ガノタの野望 ~地球独立戦争記~    作:スクナ法師

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8ターン目 空に天馬 大地に獅子

 

「進路クリアー。 突入角再確認…クリアー!」

 

「各ブロック、問題無し! ブリッジ、防護シャッター下ろします!」

 

 

地球の重力に引かれ白い船体は徐々に沈みこみ、大気との摩擦で船体が赤みを帯びる。

 

ペガサスは天空から地上へと舞い降りようとしていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

黒土の荒れた大地が殺風景な印象を持たせる富士の裾野の演習場は、仰々しい雰囲気に包まれていた。

 

何故ならば今この地には、軍の演習場に似つかわしくない人々が集っていたからだ。

 

今回のお披露目の主催者である煌武院 悠陽を始めとした日本帝国の政治と軍部の有力者に、アメリカ合衆国大統領 ジョージ・エデン他、アメリカの政界、軍の要人。 果ては日米の大手企業に資産家達まで参加しているのだから当然であろう。

 

そしてその中に抜け目なく紛れ込むフランスの外交官がいるのは少々場違いなのだが、煌武院 悠陽と直に交渉して許可を得ての事なので誰もその事には触れなかった。

 

 

この度のお披露目に対して精力的に政務をこなした悠陽に対する評価は上がり、これまで余りにも若い彼女に対する不振を持っていた政治家達は表にそれを現すことが少なくなり、お披露目が成功すれば彼女の影響力も強まる事から彼女に近しい人々はその成功を心より願っていた。

 

この度のお披露目の情報を得たフランスが直接彼女との交渉を得たのも今後の展開に備えてのもので、諸外国からもその影響力の強まりを認められようとしている事は彼女の今後の活動においては追い風と成るかもしれない。

 

 

無論、他の諸外国もこのお披露目に正式に参加したかったのだが、表向きは日米共同運営のロンデニオンの新技術のお披露目という事で身内のみで行うと断られてしまった。

 

それで引き下がる各国でもなく、演習場外周には地球上の様々な陣営の諜報員が目を光らせ、更にそれを帝国の諜報員が監視するという状況になっている。

 

 

「失礼します。 航空宇宙軍より入電があり、ペガサスは大気圏突入に成功し太平洋側よりこちらへ…じっ、時速500kmのスピードで向かっているとの事。 あと5分ほどで到着の予定」

 

 

演習場内に急遽建てられた貴賓室にて悠陽やエデンを始めとする要人達に伝令を伝えに来た兵士は、自分に電文を渡した上官が顔を引くつかせていた理由を悟った。

 

予めペガサスのスペックを知らされていた悠陽とエデンの側近以外の者たちもまた、告げられた内容に顔を引くつかせる。

 

宇宙空間ならともかく、大気圏内の重力下で巨大な戦艦が、あんな形をした戦艦がどうしてそんなスピードで飛んで移動できるのかとツッコミたい衝動に皆が駆られていた。

 

実はそんな集団の中で落ち着いた態度を見せる悠陽やエデン達も、微妙にコメカミの辺りをピクピクとさせて内心は同じ気持ちであった。

 

 

知らされてはいても現実として突きつけられて、「はいそうですか」と納得できる内容ではない。

 

 

「…ぶっ無事に来れそうだね、ジェネラル悠陽?」

 

「…そっそのようですね、エデン大統領?」

 

祖父と孫にも見えなくもない二人は、隣り合った席でそう呟いた…

 

 

 

 

 

 

一方そのころペガサスのブリッジ内では…

 

 

 

「じゅっ准将…無茶は言わないで下さい」

 

「カタログスペックではマッハで飛べますよ?」

 

「本艦はこれが処女航海なのです… 無茶はいけません」

 

「准将。 僭越ながら私(わたくし)もその意見には賛同しかねます…」

 

 

さらにトンでもない事になっていた。

 

ゼファーに留守を頼み、無事に大気圏突入を果たした後でシンジがさらりと口にした言葉がブリッジ内を恐怖の渦に叩き込んでいたのだ。

 

 

曰く、「音速で飛んでみましょう!」

 

 

ペガサス級の公式スペックでは、大気圏内での最高速度はマッハ12。

 

そう、マッハ12なのだ。

 

 

 

分かり易く言えば地球を4時間足らずで一周出来るスピード。

 

 

この空力を無視した様な形の艦がとても出せるスピードではないし、よしんば出せたとしても船体や中の乗員がとても無事では済まない。

 

さすがにマッハ12ものスピードはこのペガサスでも大気圏内では出せないが、このペガサスのカタログスペックではマッハ1~2.5での音速巡航可能と明記されてははいる。 しかし坂田艦長とクリス副長は必死になってシンジを止めた。

 

他のクルーも口にこそ出さないが、思いは一緒だった。

 

 

常識的に考えても、宇宙世紀の技術を持ってしても難しい速度なのだが、実は“この”ペガサス級ならば可能だった。

 

元がシンジの知識を元に開発されたものだから、音速飛行が可能なように作られている。 流石にシンジもマッハ12で大気圏内を飛べるとは思っていなかったので、「精々がマッハ1~2.5ぐらいでればよくね?」と言う感覚で作られていた。

 

一説には「これ大気圏外の間違いじゃね?」と言われるこの辺の公式設定の曖昧さが産んだ弊害ではあるが、それを理論的に無駄なく設計製作したのは高次元の御技だろう。

 

 

後に数多のペガサス級が作られるが、その艦長達は如何なる窮地に陥ろうとも大気圏突破以外で決してペガサス級を大気圏内で音速で飛ばす事はなかったという。

 

 

 

そして艦長と副長の必死の説得を受けたシンジはペガサスの音速巡航は取り下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抜けるような青空にその姿が見え始めると演習場のそこかしこでざわめきが起り出す。

 

青空をバックに翼を広げたような白い船体を浮かばせるペガサスは見る者に様々な感情を抱かせた。

 

驚愕、困惑、憧憬… 

 

人々の感情の渦の中で、彼女もまた空を見上げて白い天馬を瞳に映し出す。

 

帝国軍部関係者に宛がわれた天幕の下。 山吹色の装束を身に纏った黒髪の十台半ばの少女は端正な顔を上げ、天馬を見続ける。

 

このような時でなければ将来を期待させる美しい少女が目を細める姿に衆人の目は行くのだろうが、生憎とその場に居る者たちは空を飛ぶ天馬に魅せられていた。

 

 

いや、一人だけそんな彼女を見つめている人物が居た。

 

 

帝国軍の制服を来た40代半ば程の顔の左に大きな裂傷のある男。 制服の襟には、昇進したばかりなのか真新しい中佐の階級章を付けている。

 

 

質実剛健の言葉を思わせる厳格な顔つきを僅かに緩め、暖かい眼差しを向けるそれは、異性に向けるものではなく父が娘に向けるものに似ていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かに地上へと降り立ったペガサスを見上げて悠陽はまるで白亜の城のようだと思った。

 

普通の縦長の艦船が横たわるのではなく、前後に突き出した四本の足でドッシリと構え、天に聳える艦橋がそう思わせたのだ。

 

 

帝国の軍楽隊の演奏に合わせて前方に突き出た左舷デッキのハッチがゆっくりと開き、帝国軍人とアメリカ軍人に両脇を固められた見慣れぬ軍服姿の人物が姿を現す。

 

デッキが開ききり、やや緊張した面持ちで坂田とクリスと共に貴賓席へと歩み寄るシンジ。 服装は散々迷った挙句に無難だろうと何時も着ている連邦軍制服を着ていた。

 

 

 

 

「ロンデニオン管理官、フジエダ准将以下強襲揚陸艦ペガサスクルー87名。 定刻通りに到着いたしました!」

 

 

悠陽とエデンの前に立ったシンジはそう報告すると、練習して多少は見れるようになった敬礼をして見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上に降り立ったペガサス乗組員は質素ではあるが厳かな式典を終えると、それぞれの担当兵器を艦から降ろして展覧会紛いの仕事にはいっていた。

 

61式戦車の前には宇喜田を始めとする戦車兵と担当の整備員が立ち、日米の戦車戦を担当する軍人達や戦車の生産を行っているメーカーの企業人達からの質問等に答え、或いは彼らを61式に乗せては簡単なデモンストレーションを行っては慣れないながらに61式を売り込んでいた。

 

運用試験を任されている彼らにとっては、祖国の61式導入はなんとしても実現させたいと思わせる程に惚れ込んでおり、自然と言葉に熱がこもっていく。

 

「不整地での最高速度は90km、こいつに追いつけるBETAは突撃級だけだ。その突撃級の硬い甲殻もこいつの155mm連装砲なら確実に貫ける。 …いや、こいつに貫けねぇBETAは居ねぇな!」

 

そう言って、傷の有る日に焼けた顔を不敵に歪めながらメーカーの担当者に笑いかける宇喜田。

 

 

その顔に少々気圧されながららも、それを聞いた関係者もまた61式のスペックには納得し、生産ライン、技術面の問題や費用に関しては後日、藤枝准将から話があるという言葉にロンデニオン責任者たる人物にどう接するべきかを考え始める。

 

 

 

当の本人はというと、右手の掌を上に向けて地面近くに伸ばして片膝を着けた白黒ツートーンの巨人と、地面に水平に取り付けられたファンを箱形の車体に左右4つ取り付けられた奇妙な乗り物の間に建てられたブースの一つで正装姿のエデン大統領と悠陽殿下を始めとする要人達の相手をしていた。

 

「…基本スペックに関しては以上です。何かご質問は?」

 

RX78の基本スペックを聞いた一堂が微妙に顔を引きつらせるなか、エデンと悠陽は何時もとは違うキリッとしたシンジに「こんな顔も出来るのか」と別の意味で関心している。

 

「准将。いいかな?」

 

「はい、何でしょうか閣下?」

 

要人の中の一人、帝国陸軍の制服に中将の階級章を付けた初老の男性が軽く手を上げながら発言を求めてきた。

 

「うむ。君たちロンデニオンが作ったMSの性能は聞く限りでは素晴らしいと思う。しかし知っての通り、我が帝国…いや、人類側の主力兵器は戦術機だ。君はMSを戦術機の替わりに人類側の主力にしようという考えなのかね?」

 

中将の言葉に要人たちの視線が一斉にシンジへと集まる。

 

そんな注目の中、シンジは中将へと静かに首を横に振り否定を示した。

 

「いえ閣下。少なくとも今のスペックではMS単体での主力化はあり得ないと愚考いたします。それに戦術機とMSではまったくジャンルの違う兵器ですので、色々と片付けなければならない問題もありますが住み分けできるかと… 現段階でMS単体での攻勢行動は難しいと思われます。しかし61式や他の兵器群と組み合わせれば強固な防壁足りえる可能性は高いかと…」

 

「そうか… しかし守るばかりでは勝てんぞ?」

 

「…失礼ではありますが、今の人類は守ることさえ難しいのが現状かと…」

 

「…確かにな。大陸では人類側は押され続けて追い落とされようとしておる」

 

皺の刻まれた顔を憂いに曇らせる中将はふと顔を上げると傍らにしゃがみ込む巨人の顔を見詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ロンデニオン製戦車である61式の演習が始まった。

 

午前中は演習場内に設置されたコースを走りながらの的撃ちを行い。午後からは異例とも言える戦術機部隊との模擬戦が行われている…

 

 

 

 

今までの鬱憤を晴らすかの如く宇喜田は61式を走らせていた。

不正地走行中の揺れを意にも介さずにスコープに映る人型に正確に狙いを合わせるとトリガーを引き155mm砲を轟かせた。

 

一機の戦術機、撃震が胴体部分に被弾して黄色いペイントに染められる。

 

「そんな… 嘘だろ…?」

 

「ちぃ! ちょこまかと…! なにぃ!?」

 

 

被弾して呆然とする撃震の衛士。 敵を討とうとしたもう一人の衛士だったが、間髪入れずに放たれた155mm弾に視界を黄色く染められる。

 

「はっ! 残念だったな! コイツは連装式だから連射出来るんだよ!」

 

宇喜田は吼えながら装填を完了させた155mm連装砲を別の撃震へと向け撃ち放つ。 しかし狙われた撃震は跳躍ユニットを緊急噴射させると機体にサイドステップを取らせて危ないところで難を逃れる。

 

「オメガ3、油断するな! 戦車だと思って甘く見ると足元を掬われるぞ!」

 

回避した機は隊長機だったらしく動揺する味方機に注意を促すが、それを聞いた宇喜田は更に吼えた。

 

「そう言う言い方をするお前が、一番戦車を甘く見てんだよ!」

 

その言葉と同時に隊長機の右足に後方から放たれたペイント弾が命中し、バランスを崩した機体が傾いた所に再び後方からの砲撃が命中し背中からコックピット付近を黄色く染め上げた。

 

「ウィルソン! 見事に“掬って”やったな!」

 

「ちょろいもんだ!」

 

起伏の影から砲塔を覗かせるウィルソン大尉の61式は、連装砲の先から微かに白煙を立ち上がらせていた。

 

 

宇喜田と同じく戦車が第一線から引かされた事に思うところがあるウィルソンもまた撃震を相手に暴れ狂うのだった…

 

 

 

 

「これは予想以上に凄まじいな…」

 

帝国軍関係者の天幕の下でモニターを見つめながら男はそう呟くと、傷のある顔を引き締めて演習を観察し思考する。

 

 

帝国軍の戦術機・撃震一個小隊とロンデニオンの新型戦車・61式一個小隊の模擬戦は多くの参列者達の予想を覆す様相を呈していた。

 

いくら撃震が第一世代の旧式戦術機とはいえ開始5分で既に隊長機を含めた3機が撃墜判定。 61式の損害は0。

 

とても戦術機と戦車の戦いとは思えない一方的な内容だ。

 

 

確かに投射面積では戦車の方に分があるが、戦術機にはそれを補うスピードと運動性能があった筈。 第一世代の撃震でも最高速は時速400~500kmはあるし、咄嗟の回避に置いても高い運動性とブースト機能を併用して対応出来るし、武装とて高い連射性能で制圧力の高い36mm機関砲と高性能の火器管制システムが備わっている。

 

なのに何故、死角に入り込んでの36mmの雨をあの巨体に似合わないスピードと機動性で易々と避け、逆に死角に入り込んだ61式の攻撃は撃震を撃破するのか?

 

搭乗者の腕なのか? それとも61式の性能なのか?

 

 

男は61式の挙動を観察しながら更に深く思考の海に潜り込んだ。

 

 

 

 

この男の持った疑問の答えは両方だった。

 

宇喜田は帝国が大陸への本格派兵前から試験的に大陸に送られた古強者であり、派遣された土地でBETAの脅威を、戦車の強みも弱みも、そして間近に戦術機の動きを見て来たのである。

 

ならば最新鋭の第三世代戦術機ならばまだしも、大陸で散々見慣れたF4ファントム系列の第一世代戦術機・撃震相手なら幾らでも戦う術を持っていたし、錯乱した友軍の戦術機を止めた事すらあった。

 

ウィルソンや他の戦車兵とてそれは同じで、その力は宇喜田に勝るとも劣らない強かな兵(つわもの)である。

 

 

そしてそんな戦車兵達の技量を余すことなく発揮させる事が出来る陸の王者、獅子たる61式戦車とて只の戦車ではない。

 

二本の牙155mm連装砲は二門同時発射は勿論、交互発射も可能で装填速度の早い自動装填装置と合わせて速射砲並みの連射力を誇り、電気駆動の無限軌道(キャタピラ)は操縦手の操作にクイックに反応し戦車としては破格の最高速度90kmオーバーを叩き出す。

 

火器管制システムを始めとしたハイテク機能も高く、徹底した自動化、高性能化の結果。 通常3~4人の搭乗員を必要とする戦車をたったの2名で操作可能にまでしたのだから、注ぎ込まれた技術の高さが伺える。

 

 

更に今回の模擬戦の為に急遽用意された切り札、“衛星”データリンク。

 

通常のデータリンクならば90式やエイブラムス戦車にも備わっているが、61式に搭載されているのは衛星データリンクシステム。

 

その名の通り衛星を通じての僚機とのリンクや、はるか上空に位置する衛星からの正確な位置情報の提供により、通常の戦車では考えられない程の長距離精密射撃をも可能にしていた。 また自機の周囲情報も衛星から観測されリアルタイムで送られるので、死角に回りこまれようとも正確に相手の位置を把握できるのである。

 

 

ちなみに今回使用した衛星は、シンジが事前に日本帝国上空に設置するのをお披露目後の帝国への譲渡を条件に認めてもらっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままで終わってたまるかーー!!」

 

残った撃震が匍匐飛行で演習場内を飛び回り、手にした突撃砲から36mm弾を撒き散らす。 

 

4両の61式戦車はある者は器用に回避行動を取り、ある者は起伏を遮蔽物として何とかそれをやり過ごしていた。

 

「こうも動き回られて弾を撒き散らされると厄介だな!」

 

「大尉ーい! もう避けきれ、おぅわぁ!?」

 

「泣き言はいらん! 避けろ!」

 

回避行動を取り続ける宇喜田の61式の直ぐ傍にペイント弾が撃ち込まれる。 61式が襲い来る36mmの嵐を避けるべく急激な左旋回を行いサスペンションが沈み込み車体が右に傾く。

 

操縦手の楠田曹長に回避行動を取らせつつも、隙有らばと砲塔を廻らせて撃震を狙うが恥も外聞も投げ捨てて全力で飛び回る撃震を捉えきれず歯噛みする宇喜田。

 

「こうも走り回されてはな!」

 

そう宇喜田が愚痴を零した瞬間、一両の61式が上方から降り注いだペイント弾に捉えられて撃破判定を受けて停止する。

 

61式を一両撃破した撃震はそのまま機体を横滑りさせその銃口を宇喜田の61式へと向けた。

 

「スモーク! 後進!」

 

銃口を向けられた瞬間、宇喜田は14基に増設された砲塔側面に備えられているマルチディスチャーヂャーからスモーク弾を打ち上げて後退した61式と撃震の間に煙幕を張る。

 

「目晦ましを!?」

 

レーダー反射材を含んだ煙幕は撃震と衛士の目を奪い狙いを不正確にさせるが、それでも乱射される36mmは煙幕の中を後退する61式の周囲を切り裂いていく。

 

緊迫した状況の中で宇喜田は傍らに備え付けられたパネルを操作すると、車体前面に新設された新しい装備を起動させる。

 

車体前面に二つ装備された板状のそれは、車体に固定していたボルトを爆砕しながら車体前方に打ち出されると地面に転がって行った。

 

 

 

 

「…そろそろだろ?」

 

宇喜田が狭い砲塔内で呟いた瞬間、今まで猛威を振るっていた36mmの嵐がピタリと止んだ。

 

 

「くっ!? 弾切れ!?」

 

今回の模擬戦で撃震が装備していたのは120mmユニットを外した突撃砲を一丁に、長刀を一本。 予備弾装は1つも装備していなかった。

 

相手が戦車だという事で、撃震の衛士もその上官も甘く見ていたのだ。

 

たかが戦車4両の相手なら突撃砲本体の装弾分2000発で十分だと…

 

万が一の突撃砲作動不良に備えて長刀を備えてはいるが、使うことはない。 そんな思惑も相手の装備を確認した宇喜田には読み取れていた。

 

だからこそ負けられない! 相手の残弾を計算した宇喜田はグリップを握りなおし、トリガーを引く。

 

煙幕を切り裂き撃震に襲い掛かるのは、砲塔内からも操作可能な砲塔上部に据え付けれている13.2mm重機関銃

の弾丸。

 

戦術機の中でも装甲の厚いF4シリーズのファントムにそれは豆鉄砲だったし、煙幕のせいで狙いが取れず数発が掠めた程度だった。 

 

 

弾切れか?

 

 

撃震の衛士は拍子抜けする相手の反撃に知らず笑みを浮かべた。

 

衛士は撃震に突撃砲を捨てさせると背中に固定されていた長刀を握らせて煙幕の中に突入させる。

 

 

目の前の61式の主砲が弾切れであるならばチャンスだ! 既に状況は自分たちの負けだ… 僚機は3機ともやられてしまい、突撃砲の弾も切れた。 相手は3両の戦車が残っている、せめてあと一両は!

 

重機関銃の軌跡を辿り煙幕の中を匍匐飛行で突き進む撃震。 格下に見ていた相手に泥を付けられ追い詰められた衛士は冷静な判断を失い直進する。 そして…

 

 

「なんだとーーー!?」

 

衛士は絶叫する。 突如足元から起った爆発により機体のバランスが崩れ、つんのめる形で地に伏せる撃震。 激しく揺れるコックピット内で急いで機体を起こそうと操作するが、黄色く染められて稼動不能と判断された下半身は跳躍ユニットごと停止して動かない。

 

辛うじて動く上半身を両腕を支えに起こし、爆発で煙幕の薄れた前方に頭部カメラを向ける。

 

 

 

 

薄霧のような煙幕の先には61式の姿がゆらりと浮かび、剥き出しの二本の牙が火を噴いた。

 

 

 

 

 

「…オメガ3、大破。 オメガ小隊の…敗北です…」

 

 

 

 

モニター越しのオペレーターの声が、模擬戦を見ていた全ての者の耳に響いた…

 

 

 


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