我輩はレッドである。   作:黒雛

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ライバルと師匠と貧相なバス ②

 

 メーテル(?)を見送った後、木の実の水遣りも終わり、自由な時間ができたレッドはラティアスとピカチュウの二人と一緒に外出することにした。

 ラティアスの存在は既にマサラタウンの周知となっているが、ピカチュウは内緒で仲間にしたので、マサラの住人に見つかると厄介なことになりかねない。

 具体的にはオーキド博士にばれるとか。

 そうなると、その後どうなるかは火を見るより明らかなので、ピカチュウは“モンスターボール”の中に入れている。

 

 レッドが向かったのは、毎日のように出入りしている商店街のスーパーだ。夕飯と明日の朝食と昼食――その三食分の食材と三人でつまむお菓子を購入する。ちなみにラティアスは毎回必ずと言って良いほどの確率でこっそりと追加のお菓子やデザートを買い物カゴに入れようとするので、軽い攻防を繰り広げている。今日はレッドの敗北という形で終息し、ビニール袋には余計な出費となったデザートが二人分追加されていた。もちろんラティアスとピカチュウの分だ。

 

「まったく、油断も隙もない子どもだなあ、おのれは」

 

 帰途についたレッドは隣を歩くラティアスの頭をガシガシと撫でる。

 ラティアスは右に左に揺れながら「むふー」と勝利の余韻を噛みしめていた。見た目は幼女の姿だが、その正体は御伽噺に登場する伝説のポケモンだ。儚げな体躯に秘めた力は人間のソレを遥かに超越している。勝てるわけがない。

 

「あんまバクバク食べまくってばかりだとあっという間に、まるまっちになっちまうぞ」

 

 ガーンと衝撃を受けたラティアスはぷくっと頬を風船にした。

 カキカキ、

 

『だいじょーぶだもん。ぴっくんとばとるのくんれんしてるもん』

 

 問題ないとラティアスは平坦な胸を張った。

 

「お前、負けてばっかだけどな」

 

 てしてしてしてしてしっ!

 ラティアスは膨れっ面でレッドの背中を叩いた。こういう加減はちゃんとしてくれるのであまり痛くない。

 “モンスターボール”にいるピカチュウは小さく笑う。

 伝説のポケモン、まさかのマスコットポケモンに連敗中。

 まあ、これは仕方ないものだ。ラティアスは物事の分別がつくのか怪しいレベルの子どもだ。おじさんに「飴ちゃんあげるから、こっちおいでー」と誘われると、無警戒にとことこ歩み寄ってしまいそうなほど幼い子どもなのだ。

 本来の臆病な性格以上に、本人はレッドのためにと頑張る意思はあるが、幼生の時期からハードな修行は成長を阻害する悪因になるし、だからレッドもラティアスには甘くなってしまう。そういう意味ではレッドに育成の才能はないのかもしれない。

 

『ぴっくんがつよすぎるのがいけないんだもん!』

「あー、うん。気持ちはわからんでもないわ。ゲームで例えるなら、こいつ絶対6Vだもんなあ……」

 

 ラティアスはちょこんと小首を傾げた。6Vという言葉の意味がわからないのだろう。

 

「すっげーバトルの天才ってことだよ」

 

 苦笑混じりに言う。

 レッドのピカチュウは、まさに戦うために生まれてきたと言わんばかりのバトルセンスを宿している。レベルに見合わないステータスを持ち、絶対に敵を倒すという闘志溢れるバトルを繰り広げる。

 この世界において、ゲームで6Vと称される面子は、きっとピカチュウのように常軌を逸した才能の持ち主なのだろう。まさに、トレーナーの誰もが喉から手が出るほど求める至高の存在――しかし、野生の6Vに出会う確率は1/1073741824――つまり、0.000000093132257%と絶望的だ。千人に一人の逸材という言葉は良く聞くが、こちらは十億に一人の逸材である。“あかいいと”の力ってすげー!

 むむーと対抗心を見せるラティアスの頭を、今度は優しく撫でる。

 そのとき二人の歩く方角から悲鳴が響いた。

 そして、ドドドド! と地鳴りが近づいてくる。

 

「誰かそいつを止めてくれぇええええーーっ!」

「なんだ?」

 

 視線を前に戻ると、彼方から凄まじい速度でケンタロスがこちらに走ってきていた。三本の尻尾を振り乱し、土煙を巻き上げている。

 もし衝突でもしようものなら、どうなるか――など聞くも野暮というやつだ。人間ザクロの完成である。

 ケンタロスの遥か背後から飼い主らしき壮年の男がへとへとになりながらケンタロスを追いかけている。

 どうやら何らかのアクシデントによりケンタロスの怒りに触れたか、もしくはパニック状態に陥っているのだろう。

 周りにいた住民たちは我先にと逃げ出し、ケンタロスの走る進路を開ける。

 

「しょうがないなあ。行けるか、ラティアス?」

 

 このままケンタロスを自由に走らせたら、商店街に突撃をかまして大惨事を引き起こすことは明白だ。

 止められる手段を持つ以上、知らん振りをして放置するわけにはいかない。

 それに、難しいわけじゃないのだ。幸い、ケンタロスの走る場は、整地したこちらと違い草原である。

 コクリと頷いたラティアスに一言。

 

「へい、“くさむすび”!」

 

 まるで板前の料理人のように。

 “くさむすび”は本来ラティアスが習得できる技ではないが、“わざマシン”を使用することにより習得可能な技の一つだ。

 レッドは“わざマシン”を所有してないが、“教え技”という概念を利用してラティアスに習得させた。

 ラティアスは飴ちゃん一つでほいほい釣れるくらいの子どもだが、筆談をこなしたりと非常に高い知能を宿している。

 そこに目をつけたレッドは技の概念を教え、ラティアスに自身の脳裏に描いた映像を思念により読み取らせる。そして大まかを把握したラティアスが技を再現し、そこから完成形に近づけていく修行を積むことで本来習得不可能な技を習得させるに至らせたのだ。

 

 ――ただ、ピカチュウには勝てないんだけどね!!

 

 そんな哀しい現実はともかく。

 ラティアスは自分とケンタロスの中間地点に“くさむすび”を発動する。この技は名前の通り、草と草を結ぶ必要があり、効果範囲もかなり狭く、仕掛ける工程を相手トレーナーに見つかるとあっさり対処され、死に技になるという致命的な欠点があるのだが、草を手足のように操る草タイプはもちろん、遠隔操作により草と草を結び合わせるエスパータイプやゴーストタイプ、フェアリータイプなどは立派な罠として、効果的に使用できる。

 思惑通り猪突猛進のケンタロスは“くさむすび”に気づかないまま直進を続け、足を取られてしまった。

 カクンとケンタロスは姿勢を崩す。

 レッドは派手に転倒したところに追撃を仕掛けようとしたが――ここで予想外の事態となった。

 姿勢を崩したケンタロスは頭から地面に激突する。それはいい。ケンタロスの頭は鉄に激突しようと頭蓋骨にひび割れ一つ入らないほど頑丈なのだ。

 問題は、

 

 ゴロゴロゴローーッ!

 

「ギャグかよ!!?」

 

 明らかにギャグ補正が掛かっているとしか思えないほど――見事にケンタロスは猛進の運動エネルギーを保持したまま転がりだしたことだ。

 まるで下山するゴローンのように勢いよくゴロゴロ転がっている。

 これはさすがに予想外だった。

 

「てか、ヤバくない? これマジヤバくない」

 

 すっかり転倒すると思い込んでいたレッドは徐々に距離を詰めるケンタロスの姿に蒼白となった。

 

「いや、行ける行ける。だってギャグだもん。ギャグ補正掛かってるならきっと行けるから」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴローーッ!

 

「い、行け――」

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴローーーッ!!

 

「――やっぱ無理ぃぃいいいいーーッ!」

 

 前言撤回。レッドはラティアスを抱いて退避した。

 退避したレッドの脇をケンタロスがゴロゴロゴロゴロゴロと通り抜けていく。

 

(許せ、商店街にいる人たちよ。行けると思ったけど無理だった。商店街だけに大人しく昇天してくれ……!)

 

 レッドは泣いた。とりあえず作り涙を流してみることにした。雰囲気って大事だよね、と泣いてみることにした。

 相変わらず人間にはセメント対応な男である。

 まあ、商店街は真っ直ぐ続いているし、ケンタロスも真っ直ぐルートに沿うようにど真ん中を転がっているから無事通り抜けることができるだろうと、結論してのことだが(もちろんそれでも考えが浅はかなのは否定できない)。

 転がり続けるケンタロスの前に――少年が立つ。

 決して余所見をしているわけでもなく。

 別のものに夢中になっているわけでもなく、

 真っ向から立ち塞がるようにケンタロスの前に立ち、ケンタロスを睥睨していた。

 

「坊主、何をやってるんだ! 早く逃げろ!」

 

 と、大人たちの必死の叫びも何のその。その剣幕に怯むどころか透かしたような面で一瞥するだけだった。

 

(あいつ……!)

 

 やがてケンタロスとの距離が零になり――激しい衝突音が響いた。

 ドン! と無慈悲な轟音が。

 土煙が巻き上がる。

 住民たちは訪れてしまった最悪の悲劇にヒステリックな声を上げ、凄惨な光景を見ないように顔を背けた。

 しかし、その張り詰めた空気は徐々に困惑に変わった。普通ならケンタロスは少年を跳ね飛ばし、そのまま転がり続けるはずなのだが、依然転がるはずだったケンタロスの音が聞こえてこないのだ。停滞した沈黙に疑念を押し込めなかった住民たちは恐る恐る目を開いた。互いに顔を見合わせ、ごくりと固唾を飲んで渦中の様子を見守る。

 山から吹いた風が土煙を浚い、遂に眼前の光景が明らかになった。

 

「え……?」

 

 と、誰かの間の抜けた声音が浸透する。

 それはこの場にいるすべての住人の声を代表するものだった。

 少年は無事だった。かすり傷一つついておらず、平然と、当たり前のように立っている。

 ケンタロスはそもそも少年に届いていなかった。少年の前にいる小さな存在が、凄まじい運動エネルギーを保持するケンタロスを受け止めて見せたのだ。 

 あんな小さな身体に一体どれだけのパワーが、と戦慄する住人たちとは裏腹にレッドは別の意味で驚愕していた。

 

(あれ、サナギラスじゃねーか!!)

 

 青い岩盤の様な硬い殻に覆われたサナギのような姿のポケモン。

 だんがんポケモン――サナギラス。

 所詮、サナギと侮ることなかれ。サナギラスは体内で圧縮したガスを勢いよく噴射する事で、弾丸のように飛び出すことができる。 自分を守護する殻は力強く、とても硬い。そして一度暴れだしてしまうと山が崩れるほどの凶悪性を内包しているのだ。

 しかも、その真骨頂はサナギという潜伏期間を経て開花するのだから笑えない。

 山を崩す凶暴性すら――お膳立てに過ぎないのだ。

 

 冷や汗を流しつつ視線をサナギラスの奥に向ける。サナギラスを信頼しているのか、少年はあくまで平然としたまま突っ立っている。

 ケンタロスが目を回して沈黙するのを確認するとサナギラスを“モンスターボール”に戻し、少年はこちらを向いた。

 体幹のしっかりした歩き方で静かに歩み寄ってくる。

 そして少年はレッドを見下ろし、フッと挑発的な冷笑を浮かべた。

 

「よお、レッド。随分と情けない醜態を晒してんじゃないか」

 

 ぐぬぬである。言い返す言葉もない。

 レッドは地味な敗北感を感じながら少年の名を呼んだ。

 

「グリーン……!」

 

 その名は三年前、ジョウト地方のタンバシティに留学していた幼馴染の名前だった。

 

 

 

 

 









 オシュトルゥゥウウウーーッ!!
 原作プレイ済みだから結末知ってたけど、オシュトルゥゥウウーーッ! 
 しかし、あれほどキャラが登場したのに、最終回のキャストが四人だけとか寂しい現場だ。

 そして前回の投稿によりメーテルに食いついた人が五十人くらいはいて、軽いパルプンテ状態。あれは特に深い意味はありません。
 ピクシブ見てたらモチーフがメーテルとか載ってあったのがいけなんです。自分、銀河鉄道は見たことありません。メーテルさんのことを客室乗務員なのかな? とすら思っていました。
 だけど感想感謝にございます!

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