我輩はレッドである。   作:黒雛

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 しばらく更新が開いてしまったとき、多くの作者たちはこう言うだろう。

「リアルが忙しくて!」

 まあ、大多数が本当だろうが、少数の人間は都合の良い言い訳として利用するだろう。
 しかし、私は敢えて本当のことを言おう。





 ごめんなさい、サボっていました!!!


第九話 「ピカピカ」

 

 初戦を危なげなく勝利して見せたグリーンは、続く試合も難なくこなし、遂にタケシと戦う権利を獲得した。

 まだ新人トレーナーが旅に出て一週間すら経過してないというのに、この快挙にスタジアムにいる誰もが熱狂した。

 グリーンという新人トレーナーに注目し、虜になった。

 しかもグリーンは、あのポケモンの権威オーキド・ユキナリ博士の孫だというのだからメディアはゴキブリホイホイの如くグリーンにカメラを向け、インタビューの隙を虎視眈々と狙っている。事前のインタビューはコンディションを崩す可能性がある、とタケシの鶴の一声で抑制されていた。

 

 一時間のインターバルを置いて開始したグリーンとタケシの熾烈を極めるバトルを制したのは――やはりというべきかグリーンである。

 一つ目のバッジということもあり極めて大きい制限を課せられたタケシを相手に、既にエリートトレーナー顔負けの戦術と育成技術を携えているグリーンが敗北する余地はなかった。ある種予定調和に近いバトルだと感じたのはレッドとブルーの二人だけだろう。

 

 タケシのイワークを打倒して勝利が決まったとき、弾けんばかりの歓声とは裏腹にグリーンは複雑な表情を浮かべていたのは、やはり全力で戦いたかったからだろう。タケシには本気の面子で挑んでほしかったし、グリーンも己の最強にして最高の切札であるバンギラスとともに挑みたかった。たとえ結果が敗北だったとしても。

 その気持ちはよくわかる。相手がジムリーダーだろうと試されるのは嫌いだ。全身全霊を尽くした本気のバトルをしたいのだ。 

 

 まあ――それでも初めてのジム戦を突破したのだ。あの表情の裏に多少の達成感と喜びも抱えているだろう。

 

「うわあ、凄いねえ、凄いねえ~っ」

「本当。同い年のトレーナーとは思えないわ」

 

 百を超える挑戦者の中で、初めての快挙を成し遂げたグリーンに会場は軽くスタンディングオーベーションになっていた。

 

「おい見ろよ、あいつこの歓声の中でも無表情を貫いてやがんぜ。手を振り返すくらいしろよな。社交性ゼロにも限度ってモンがあるだろう。グリーンくんはだから友だちがいないんだなあ! 寂しいなあ! 飯うまだなあ!」

「陰湿なのよ。ほら、最近巷で人気の勘違いモノってやつよ。狙ってんじゃないの? 外面はクールで無表情、だけど内面は喜怒哀楽を雄弁に語っている――二次小説にありがちな勘違い系キャラとか」

「おいおい、ありゃ主人公だから意味があんだぜ。あと一人称小説。そりゃ無理だよ、だって俺が主人公だし、あいつのポジションなんてライバルという名のかませ犬で充分だっつーの」

「この状況で平然と幼馴染をディスっている貴方たちのほうがよっぽど陰湿よぉ!」

 

 堪えかねたフラウが言った。

 

「んじゃ、ジムリーダーの戦いも見れたことだし、ニビシティの観光に行くとしますか」

 

 情報収集はもう充分すぎるほどのデータを集めた。グリーンが挑戦したのはまさに僥倖である。

 

『ケーキ、アイス!』

「わかってるよ」

「美味しくて、安いところ知ってるよぉ~」

「いいね。子どもにはありがたい場所だ。カツアゲにも限界があるし」

「聞こえない聞こえない。自分と同じ十二歳の子どもがカツアゲしているとか聞こえない。……ブルーはどうする? レッドと一緒に観光案内してあげるわよ」

 

 やや不安な面持ちでブルーに問いかけたのはフラウにまともな友だちがいないからだろう。ブルーの人格が腐り果てているとか、そんな理由じゃないはずだ。

 

「うーん、レッドの付属品っていうのが極めて不愉快だけど、お願いしようかしら」

「やーいやーい付属品! カードのオマケのウエハースー!」

「ぶっ殺す」

 

 ――乙女のこの手が真っ赤に燃え、貴様を殺すと轟き叫んだブルーの拳が空間を焼くようにして駆け抜ける。レッドは迫り来るブルーの手首を、掬い上げるようにしていなした。

 姿勢を落としたレッドの顎を目掛けて、ブルーは膝を振り上げた。それを左に回り込んで回避して、水平に薙いだ手刀も更に左に回り込んで避けながら一旦距離を取る。

 じりじりと間合いを計りながら攻防の機先を制するべく思考を働かせる二人を見遣り、

 

「無駄に高度!!」

 

 フラウが叫ぶ。

 伊達に幼い頃から色んなトレーナーにポケモンバトルを挑んでいない。中には幼い子どもに敗北したことを認めない愚図も存在した。そんな連中を懲らしめていると、いつの間にか戦闘力が上がっていたのだ。

 ポケモンの一挙一動を見抜く眼力がないとトップクラスのトレーナーにはなれない。人間の攻撃などポケモンと比べると月とすっぽん――見切れないわけがなかった。

 

「アレ? もしかして怒っちゃった? ぷんぷん丸?」

「ぷんぷんドリームの方よ」

「最上級と申したか」

 

 と、いつものじゃれ合いをしながら席を立つ。

 

「貴方たちの友情が私にはわからないわ」

「大丈夫。出会う人みんなに言われたから」

「どこにも大丈夫なところがないんですけど」

「しかし、おかしいところはどこにもなかった」

「おかしいところしかないわよ」

 

 凄い。打てば響くように返って来る。自分たちだけなら返って来るのは殺意を滾らせた拳なのに、ちゃんと言葉が返って来る。

 未だ鳴り響くスタンディングオーベーションの最中、レッドたちは座席から通路に出た。

 不意に、この男一人に対して女三人の状況はもしかしなくてもハーレム状態ではないかと思ったが、よくよく考えてみるとそんなことはなかった。ちっともドキドキしない。一人は悪魔の生まれ変わりだし、そもそも転生者なレッドは普通に二十代のお姉様が好きだった。個人的に胸の小と中には人権はいらないと思う。やっぱり夢盛りだよね! なんてゲスい回路を働かせていると、

 

「――――」

 

 視界の片隅に、件の黒ずくめの男が引っかかった。コナンではない。黒スーツに黒のベレー帽、そして『R』の赤文字という潜伏しているつもりのようで微塵も潜伏できていない、いっそ哀れなくらいにダサいスタイル。社長のセンスに涙腺崩壊。

 トキワの森で一瞬見かけた――今世間を騒がしている、

 

「ロ、ロロ……ロなんとかさん」

 

 レッドは失笑した。こういうときにストーリーにほとんど興味を示さず、ひたすらAボタンを連打していた前世が悔やまれる。確か、あの一団の首領の名は――サカキ。表では氷帝学園テニヌ部の顧問をしていたはずだ。「行ってよし(ビシッ)」のあの人。しかし名前は太郎。

 そんなレッドの様子がおかしいと思ったのかブルーが声をかける。

 

「どうしたのゴミクズ?」

「いや、な、悪魔の化身。んー、ちょっとトイレ行ってくるわ」

 

 別に放置でも良かったのだが、連中の視線がグリーンに向いているのが気になった。あいつクール振っているくせに実は内心嬉しくて仕方ないから気付いてないみたいだし。

 そんなレッドの意図を読み取ったのか、ブルーは、

 

「ふーん、まあ、せいぜい半殺しにしておきなさいよ」

「え? トイレ行くのにどうして半殺しが出てくるの?」

 

 フラウが言った。

 

「俺がそんなヘマをするわけないだろ。完全犯罪してくるわ」

「ならばよし」

「いや、よくないわよね!? ねえ、何するつもりなの? ねえ!?」

『わたしもいくー?』

「いいや、お前はこいつらと一緒に待っていてくれ。すぐに終わらせるから」

 

 ラティアスの頭を一撫でしてから、レッドは踵を返した。

 腰に提げているモンスターボールを一つ取り出して、手元でポンポンと弄ぶ。

 

 ――バチリ! とモンスターボールが青白く放電した。

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 そこは人気のない通路だった。

 スタジアムから沸き上がる歓声に黒ずくめの格好をした男はつまらなそうに舌打ちをする。

 

「ガキのくせに……」

 

 男の脳裏に浮かんだのはつい先ほどの光景。トレーナーになったばかりの十二歳の子どもがジムリーダーであるタケシを倒し、見事グレーバッジを受け取ったところだった。

 

「ガキのくせに……」

 

 不愉快だ。不愉快で堪らなかった。もしこの場にナニカものが転がっていたら男はきっとやつ当たりをしていただろう。

 

「ガキのくせに……!」 

 

 己の裡から沸き上がる暗い感情の正体は、嫉妬だった。少年を讃えるスタンディングオベーションがどうしようもなく劣等感を刺激する。

 男はギリッとポケモン図鑑を握り締めた。

 視線を下げる。目に映るのは、すっかりと色褪せて傷だらけになったポケモン図鑑。

 

 かつての象徴。

 憧れの象徴。

 夢の――成れの果て。

 

 男もかつてはポケモンマスターを夢見て、十二歳にポケモンを貰い故郷を旅に出た一人だった。

 戦って、仲間を増やして、次の街へ。

 苦しいことはたくさんあったけど、それすら楽しかった。だって自分には頼りになる仲間がいるから、どれだけ苦しくても頑張ることができた。

 

 しかし――何時からだっただろう。その苦しみが辛くなったのは。

 勝てない。勝てない。勝てない。勝てない。

 何回やっても同じ結果。どれだけ努力を重ねても同じ結果が続いた。

 はっきりと言ってしまえば、男はポケモンブリーダーの才能もポケモンバトルの才能も持っていなかったのだ。なぜ駄目だったのか、その観点に己は含まれず、常にポケモンの強弱に問題があるのだと決め付けていた。

 

 何時までも拭い取ることのできない悪循環は遂に愛すべきパートナーたちに暴力を振るうまでに達し、そんな男にポケモンたちは愛想を尽かして男の元を去ってしまった。

 そこから男は落ちるところまで落ちた。

 かつての夢は灰色になり、憎しみに変わり、気付けば犯罪者だ。 

 

 ――ロケット団。

 

 それが男の所属する組織だ。

 ここはとても居心地が良かった。自分と同じようなドロップアウトが寄せ集められたような集団だった。劣等感が刺激されることはなく、ポケモンを道具のように扱っている姿に軽い優越感のような陶酔を齎してくれる。

 そして与えられた道具たちもかつてパートナーだった役立たずよりずっと強力なものだった。

 男は一気に自分が強い人間だと思うようになった。

 順調な犯罪生活。衣食住に困らず、欲を満たし、真っ当に頑張っている人間が得ようとしている成果を横取りすることの、なんと甘美なことか。

 他人の不幸は蜜の味。まさに人生の箴言である。

 

 そんな順風満帆な生活を送る男に次に与えられた指令が、オーキド博士の孫である少年を誘拐することであった。

 身代金の要求だろうか? 研究成果の強奪だろうか? 何にせよ、男は二つ返事で引き受けた。資金の調達に富裕層を標的にすることは珍しいことじゃなかったからだ。

 

 いつものこと。邪魔する連中を蹴散らして、自分は不当な手段で大金を手に入れるのだ。

 

 そう――思っていたのに。

 

 標的である少年が成し遂げた偉業に、どうしようもなくかつての自分の姿が甦った。

 光り輝く正道を歩いていた過去の自分。

 

「くだらない」

 

 甦る想い出を、しかし男は切り捨てた。

 自分は為せなかった。どれだけ頑張ってもジムバッジを一つも得ることはできなかった。

 圧倒的なまでの才能差を見せ付けられたようで、男はとても不愉快だった。

 

「なあ」

 

 男は我慢の限界を超えて、堪らず行動を共にしている仲間に話しかけた。

 

「なんだ?」

「もしあのガキが抵抗するようなら、痛い目に遭わせてもいいよな?」

 

 そうだ。あんな生意気そうなガキは痛い目を見るべきなのだ。

 

「好きにしろ。殺すなよ?」

「わかってる」

 

 許可は取った。にやりと男は下卑た笑みを浮かべる。どこから甚振ってやろうか、なんて考えていると。

 

 カンカンカン――と。

 鉄板の階段を叩く音が反響した。

 男たちはハッと顔を見合わせて頷き合う。もしもの場合は――と、モンスターボールを利き手に忍ばせる。

 音は近付いて来る。

 注視していると、現れたのは少年だった。

 赤帽子に黒髪、どこか魔性の輝きを宿す真紅の双眸。

 仲間たちはホッとした表情を浮かべているが、男はなぜか落ち着かなかった。

 仲間の一人が一歩前に出る。大人しくここから立ち去るように忠告するつもりなんだろう。

 しかしそいつが口を開くよりも早く。

 

「あのさあ」

 

 少年が言った。

 

「別にアンタたちが何をしようと興味もないし、どうでもいいんだけどさあ。あの緑虫に手を出すのはやめてくんない? すっごい迷惑なんだけど」

「どういう意味だい」

「九十九勝、九十九敗、引き分け数二百回。うちの切札たちは本当に負けず嫌いでさ、ポケモン図鑑に映ってるHPがゼロになろうと命を削って殺し合う生粋の戦闘狂なんだよ。いつまで経っても勝敗が動かないから、俺とあいつは決めたんだよ。ポケモンリーグの決勝戦――そこを決着の舞台にしようって。そこで勝った方が、記念すべき百勝を手にした方が強いって」

 

 こいつは駄目だ。

 男は率直に思った。

 滔々と語る黒髪赤眼の少年の瞳は――完全なまでに『無』であった。

 

 例えば――極度なまでに冷たい目に対して、ゴミを見るような目と表現することがあるが、果てして、それは正しいのだろうか? 

 路傍に転がるゴミに一体何人が興味を示すだろう。

 大多数の人間は「誰かが拾うはず」なんて思考を働かせることもせず、ごく自然と、呼吸をするように、視界にも思考からも外すのではないか。

 つまりそれは――『無』である。

 そして少年の瞳は――『無』。

 

 少年は、断じて人に向けるモノでない――すなわち、正しく、まさしく、ゴミを見るような目を向けているのだ。

 

「その俺たちが敷いたレールにさ、アンタたちの存在はいらないんだよね。アンタたちがことを騒がしくしたらポケモンリーグの開催も危ぶまれるかもしれないし、グリーンも家族の身を案じてリーグを辞退して護衛に専念する可能性だってある。それはあんまりだろ?」

 

 やめろ。

 そんな目を向けるな。

 少年の真意に気付いた仲間たちも純粋なまでの怒りを滲ませていた。

 怒りが思考を侵食し、まともな判断ができなくなる。

 明らかな憤怒に、しかし、少年はまるで介する様子もなく、あくまで淡々と。

 

「別に腐臭を撒き散らすくらいなら我慢してやるからさ、ゴミはゴミらしく隅っこで大人しくしていてくれよ」

 

 ぷつん、と

 理性が切れた音だった。

 

「こんのクソガキがぁぁああッ!!」

 

 誰もが迷わずモンスターボールを投擲した。

 紅白のボールが口を開き、組織から賜った強力なポケモンが飛び出した。

 アーボック、マタドガス、ベトベトン、スピアー。

 どれも敵を惨たらしく苦しめるのに最適なポケモンだった。

 

「こいつを、このガキを殺せッ!!」

 

 しっかりと調教されたポケモンたちは眼前にいるか弱い肉体を傷付けることに躊躇をしない。ギラギラと目を鈍く輝かせ、少年に襲い掛かる。

 

 少年は、手首のスナップだけでモンスターボールを投げる。

 遅い。今からポケモンが飛び出したところでどうしようもない。

 バカな奴だと男は嗤った。

 既に自分たちのポケモンは攻撃モーションに入っているのだ。盾になることしかできないポケモンなど畏れるに足らず。

 

 

 

 少年は呟いた。

 

 

 

 

 

 

「――――――やれ」

 

 

 

 

 バチリ! とモンスターボールが青白く放電した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 ……一体何が起きたのだろうか。

 わからない。理解できない。どうして自分の身体はこんなにも痛いのだろう。もがくこともできずガクガクと痙攣しながら崩れ落ちていた。

 なぜ、自分の意識は朦朧としているのだろう。

 なぜ、仲間たちは、ポケモンたちは黒焦げになって崩れ落ちているのだろう。

 

 そう、光だ。一瞬だけピカッと光ったのだ。少年の投げたモンスターボールが開いた瞬間に眩い閃光が視界を灼いたのだ。

 そして次の瞬間がコレである。

 少年のポケモンがやったのだろうか? 有り得ない。だって、認識すらできなかったのだ。そんなポケモンが果たして存在して良いのだろうか。

 少年が投げたモンスターボールは、既に手元に戻っていた。

 

 一瞬で攻撃して、一瞬でモンスターボールに戻ったというのだろうか?

 

 なんだ、その理不尽は。ふざけるな。自分たちはこんなところで終わっていい存在じゃない。どうせ反則技を使ったに決まっている。汚いガキだ。もう一度勝負しろ。

 そんな都合の良い言葉たちは喉を通すこともなく、男は気を失うのだった。

 

「…………」

 

 少年は気絶した男が取り落としたポケモン図鑑を見下ろした。

 落とした拍子か、それとも電撃を受けた拍子の誤作動か、そこには少年の情報が載っていた。

 

 

 ――ピカチュウ Lv.100。

 

「ま――念には念を押して」

 

 そう言って、男の夢の残照であるポケモン図鑑を踏み潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





 ゲームだとどんなポケモンでもレベル100になれますが、この小説だと『完璧な育成力』と『6Vのポケモン』この二つの要素が合わさって初めてレベル100になれます。
才能によりレベルの上限値が違うのです。
 ピカチュウを活躍させてないのに、感想でピカチュウの評価がどんどん上がっていくからこうするしかなかった。

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