我輩はレッドである。   作:黒雛

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 このしょーせつは、あいとゆうきときぼうとやさしさとぜんいでつくられています。あくにんなんてひとりもいません。


第三話 「因果応報のわるだくみ」

 

 マサラタウンとトキワシティを繋ぐ1番道路に一人の少年がいた。

 

「………………」

 

 青い帽子と短パンが目立つ、如何にも元気印な格好の少年、ヒロタは、しかし、なにかに追い詰められているかのような切羽詰まった顔色を映していた。

 

(本当に、これでいいのだろうか?)

 

 ヒロタは下唇を噛みしめて自らに問いかける。チクチクと胸に突き刺さる罪悪感が、これからしようとする行動に抑制をかけていた。

 ヒロタが企んでいる行為は、とても褒められたものではない。ポケモントレーナーの暗黙の了解となっているソレを踏み躙ろうとしているのだ。もし、この行為が誰かにバレてしまったら、自分と同じ志を抱いた友たちに嫌われてしまうかもしれない。

 そう思うと、余計に罪悪感が強くなり、ヒロタは再び自らに問いかける。

 

(本当に、これでいいのか? 他に、なにか道はないのか?)

 

 しかし、それは数日前から百回以上も自らに問いかけてきた疑問だ。もちろん解決の方法は――ない。ヒロタは、こうする以外、他に選択肢がないのだ。

 自然と手が心臓へと伸びる。服の上から伝わる鼓動は今にも張り裂けそうなくらい大きく脈を打っていた。

 まるで初めて犯罪を犯すような心情で、ヒロタは茂みに身を潜めてマサラタウンとトキワシティを繋ぐ街道を監視する。

 すると、数十分後にマサラタウンの方角に動きがあった。

 ビクッとヒロタは一度跳ね上がり、固唾を飲んでジッとその動きを注視する。

 

(き、きた!)

 

 じわりとヒロタの頬に冷や汗が滑り落ちる。

 張り裂けるどころか突き破りそうな勢いで脈動する心臓がうるさい。緊張のあまり呼吸が荒くなり、何度もゴクリと唾を飲み込んだ。

 視線の先にいるのは、ヒロタよりもまだ二歳ほど幼い少年のようだった。

 赤い帽子。黒いシャツの上に紅白のジャケットを着て、ジーパンを履いている。その隣にはサンタクロースのコスプレ服のような紅白の衣装を纏う白髪の美少女も併走している。二人は、まるでなにかから逃げるかのように、かなりの速度で走っていた。

 

(やるしかない……。やるしかないっ。やるしかないんだ!)

 

 ヒロタは覚悟を決めて、茂みから飛び出した。

 二人の行く手を阻むように街道で仁王立ちになり、緊張感を露にした顔で叫ぶ。

 

「目と目が合ったら、それはポケモン勝負の合図だ!」

 

 少年少女は足を止めて、困惑した顔でヒロタを見る。

 ヒロタは居た堪れない気持ちになった。心の中で、ゴメンと謝る。しかし、これしか方法がないのだ。ヒロタは己の目的を達するために、心を鬼にして目の前にいる少年を犠牲にすることを選んだ。

 そう、すべては――

 

(新作ゲームのためにッ!!)

 

 

   ◇◆◇

 

 

 某マサラタウン出身の外道に負けないくらい私欲に満ちているこの少年について、まずはネタバレをしておこう。正直、最後まで引っ張ってからネタバレをするような価値もないのだ。

 

 ヒロタの悩みは実に簡単。まさに子どもらしく、明日発売するゲームを購入するお金がないという――十代前後の少年にとっては実に切実な悩みだった。

 財布の中身は、かなり寂しい。毎日のようにお菓子の誘惑に敗北してしまっているせいだ。まさに、自業自得。

 しかし後悔は先に立たない。ヒロタはどうしたら発売当日に新作ゲームを購入できるのか考えた。もちろん――楽して。

 その結果至った答えが、本日正式にポケモントレーナーとなったばかりの初心者狩りである。

 

 トレーナー同士のポケモンバトルでは、バトルに勝った相手に、負けた相手が所持金の十分の一を支払うという決まりがある。

 ヒロタはそこに目をつけたのだ。

 確実に勝つために、今日ポケモントレーナーになった新人トレーナーと戦うことにした。

 

 新人トレーナーは、大抵が旅立つときに親から「これで必要なモノを買うのよ」と結構な金額を貰う。しかもマサラタウンにはフレンドリィショップがないので、マサラタウン出身の新人トレーナーはトキワシティで初めて支度金を使用するのだ。

 だから、この1番道路を通過してトキワシティに入るまで、マサラタウン出身の新人トレーナーは結構な額の所持金を所有しているはずなのだ。

 

 ヒロタは狡賢く、そして冴えていた。

 

 新人トレーナーを十人ほど倒せば、確実に新作ゲームを購入するだけの金額を入手できる。

 その解答に至ったとき、ヒロタは現在に至るまでしっかりと罪悪感を抱いていたが、結局のところ実行に移してしまった。

 

 まだポケモンバトルのいろはは当然、ポケモンそのものを把握することすらできていない新人トレーナーとバトルをすれば結果がどうなるか――考えるまでもないだろう。

 だから、新人トレーナーにトレーナーたちが自ら勝負をしかけるのは暗黙の了解で禁止となっている。

 新人トレーナーは未来を担う、大事な財産。一年目の新人であるうちは、自分たちがしっかりと導き手にならなければならない。

 それが真っ当なトレーナーたちの共通意識であった。

 

 ヒロタは、それを踏み躙り、勝負を仕掛ける。

 心に蔓延る罪悪感と戦いながら“モンスターボール”を握りしめる。

 すべては、新作ゲームのために。

 

 しかし、ヒロタは忘れていた。

 ポケモントレーナーとして正式に認定され、自分だけのポケモンを所持できるのは確かに十二歳からであるが、その中には特別許可証という例外を持つ人間がいることを。

 

 

 

 ――悲劇の三コンボまで、あと一分。

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「さあ、勝負だ!」

 

 ヒロタはもう一度、ハッキリと告げると同時に“モンスターボール”を突きつける。

 すると赤帽子の少年は鬱陶しげに眉根を寄せて口を開いた。

 

「悪いけど、追われているんだよ。一刻も早くあのクズどもから逃げないと殺されるのも時間の問題なんだ」

 

 ――え? この少年、一体どんな背景を背負っているの!?

 ヒロタは顔を引きつらせた。まさかこんな言葉で返されるとは思っていなかったのだ。

 ややパニック状態の少年は「えーと、えーと」と言葉を探す。

 

(ここは逃がした方がいいのか? い、いや、駄目だ。そんなことをしていたらいつまでも目的を達成することはできない。心を鬼にして、勝負を仕掛けるんだ!)

 

 ヒロタは決めた。

 

「いや、ダメだ。ポケモントレーナーたる者、挑まれた勝負から逃げ出すことは許されないッ!」

 

 ヒロタは、咄嗟に飛び出した正当な言い訳に、内心歓喜して自分を褒めてやりたくなった。

 

「良く言うよ。どーせお金目当ての初心者狩りだろ」

 

 ――ば、バレてるぅ……。

 ヒエッとヒロタは赤帽子の勘の良さに戦慄した。

 ダラダラ冷や汗を流していると、赤帽子の少年は露骨に溜め息をついて、振り返る。

 

「まだ追いつかれていないか。――まあ、瞬殺してこっちが金を巻き上げたらいいだけの話だよな」

 

 ぼそりと呟いた不吉な言葉は、果たして聞き間違いだろうか? ヒロタは聞き間違いであることを願った。

 しかし、真実はなんであれ、ムッとなったのも事実だ。初心者に、明らかに舐められている。先輩トレーナーとして、世の中の厳しさを教えてあげるべきだ。

 

「キミに世界の広さを教えてあげよう」

「ばーか、ばーか」

 

 先輩トレーナーとしての立場に陶酔していると、バケツ一杯に汲んだ水をぶち撒いたような嘲笑が跳ね返り、ヒロタは青筋を立てる。

 ――こいつは一度痛い目を見るべきだ。

 すっかり自分が初心者狩りという情けない醜態を晒していることも忘却して、ヒロタは義憤に燃えて“モンスターボール”を投げる。

 

「行け、ニドリーノ!」

「いっといで、ラティアス」

 

 ビシッ! と敬礼をした少女が前に出る。

 か、可愛い……と少年が見惚れていると、少女の姿が光に包まれ、戦闘機のシルエットをした紅白のポケモンに変化した。

 

「は? はあああああ!?」

「テンプレ反応乙。“サイコキネシス”」

「あっ」

 

 ヒロタが信じがたい光景に驚愕している隙に赤帽子の少年が少女――ラティアスに指示を出した。

 慌ててヒロタが指示を出そうとするが、既にニドリーノは“サイコキネシス”により締めつけられるばかりかあっちこっちに叩きつけられていた。

 エスパータイプの技は毒タイプのニドリーノに抜群だ。ニドリーノは為す術もなく力尽きてしまう。

 

「そ、そんな!」

「さ、さんま?」

「こいつ……!」

「~~♪」

 

 睥睨する少年と目を合わすこともせず、赤帽子の少年は余所を見ながら余裕綽々に鼻歌を歌っている。「プークスクス」なんて言っている。

 カチンと頭にきたヒロタは臨界点を超えた激情のまま次のポケモンを繰り出す。

 

「ピジョン! “でんこうせっか”!」

 

 ボールの中から出現したピジョンが急速に距離を詰めてラティアスに奇襲を仕掛ける。しかし打点を上手く逸らされ、ダメージは最小限に抑えられてしまった。

 ラティアスが高度を上げ、やや遅れてピジョンも同じ高度に辿りついた。舞台は空戦に変わり、互いに目にも止まらぬ速さで身体をぶつけ合う。しかし徐々にギアを上げていくラティアスの速度にピジョンは翻弄されつつあった。

 

「くそ、ピジョン! もう一回、“でんこうせっか”だ!」

 

 天を仰いでヒロタが叫ぶ。主の命令通りに“でんこうせっか”を使うが、それでもラティアスに追いつくことはできなかった。

 スペックが違いすぎるのだ。

 

「“ミストボール”」

 

 ピジョンの“でんこうせっか”が終わる直前に赤帽子の少年が言った。

 ラティアスが念力によりかき集めた霧の弾を射出する。

 一発、二発、三発。

 連射した“ミストボール”はラティアスの特性を受け継いだかのように、肉眼で捉えることは不可能だ。ホーミング性を持つ不可視の弾丸は飛翔するピジョンを追いかける。

 ヒロタの目には、突然ピジョンがなにかにぶつかったようにしか見えなかった。

 

「ピジョン!?」

 

 立て続けに二度、三度、なにかにぶつかり、苦悶の表情を浮かべるピジョンは、そのまま力尽きて落下する。

 ヒロタは急いで“モンスターボール”の中にピジョンを戻した。

 

「そ、そんな」

 

 悄然と少年は膝から崩れ落ちた。これでもう手持ちのポケモンの中にバトルのできる面子はいない。

 ヒロタの完全敗北が決定した瞬間だった。

 

「よくやった、ラティアスー」

 

 赤帽子の少年の、暢気な間延びした声音。

 勝利を噛みしめる素振りもない。まるで勝ち慣れているような――勝って当たり前と言わんばかりに平然としている。

 ラティアスは赤帽子の少年の元に向かい、褒めて褒めてと言わんばかりに擦り寄っている。赤帽子の少年は優しげな表情で、期待に応えてくれたラティアスの望む通りにギュッと抱きしめて頭を撫でた。

 

「よーしよしよーし」

 

 すりすりと頬ずりをして、むふー、と満足げなラティアス。

 ヒロタは納得がいかなくて怒鳴る。

 

「こんなの卑怯だ!」

「はあ?」

 

 赤帽子の少年は胡乱げな眼差しを向ける。

 

「卑怯だと言ったんだ! 人に化けるポケモンがいるなんて知らなかったし、人が驚いている隙を狙って攻撃をするなんてマナー違反だ! 知っていたら、こんな結果になるわけがない! 俺が勝っていたに決まっている!」

「はいはい、わかったからお金出そっか? そういうのは後でちゃんとお母さんに聞いてもらいな」

「この勝負は無効だ!」

「は? あーあ、そういうこと言うんだ。ふーん、へー、ほー」

 

 赤帽子の少年の瞳が酷く冷めたものに変わる。

 自分を棚に上げ、ひたすら他人を責めて己を正当化しようとする人間に対する、正しい批判の視線である。

 まだ変声期も迎えていない声音でありながら、淡々とした、感情の乗らない泰然とした口調が生み出すギャップは、異様な迫力となってヒロタの思考を凍りつかせる。

 赤帽子の少年の行動は早かった。

 携帯機器を取り出し、ピントをヒロタに合わせてパシャリと写真を撮った。

 

「遂に、念願となる旅立ちの日。わくわくしながら次の街に向かっていると、早速初心者狩りに遭いました。断っても聞いてくれず、なんとか勝ったのですが、すると相手は卑怯と言い出して勝負の無効を言い出しました。とりあえずカメラ機能で写真を撮ったので、晒しときます。俺のような聖人君子ですら躊躇なく狙うようなクズ野郎なので、皆さんもご注意ください――――こんなところか?」

 

 そう口にした言葉は、既に携帯機器の文字として完成していた。送信ボタンを押すと、赤帽子の言葉を文章に起こした記事がネットに上げられるだろう。しかも、写真つきで。

 絶句して青褪めるヒロタに、赤帽子の少年はニヤリと不敵に笑い、

 

「このボタン、押してほしくないよな? じゃあ、私は惨めで卑しいお金の犬ですって言ってみな」

 

 ヒロタは三分の一の純情なプライドを捨てた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! 次だ! 次こそは!」

 

 忌々しげに、だんだんと地団駄を踏む。

 結局――ヒロタは赤帽子の少年に屈し、敗北を認めて大人しくお金を支払った。悔しげに財布を取り出したヒロタに「はーい、“おまもりこばん”がありまーす。追加報酬ウマー」と赤帽子の少年は神経を逆撫でする発言を容赦なく叩きつけ、倍の金額を徴収した後で「悪事はもっとスマートにやるもんだろーが。このクズがッ」と吐き捨てて、場を後にした。

 ちょっと泣いた。

 小心者のヒロタは、一度敗北した相手に噛みつくような愚かな真似はしない。赤帽子の少年とは別ルートでトキワシティのポケモンセンターで傷ついたポケモンを癒してから、再びこの場に戻ってきた。

 こういう――弱い相手にしか強く出れない小心者のくせに、悪いことと自覚しながら自分の欲に傾倒する人間は不相応にプライドが高く、ちょっとやそっと痛い目を見たくらいじゃ反省しない。否、はじめこそ反省をしているような気持ちになるが、再び欲が沸くと同じことを繰り返すのだ。

 ヒロタはまさにその典型であり、反省した素振りを見せて再犯に移る。

 次は大丈夫だと、今度はきっと上手くいく、と物事を甘く、都合よく解釈していく。

 そして、そう間隔を空けずして次の標的が現れる。

 成功の有無はともかく、勝負を仕掛けることはできたのだ。さっきと同じようにすればいい、と心の中で頷いて、ヒロタは飛び出した。

 

「ここから先に行きたいなら、俺とポケモンバトルだ!」

「…………初心者狩りか」

 

 ――ま。またバレてるぅ……!

 ヒロタは内心で悲鳴を上げた。

 眼前にいる少年は、ツンツンとした茶髪と翡翠の瞳が、その怜悧な容姿と相俟ってかなり印象強く残る。

 

(またイケメンか!?)

 

 さっきの赤帽子の少年もかなり整った容姿をしていたが、こちらの翡翠の目の少年も負けず劣らずの容姿を誇っていた。透かしたようなクールな表情は、しかし、気取ったところがなく、いかにも女子受けしそうな雰囲気だ。どちらがモテるかと聞かれたら、きっと赤帽子の少年より、こちらの少年に軍配が上がるだろう。

 そんな翡翠の目をした少年の容姿はともかく、彼からは赤帽子の少年とどこか似た、デジャブのようなものを感じ、それは嫌な予感に変化する。

 

「急いでいるんだ。道を開けろ。俺にはあのゴミクズを処分する大事な役目がある」

 

 この容赦のない物言いは、やはりあの赤帽子の少年を彷彿とさせ、ヒロタは少したじろいだ。しかし相手は年下の子どもだ。しかも新人。そんな相手の言葉を素直に従うのは癪に障る。さっきの赤帽子のせいで、年下の子どもに良い感情を抱かなくなったが、あれはレアなケースだ。さすがに二回もあってたまるものか、とヒロタは気合いを入れる。

 

「ダメだ! ポケモントレーナーたる者、一度申し込まれたバトルを拒否するなど言語道断! 新人だろうと、例外はない!」

 

その結果、

 

 

「いけ、バンギラス」

 

 

 ――why? なんですか、その化け物は?

 

 

 思考が凍りつく。背筋が粟立つ。なんか下半身がおかしい。ガクガク震えているし、生温い。あ、なるほど、少し漏らしてしまったようだ。しにたぃ。。。

 ヒロタの威勢は一瞬で星になった。気合いは萎んだ。戦意は旅に出た。抵抗などあり得ない。ポケモントレーナーたる者とかほざきながら、ヒロタは我が身可愛さにサレンダーをした。

それは、翡翠の少年をよく知る者からすれば英断と称するものかもしれないが、やはりかなり情けない姿である。

 

「あ、あの、それじゃあ賞金を……」

「おまもりこばんだ」

「ですよねー」

 

 ヒロタは涙を流しながら倍の金額を支払う。お金欲しさに恥ずべき行為に手を染めたはずなのにお金は減っていく一方である。因果応報とは、このことだろうか。

 

「フン、素人が」

 

 新人トレーナーである翡翠の少年は、先輩トレーナーであるはずのヒロタに、不快感を露にそう吐き捨てる。

 返す言葉などあるはずもない。

 ヒロタは三分の一の純情なプライドを捨てた。

 

 

 

 

「三度目の……三度目の正直だ……!」

 

 ヒロタは諦めなかった。懲りなかった――とも言う。もうここまで失敗が続くと、もはや意地である。初心者狩りが成功するまで何度だって挑戦してやる! と本当の初心者からすると非常にはた迷惑な決意を宿して物陰に潜んでいた。念のために、財布の中身の大半をポケットに移し変えて。

 彼は――ヒロタは、行動を起こすのが遅かったのだ。初心者狩りをするべきか、しないべきか、天使と悪魔の囁き合戦が長期化したせいで、彼の目的である本物の初心者たちは全員、既にトキワシティに到着しているのだ。

 残ったのは、外道。

 ヒロタの外道力を遥かに超越した連中しか、1番道路を歩いている人間はいないのだ。

 一人目の赤帽子は、鬼畜系の外道。

 二人目の翡翠の目を持つ少年は、隠れ外道。

 そしてヒロタが三人目に出会うことになる碧眼の美少女は――ロケット団すら驚嘆するほどの悪魔系外道である。小悪魔とかなまぬるぃ。。。

 ヒロタは形振り構わず飛び出した。もう相手が初心者だろうかとか観察したりもしない。ただ本能に任せて物陰を飛び出し、少女の前に仁王立ちをする。 

 

「目と目が合ったら…………」

 

 ポケモンバトル――いいえ、見惚れました。

 艶やかな光沢を放つ茶髪のロングストレートに、青空のように透き通った碧眼。パッチリした二重まぶたを縁取る睫毛は長く、くるりと上にカールを描いていた。水色のノースリーブと赤のフレアスカートから伸びる肢体は健康的で可憐な線を描いている。

 ヒロタは自分の身体が沸騰するのを実感した。

 無理もない。この少女、外面に限っていえば非の打ち所のない、光り輝くような美少女なのだ。あと数年もすれば短い手足はすらりと伸びて、女性らしい肉づきに成長すれば、おそらく誰もが振り返り、声を掛けずにはいられないレベルの美少女へと進化するだろう。――外面だけは。

 ヒロタは顔を赤くして、しどろもどろになりながら辛うじてポケモンバトルに持ち込むことができた。

 

「あ、あのっ。私、ポケモンバトルって初めてなので、色々物足りないかもしれませんが、精一杯頑張りますっ。よろしくお願いします!」

 

 かなり緊張しているのか、少女もヒロタに負けないくらい泡を食ってお辞儀をした。

 

(やばい、性格まで良い子とか! お、俺の好みと完璧に一致してんじゃん!)

 

 さっきの少年二人がクソみたいな連中だったせいか、ヒロタには少女が、女神もしくは天使のように見えた。

 そうして始まったポケモンバトルは中盤終わりに差し掛かるまでヒロタの優位は崩れなかった。そうだよ、これだよ俺の求めたポケモンバトルは、とヒロタは感動しながらポケモンに指示を飛ばす。

 

「ピジョン、“かぜおこし”だ!」

「きゃっ」

 

 ピジョンの羽ばたきにより生じた風圧が少女のスカートをめくり上げようとして、少女は慌ててスカートを抑える。

 

「あ、ご、ごめん!!」

 

 好みの女の子を前に悪戯や下心を働かせる度胸のないヒロタには、もちろん悪気なんてなかった。

 

「い、いえ、お気になさらず」

 

 少女は恥じらいに顔を赤くして縮こまる。少し潤んだ瞳がヒロタの心にズキュン! と大打撃を与えた。

 

(可愛い……! 俺、もしかしてこの子に恋をしたかも!)

 

 ドキドキと心臓の音が一向に鳴り止まない。

 少女の容姿が、反応が、動きが、その一つ一つがヒロタの心を騒がしくさせた。

 

(さっきまでの不幸っぷりは、もしかしてこの幸せを噛みしめるための前フリだったのか)

 

 この瞬間が、堪らなく愛おしい。

 もっと続けばいいのに、と思ってしまうくらい。

 もうお金のことは頭になかった。

 今はただ、この少女と一緒にいたい。

 

「とってもお強いんですねっ」

 

 戦いの最中、少女が尊敬の眼差しを向けてくる。

 ヒロタはとても嬉しくなった。

 

「い、いやあっ、この程度、まだまださ! でもアレだねっ、俺くらい強いヤツってのは中々いないかもしれないね!」

「わあっ、凄いですっ」

 

 胸の前に手を組み合わせて少女は目をキラキラさせていた。

 

「よーし、私も負けていられませんっ。トゲちゃん、もう一回“わるだくみ”よっ」

 

 少女のポケモンであるトゲピーが、三度目(・・・)になる“わるだくみ”を使用する。

 

「はっはっはっ、さっきからおかしな技ばかりを使っているが、そんなんじゃ勝てないぞー」

「まだまだ、これからです! トゲちゃん、“バトンタッチ”!」

 

 少しでも良い格好を見せたいヒロタは腕を組み、達人になった気分で頼もしく笑い声を上げてみた。

 

(ポケモンバトルで大事なのは、敵を攻撃することなのに……。これはもしかして、俺が師匠として彼女の旅の供になるっていう展開なのか! 師弟の絆は、やがて男女の仲に変わり、甘酸っぱいシーンを経験して、大人の階段を登る……! ウ、ウヘヘ)

 

 ヒロタは顔の筋肉をフルに活用して、下品に歪みそうになる表情を必死に繋ぎ止めていると、少女のトゲピーが“モンスターボール”に戻り――少女の雰囲気が一変した。

 

「え?」

 

 さきほどの清楚系女子の面影は何処へいったのか、そこにいたのはヒロタが恋した少女ではなく、思わず膝をついて屈服したくなるような威圧感を纏う女王様だった。

 笑みは消え、氷のように冷たい美貌。

 呆気に取られているヒロタに、冷ややかな視線が突き刺さる。

 それは初心者狩りなんて愚行を犯した男に対する、そして、見事なまでにこちらの思惑通りに油断して、終始手のひらで踊った男に向ける蔑みである。

 少女は、まさに女王然とした声音で、

 

 

 

「蹂躙なさい――サザンドラ」

 

 

 

 

 

 

 ――気がついたとき、ヒロタはすべてを失っていた。

 ありのままに起こったことを説明しよう。ポケモンバトルの結果は言うまでもない。サザンドラの吐息のような攻撃一つでピジョンとニドリーノとヒロタの戦意は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 呆然とするヒロタに少女は小悪魔チックな笑みを浮かべて「初心者狩りさん、お金、くださーいな(はぁと)」とキャピキャピした声音で強請る。どうやらヒロタの当初の目的は見事に看破されていたらしい。

 そのテンションの変わりように思考が追いつかず停止しているのをいいことに少女はヒロタの財布を抜き取り、るんるんと中身を確認した。あまりの金額の少なさに「は?」と再び底冷えするような恐ろしい声音。その頃にはヒロタはガクブルだった。

 

 サザンドラが少女の背後でメンチを切っているのだ。

 

 何人殺せばそんな眼光ができるんですか? と言いたくなるような獰猛な真紅の瞳に、もうヒロタの下半身は決壊していた。バンギラスで少しやらかした下半身は、魔王の降臨を前に完全にやらかしてしまっていた。

 

「どうしてこんなに少ないのかしら。ポケモンバトルをしていたとき、結構チャリンチャリンってお金が擦れ合う音がしていたわよね?」

 

 ヒロタは数分前の己の行いを心底後悔した。ポケモンバトルに敗北した場合を想定した念のための小細工が、まさかのデッドエンドのフラグである。

 

「あれれ~、おかしいぞ~。……――ちょっと飛んでみなさい」

 

 キャピキャピした声音から一転、零度の声。

 ヒロタに拒否権など存在しなかった。

 そうして彼は己の尊厳と三分の一の純情なプライドと三分の三の純情な初恋とすべての所持金を失うのであった。

 

「……………………」

 

 1番道路に一人、哀愁を背負い佇む。

 ヒロタはようやく己の過ちに気づいた。

 きっと、これは不当な手段でお金を稼ごうとした自分に対する罰なのだ、と忸怩たる思いに至る。

 もう、己の失敗を他人のせいする感情は消え失せた。

 なにもかもをもぎ取られて地に堕ちた自分には、もはや他人を責める権利などない。

 すべてを失い、ようやく理解できた。

 これは財産だ。

 お金では買うことのできない、貴重な財産。

 ヒロタは今日の出来事をしっかり戒めとして心に刻み込み、帰途についた。

 

「明日から、ちゃんとアルバイトをしよう」

 

 こうして、因果応報の結果に落ち着いた少年は紆余曲折の果てに改心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと、Mにもなった。

 少女の蔑みに満ちた声音にゾクゾクと興奮したらしいです。 

 

 

 




 ゴールデンウィークだろうといつも通りに仕事があるのが辛いよ。。。
 MHF-Gに熱中していたせいで、更新が遅れますた。魂の再燃を取得するため貴重な休日を費やしてネカフェにこもり、ひたすらソロで同じモンスターの討伐。一日でデュラガウアを240匹ほど狩ったのは、二度と忘れられない苦行である。携帯のモンハンだと考えられないなぁ。休日なのに、仕事より疲労が溜まりますた。

 そして次回はサブじゃなくメインに戻り、舞台はニビシティへと移ります。
 愛と勇気と優しさと慈愛に溢れた主人公が、世のため人のために粉骨砕身に活躍しますぜ! 



 本編にツッコミ役がほしいなぁ……。でも一緒に旅するのはなァ……。やっぱり街ごとにツッコミ役を用意するべきか。


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