我輩はレッドである。 作:黒雛
「もしもーし、フラウさーん。いい加減に機嫌直して、この手錠を外してくれませんかねー?」
レッドは自分の両手首を固定している金属を見下ろした。
薄暗いトキワの森の中でも容赦なく存在感を放っているソレは、見間違えようもなく手錠である。
まさかの事態にさすがのレッドの冷や汗を禁じえなかった。
フラウがジュンサーの家系の人間であり、尚且つ手錠を持ち歩くなど誰が想像できようか。フラウの姿を見たときにレッドはどこの初音ミクさんですか? と思った。
常日頃から「捕まる悪はただのバカ」と豪語としている犯罪者予備軍が、とうとう前科持ちの仲間入りか。もしそうなったらマサラタウンの人間は記者からインタビューを受けたとき声を揃えて「「「いつか絶対にやると思っていました。つーか以前からやっています」」」と言うに違いない。グリーンとブルーなど間違いなく腹筋崩壊して嘲笑いに来る。
それだけは絶対に避けたい。この年で殺人事件とか笑えない。
「お詫びにお前らの探していたピカチュウの居場所を教えてあげたじゃねーか。おかげで野宿することなくニビシティに帰れんだから、これでチャラにしようぜ」
そのピカチュウとは、レッドが四年前に出会った彼らである。久々の兄貴分との再会を喜んだ彼らは、同時に外の世界に興味があったらしく元々ピカチュウを欲しがっていたローザはもちろんのこと、フラウも旅の仲間としてパーティに加わることになった。
しかしフラウはムスッとした表情のままこちらを振り向きもしない。
フラウとは正反対に、ピカチュウを抱きしめてご機嫌なローザがそっとレッドに近寄って耳打ちをする。
「ごめんね~。フラウちゃんって、普段は優しくて頼りになるんだけど、怒ると器が小さくなるから結構長引くんだ~」
「いや、少しもフォローになってないんだけど。むしろ貶してんだけど」
「?」
「無自覚な天然毒舌系か……」
こういう手合いは苦手である。
天然毒舌系は、意図せず、悪気もなく、とんでもない爆弾発言を絨毯爆撃さながらに投下していくから、意図的に空気を読まない発言を投下して愉悦するレッドやブルーのようなタイプは必然的にツッコミに回らざるを得ない。こちらがどんな発言をしようと華麗にスルーするから、こちらの毒舌が一切通用しないのだ。鬼畜外道のドSは攻めることは得意だが、受け身になると途端に弱者に成り下がる。
「レッドくんたちは、マサラタウンから来たの~?」
「そうだけど、言ったっけ?」
「あの黄色い変な人と話していたのを聞いたんだ~」
「ああ、あの蜂蜜を塗りたくって木に縛り付けられていたヤツか。一体何がしたかったんだろうな。完全にただの変態じゃねーか」
「変わった趣味だったんだね~」
のほほんとした雰囲気を崩すことなく首肯するローザに、レッドは「やっぱ苦手だわぁ……」と渇いた笑みを浮かべた。
「あいつのことはともかく、俺もポケモンマスターを目指しているからな。各地を旅してバッジを集めるつもりだよ」
「ポケモンマスターか~。かっこいいね~」
それはどこか他人事のような物言いだった。
「お前らは違うのか?」
「うん。私は~お医者さんになりたくて~、フラウちゃんは~、警察官になりたいんだ~」
「ふぅん……あ、その顔どこかで見たことあると思ったらポケモンセンターの」
「ほとんどのポケモンセンターに私の親戚がいるんだよ~」
「コピー&ペーストの一家ね。フラウは違うっぽいけど」
ずんずんと歩くフラウの長いツインテールが右に左に揺れている。
「フラウちゃんには妹がいるんだけど、見間違われるのが嫌なんだって~。ほら、フラウちゃんって、無駄にプライドが高いから~」
「いや、ほらって言われても知らねーから。出会って数分で人となりを把握するとかどんなニュータイプ? あ、俺は神の如く聖人君子と言われているから、そこんとこよろしく」
『……かび?』
ポツリとラティアスが一言。
「おおっと、そこの紅白よ。貴様、なんて聞き間違いをしおった」
「そっか~。レッドくんはかびの変人君子なんだ~」
「おい、それも聞き間違いか? それともばっちり聞こえた上で言ったのか? どっちなんだ?」
「ふふっ」
先頭を歩いているフラウが噴き出すような笑いをこぼした。おそらくこちらの会話をいつの間にか盗み聞きしていたのだろう。すぐにハッと我に返り、少し歩く速度を上げる。
『あの人、急に笑ったよ?』
「たまにあるから気にしなくていいよ~」
なんて不親切な説明なんだ、と少し同情した。あれでは、ただの妄想癖のある女だ。
恐らくフラウの怒りは既に冷めているのではないか、とレッドは予想する。話に入ってこないのは、レッドを警戒して迂闊に割り込むことができないのだろう。もうあんな真似をするつもりはないが、こちらの言葉が心に響くとは思えない。
レッドはフラウをからかってしまったことを心の片隅でひっそりと反省していた。ついついグリーンやブルーにしていたような、とにかく揚げ足を取る芸風をかましてしまった。あれは耐性のついた人間でないと中々にキツイものがあるのだと気づいたのだ。マサラではすっかり定着していたから感覚が麻痺してしまっていた。
レッドは反省できる人間だ。自分に99%に非があり、相手に1%の非があるならイーブン以上に持ち込むまで諦めないが、自分に99.9%以上非がある場合はさすがに大人しく反省する。
そう、レッドは反省のできる生き物なのだ!
「マサラタウンから来たってことは、レッドくんはもうバッジを一つ持っているの~?」
「いんや。確かにマサラはトキワを経由するからジムに寄ったんだけどな、どういうわけかジムは閉まってたんだよ。ジムリーダーが不在っぽいんだ」
マサラ出身の新進気鋭の面子は、最初のジムということもありワクワクしながら門を叩いたのだが、結果は徒労に終わった。
トレーナー初日にして最初のバッジを華麗に入手する――そんな大記録を持って華々しくデビューを飾ろうとしていたのに、まさかの仕打ちだった。ジムの外にあったジムリーダーの石像に「あれ? こいつどっかで見たことあるよーな……。もう記憶が曖昧なんだよなー」と首を捻りつつ、ブルーと一緒にラクガキをして溜飲を下げたのは良い想い出だ。
「じゃあタケシさんがレッドくんの最初のジム戦になるんだね~」
「ま、そうなるかな」
とことんヒトカゲは不遇だよな、と苦笑する。
レッドは最初のジム戦は、博士にもらったヒトカゲで勝利を飾りたいという思いがあるのだが、中々に辛いものである。もしトキワのジムが運営中だったとしても、トキワのジムは確か地面タイプを主力にしていたはずだし、トキワを切り抜けたとしても次のニビシティは岩タイプを主力とするジムリーダー、更に次の次のハナダシティでは満を持して水タイプが主力ときた。
(フシギダネ無双だよなー、序盤は)
フシギダネをパートナーにしたブルーは、あのフシギダネを見た瞬間、サザンドラと二枚看板にしようと思ったはずだ。
ブルーの戦術は耐久と回避に特化したポケモンで相手の行動を阻害しつつ、積み技を稼ぎ、“バトンタッチ”によりエースモンスターで一気に相手を完膚なきまでに蹂躙するトラウマ必至のスタイルだ。レッドとグリーンもその被害者である。積み技を受け継いだサザンドラを倒すことはほぼ不可能と言って過言はない。“わるだくみ”ユルスマジ。
おそらく序盤のジム戦を最速で駆け抜けるのはブルーだろう。
(ヒトカゲの本格的な出番はもう少し後かな)
この森で出会った初心者狩りとバトルしたとき、レッドはヒトカゲを繰り出した。幸い、相手は炎タイプに弱い鋼タイプを保有するコイルだったこともあり勝利を手にして見せたのだが、思っていた以上に臆病を拗らせていたヒトカゲは火力の調節を誤り、あわや大惨事になるところだった。
レッドの思いはあくまでレッド一人の都合だ。臆病なヒトカゲに敢えて苦手なタイプをぶつけるのは酷い話だし、これ以上臆病を悪化させてしまうのはトレーナー失格である。ヒトカゲは臆病ながらに頑張ろうとする意思はある。少しずつバトルを積ませて自信を育み、一歩一歩地道に進んでいくしかない。
野良バトルはヒトカゲが担当して、トレーナー戦はもう一匹で役割分担をするのが最適か。
思考の海から抜け出して顔を上げたそのとき、視界の片隅に動く影を見た。
「?」
自然と視線が影の姿を求めたが、既にそこには何もなかった。薄暗い森が続いているだけだ。しかし、不意に映り込んだ影の姿は、確か黒ずくめの人の姿をしていたような気がする。
視認できたのはまさに一瞬だったから、もしかすると気のせいだったのかもしれない。
――いや、
(あ、これ絶対フラグだ。絶対何か起こるわ。ニビシティで絶対面倒くさいイベントが発生するわ。命賭けてもいい。絶対何か起こる)
まあ、案の定というべきか、その予感は的中することになる。
その後、レッドは手錠を掛けられたままトキワの森を横断する羽目になった。ラティアスの“テレポート”を使い、手錠だけを転移させる手段も当然思いついていたが、相手はジュンサーの家系にあるフラウだ。一度逃亡することができたとしても、今後しつこく追い回される可能性も否定できないのでレッドは大人しくすることを選んだ。さすがに現段階で国家権力に喧嘩を売るほどレッドもバカではない。
ニビシティに到着したのは、お日様が山へと沈み、紫陽花色の夕闇に染まりつつある頃だった。
まだ四月を迎えたばかりの風は、日の温もりがなくなると途端に肌寒いものに変わる。新しい街に到着したという昂揚がいまいち沸いてこないのは、肌寒い夕闇と手錠のせいだろう。
「あうう~、疲れた~」
フラウにおんぶしてもらっているローザがそんなことを言った。
「いや、それ私の台詞だから。今のアンタの何処に疲れる要素があったのか聞きたいわ」
そんなローザにフラウが冷たく返す。その冷たい声音はローザ以上の疲労を感じるのは必然だろう。この面子の中で一人だけ息を切らせて、かなり辛そうだ。
「いいから早く降りなさい」
「ええ~? お家までおんぶして~」
「嫌よ! ニビシティまでって約束したじゃない!」
「だって疲れたんだもん」
「元々トキワの森に行きたいと言い出したのは貴女でしょうが!」
「ううう~、そうだけど~。もう歩けない~」
フラウにより強制的に地面に降ろされてしまったローザは立ち上がろうとする意欲すら放棄して、座り込んだまま「おんぶ~」と手を伸ばしている。
「おい、あいつあんなんで旅ができるのか?」
トキワの森を行き来するだけでもう歩けないなんて言っていたら、オツキミ山を登山してハナダシティに行くことすら困難ではないだろうか。
ローザの行き先に不安を感じて、フラウに尋ねる。
「! ……ええ、私もあそこまで体力がない子だとは思わなかったわ」
レッドに話しかけられたフラウはやや驚きつつ首肯する。
敵意や警戒心がなくなっていることに安堵しつつ、
「体力っつーか、根気だな」
おそらく体力にはまだ余裕があるはずだ。だって、汗一つかいてないし、息切れもしてないし。
動くことそのものに疲れたというか、飽きたというか、つまり、怠け者なわけだ。
「フラウちゃん、おんぶ~」
レッドとフラウは、地面に座り込んで未だ赤子のように手を伸ばしているローザを見下ろした。
世の中にごまんといるポケモントレーナーの数を考慮すれば、ポケモンセンターがどれほどの激務であるが想像に難くない。現在のままポケモンセンターの仕事に就職したとして、この程度で根を上げてしまうローザに仕事が全うできるかと問われれば、首を横に振るしかないだろう。
もしかするとローザの家族は、ローザのこんな怠け者な一面を矯正させるために旅をさせる決断をしたのかもしれない。
いろんな場所を旅して、いろんな人やポケモンと出会い、苦楽を重ねることにより見聞を広げて、いつか立派になって帰ってきてほしい――と。
「もう、しょうがないわね。今回だけよ」
「なるほど、貴様が犯人か」
ローザの矯正を期待している(かもしれない)家族たちよ、元凶は身近なところにいたぞ。
「え? な、なにが?」
「なにがじゃねーよ。お前がローザの我が侭を散々聞いてやってっから、こいつはこんな風になっちまったんじゃねーのか?」
「………………」
ピキリとフラウが硬直した。
レッドの発言は、まさに正鵠を射ていたのだろう。
「よーく思い返してみろよ。その『しょうがないわね、今回だけよ』って台詞、今まで何度使ってきた?」
表情は硬直したまま、フラウの細い指が一つ二つと思い当たる節があるたびに親指から順番に閉じていき、あっという間にグーの形に変わり、そして折り畳んだ指が逆再生するかのようにリバースしていく。グー、リバース、グー、リバース、グー、リバース、グー、リバース、そんなやりとりが十以上は軽く続いて――もはや疑う余地はない。
「完全に私のせいか……!」
ガーンと衝撃の事実を知ってしまったフラウは青ざめた表情で崩れ落ちた。
フラウもフラウで、このまま成長して彼氏でも作ろうものならローザにしていたように、なんやかんや言いながら「しょうがないわね」と男の過ちを許す駄目人間製造機になりそうだな、とレッドはダメ男を好いてしまう才女の片鱗を垣間見た気がした。
「ところでしょうがないわね先生、いい加減手錠を外してくれませんかね?」
「誰がしょうがないわね先生よ!」
と言いつつフラウは手錠を外してくれた。
やっと両手が自由になったレッドは「おお」と感嘆しながら腕をくるりと回す。
「久々の娑婆の空気ってヤツだ」
『マスター、その台詞まったく違和感ないね』
「はは、言いおるわ、こやつめ」
まるでレッドが犯罪者の常連になることを予期したかのような物言いに、レッドは笑顔と青筋を浮かべてラティアスの両頬をこねくり回す。
『うにー』
「俺はもう――二度と捕まらん」
「ねえ、私の前で法律と警察の目を掻い潜るように生きてやるぜ宣言はやめてくんない? あとその名言っぽい溜め方にイラッとしたんですけど」
「気にするな。お前はローザを矯正することに全身全霊を尽くすといい」
そう言ってレッドはラティアスと一緒に歩き出した。
「どこに行くの?」
「ポケセン。夜は不良が跳梁跋扈して危険だから、良い子は早くホテルに向かわないとな」
「……貴方なら嬉々として不良狩りに勤しみそうなんだけど」
「あっはっはー」
否定はしない。初心者狩りも鬱陶しいけど楽しかったし。あの悪ぶった悪人もどきが恐怖と屈辱に歪んでいる様は実に気分が良い。
入り口にある掲示板の案内所でポケモンセンターを確認してから、レッドは夜が半分ほど出入りしているニビシティに足を踏み入れた。
特に山も谷もないお話だったので、なにか付けたしたいなーと思い、「そうだ、後書きにプロフィールを書こう」と思い至りました。ここまでお話が進んだら晒していいよね、たぶん。
いわゆるオリキャラ設定みたいな感じなので苦手な方はバックステッポで回避してください。
トレーナープロフィール 01
【名前】 レッド
【年齢】 十二歳
【出身地】 マサラタウン
【利き腕】 両利き
【家族構成】 天涯孤独
【趣味】 自宅でゴロゴロ/ネットサーフィン(主に2ちゃんねる系)
【座右の名】 目には目を、歯には歯を(顔面崩壊させる勢いで!)
【好きな食べ物】 甘いモノ全般
【嫌いな食べ物】 おのれワサビェ……!
【好きな番組】 101匹ヨーテリー
【得意なこと】 大抵のことはそつなくこなせる
【苦手なこと】 真面目に生きる/天然系の無自覚な毒舌
【お金の使用例】 甘味
【今一番欲しい物】ポケルス
【好きなタイプ】 おっぱいが大きいキレイな長髪のおねーさん(最低限の家事ができると好ましい)
【日課】 ラティアスと戯れる/朝一番にルっくんと殴り合い(泣)
【被害者の数】 たっくさーん。
【寛容さ】 ミジンコ先輩、マジでけえっス!
今作品の主人公。
四年前にラティアスと出会い、この世界を模したゲームをプレイしていた前世の記憶を思い出した。前世の記憶で培った知識と現在のポケモンバトルを組み合わせた新しい戦術を駆使して、ポケモンマスターになることを夢見ている。
現在の目標は、公式戦無敗のまま一年でバッジをすべて集めて、ポケモンリーグを制覇することを。
その本性はとにかく面白そうな事柄には内容問わず首を突っ込んで場をかき乱し、思う存分楽しもうとする快楽主義者であり、同時に悪人を踏み潰し、悪の苦渋に満ちた表情を見るのが大好きという厄介なサディスティック性も兼ね備えており、マサラの三大問題児に数えられている。
自分のことをよく「聖人君子」と言っているが、自分の性格が悪いことは十二分に理解しており、ツッコミやすい分かりやすい嘘を好むタイプであり、ブルーのように真偽を見抜くのが大変な嘘はあまりに口にしない。
適当なことを口にする飄々とした性格だが、どのような相手や状況だろうと物怖じせず冷静に打開策を練り、虎視眈々と機会を伺うクレバーで負けず嫌いな一面もある。
また、ポケモンバトルに関してはさすが初代主人公というべきか、ポケモンの潜在能力を引き出す天性の資質を宿しており、ほとんど独学でありながら、数年にも及び専門的な訓練を受けてきたグリーンやブルーと互角以上の戦いを繰り広げている。