ガノタの野望 ~地球独立戦争記~    作:スクナ法師

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7ターン目 地球まで何マイル?

「ふう…」

 

静かな室内に溜め息が零れた。

 

 

畳敷きの上に赤い絨毯が敷かれ、その上に黒檀の重厚な机が有り。 その椅子には、重厚な机とは不釣合いな少女が座っている。

 

ポニーテイルのように髪を高く結い、白い衣に薄い紫の上衣を羽織った少女は、机に積み上げられた書類に熱心に目を通しては署名していたが疲れが出てきたようだ。

 

 

日米ロンの三者会談から2週間余りが過ぎ、少女…日本帝国征夷大将軍 煌武院 悠陽はいつも以上の政務に追われていた。

 

積み上げられた書類の殆どがロンデニオンのお披露目に関するもので、演習場の使用許可やロンデニオンの滞在日程、アメリカを始めとした賓客達の席順などが担当部署から次々に上がって来ており。 悠陽はその1つ1つに目を通しては問題が無ければサインし、問題が有れば担当部署の責任者に連絡を取って修正していった。

 

 

「失礼いたします」

 

そう言って疲れが見え始めた悠陽の前に差し出されたのは、見事な造りの湯のみに入った香しい緑茶であった。

 

本来であれば侍女が行う筈の役目を進んで行った警護役の月詠に礼を言って口を付ける悠陽であったが、一緒に呈された茶菓子が煎餅であった事に気づく。

 

 

「お煎餅…」

 

「はっ。 先日、ロンデニオンからHLVなるものが降下してきまして、積んでいた天然物の食料品が試供品と称して帝国に降ろされました。 その中に殿下への献上品としてこの茶菓子と、今お飲みになっている茶の葉が送られてきました」

 

「そう… 宇宙で作られたお茶なの… 香りが良くて美味しいお茶…」

 

味を確かめながら一口づつお茶を啜り、次に湯飲みを置いて懐から和紙を取り出してハロの顔を模して海苔が付いた煎餅を和紙で挟みながら手に取る。

 

見た目は至って普通の煎餅。 醤油と米の香ばしい香りに鼻をくすぐられながら悠陽は小さな口で煎餅を齧る。

 

「美味しい…」

 

「はい。 私も毒見で頂きましたが、中々のものでした」

 

さらりと物騒な事を口にする月詠に、少しだけ肩を落とし再び茶を啜る悠陽。

 

暖かな茶の味は、まるで悠陽を慰めるように優しく美味しかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これで金持ち達の意見も纏まったな」

 

ホワイトハウスの大統領執務室にてエデン大統領は呼んでいた報告書から顔を上げると正面に立つ秘書官にそう言った。

 

秘書官は眼鏡の奥の理知的な瞳を僅かに緩めて大統領に答える。

 

「はい。 議会内と大手企業、資産家の過半数以上の意見はメラニー・カーマイン氏の口添えもあって確保出来ました。 軍部の方も宇宙軍司令が説得に回って頂いておりますので、今の所は予想よりも反発は少ないようです」

 

「そうか…」

 

大統領は背もたれに体を預け椅子を回すと、夕日が沈みかけた外へと視線を向けた。

 

夕日に照らされた大統領の姿を目を細めながら見ていた秘書官が緩やかな空気に押されてか、抱いていた疑問を大統領に投げかける。

 

「しかし宜しいのですか? このような事を…」

 

「…君は反対かね?」

 

疑問に質問を返された秘書官は慌てて答える。

 

「いえ、そのような事はありません。 ただ…」

 

「いいではないか。 合衆国が損をする訳ではない。 むしろロンデニオンからもたらされる技術は計り知れない富をもたらし、新技術に置いても合衆国は一歩先んじる事が出来る。 第五計画も核融合炉を始めとした新技術を取り入れることにより、より完成度の高い移民船を造ることが出来る。 移民船建造にHLVとコロニーを使えば予算も資材も減らすことが出来るし、下手に強権を発動して第五計画を進めても軍部の本格的G弾使用を早めるだけだ。 彼らは下手をすると移民船の完成を待たずに始めてしまう可能性もある。 ならば、ロンデニオンの提案を受けても損はあるまい?」

 

 

大統領の言葉に納得しながらもどこか釈然としない秘書官。 エデンが大統領就任する以前から秘書を務める彼はそれだけではないように思えていた。

 

具体的には言えないが、以前のどこか疲れきり諦観染みた様子とは違うように感じられたのだ。

 

 

「コーヒーを頼めるかな? それとフジエダが送ってきたオセンベイも一緒に」

 

しかしそれが悪いことのようには感じられない秘書官はいつもの表情に戻ると、一礼して大統領のささやかなオーダーに答える。

 

 

「閣下。 聞くところではコーヒーにオセンベイは合わないとの事。 グリーンティーになされては?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらおら! しっかり走らせやがれー!!」

 

ロンデニオンコロニー、ファクトリー施設にある演習場内で戦車の走行音に負けない大きさの怒声が響き渡る。

 

 

地球でのお披露目まで2週間を切り、後発派遣の戦車兵達を宇喜田大尉とカービンソン大尉を始めとする61式戦車兵達が扱き上げていた。

 

 

「元気いっぱいだね~」

 

 

扱かれる者の気持ち無視するように暢気な声でシンジはそう呟くと、土煙が舞う演習場の脇を抜けファクトリー内へ歩いていく。

 

ファクトリー内の一角にある全自動CAD(設計プログラム)が備えられた設計室に立ち寄ると細かな改修要望データを打ち込んでいき、全自動CADに設計を開始させる。

 

以前、ゼファーにMSで戦術機の武装を使えるように出来ないかと聞いたところ、この部屋と全自動CADの存在を教えられていたのだ。

 

 

全自動CADの事を知っていたシンジは、それが使えることが分かるとその場で小躍りしたという。

 

 

全自動CADとは地球連邦軍が使用していたプログラムで、元となる基礎データがあれば条件に合わせて改修設計してくれる超絶プログラムであった。

 

どのくらい凄いかというと、ザクのデータを元に条件を設定してガンダムの設計を半年程で完成させてしまう程の性能なのだ。

 

このプログラムが作り出した設計データにより、連邦は極短期間の内にガンダムやジムの様々な派生機を作り出すことが出来たのである。

 

無論万能ではなく、元となる基礎データ必須は勿論のこと作り出すことの出来る技術力の限界はある。 エネルギーCAP技術が無ければビームライフルは造れないし、波動エンジンを作れといっても基礎データや理論が入力されていないから設計は無理だ。

 

逆に言えば実績可能な技術力とデータがあればその範囲内にあるものならば、何でも設計してしまうのだ。 故にシンジは帝国と合衆国経由で手に入れた戦術機の手持ち武装のデータと火器官制データを入力し、それを使用できる用にMSの改修を行ったのだ。

 

この結果、MSは既存の装備の他に戦術機の一部武装も使えるように成り、兵器の改修や改造も出来るようになる。 出来上がった設計データはファクトリーに登録され、ラインを使って生産出来るようになったのは有り難いとシンジは感謝した。

 

 

 

 

 

 

幾つかの兵器改修案の進み具合を確認して設計室を出たシンジが次に向かったのは、少し離れた場所に位置する第二港。 ペガサス級等が係留されている場所である。

 

 

港内で無重力の中を移動用レールに掴まりながら進み、立ち入り許可証を持ったクルーや整備兵と時折すれ違い、挨拶を交わしながら辿り着くのは強襲揚陸艦ペガサスが係留されているドックだった。

 

ペガサスの前では大量のコンテナやMSが並べられており、クリップを持った整備兵とハロが協力して艦への積み込み作業が行われている。

 

その中にハロを従えたツナギにサングラス姿のおやっさんの姿を見つけたシンジは、床を軽くけり近づいていく。

 

 

『ハロ! シンジ、元気カ?』

 

「よう、准将。 何か用か?」

 

「こんにちわ~ 積み込み順調ですか?」

 

 

軽く挨拶をし運ばれていく荷物を見やると、ちょうどガンダムが一機、トレーラーに乗せられてペガサスに搬入されていった。

 

『順調! 順調!』

 

「今のところは問題はねえな。 持っていくガンダムはRX78の1号機と2号機でいいんだな?」

 

「ええ。 現地では見栄えする2号機を使いますから一号機…プロトは予備機扱いでお願いします。 あっ、あと“あの”ソードフィッシュも忘れずに」

 

「79は?」

 

「今回は止めておきます。 61式を積まなきゃならないのでスペースに余裕があんまり無いんですよ。 無理すれば積めるかもしれませんがペガサスの処女航海ですからね。 不安要素は出来る限り減らしときたいんで」

 

「了解した。 おい!! MSは左舷デッキに纏めとけって言っといただろうがー!!」

 

 

 

 

おやっさんの怒声に「すいませーん」と返す整備兵達。 ズンズンと整備兵の下へ歩き去るおやっさんを見送って、シンジは次にブリッジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「大気圏突入シーケンス第三段階へ移行!」

 

「艦外温度許容範囲内。 各ブロック異常なし!」

 

「ミノフスキークラフトシステム起動用意…」

 

 

戦闘艦にしてはやけに広い空間のブリッジに、大気圏突入の為の手順に追われるクルー達の声が響く。

 

 

無論、実際に突入している訳ではなく。 コンピューターに入力されている突入の為の手順を擬似的に行ってシミュレートしているのだ。

 

 

「熱核ロケットから熱核ジェットへ切り換える時のエンジン出力に注意しろ!」

 

広いブリッジ中央に位置する艦長席に座って、ペガサスの臨時艦長に就任した坂田がクルーに注意を促す。

 

 

今回の御披露目において、ペガサスに日米のクルーを半数づつ乗艦させて運用すると言う異例の処置をシンジがしたところ。 イーストウッド艦長が留守役を買って出て、坂田を艦長に推薦してきたのだ。

 

そしてバランスを取るために、副長には自身の副官でもあるクリスの推薦もしてきた。

 

あまりにもあっさりと艦長職を譲ったイーストウッドに坂田は「それでいいのか?」と思わず尋ねたものだ。

 

何せロンデニオンの技術力の結晶とも言える新造艦。 しかもペガサス級の一番艦、ネームシップ艦なのである。 これの艦長に任じられて御披露目に出ると言う事は、かなりの名誉なのだ。

 

その辺を含んで尋ねたのだが、イーストウッドは坂田に近寄るとそっと耳打ちした。

 

「折角だから家族に会ってこい」と

 

その言葉に戸惑う坂田だったが、笑みを浮かべる友人の気遣いに胸中で感謝を陳べるとペガサス艦長の任を謹んで受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…大気圏突入成功。 ミノフスキークラフトシステム順調に稼動中。 エンジンシステム切り替えに拠るトラブルは認められず。 艦長?」

 

 

「よろしい。 大気圏突入シミュレーション終了。 各員はシュミレート結果の確認後に問題点の洗い出しを、後ほどレポートにして私に提出するように… 」

 

艦長席の傍らに立つブロンドをアップにし眼鏡を掛けたクリスの言葉に坂田は頷くと、シュミレーションの終了を宣言して操作手順の問題点洗い出しを命じてとりあえず一息吐いた。

 

そんな彼を見てクリスは近くの端末から艦内のキッチンへと連絡を取ると、人数分のコーヒーを頼んでいる。

 

「ありがとう」

 

「いえ」

 

坂田とクリスを始めとし、帝国軍制服と米国軍制服を着た者たちがブリッジにて一緒に働く姿は異様であるのかもしれないが、友好的に接しあっている姿を見てシンジは好ましく思えた。

 

 

「お疲れ様です皆さん」

 

シンジの労いの声にブリッジクルーは振り返ると、その場で立ち上がり敬礼しようとするが、「そのまま、そのまま」というシンジの言葉に軽く頭を下げるに留めた。

 

 

「准将。 どうされました?」

 

流石に坂田は席から立ち上がり敬礼し、用件を尋ね。 クリスはその場で敬礼した後に再び端末に近寄り、追加の飲み物を注文しているようだ。

 

 

「いえ、お披露目まで2週間を切ったので皆さんの様子見に」

 

「そうでしたか。 こちらの方は予定通りに訓練スケジュールは進んでおります。 3日後には予定通りに一度港を出て、コロニー近海で3日間の航海演習を行うつもりです」

 

 

『オマチドウ、オマチドウ』

 

会話の最中に現れたのは、キッチン担当のハロだった。 蓋付きストロー付きのカップをホルダーいっぱいに差し込んだ物を細い手で保持しながらフヨフヨと浮かぶ姿はどこか愛嬌があり、見るものの心を和ませる。

 

キッチンには担当の料理長が新しく入っており、それまで担当していたキッチンハロはその補佐に回ることで

運営しているので、艦内配達には艦内を熟知しているハロがよくお使いに出されている。

 

「ありがとう、ハロ」

 

『ドウイタシマシテ、クリス』

 

シミュレーション中には見せない微笑で礼を言うクリスにハロは近づくと、持っているホルダーを差し出した。

 

 

ホルダーに収まったコーヒー入りのカップをクルー達が礼を言いながら抜き取っていき、クリスがその内の二本を抜き取り、坂田とシンジに差し出す。

 

「准将、艦長。 どうぞ」

 

「ありがとう、アンダーソン大尉」 「すまんな大尉」

 

二人にカップを渡し、自分の分のカップをハロから受け取ると、クリスは配達を終えてブリッジを去るハロにもう一度礼を言った。

 

そのやり取りを見たシンジは心の中が温まるような気持ちを覚えて、自然と笑みが零れる。

 

 

「? …准将、何か?」

 

「いえ、仲が良いなと思いまして」

 

「…あの子達は、みんな良い子ですから」

 

そう言ってクリスが見せた柔らかな母性を感じさせる笑みにシンジは少しだけ見とれてしまう。

 

それを横で見ていた坂田は、こんどイーストウッド艦長と飲むときにこの事を酒の肴にするかと内心で決めた。

 

 

 

 

 

それぞれがお披露目会に向けて、己が職務を果たして行く。

 

 

 

お披露目会まであと僅か…

 

 

地上まであと僅か…

 

 

 

 


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