IS-イカの・スメル-   作:織田竹和

6 / 22
リハビリ投稿ということで連投です。




一人の少女がいた。

 

どこにでもいる普通の少女。尊敬する姉と両親がいて、大好きな男の子がいる。少し男勝りで、剣道が好きな、どこにでもいる普通の少女だった。

 

しかしただ一つ、とびきり特別なことがあった。

 

それは少女の姉の存在。少女の姉は天才だった。それはちょっと勉強が得意だとか、ちょっと知識が豊富だとか、決してそんなレベルではない。文字通り、天災が如き天才だった。

 

天才と呼ばれた姉により、世界中は大混乱に陥り、少女の家族も皆散り散りになってしまう。当然、大好きだった男の子とも離れ離れになってしまった。

 

少女は悲しんだ。悲しみ、そして憎んだ。

 

無限の彼方。遠く碧い成層圏へと続く空を見上げ、呟く。

 

なぜ────と。

 

少女にはまだ分からなかった。自分は何も悪いことをしていないのに、なぜ家族とすら共に居られないのか、と。

少女からすれば、ある日突然今までの日常を取り壊され、自分一人だけがぽつんと放り出されたようなものだった。ただ一つ分かったのは、その原因が姉であったことだけ。

 

少女は姉への怒りと憎しみを吐き出すかのように、再び剣道に打ち込んだ。────否、憎しみの捌け口というより、もしかすると、彼女は剣道に縋っていたのかもしれない。

 

あの頃から変わらなかったのは剣道(これ)だけだったのだ。続けていれば、いずれあの頃に戻れるかもしれない。家族と、大好きな男の子のいた、あの頃に。

 

しかしいつしか、少女はそれすらも見失い、感情の赴くままに剣を振るった。やがて、怒りと憎しみを込めた太刀筋は、凶剣とも呼ぶべき暴力となって相手を襲った。

 

そんなことを続けていれば、当然周囲からは良く思われない。いつしか彼女は孤立し、目の敵にされるようになった。顧問が窘めるも、しかし彼女は依然として周囲を顧みることはなかった。

 

お前らに何が分かる。自分の抱いた怒りや憎しみは、お前らには分からないだろう。そもそもお前らが弱いのがいけないのだ。などと本気で思っていた。後の黒歴史である。

 

ある日、剣道の大会が開催された。出場した少女は着々と勝ち上がっていく。そして決勝戦。少女が力任せに叩き付けた竹刀が、汗を弾き、炸裂音を響かせた。少女の勝利だった。

 

しかし、そこで少女は対戦相手に怪我を負わせてしまう。結果は少女の優勝となったが、誰一人として讃える者など居なかった。それどころか、ほれ見たことかと、一斉に少女を責めたてたのだ。

 

白けた目で贈られる乾いた拍手。労いはおろか、糾弾すらされる勝利。決して飾られることのなかったトロフィー。対戦相手の見せた、悲壮にまみれた涙。

 

少女の目には、全てが敵に見えた。

 

そして、一人の少女の心がひび割れてしまうのに、然程時間はかからなかった。

 

しかし同時に、そこまで至ってようやく少女は気づく。己が姉と同じになっていたことに。

 

出る杭が打たれるのには理由がある。正の方向にしろ負の方向にしろ、周囲から逸脱する者というのは、得てして悪影響を振りまく場合が多い。無論功罪共にあるのだが、罪のみというケースはあっても、功のみというケースは稀である。

 

ましてや、他人のためではなく、己の感情に身を任せてその逸脱した力を振るう者など、周囲にとっては毒でしかない。少女の羅刹が如き暴力的な凶剣も、姉の苛烈なまでに聡明な頭脳も、どちらも等しく、周囲を傷つける害悪でしかない。

 

これでは合わせる顔がない。少女は幼馴染の顔を思い浮かべ、静かに胸を痛めた。きっと変わってしまった自分を、彼もまた責めるのではないか。僅かに恐怖が滲む。

 

少女はそっと、リボンを外した。

 

活発で男勝りだった少女は、姉への怒りと憎しみから、抜身の刀のような、触れたものを傷つける、攻撃的で孤独な少女となった。そして攻撃的で孤独だった少女は、姉と同じだと自覚することによって────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおお! 一夏ああああああああ! 会いたかったぞおおおおおおおおおおお! 保護プログラムだかなんだかのせいで全然会えなかったからお姉ちゃん寂しかったんだぞおおおおおおおおおお!」

 

「千冬姉、少し黙ろう。 っていうか結構な頻度で隔離施設に無理やり侵入してたくせに何言ってんだ」

 

 

 

 

春。

 

誰もが浮足立つ季節。麗らかな陽気にあてられたのか、はたまたこれからの新生活へと思いを馳せているのか。

 

そんな中、物珍しげ……というより、もはや不審者と見紛う程に周囲をきょろきょろとしながら、とある学園の廊下を歩く一人の少年がいた。

 

「な、なんだあのホログラム的なやつ。やっぱIS学園ってすげぇ。最先端どころか未来に生きてんな」

 

近未来的な設備に次々と目を奪われていく少年。男の子だもの。仕方ないね。しかしそこではたと気付く。彼が先程から、周囲の注目を集めていたことに。

 

(えっ? いつの間にこんなに人が……っていうか女子しかいねぇ!)

 

女女女女女。あちらもこちらも女子生徒一色の光景に軽く衝撃を受ける少年だったが、今自身がいる場所を思い出し、それもそうかと思い直す。

 

(うーん、話には聞いてたけど実際目の当たりにするとやっぱ違うな。これがIS学園か。それはそうと視線が痛い……)

 

周囲にいる全ての生徒が女子生徒なのだ。健全な男子高校生にとってはなかなかにきつい状況と言えよう。それに加え、そこにいるほぼ全ての生徒の無遠慮な視線が少年に突き刺さっている。しかし誰一人として少年に声をかけようとする者はいない。あまりにも特異な状況に居心地が悪くなったのか、少年はそそくさと長い廊下を歩き出した。

 

「ねぇ、あれが例の……」

 

「織斑一夏くんだっけ」

 

「織斑ってことはやっぱり千冬様と……」

 

「ん? 近親相姦? ふっ、やはり分かってしまうか。そう、私と一夏は禁断の……」

 

「んなこと言ってないしさらっと混ざらないでください」

 

長すぎない程度の黒髪に、さっぱりと整った容姿。道行く女子生徒は一人の例外もなく、ちらちらと彼へ視線を向けながらすれ違っていく。その視線によって少年の居心地がさらに悪くなったのは言うまでもない。

 

(始業までまだ時間はあるな……弾と合流したかったけど見当たらないし、しばらく散策でもするか)

 

少年は踵を返し、背中につきまとう姦しいほどの視線から、逃げるようにして校舎を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

軽く息をつき、木陰のベンチにもたれかかる。そして顔を上げ、少年────織斑一夏は、これから自分が駆け抜けるであろう、どこまでも青く続く空へと思いを馳せた。

 

「さて、迷った。どこだここ」

 

一夏の小さな呟きは、そよ風にかき消され、流れていく。

 

IS学園は世界各国から数多の生徒が集う。故に、その敷地も相応に広い。広いどころか、人工島一つを使い潰しているのだから、はっきり言って頭がおかしいレベルである。初めて足を踏み入れたような人間があてもなくふらふらと歩いていれば、当然のごとく迷う。

 

(まぁ落ち着け織斑一夏。こういう時は焦るのが一番だめなパターンだ。とりあえずタイムマシーンを探さないと。そして10分前の俺を殴ってでも止めないと。散策なんてするんじゃなかったちくしょう)

 

涼しげな表情で虚空を見つめる一夏は、どこか飄々と掴み所がなく、それでいて神秘的とも言える雰囲気を醸し出していた。端正な相貌も相まって、彼の周辺は侵し難い聖域であるかのように、決して近づいてはならないものとして周囲の目には映っていた。所謂『絵になる光景』というやつだろう。そんな一夏を、上級生と思われる女子生徒達が呆けた表情で見つめていく。その頬は淡く熱を帯びていた。

 

(……あれは上級生か。たしか2年生以降は専攻科目ごとに別棟になるんだったか。同級生なら着いていけば問題解決だったんだけどな。くそ、こっち見んな。俺は珍百景じゃねえんだからさっさとどっかいけ)

 

再び緩やかな風が吹き抜ける。風に紛れて、足音が一つ、ゆっくりと一夏へ近づいていく。周囲の息を呑む音が聞こえた。しかしそれは、聖域へ踏み入っていく咎人への指弾ではなく、むしろ────。

 

「────誰だ?」

 

振り向かず、背後へ歩み寄る人物に訊ねる。この一年間で、すっかり他人の気配に過敏になってしまった。自分に向けられる視線も嫌というほど浴びてきた。内心を見せないようにポーカーフェイスも得意になった。重要人物保護プログラムによって齎された一年間の軟禁生活は、織斑一夏という少年に様々なものを与えた。当然、彼が望む望まざるにかかわらず。

 

「えっと、一夏くん……だよね?」

 

控えめな、しかしそれでいて芯の通った凛とした声。遠く離れてから、何度となく懐かしみ、聞き焦がれた声。一夏は立ち上がり、勢いよく振り返った。

 

先程までの一夏を『絵になる』と評するならば、彼女はまさしく一枚の絵画。近づくことはおろか、その美しさに呑まれ、呼吸すら躊躇うほどの完成された芸術だった。

 

艶やかな長い黒髪が風に揺れる。深い紅の双眸が一夏の姿を映す。桜色の唇が彼の名を紡ぐ。

 

一夏はゆっくりと、一歩一歩、彼女へと歩み寄った。

 

 

 

 

思えば、あの事件の日を過ぎてからは初めてかもしれない。

 

「────ああっ、久しぶりだな。ユウ」

 

震える声で、彼は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある教室の窓際最前列。まだ人影のまばらな教室の中で、彼女はただ一人、静かに本を読んでいた。

 

耳にはイヤホンを挿しているが、音楽プレーヤーは起動していない。ただの『話しかけないでください』アピールである。そもそも最近の曲など知らないのだ。

 

イヤホンをしてはいるが、無論、ちゃんと周囲の会話には耳を立てている。なぜなら自分の陰口が怖いからだ。単純な理由である。

 

彼女はただ、目立たずにひっそりと過ごすつもりだった。恐らく最も不人気であろう座席をいち早く確保し、彼女は自身の安寧が約束されたと確信した。

 

そっと自身の髪に触れる少女。目立たないようにしようと決めた日以来、ずっと使っていなかったリボンを引っ張り出し、再び一つに束ねた髪。かつて『彼』がくれたリボン。そのリボンで昔と同じ髪型にしていれば、もしかしたら鈍い『彼』も気づいてくれるかもしれない。見たことがあるなと思ってくれるかもしれない。それは、過去の経験から今一歩踏み出すことができなくなってしまった彼女が、ただ一つ抱いたささやかな願いだった。

 

そのささやかな願いの結果、悪目立ちしてしまうであろうことは容易に想像できた。しかし、それでもと、彼女がリボンに手を伸ばしたのは、ひとえに思い出への強い未練があったからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……? 会話が、止まった?)

 

少女は違和感に気付き、静かに顔を上げた。中途半端に集った、今後クラスメイトとなるであろう生徒達が繰り広げていたしょうもない会話が止まり、今度は波紋のようにざわめきが広がりだした。

 

嫌な予感がする。少女は首を動かさないまま、じっと耳を澄ました。

 

どうやら誰かが新たに入ってきたようだ。クラスメイト達がざわざわと囁いているのは恐らくその誰かだろう。少女はそうあたりを付け、神経を研ぎ澄ました。

 

ざわめきの中心は、ゆっくりと彼女がいる場所へ近づいていた。その数は二つ。

 

(な、なんだ? おいちょっと待て。今の私はイヤホン+読書という鉄壁のコミュ障スタイルのはず。普通そんなやつに話しかけようとするのか? いやしない。しかしならばなぜこちらへ近づいて来るんだ!)

 

本で顔を隠すように俯く少女。少女の表情は狼狽の二文字で占められていた。

 

普通であれば、音楽を聴きながら読書をしているように見える相手に率先して話しかけたりはしない。そう、普通なら。

 

(来るな来るな来るな来るな来るな! 私は静かに過ごしたいんだ! いや待ておちけつ! まだ私に用があると決まったわけではない! 確かにこちらへ近づいてはいるが、恐らく私以外の誰かに用があるのだろう! 私の隣も後ろも空席だけどな!)

 

しかしまぁ、何事にも例外というものは存在するのである。

 

不意に、ざわめきの中心が止まった。少女の真横だった。

 

誰かが横に立っている。気づきながらも、気づかないふりをする。それがコミュ障スタイルの真髄である。少女はメロディも歌詞もない音楽へ耳を傾け、もはや内容が頭に入らなくて何が書いてあるのか分からなくなった文庫本の世界へと入り込んだ。心臓が早鐘を打ち、手のひらに嫌な汗が滲む。しかし少女は平静を装う。全ては安寧のために。

 

(……む? どうした? もしかして近くに来ただけか? ああ、なるほど。空いている座席を探していたのか。ははは、やはり用があったのは私ではなかったようd)

 

────とんとん。

 

(やはり私かああああああああ!)

 

肩を叩かれる。ここまでされては気づかぬふりをすることはできない。チェックメイトだ。王手だ。船越に追い詰められた崖の上の犯人だ。寝ているふりにすればよかったと後悔しつつ、少女はイヤホンを外した。

 

「なぁ、俺のこと覚えてるか?」

 

イヤホンを外した途端、耳にすうっと入ってくる声。それは少女にとって強烈とも言える懐かしさを孕み、同時に、少女に壮絶な違和感をもたらした。

 

(男……だと……? この学園にいるのは女子生徒のみのはず……)

 

だが、すぐさま彼女は思い直す。そう、この学園には二人の男子生徒が入学してくるのだ。そしてそのうちの一人は、彼女がずっと恋焦がれ、思いを募らせてきた少年。声変わりこそ始まっているが、それでもなお懐かしいと感じたこの声の正体は────。

 

(だが、しかし……)

 

ここで彼女の予想が的中していれば、もう目立たず静かに過ごすことなど叶いようもない。否、もはやこのクラスの注目を浴びてしまっている以上、後戻りはできそうもない。

 

(結局、私は『出る杭』のまま、か。‥‥‥‥‥‥いや、今は私だけではない。私は、一人ではない)

 

 

 

天秤が一つ。片方には、現在の傷と未来への恐怖。そしてもう片方には、過去の暖かい思い出。

 

 

 

少女はゆっくりと顔を上げ、彼の名を、恐る恐る呟いた。

 

「一夏……なのか?」

 

 

 

彼女が選んだのは、思い出だった。

 

 

 

少女の視線の先──真新しい制服に身を包んだ少年は、向日葵のような満遍の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり箒だったのか! 久しぶり! 6年ぶりだな!」

 

一夏と呼ばれた少年はにこにこと笑みを絶やさず、嬉しくてしょうがないといった様子だ。まるで子犬のようにはしゃぐ彼の姿に、箒と呼ばれた少女は柔らかく口元を緩める。

 

「ふふっ、ああ、そうだな(やっべ鼻血出そう。守りたいこの笑顔)。それにしても6年ぶりだというのに、よく私だと気づいたものだな」

 

一夏は相変わらず嬉しさを隠そうともせず、ひとつに束ねられた箒の髪を指差した。

 

「だってほら、昔と同じ髪型だし。それにそのリボン、俺が昔あげたやつだろ? 流石に自分で渡したもんは忘れねぇって」

 

「そ、そうか。覚えていてくれたのか……(リボンつけてきてよかったぁあああああああああああッ!)」

 

箒は赤くなった顔を隠すようにやや俯き、長く伸ばした髪に触れた。陽に照らされた髪が揺れる。

 

ああ、この学園に来てよかった、と、そう思ったのも束の間。

 

思い出話に花を咲かせようと、再び顔を上げた、その時だった。

 

「弾だけじゃなくて、ユウにも会えたし箒にも会えたなんて! 本当にIS学園に来てよかったぜ!」

 

そう言って、今度は後ろへ視線を投げかけた。その時になってようやく、箒はハッと思い出した。そういえば近づいてきた気配は二人分だった、と。

 

「紹介するよ。こいつは篠ノ之箒。俺の幼馴染だ。前にチラっと話した気がするけど」

 

釣られて、一夏の視線を追う。そしてそれが目に入った瞬間、彼女は言葉を失った。

 

「えっと、初めまして。一夏くんの友達の、八神優です。よろしくね」

 

半ば放心している箒に対し、小首をかしげ、暖かい笑みを浮かべる少女。ただそれだけならば何事もなかった。しかし、その少女は明らかに普通ではない。

 

雪のように透き通った白い肌。きめ細やかに艶やかな光沢を放つ黒い髪。上品に通った鼻。長い睫毛。挙げればキリがない。まるで計算され尽くしたかのような、神に愛されたと言っても過言ではない美しさ。

 

しかし不思議と、嫉妬などの醜い感情が沸き起こることはなかった。

 

普通であれば、出る杭は打たれるのが世の常である。それは箒自らが体験し、学んだことだ。突出した能力を持つ者は淘汰される。何故なら周囲にとっては毒にもなり得るからだ。

 

しかし同時に、彼女が先程体験したように、何事にも例外は存在する。

 

目の前の少女────八神優の場合、美しすぎるが故に、敵わないと理解できてしまうが故に、誰しもが負の感情を抱くことすら烏滸がましいと感じてしまう。

 

出る杭は打たれる。しかし、手が届かないほどに大きく突出した杭を、一体誰が打てようか。

 

かつて一度折れてしまった箒にとって、彼女の経験則を真っ向からぶち壊す優の有り様は、あまりにも眩しすぎた。

 

(だが、まだ終わりではない────ッ!)

 

崩れかける箒の精神を、彼の存在が支え留める。そう、たしかに自分は彼女に敵わないかもしれない。しかし、先ほどの言葉から察するに、八神優という少女は織斑一夏のことをただの友人としか見ていない。

 

(即ち、この八神優という女は障害にはなり得ない!)

 

ちなみに、どこぞの中華娘も同じ局面に遭遇し、同じ思考の末同じ結論に至ったのだが、それはまた別のお話である。

 

平静を取り戻した箒は、放心した表情を締め直し、ぎこちないながらも必死に笑を作った。

 

消極的というか引っ込み思案というか、過去の経験から、周囲に関わらないようにしようとすっかりコミュ障となってしまった箒。本来彼女は、優のような──すっきりと垢抜けていて、周囲の中心になるような手合いは苦手なのだ。しかし、恋敵ではなかったり、グイグイ系ではなかったり、というかむしろ敵に回す方がやばそうだったり、そういった諸々の条件が、箒のコミュニケーション能力を人並みにまで引き上げていた。

 

「し、篠ノ之箒だ。よろしく頼む(こいつが敵じゃなくてホントよかった)」

 

それでも若干どもる箒。しかも微妙に目を見て話していない。むしろなんだか心配になるレベルだ。

 

「しののの……? えーっと、うーん……どこかで聞いたような……。あっ、絶対に答え言わないでね? もうちょっと待って。たしか聞いたことあるはずだから……」

 

真紅の瞳を伏し目がちに、顎に手を当て、首をかしげる優。相変わらず、妙なところで負けず嫌いである。

 

しかしそんな優のシンキングタイムは、唐突に終了を迎える。

 

破裂音にも似た大きな音と共に、勢いよく扉が開かれる。そして扉の音にも劣らぬ程の溌剌とした声が教室に響き渡った。

 

「ユウ! 一夏!」

 

ぴょこぴょこと跳ねるツインテール。意志の強そうな瞳。彼女の快活さを象徴するかのような改造された制服。見て取れる情報全てが、彼女という人間を物語っていた。

 

そして同時に────

 

(こ、こいつは……!)

 

────彼女が、箒にとっての天敵であることも。

 

戦慄する箒をよそに、一夏は歩み寄るツインテールの小柄な少女に笑みを向ける。

 

「鈴も来てたのか! いやぁ、こうも再会が続くとは俺も思わなかったなぁ」

 

にこにこと無邪気な笑顔の一日に、鈴と呼ばれた少女はやや照れ笑い気味に、自身の指をもじもじと絡めた。

 

「えへへ、まぁあたしがIS学園を受けたのは一夏がいるって聞いたからなんだけどね」

 

「えっ、俺が?」

 

瞬間、箒は確信する。ああ、やはり敵か、と。

 

対する鈴は、まるで箒など眼中にないかのように話を続けた。

 

「うん。だって一夏に会いたかったし。向こうにいる間ずっと会える日を待ってたんだもの。一夏がISを動かしたって聞いてあたしもすぐにIS操縦者になることを決めたわ。代表候補生になればIS学園への留学とかもできるって聞いたし。そういえば誘拐されたんだって? 怪我とかない? 大丈夫だった? 何もされなかった? 一夏に何かあったらって思うとあたし怖くて……怖くて……」

 

そう言って俯く鈴。その小さな肩は僅かに震えていた。

 

「怖くて……怖すぎて誘拐犯共を血祭りにあげたくて仕方が無いわ」

 

余程一夏の事が心配だったのだろう。瞳からは光が消え、拳はきつく握りしめられていた。

 

「でもこうしてまた会えて嬉しいわ! 一夏もあたしに会えて嬉しいでしょ? ねぇそうよね?」

 

「え、あ、いや……お、おう。そうだな」

 

仲睦まじく会話に花を咲かせる二人。和やかな雰囲気を醸し出す一夏と鈴とは裏腹に、箒は今の話を聞いてはっと我に返った。

 

(ゆ、誘拐!?)

 

「ユウも久しぶり。相変わらず呆れるくらい美人ね」

 

「あはは、ありがと」

 

今度は優と話し始める鈴。思い出話や、ここ最近のことまで、話題はなかなか尽きそうもない。それを見計らい、箒は一夏へと向き直る。

 

「い、一夏、今誘拐って……」

 

一夏は目線を逸らし、気まずげに頭を掻いた。

 

「あー、それはなんというか、ちょっとドイツでいろいろあってさ」

 

「そ、そうか……」

 

まぁ、今無事なのだから……と、無理やり自身を諌める箒。恐らく昔の彼女であれば、ここで激しく追求したことだろうが、言ったところで詮無きことである。ちなみに一夏がうやむやな感じではぐらかしたのは、終わった事件のことで箒に余計な心配をさせたくなかっただけなのだが、彼女がそれを知る由は無い。

 

「それにしてもアンタら二人は目立つわね。遠目でもすぐ分かったわ」

 

鈴が一夏と優の二人を交互に見る。対して、苦笑いを浮かべる優と、きょとんとする一夏。一瞬自身が目立つ理由が思い当たらなかったようだったが、すぐに何かを思いついたかのように納得顔になる。

 

「あー、やっぱ男ってだけで相当珍しいみたいだな。……ってちょっと待った。それなら弾を見なかったか? あいつも同じ状況なら結構目立ってるはずなんだけど……」

 

だが、鈴は肩をすくめ、あっさりと言い放つ。

 

「さぁ? 見てないわ。あ、そういえばさっきから聞きたかったんだけど────」

 

言いつつ、すっと細めた目を箒へ向ける。まるで品定めでもするかのような、敵意と興味が入り交じった鋭い眼光に、思わず逃げるように目を逸らし、身を引く箒。完全に蛇と蛙状態である。

 

無表情のまま箒をじっと睨みつけ、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「────一夏、この女、だれ?」

 

(ひぃっ……! やばい、このツインテールはやばい!)

 

感情のない、底冷えするような声。箒は悪寒にも似た何かを感じながら、一夏へと救いを求める視線を向ける。

 

しかしそんなものが現実で通用するはずも無く、一夏は何事もなかったかのように箒のことを紹介していた。

 

「ふぅん、幼馴染……ねぇ」

 

箒とは久しく会っていなかったことを一夏が話すと、鈴は勝ち誇ったように箒を見下ろした。しかしやはり、そんな些細な女心の機微を意に介する一夏ではない。

 

「箒、こいつは凰鈴音。俺は鈴って呼んでる。名前から分かる通り、出身は中国だ。箒とは時期的に丁度入れ替わる感じだな」

 

言われ、改めて目の前の少女──鈴を観察する箒。箒の目には、見た目も性格も、何もかもが狙いすましたかのように正反対に映った。ただ一つ共通項を挙げるとするならば、それは一夏への想いのみ。そしてさらに言えばそれこそが、彼女ら二人の関係が厄介かつ面倒なものとなる最大の要因だった。

 

「凰鈴音よ。一夏とはつい一昨年までずっと一緒にいたわ。今は中国の代表候補やってるの。よろしくね」

 

にっこりと、どこか陰と狂気を感じさせる笑みを作る鈴。対する箒はすっかり萎縮した様子で、さっと目を逸した。

 

「し、篠ノ之、箒だ。よ、よろしく……」

 

ぎゅっと手を握り締める。俯きがちに、震える声を絞り出すようにして、なんとかといった調子で言葉を返す箒。

 

一人の少年を巡って、正反対の少女達が対峙する一方で、当の少年は自身の幼馴染二人が交友を深めていく姿を思い浮かべており──

 

「あっ、思い出した! しのののって確か……」

 

──もう一人の少女は、歯に詰まったものが取れたようなホクホクした表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。このクラスの副担任となりました、山田真耶です。上から読んでも下から読んでもやまだまやです」

 

黒板の前で、その女性は柔く微笑んだ。低い身長、肩まで伸びた髪、大きめのメガネ、微妙にサイズの大きなひらひらとした服。彼女を構成する全ての要素が、彼女を実年齢より幼く見せていた。

 

「え、えーと……」

 

その少女のような女性────山田真耶の言葉に、何一つリアクションを返さず、そわそわと落ち着かない様子の生徒達。無論例外というか、落ち着き払っている生徒もいるにはいるが、そういった生徒も大人しくしているだけで、結局真耶の言葉に反応する者は誰一人として居なかった。

 

「そ、それじゃあ、出席番号1番の方……えっと、相川さん? から、自己紹介、してくれたら嬉しいなぁ……なんて……」

 

折れかかる心を必死に支え、恐る恐るといった様子で口を開く。名指しされた生徒は立ち上がり、溌剌と自己紹介をしているが、やはりどこか落ち着かないようだ。

 

このクラスの関心が集中しているのは一人の男子生徒。彼は周囲の注目を集めていることを自覚しながらも、特に取り乱すこともなく、平静を保っていた。

 

「えっと、じゃあ次は……織斑くんですね」

 

真耶の言葉に、徐に立ち上がる少年。同時に、クラス中の視線が彼へと集まった。それは興味であり、関心であり、好奇心であり、値踏みであり、実弟への劣情であった。色とりどりの視線に晒されながら、窓際二列目に座っていた彼はぐるりと教室を見回し、爽やかな笑みを浮かべた。

 

「織斑一夏です。一応世界初の男性IS操縦者、なんて呼ばれてますけど、気兼ねせずに接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

 

直後、拍手もなにもなく、しんと静まり返る教室。否、静まり返るというより、一部を除くクラスメイト達はさらなる言葉を待ち望んでいた。ギラついた肉食獣のような目が、集団で一夏を捉える。

 

当然一夏もその空気をなんとなく察していたが、特に言うべきことが降って湧いてくるわけでもない。

 

(うーん、これ以上何を言えっていうんだ? あれか? 一発ギャグでもかませばいいのか? でも俺のギャグセンスって結構不評なんだよなぁ。狙ったギャグでウケたこと一回もないし……)

 

少しずれた懸念を抱く一夏。当然クラスメイト達はそんなものが欲しいわけではない。例えば趣味だとか好きな食べ物だとか彼女はいないとか、彼女らが求めているのはそういったパーソナルな話であろう。

 

しかしそんな彼女たちの目論見を分かっていて潰すかのように、一人の女性が扉の影から姿を現した。

 

「あ、あと俺の姉は「今の自己紹介で不満だというのならば私が代わりに続けよう。そいつは私の弟だ」

 

黒いスーツを纏い、同色の髪を後ろで束ねた女性が、腕を組みながら教団付近へつかつかと歩いていく。

 

「お、織斑先生!」

 

救世主でも見るかのようなきらきらした視線を送る真耶。その言葉に反応し、女生徒達にざわめきが広がっていく。

 

「SHRを押し付けてすまなかったな」

 

真耶にそう言って、今度は教室全体を見渡す。まっすぐ伸びた背筋、気高い意志を湛えた瞳、凛々しい佇まい。教室にいる誰もが、彼女に見惚れていた。

 

「私がこのクラスの担任となった、織斑千冬だ」

 

直後、鼓膜を突き破るのではないかというほどの黄色い歓声が、教室を飛び越えて轟いた。

 

「千冬様よ! 本物の千冬様よぉ!」

 

「やばい! アタシ今千冬様と同じ空気吸ってる! ぬほぉんひっフォカヌポゥ」

 

「私、千冬様に憧れてIS学園に来たんです! 北九州(修羅の国)から!」

 

「ยินดีที่ได้รู้จัก ค่ะ」

 

口々に千冬を崇める女子生徒たち。まるでアイドルでも見ているかのような反応に、一夏や優は面食らっていた。

 

対する千冬は、一瞬心底嫌そうな顔をしたかと思うと、それを隠そうともせずに盛大なため息をついた。

 

「またこの類の連中か。あー、おいお前ら、うるさい黙れ」

 

どうやらこうしたリアクションには慣れているらしい。千冬の声に、瞬時に静まり返る教室。千冬はそれを見計らい、咳払いを一つした後、教卓に手をついて口を開いた。

 

「話を続けるぞ。そいつは私の弟だ。手を出すやつは例え誰であろうと許さん。一夏に手を出していいのは私だけだ。どうしてもと言うのであれば、この私の屍を越えてみせろ。いいな? いいなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ。私の言葉に返事をしろ。わかったか?」

 

「え、いや……」

 

「えっと、あの……」

 

「お、おう」

 

「返事はどうした?」

 

『イエス! ユアハイネス!』

 

千冬の言葉に、はきはきと答える生徒たち。教師としての威厳を放つ千冬の言葉。そして教師への尊敬と信頼を湛えた表情の生徒達。そこには凡そ理想的ともいえる教育の姿があった。

 

「さて、まだ時間はあるな。山田先生、途中で止めてしまって申し訳ない。続きを頼む」

 

「は、はい! えーっと次は……」

 

千冬に促され、あたふたした様子で出席簿をめくる真耶。その時だった。

 

 

 

「まさか初日から遅刻してしまうとはな。ふぅ、やれやれ。俺はあまり目立ちたくないんだが」

 

 

 

ドアがスムーズにスライドする。現れたのは、皮肉るように口元を歪めた赤髪の男だった。

 

無駄のない動きで教室へと足を踏み入れる男。その一方で、教室にいた大半の人間は思わぬ侵入者に硬直していた。『え、誰こいつ。こいつ呼んだの誰?』とでも言いたげな雰囲気が教室中に充満する。

 

しかしそんな空気を切り裂くように、千冬が男へと視線を向けた。

 

「五反田だな。既にホームルームは始まっている。今回は手続きの都合上仕方ないが、次回以降の遅刻は罰則対象だ」

 

男──五反田弾は、「ふふっ、やれやれ。相変わらず手厳しいな」などと苦笑交じりにほざきながら、教室の後方へと向かう。

 

弾の歩く先には一つの空席。右隣にはカールしたブロンドを煌めかせる少女が座っていた。

 

不信感あふれる視線を弾に向ける、金髪の少女の隣に着席しようとする弾に、唐突に千冬が呼びかけた。

 

「五反田、今ちょうど自己紹介をしていたところだ。着席する前にお前の分を済ませてしまえ」

 

弾は一瞬、あざとさすら感じるほどのきょとん顔を晒したかと思うと、今度はわざとらしさ全開のめんどくさいオーラを放ちながら、下ろしかけた腰を上げた。

 

「ふぅ、やれやれ。俺の名は五反田弾。どこにでもいる普通の高校生だ。少し違うところがあるとすると、実はカイザーオブダークネスルシフェルの転生体であり、普段はそれを隠しながら生きているってことか。俺のことはそうだな……仮に紅い死神とでも呼んでくれ。親しいものは皆こう呼んでいる。……否、呼ばれていた、というのが正しいな。それはそうと、俺はただの人間には興味がない。このなかに宇宙人、未来人、異世界人がいたら後で俺のところへ来てくれ」

 

沈黙。ただひたすらに沈黙だった。ある者は目が点となり、ある者は羨望と憧憬の眼差しを送り、ある者はうつむき、ある者は頭を抱えていた。

 

この沈黙の中心にいる男は、周囲に視線を向けると、額を手で覆い、天を仰いだ。

 

「クッ、やれやれ……! やってしまったか……! そうだ、俺が本気を出してしまえばこのクラスの全ての人間が俺に惚れてしまうことは必至……! クッ、わかりきっていたことなのに……!」

 

内容自体は突っ込みどころ満載というかむしろ突っ込みどころの塊で至極意味不明なものであったが、彼がどういった類の人間なのかは伝わったはずだ。そう、彼もまた意味不明で突っ込みどころの塊なのだ。自信の人間性を周囲に知らしめるという意味合いにおいてはむしろ模範的な自己紹介であったといえる。

 

形容しがたい混沌とした雰囲気の中、HR終了を告げるチャイムだけが静かに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のどかな陽射しと、対照的に未だ冷たさを仄かに残すそよ風。

 

「よう一夏! ユウ! 久しぶりだな!」

 

屋上にて、爽やかに眩い笑顔を浮かべる弾。対する二人は他人のふりをしてしまいたくなる衝動を抑えこみ、なんとか弾へと視線を向ける。

 

「おう。それはいいけどさ、さっきの自己紹介……って言ってもいいのかはわかんないけど、とにかくあれはなんだ?」

 

本気で理解が追い付かないといった風というか実際そうなのだろう。一夏が困惑した様子で訊ねた。対する弾はと言うと、『やれやれだぜ……』とでも言いたげに口元を歪め、肩をすくめた。

 

「ふっ、やれやれだぜ……」

 

「なに? もしかしてそのセリフ流行ってんの?」

 

「やれやれ……まぁ落ち着け一夏。ユウも困ってんだろ?」

 

「困ってるとしたら間違いなく五反田君のせいなんだけどなぁ」

 

「まぁ落ち着け二人とも。なぜ俺の秘められし真実を暴露したかって話だったな。まぁ簡単に言うと人払いだ」

 

人払いという単語に、二人は首をかしげる。今一つ話が見えてこない様子の二人に、弾は再び口を開いた。

 

「一夏の置かれている状況は、はっきり言って前代未聞、かつてないほどに混沌とした状況だ。何せそもそも前例どころか一切想定していなかったことが起きたんだからな。そんな状況で、一夏を狙わないやつらが出てこないはずがない。どういった形であれ、な」

 

「狙われる?」

 

ユウが一瞬きょとんとするが、一夏はすぐにその意味を理解したようだ。一旦区切り、弾は話を続けた。

 

「ああ。例えば男の復権のために一夏をとっ捕まえて、身体を調べて男でもISが使えるようにしようだとか、逆に女性優位を保つために一夏を殺して、男にISを使わせないようだとかな。他にも一夏を自国の代表にしようと交渉を持ちかけてくるやつもいるかもしれない。まぁ、命にしろ身柄にしろ、外部から狙うっつーのなら、まだ対処のしようがある。セキュリティ面もそうだし、ヤンデレ中華やブラコン超人もいる。何より『外部からの侵入』って時点で討伐対象をある程度絞り込めるというのが大きい。IS学園に侵入しようとするやつなんてそれだけで殲滅の大義名分成立だからな」

 

ただ……

 

そう前置きして弾は面倒くさそうにため息をついた。

 

「内部に関しちゃそれが難しい。女だけしかいない環境における唯一の男。興味を持たれない方が有り得ない。そうなると、一夏に興味を示した無数の女どもが群がってくるわけだ。当然その中にはいろんな国や政府の思惑で動くやつら、俗に言うエージェントやスパイなんてのもいるだろう。が、逆にそうでないやつもいる。単純に一夏に一目ぼれしました。なんてやつとかな」

 

「あ、そっか。明らかに怪しい侵入者ならそのまま倒しちゃえばいいけど、スパイと一般人の区別もつかない上に生徒っていう立場だとそうもいかないんだね」

 

優が顎に手を添え、得心がしたように頷いた。

 

「そうだ。怪しいやつが一人侵入してくるのとはわけが違う。誰がどことどう繋がっているのかという100%の確証を得られない以上、この学園にいるほぼ全ての生徒を疑わなければならない。かといって、先手を打って……ってのも難しい。もしスパイでも何でもないただの生徒なら、下手すりゃ国際問題だ」

 

このIS学園は場所こそ日本だが、その実多くの国からの生徒が集まっている。ISの軍事利用が禁止されている現行制度下において、どうどうと演習し、情報を収集できる数少ない場所だからだ。当然グレーだと言い張って軍にISを持ちだす国もあるにはあるのだが、ここでは置いておく。

 

「暗殺者、ハニトラ。何にせよ、まずは一夏に近づくことが必須だ。つまり近づかせなきゃいいわけなんだが、だからといって、表立ってそれを規制するための大義名分がない。下手にその辺に学園が介入して他国の生徒との接触を断てば、それはそれで問題になってくるしな。学園側にできるのは、せいぜい不純異性交遊はやめましょうつって呼びかける程度だ。だが生徒一人一人の行動にいちいち注意を向けていられないし、人間の感情に蓋をすることもできない」

 

と、ここで弾の言わんとするところを理解したのか、一夏が小さく呟いた。

 

「……なるほどな。近付けさせないっていう目的を達成するためなら、あの自己紹介はある意味うってつけだ」

 

一夏の言葉を受け、優もまた「あっ、なるほど」と呟いた。二人の反応を見るや否や、にやりとドヤ顔を浮かべる弾。

 

That's right(ご明察).普通あんなことを言うやつに好き好んで近づこうだなんて輩はいない。そして俺は一夏と同じ男で、カウンセラーだ。当然一夏と行動を共にするだろう。部屋も同室のはずだ。つまり俺がいることにより、一夏の平穏は守られるって寸法さ。それと、織斑先生のあの唐突なブラコンアピールも、恐らく俺と同じような目的だろうな」

 

「ドヤ顔もうざいし微妙に発音いいのもうざいしなんで英語入れてきたのか一切わかんねぇけど流石弾だぜ! まさかそこまで考えていたなんて!」

 

「うん、すごいよ五反田君! ただの邪気眼電波ナルシストじゃなかったんだね!」

 

「やれやれ、まぁ褒めるな褒めるな。照れるだろ?(そう、常人ならば、俺のような危険な男には近づこうとしないだろう。脆弱な人間では俺の力に耐えきれないからな。近づいてくるとするとそれは、俺と同じ魔の眷属か……)」

 

会話にもひと段落ついた、その時だった。

 

金属の擦れる音と共に、屋上の入り口がゆっくりと開いた。3人の視線が一斉に侵入者へと向けられる。

 

 

 

「失礼します。少しよろしいでしょうか」

 

 

 

陽射しを受けた煌びやかなブロンドが、そよ風にふわふわと揺れた。




最近アイマスにはまっているのですが、はるるんって全てのキャラクターの中で最も「えへへ……」っていう笑い方が似合うキャラだと思うんですよね。

それはそうとモバマスの蘭子と幸子に言いようのない既視感を覚えるのは私だけでしょうか。

追記
よくよく思い返してみると、1期特別編で一夏たちが行ったスーパーでもホログラム的なやつ普通に出てましたね。まぁいいか。細かいことは置いておきましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。