(書く時間があるとは言ってない)
午後1時。
第7学区にある、とあるビルの一室。
――――千乃勇斗。学園都市のとある高校に通う
――――白井黒子。学園都市の内部では知らぬ者などいない超エリートお嬢様学校、常盤台中学校の1年生。非常に希少な『
――――初春飾利。柵川中学1年生で、
――――固法美偉。第7学区の高校に通う高校2年生。ムサシノ牛乳をこよなく愛する。所持能力は
――――坂本大地。勇斗と同じ高校の先輩。固法と同じ高校2年。ガッチリとした体格に坊主頭と見た目はバリバリの体育会系ではあるが、その実校内では上位の成績を維持する努力家。
そんな感じで、色々な面で学園都市内トップクラスの支部になってしまった第177支部の頼れるメンバーたち。しかし彼らは一様に疲れきったような表情を浮かべ、部屋の一角を占有する大テーブルを見つめていた。
「…………固法先輩。
心の底から苦々しげに、勇斗はそう尋ねる。
「……今晩23時59分提出期限だった書類ね」
溜息を1つ吐いて、疲労感の滲む声で固法は返答した。その視線の先にあるのは、大テーブルの上にいくつも積み上げられた紙束の山だ。その紙束の正体は、固法が口にした通り本日締切の書類。そしてそれらは全て未処理。何かしらの事務的な処理を要する書類が山――――もはや山脈と呼んでいい代物かもしれないが――――のように積み上げられているのだ。
「…………坂本先輩。一体何がどうなれば今晩期限の書類がこんなに積まれることになるんです?」
もともと前期と後期の境目である9月下旬にかけて、事務処理全般は増えるものだ。しかしそれだって普通はこうも酷くはならない。ここまでの量の書類が山積みになるなんて、あまりにも常軌を逸している。常識的に考えてありえないにも程がある。そんな恨み節を視線に込めて、勇斗はジト目を坂本に向ける。
「『今月は色々と事件が盛り沢山だったんだから仕方ないじゃん』という回答を貰ってきたぞ」
いっそ何かを吹っ切ったようなステキなさわやかスマイルで、坂本はその問いに応えた。
「黄泉川せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
「お前の気持ちは十分伝わってくるがまあそう怒るな勇斗。かくいう先生たちだって似たり寄ったりな書類の山に埋もれてたんだ。それに都市全体でどこもこんな様子らしくてな。提出期限も1週間延長になるらしい」
そんなセリフを受けて、勇斗は過去の記憶を掘り返す。細々とした些事を除けば、勇斗の周囲で大きな事件が起こり始めたのは7月だったか。下旬に入った頃、インデックスの来訪、
――――書類が山積みになるのもむべなるかな。どうしてこうも学園都市全体を巻き込みかねないような大事件が、よりにもよって自分たちの周りでばかり起こるのだろう。大きな溜息ひとつ、勇斗はげんなりした表情でそんなことを考える。
「…………まあ、でも、今日は留守番1人以外みんなで見回りに出なきゃいけないですし、本格的に取り掛かれるのは明日以降ですかね」
今日は学園都市全体で午前授業が行われるため、街中にはいつもより多くの学生たちが溢れることになる。故に
そんなことを念頭に置いての勇斗の言葉だったのだが、
「そうは言っても、積んでおくよりは少しでも消化した方がいいでしょう? 千乃君と白井さんがいるから、放っておいたらどんどん始末書で書類の山が増えそうだし。というわけで、今日からみんな残業ね」
「「ええー……」」
そのあんまりといえばあんまりなセリフに勇斗と白井は唇を尖らせるが、第177支部の誇る鉄壁委員長系先輩固法美偉はあっさりとそう宣言した。
「とりあえず初春さんはオペレーティングしながら並行してできる範囲で処理をお願い。無理せずできる範囲でいいからね」
「は、はい」
「他は完全下校時刻もしくは指示があるまで見回りをお願いね。夕食は大地が手配してくれたおかげでタダでお弁当が食べられるから、買い食いはしないように。はい、それじゃあ仕事を始めましょうか」
そう言い残して、何だかんだやっぱり疲れたように少し肩を落として、固法は部屋を出ていったのだった。
▽▽▽▽
午後1時半。第7学区・広場。
不思議な光景だった。広場の中央、そこに1組の男女が白昼堂々正座をさせられている。そしてその2人の前に苛立たしげに腕を組んで立っているやはり男女のペア。立っている方の2人のその腕には、
いやまあ、そんなに多いことでないとはいえ、
しかし今回は違った。多くの通行人たちが4人の様子を固唾を飲んで窺っている。怯えたような目を向けるものもあれば、横にいる友人と興奮気に話をしているものまで、その反応は十人十色。しかし全員が並々ならぬ関心を向けていることには変わらない。
―――― 一体なぜか。それは、説教を受けている側の人間の女子の方、彼女がかの有名な常盤台中学の制服を身に着けているということに起因している。校則が厳しいお嬢様学校の生徒が
――――そしてもう1つ。周知の通り、常盤台中学は
「…………と、いうわけで。何か言い訳は?」
何か効果音でも聞こえてきそうな威圧感と共に、
「こ、コイツが待ち合わせ時間に遅刻してくるのが悪いのよ!」
というのは
――――なぜなら、
「ねえ……御坂さん?」
一点の曇りもないような素晴らしく爽やかな笑み(ただし目だけは除く)を浮かべた、固法美偉がそこにいるからだ。
「そんな理由でここ一帯の通信網信号網電子機器を御釈迦寸前まで追いやっていいのかしら……?」
「い、……いや、それ……は……」
一瞬で御坂の気勢が殺がれた。9月1日の一件で学園都市に出現した
「この街で、電気を操る
「重々承知しております!」
修羅か何かだろうか。横で立っている勇斗ですらちょっと寒気がする。なまじ表情が笑っているから余計に。クソ忙しい中余計な仕事を増やされて相当苛立っているのだろう。――――勇斗も勇斗で結構苛立ってはいたが、そんなもの一気に吹っ飛んでしまった。そんなレベルだ。
「わかってくれればいいのよ。わかってくれれば、ね」
意味深にわずかに間をあけて、固法はそう言って微笑んだ。
「(勇斗さん……? もうわたくしまで心が砕け散ってしまいそうなのですが……?)」
「(多分次同じことがあったらあの視線がお前にも向くからな。流石に俺もかばいきれねえわ。嫌ならもう遅刻すんなよ。あと一応御坂に謝っとけ)」
「(任務了解)」
青い顔で震えながら、上条はそう呟いた。