「一本、――――とでも言うべきかな」
時間にして、決着までわずか数秒もあったかどうか。鮮やかなカウンターからの一瞬の幕切れで静まり返った訓練室に、
「……すみません、剣、ぶん投げちゃいまして」
対する勇斗は掴んでいたアルヴァの腕を離し、言葉通り数メートル程離れたところまで投げ飛ばしてしまった剣にちらりと目をやって、申し訳なさそうに頭を下げた。
――――剣と言えば騎士、騎士と言えば剣、……くらいのレベルで切っても切れない関係にある『騎士』と『剣』。騎士に勝つために剣を投げ捨てるというのは、ある意味ではとんでもない侮辱に当たってしまうような気がしないでもない。一瞬の判断で柔道技を選択した(してしまった)のだが、これはやってもよかった勝ち方なのだろうか……?
「気にするな。ただまあ、我々『騎士派』にとっては飯の種になる大切なものでな、次からは丁寧に扱ってもらえると助かる」
楽しそうな表情の
「――――というわけだ、アルヴァ。千乃と、お前自身の力の差は理解できたか?」
「――――はい」
アルヴァから帰ってきたのは、存外に力強く短い言葉だ。加減はしていたとはいえ、発動途中の術式をカウンターで強引にキャンセルされ、その勢いのまま床に叩き付けられたわけである。もう少しダメージを受けていても良さそうなものだが、そこは流石に『騎士派』と言うべきか。普段から厳しいトレーニングで体を鍛えているだけはあるようだ。言葉として口には出さないまでも、自分が投げ飛ばしたこのクソ生意気な少年騎士に、心の内では賞賛の言葉を送る勇斗である。
「何が起こったかは理解できたか?」
「――――恐らく、ですが」
横たわったままのアルヴァが少し身を捩る。上半身を起こそうとして――――諦めた様にわずかに首を振って、再び完全に横になった。流石に起き上がることができるまでは回復していないらしい。
「突撃術式をカウンターで破られて、……剣を弾かれたことに気づいた時には、もう投げ飛ばされて天井を見上げていました」
「――――よく見たな。合格だアルヴァ。それでこそお前を千乃と手合わせさせた甲斐がある」
素直にアルヴァ君を褒めてあげる
「あの高速で移動している状況下で、自分が何をされて天井を見上げる羽目になったのか。――――音速に近い速度の中で起こった事象を認識し理解できるか、あるいはできないかというところに、普段の訓練の成果が如実に現れる。お前が普段からよくやっていることが分かって、私としても安心だ」
「――――ありがとうございます」
「後は早く落ち着きを覚えろ。もしくは意識を切り替える術を身に着けろ。怒りのままに飛び込んでいては今のように足をすくわれることになる。相手が誰であろうと、どんな状況であろうと、最低限の警戒は怠るなよ」
「肝に銘じます」
一度勇斗に視線をやって、それから目を閉じて、首を左右に振った。唇が小さく動き、何某かの言葉を紡ぐ。「マジ何モンだよ……」とかなんとか、そんな感じのセリフだったんではなかろうか、と勇斗は思う。
そして、それ以上に気になったのは
「よし。では、脇に下がっていろ。……さて、誰か他に手合わせをしてみたい者はいるか?」
そして、そんなことをつらつらと考えているうちにしれっと告げられた
「――――では、次は私が」
そんな
「……やっぱりやる気だったんだな、チェスター」
「ええ、まあ。
そう言うと、チェスターはその穏やかな瞳を、真っ直ぐに勇斗に向けた。
――――吸い込まれそうな、茫洋とした瞳。ただ穏やかな表情を浮かべているわけではなかった。ともすれば、焦点が合っていないのではないかとも思える程にぼんやりとした瞳だ。
只者ではなさそうだ――――。これが、勇斗がチェスターに対して抱いた率直な感想だった。
▽▽▽▽
「では、構え」
「――――始め」
開始を告げる
「……ッ!」
――――速い。つい先刻、アルヴァが高速の突きを見せたわけだが、飛び込んでくるスピードではそれをも凌ぐ。……とはいえ、勇斗に為す術がないわけでは決してない。この飛び込みが先刻のアルヴァのそれよりも速い、という事実をしっかりと認識した上で迎撃に移る。勇斗から見て左上から右下方向に振り下ろされる剣に対して、真っ向から立ち向かう。右下から左上に向かって剣を振り上げ、チェスターの剣に叩き付けた。
剣が壊れないのが正直不思議なくらいの鈍い轟音が部屋中に響き渡る。とんでもなく重たい衝撃が勇斗の右手に襲い掛かり、強烈な痺れが右腕を見舞った。
――――音速にも近いスピードのその勢いを乗せ、『騎士派』の騎士がその両手でもって重力に従って振り下ろした剛剣の一撃を、片手で、しかも重力に逆らって振り上げた剣でもって捌き、『痺れ』で済んでいるだけ十分とんでもないことなのだが、今の勇斗には知る由もないことである。
チェスターもまた同じ衝撃に見舞われているはずなのだが、それを感じさせない滑らかな動きで追撃に入る。弾かれた剣をその勢いのまま滑らせ、片手でコンパクトに振り抜き、勇斗の横っ腹を狙った一撃を放った。
――――痺れたままの手で迎撃するか、それとも回避に移るか。
「……!」
一瞬の判断で勇斗は回避を選択する。後方に跳んだ勇斗の腹の前を、うなりを上げてチェスターの剣が通過していく。
「――――ッ!?」
そして、勇斗はまたしても声にならない驚愕を口から発することになった。
チェスターによって振り抜かれたはずの剣、それが、あたかも見えない壁で反射されたかのような軌跡を描き、再び勇斗に向かって襲い掛かってきたのだ。想定外すぎる軌道を見せるその剣撃に、勇斗の動きが一瞬の停滞を見せる。
振り抜いたそれなりに重量のある剣を、瞬間的に引き戻し、ノータイムで逆方向に斬撃を放つ。とてもじゃないが常人に可能な動きであるとは思えない。そんな無理極まりない動作、腕の関節や筋肉をいくら犠牲にしたところでどうにもならない。――――やはりこれは、魔術が成したものか。斬撃の一連の流れを術式として設定しているのか、それとも身体強化術式によるものなのか。そこの判断はつかないが、近接戦闘に上手く魔術を織り込むことで、こんな予想外の一撃すら繰り出せるようになる――――。
高速化された思考の中でそんな余計なことを考えつつ、しかし勇斗は次の行動を再開した。後方に跳躍しっぱなしでまだ着地していない勇斗は、踏ん張りの効かない剣での迎撃ではなく、再びの回避を選択する。
しかし、これで気を抜くわけにもいかない。斬撃を初見で回避され、その茫洋とした瞳にわずかばかりの驚愕を浮かべていたチェスターだったが、コンマ何秒でその驚愕は影を潜める。床を蹴り、勇斗の下へ飛び込んでくる。やはり速い。
そして、剣と剣の2度目の衝突。轟音と火花が周囲に飛び散った。二度、三度、四度、振り下ろされた剣が勇斗の剣を叩く。それだけではない。加えて、予想外な軌道を描いて次々と斬撃が迫る。
――――さりとて、勇斗も負けてはいない。半ば無意識下で展開していた、全身を巡る
叩き込まれた剣撃は、時に弾いて受け流し、時に真っ向から受け止める。斬撃の軌道を予想できなくても仕方がない。更に強化された視覚と知覚で軌道を見極め、チェスターの剣撃の速度を上回るスピードで剣を繰れば防御はできる。
今度は明確に、チェスターの表情が驚愕で歪んだ。客観的に見れば――――外からのパッと見では、圧倒的に攻めているのはチェスターの方だ。流れるように重く速い変幻自在な連撃を数々放ち、対する勇斗は防戦一方。有効な反撃を繰り出せていないように見える。しかしその実態は、チェスターが数々攻撃を放ちながら、それでも勇斗に有効打を与えられていないというものだ。チェスターからすれば、それまで多少なりとも効果のあった戦法が、急に通用しなくなったように感じられていることだろう。予想外の展開に際して驚愕を覚えるのは当然の反応だ。
そして、勇斗は攻勢に転じる。襲い来るチェスターの剣撃に対し、受け流して回避したり受け止めたりするのではなく、タイミングを合わせて剣を振り抜き真っ向から強振を叩き込む。目には目を、歯には歯を。――――強大な力には更に強大な力をぶつけて一気に塗り潰す。
結果は単純。轟音――――大音量の金属音と共に、先刻のアルヴァ同様チェスターの手から剣が弾き飛ばされ宙を舞う。
今度は勇斗が飛び込む番だった。
「邪道だったらすんませんね」
そして一言。そして間髪を入れず、チェスターがその勇斗の言葉に何某かのアクションを起こすよりも早く、
――――眩いばかりの閃光と、弾けるような放電音。ドサリ、と人が床に転がる音がした。
思い出してみよう。今回の手合わせの敗北条件は、自らの棄権の申し出、そして戦闘不能。
下手に相手を棄権に追い込むくらいなら、相手を戦闘不能に追い込んだ方が正直手っ取り早い。戦闘不能に追い込む方法で手っ取り早いのは、意識を刈り取って気絶状態に追い込むこと。そして、人を気絶させるにはいろいろな方法がある。
勇斗がとったのは非常にシンプルな方法である。即ち、電撃。
どこぞの第3位同様、ゼロ距離で強烈な電撃を見舞い、勇斗はチェスターを戦闘不能に追い込んだのだった。