るぞ。あの人、ミロカロスのことを我が子のように愛してるし、あの人のエースを務めてるガブリアスも確実にブチ切れるぞ?」

 

 シロナはもちろんのこと、ヒンバスの頃から彼女(ミロカロス)の苦労を知っているガブリアスも苛烈なくらいの報復行為に移るだろう。もしもそのようなことがあればハナダシティが“りゅうせいぐん”により荒廃した世紀末待ったなしである。どこの誰とは言わないがマサラ出身の何某による影響だろう。青とか、緑とか。赤だけは聖人君子だとレッドは確信している。

 

「うぐ、確かにそれは恐ろしいわね」

 

 カスミは未練たらたらといった様子で渋々と引き下がった。

 

「判ってるでしょうけど、アンタも充分気をつけなさいよ。世の中、あたしみたいに聞き分けの良い美少女だけじゃないんだから」

「言ってろ。判ってるっつーの」

 

 カスミに背を向けて、改めて歩き出したレッドはひらひらと手を振った。

 尚もレッドは観衆の目を一身に浴びている。ミロカロスの衝撃は、それほどに大きかったのだろう。そこにあるのが羨望一つならドヤ顔を向けるつもりだったが、残念ながらと言うべきか、多分の感情を孕んでいた。

 

 ――欲しい、と。

 

 その美しさから収集癖を擽られた富裕層が。

 大金で売れるだろうと金欲に眩んだ犯罪者が。

 ロケット団が。

 

 どんな手段を使ってでも手に入れてやる、と暗い喜悦を燃やしている。

 今まではチャンピオンであるシロナが所有していたから諦めるしかなかったが、今、ミロカロスを所有しているのはトレーナーになったばかりの少年。清く美しく、優しい心を持った格好良い美少年だ。殺伐としたところとは無縁の場所で育ってきた――そんな育ちの良さを感じさせる、神ですら敬意を抱くだろう少年。

 

 ――チャンス。

 

 そう思ったのは果たして何人いることか。

 レッドは付かず離れずの距離を保ってついて来る気配を感じながら、顔を伏せてニヤリと笑う。

 

「さーて、ストレス発散のお時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョインジョインピカァ――

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった」

 

 と、喜色満面の笑みで。

 トレイにハンバーガーとポテト、ドリンクを乗せたレッドがフラウの隣の椅子に座った。テーブルにトレイを置いて、まずはドリンクを一口だけ飲んでいる。

 ここはハナダシティにある飲食店。予選を快勝したブルーが参加する本選までまだ時間が多分に余っている為、フラウ達はここで昼食を取りながら駄弁っていたのだが、そこにレッドが当然のように居座ってくる。

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、事実、女三人で中々に話が盛り上がっているところに男が一人で平然とやって来るその度胸は、まあ、レッドだからと納得した。

 

 彼は自らを『優しさの化身』などとほざきよるがその実、安定の畜生だ。自らを讃える際に飛び出す言葉のなんと薄っぺらいことか。ジュンサーとして活躍する母に不良少年が「エー、俺が万引きしたってー? そんな証拠がどこにあるっていうんスかねー。ちょべりばマジウケるwwwwwwwwwwww」と馬鹿丸出しの発言をしていたのを思い出したが、アレと中々に良い勝負だ。

 

 ……そこにブルーも加わるんだけど、と思うと冷たい殺気。ブルーが目の下を暗くしてニコニコと笑っている。お願いだから心を読まないでほしい。マサラのトレーナーは化け物ばかりか。

 

「お~、レッドくん。予選通過おめでと~」

 

 そしてそんな水面下のやり取りを察することなくいつも通りのローザ。ぱくぱくと自分の髪型と同じ形のドーナツを食べながらレッドを迎え入れている。

 

「さんきゅ。ま、俺の実力からすれば当然の結果って奴だな」

 

 あの試合のどこに実力が介入する余地があったのだろう。

 

「あはは~、こやつ言いおる~」

「……おい、このぼんやりピンク、いつの間にこんな辛辣なことを言うキャラになったんだ?」

「元からよ。貴方が誤解してただけ」

「この見掛けじゃ騙されるわよね。私もそうだったわ」

 

 フラウが首肯すると、ブルーもそこに追従する。当の本人はちょこんと小首を傾げている。

 ローザはよく、のんびりマイペースな天然少女と誤解されるが、幼馴染として十二年一緒に過ごしてきたフラウは断固として『毒舌』の二文字が足りないと常々思っている。保護欲を湧かせる愛らしい顔立ちと癒し系の雰囲気をしているが、一緒にいると歯に衣着せぬ言動が目立ち、その天然から放たれる毒舌たるやブルーですら口元を引き攣らせた実績を持つ。

 

「でも良かったわ」

「あ、何が?」

 

 パクリとハンバーガーを齧ったレッドがこちらを見る。

 

「ほんの少し前までの貴方ってすっごい殺気をばら撒いてたじゃないの。その原因、目の前にいるし。でもこうして普通に話せるってことはもう機嫌は治ったのよね?」

「良いストレス解消法も見つかったしな。それに、いつまでも不機嫌を続けるのもガキっぽいし、うちのポケモンが怯えちまう。ポケモンに比べたら俺の復讐心なんてちっぽけなものだよ」

 

 と、殆どポケモンにしか向けない優しい表情を庭に向ける。

 トレーナー御用達のこのお店は広めの庭を設えており、そこでトレーナー達のポケモンが寛げられる場所として開放しているのだ。そこにはレッドのポケモンだけならず、フラウとローザ、ブルーのポケモンもいる。

 元の、戦闘機のシルエットしたポケモンの姿に戻ったラティアス。レッドのピカチュウを慕うフラウとローザのピカチュウ等々。但しブルーのサザンドラに限っては「マシンガンを携帯したヤクザが常時薬をキメてるような奴だから、野放しにした瞬間血祭りワッショイよ」とトレーナーの神采配によってモンスターボールでお留守番だ。

 

「――ま、それはそれ。これはこれ。本選で不慮の事故が意図的に発生するのは決定してっけど」

「あら、大変。きっと赤が死ぬのね」

「散るのは青だけどな」

「あ?」

「は?」

 

 そしてメンチの切り合い。

 少し良いことを言ったと見直した途端この有様だ。これもある種の自爆芸というやつだろうか。 

 フラウはドン引きし、貧乏くじを引かされたことを恨めしく思いながら「そ、そう言えば、さっき楽しかったって言ってたわよね? 何かあったの?」と、別に話題を振る。

 

「ああ。俺の出したポケモン――ミロカロスってんだけどな」

「凄い綺麗だったわよね」

「俺の心とそっくりだったろ?」

「ベトベターが何か言ってるわね」

「黙れベトベトン」

「んだとコラァアアアーーッ!」

「やんのかオラァアアーーッ!」

「どっちもどっちよ! このバカアッ!」

 

 互いに胸倉を掴みあって怒声を飛ばす沸点ゼロの赤と青にフラウは頭が痛くなった。

 

「それで~? ミロカロスちゃんがどうしたの~?」

 

 はむはむとドーナツを咀嚼しながらローザ。

 

「ま、そんな大事じゃないんだけどな。ミロカロスってかなり希少性の高いポケモンだから、目をつけた連中に襲われたんだよ」

 

 一先ず矛先を収めて食事に戻りながら、レッドはなんてことないように言った。

 

「え? それかなり大事じゃないっ。大丈夫だったの?」

 

 念の為、ハナダシティにいる身内(ジュンサー)に連絡をした方がいいだろうか、と眉根を寄せる。

 

「まあ、大丈夫じゃなかったらこんなところにいないでしょうね。アンタのことだからどうせ返り討ちにしたんでしょ」

「とーぜん。最初はあくどい笑みを浮かべて悪いことを言ってるクズどもがずたずたになって惨めに命乞いをして来たときは、もう抱腹絶倒だったわ」

 

 クズである。

 身内に警察がいる人間を眼前に、なんてことを楽しげに語るのだろう。しかしジョーイを身内に持つ幼馴染はずたずたになったという発言を完全にスルーである。問題児しかいねーよ、ここ。

 

「え? 何その神展開。どうして私に連絡しなかったのよ。うちのサザンドラちらつかせてあげたのに」

 

 クズである。

 そんな場面にマシンガン携帯した薬中のヤクザを投入したら翌日の新聞の一面を飾るのは水上レースではなくて、『水上レースの裏側で暴力団の抗争か!?』と血生臭いニュースになることは間違いないだろう。せっかくのお祭りが台無しだ。

 

「バカだな。んな劇物投入したらあっという間に楽になんだろうが。悪党に人権なんてないんだから磨り潰すように苦しめるのが正解なんだよ」

「なるほど、一理あるわね」

 

 ない。

 断じて、ない。

 

「そうすりゃ世の中『ああ、悪いことってできないんだなァ……』って犯罪を起こす奴もちったぁ少なくなんだろ。その少ないのを完全に摘み取ったら世界平和の誕生だ」

「判るわ。悪党に慈悲なんて与えるから良心の紐が緩んでまた次の犯罪を起こすのよ。法治国家の被害者は何時だって良識ある一般人だわ」

「悪党死すべし、慈悲はない」

 

 ローザが「ぶ~めら~ん」とご機嫌に歌っているが二人は気にした様子もなく、

 

「泣いた。今、レッドが生涯に一度の良いことを言ったわ」

「よし、俺がチャンピオンになった暁には、このスローガンを掲げてカントー地方を支配しよう」

「まあ、私がチャンピオンになるからその野望は叶わないんだけど、そのスローガンだけは賛成ね。世界が私に跪く。ふふふ、素晴らしい景色ね」

「ははは、こやつ言いおる」

 

「「HAHAHA!」」

 

 マサラタウンの方々。何がどうしてどうなったらこんな畜生に成長するんですか。しかも二人も。私はまともな人材を要求します。

 フラウは顔を覆って泣いた。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そして午後になり、本選レースの開幕。 

 

 

 

「「――死ねえっ!!」」

 

 

 

 飛び交う赤と青の、あまりに見苦しい罵詈雑言にフラウは再び泣いた。

 

  

 

 

 

 

 

 















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